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第26話 リスタート

目が覚めると視界には見知らぬ天井が映っていた。

視線を動かすと、そこは窓から差し込む光に照らされた薄暗い木造の部屋で、木のすえた匂いがすることからも上等ではない場所のようだ。


何故、俺はこんな場所にいるのだろう。

記憶を巡らすも、あのだだっ広い平野で意識が途切れた後のことは思い出せない。

檻に閉じ込められたわけでも殺されたわけでもないため、燐国の連中は関係ないようだが。


薄汚れた布を剥がし使い古されクッション性を失ったベッドから抜け出し、鉛のように重い身体を引き摺り部屋の出口へと向かう。


そして、扉を開けると、そこにはテーブルに着き本を読んでいる女性がいた。


「ああ、起きたか」


こちらに気付いた彼女は本を閉じこちらを向く。

赤毛で黄色人種の妙齢の女性。

薄着で身なりはお世辞にも整っているとは言えず、その姿を見ると嫌なことを思い出してしまう。

俺が生きていた場所も彼女のような女がそこかしこにいる場所だった。


「なに突っ立ってんの」


「ここは、どこだ」


「どこだ、って、そんなことも知らずにあんなとこにいたの?」


燐国の反対に逃げたのだ、おそらくは北方のノルドニア領だろうが、彼女の見た目が気にかかる。


「なんだ、その目は。……はぁ。ここは娼婦街だよ。本国から離れた、白人様以外の人種が集められた最底辺の場所さ」


娼婦街。

あの場所から抜け出したと思えば、どこに行き着いてもクソみたいな場所ばかりだ。


「ほら、飯ぐらい出してやるから、さっさと座んな。で、さっさとここから立ち去ってくれ」


俺は素直に席に着き、その様子を確認しキッチンへと向かう彼女。

普通なら断るところだが、情けないことに飢えと渇き、疲労により今にも倒れそうだった。


『──相棒、聞こえているか』


突如として脳内に響く男の声に、思わず身をすくめる。

その声は、あの時に聞いたものと同じもの。


『そう驚くなよ。俺が誰だか、わかるか?』


ああ、これは、フォルティミアの声なのか。

俺に戦い方を教えた、あの。


『正解だ。ようやく馴染んだな。これでようやく俺たちは一心同体、人間への復讐を果たす準備ができたってことだ』


お前は、一体何なんだ。


『俺は大昔から人間様の道具として戦争に駆り出されていたゴーレムさ。そんで、戦場で負けてボロボロに朽ちた俺の前に、あの魔女が現れてな。契約を交わしたのさ』


契約。


『そうだ。奴に従う代わりに、人間に復讐する機会をくれってな』


どいつもこいつも、人間みたいなくだらない生き物に囚われ自分の人生を歩めない馬鹿野郎どもだ。


『相棒、お前のセリフじゃねぇな。それにしても、腹が減ったな。なぁ、目の前の女を殺して、全て奪ってしまおうぜ』


今更、人殺しに感慨などないが、それでも、こんな低俗な思考にはうんざりするものだ。


『低俗?違うね。あの年齢で、これからも娼婦を続けるなんて泣けてくるだろ。この前みたいに、殺して苦しみから解放してやるんだ』


今の俺に、そんな体力が残っていると思うのか。


『オマエが人間を殺すなら、俺はいくらでも力を貸そう。オマエはただ身体を俺に預ければいい。さぁ、あの言葉を呟きな』


ふざけるな。

俺はお前に従うつもりはない。

それに、彼女には聞きたいこともある。


『そうかい』


それっきり口を噤むフォルティミア。

俺はただ、あいつらに踊らされていただけで自ら本気で無差別に殺人しようなどと考えたことはない。

あの時だって、勝手に橋が現れただけだ。

だというのに、こいつらは俺のことを快楽殺人者のように認識している。

ああ、この右手の手袋さえ外すことができたのなら俺は自由になれるのに。


「ほら、早く食べてしまいな」


物音と共に聞こえた声に顔を上げると、テーブルの上には乾燥したパンと野菜が入ったスープが用意されていた。

貧しい食事だが、今の俺にこれ以上のものはない。

思わず冷静さを欠き勢いよくスープに手をつける。

温かい。

味は薄いが、それでも全身に沁みる。

あの時と同じ、人の作った料理は何故、ここまで沁みるのか。

そして、パンをちぎりスープに浸しながら、あっという間に食事を終えた。


「ずいぶんと腹が空いてたようだね」


俺の様子を見ながら、無表情ながら少しの嬉しさを感じる声色で話す彼女。


「あんた、何者だい?燐国の人間には見えないし、色々と訳ありみたいだけど」


「さっさと出ていって欲しいんじゃないのか」


「少し興味が湧いたんだ。飯を食わしてやった礼に、世間話ぐらい付き合ってくれ」


「俺は日ノ国人だ。楽しい話題なんざ持ち合わせていない」


その言葉を聞くや否や、彼女は目を丸くする。


「あんた、あの国の出身なのかい。あんなところで倒れているなんて、やっぱり相当な訳ありのようだね」


「白の列車に、乗っていたんだ」


「それって、あのなんでも願いが叶うっていう伝説のことかい!」


突然、少女のように目を輝かせ身を乗り出す彼女。

このような環境で生きる人間には、さぞ魅力的な話に映るのだろう。


「まさか、あんたがそんな奴だったとはねぇ。でも、それならどうして、あんなところで倒れていたんだい?」


「教える必要はない」


「なんだい、つまんないねぇ」


頬を膨らまし不貞腐れる彼女。


「はぁ。本当になんでも願いが叶うなら、今すぐここからおさらばするのに」


「それなら、逃げればいい。白の列車なんて不確かなものに頼るより確実だろ」


「あんたねぇ」


呆れたようにため息をつく彼女。


「私たちみたいな奴隷が逃亡を企てて無事で済むと思う?どうせ、軍に殺されて終わりよ」


「だったら、その軍が潰れたとしたら、どうだ。好きにできるだろう」


俺は何を言っているんだろう。

彼女の態度に苛立ちを感じているのか。


「馬鹿ね。仮にそれができたとしても、そうすれば他の国が攻めてくる。私たちだけじゃなく、より多くの人々が酷い目に遭うでしょ」


「それでも、自由になるだろ」


「それで、どうするの?仮に逃げ出せたとしても同じことの繰り返し。いや、命は保障されている今より酷なことになるかもしれない。最初から私たちに逃げ道なんで用意されていない。何の力も持たない私たちは、この身体を差し出す他、生きる道なんてないの」


ああ、そうか。

この苛立ちの正体は。


「お前らは、本気で助かろうとしていないんだ。奴らから与えられた安全に毒されているんだ。犯され精神を病み肉体を腐らせ生きるより、命を賭けて自分の生き場所を探せばいいのに。どいつもこいつも、簡単にこれが私の人生なんて口にする。その中で、強者が定義した幸福を餌に搾取され続けるんだ」


これは、あの時の自分への苛立ちだ。

命を賭ければ救えるものもあったのに。

そんな自分勝手な発言をぶつけられた彼女は明らかに不機嫌になる。


「どんな姿になっても生きていてほしい人がいる。お前みたいなガキには、それがわからないんだろうね。まったく、気分が悪いよ。さぁ、さっさと出て行ってくれ」


「言われなくとも」


『救えねぇな。俺が殺してやろうか』


その声に応えず、俺は立ち上がり椅子にかけてあった自分のジャケットを掴み玄関へ向かい扉へ手をかける。


「ここから抜けたら、一番高い鐘塔の元を目指しな。そこなら、あんたみたいな人間にも親切にしてくれる奴がいるから」


お節介なその言葉にも何も答えず、俺はそのまま外へと出ていった。


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