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第25話 優希

第二の橋を越え夕日が地平線から消え始める頃、西へ向かう予定だった希望号は進路を大幅に変え、道無き大地に魔装鉄路を敷き北へと進んでいる。

大国の燐国を敵に回した今、遠回りを余儀なくされたのだ。

今の所、追手は見当たらず順調に走る希望号の中、居場所を失った、いや、元からそんなものはありもしなかった俺は車両内を彷徨い歩いていた。


そして、食堂車に差し掛かったところで出会いたくもない奴に見つかってしまう。

テーブル席に着き頬杖をつき退屈そうに窓の外を眺めるアリスはこちらに気づくや否や、花が咲いたような笑顔を見せ立ち跳ねる。


「お兄ちゃん!」


こちらへ接近した彼女は流れるように俺の手を取りテーブル席へと連行する。


「丁度良かった!色々とお話ししたいことがあったの!」


見た目に違う力に抵抗もできず、そのまま強引に席へと座ってしまう。

そして、対面にアリスも座る。


「ね、どうだった?」


「急に、なんだ」


「もう、とぼけちゃって。いっぱい人を殺した感想だよ」


その満面の笑みに反吐が出そうだ。


「ああ、最高の気分だったさ。どう生きても善になれないクズどもを殺したんだ。これ以上のことはないだろ」


「そう、そうよね!やっぱり、お兄ちゃんはそういう人だと思ったわ!」


こいつは狂っている。


「ああ、素敵だわ!これから先、もっと多くの人間が死ぬんだもの!そして、終点で人類の死を望むの!地上の楽園はすぐそこだわ!」


「……なぜ、そうまでして人殺しを望む」


「なぜって、ああ、ダメだわ!お兄ちゃん、そんなくだらない疑問を口にするなんて、理解を示してくれないなんて、もしかして、お兄ちゃんは何の理由もなしに人を殺したのかしら!いけないわ、本当は、お兄ちゃんねも理由があったのよね?全てが憎かったのよね?」


俺を抱きしめたシン・イーの温もりが、今も俺に痛みを与えている。

何も考えずにはいられない。


「ねぇ、お兄ちゃんは憎くはないの?お兄ちゃんみたいな真面目な弱者は、いつだって欲求を解放させた醜く恐ろしい人間の食い物として、ここまで食い散らかされてきたのでしょう?それとも、ここまで来て、賢明そうでその実、中身も力も空っぽの空虚な理想を語るのかしら?そんな訳ないよね?ね?」


少し、黙ってほしい。


「ああ、そんな顔をしないで。人間なのに高尚であろうとするから軋轢が生じて苦しむのよ。お兄ちゃん、人間は殺していいの。殺して然るべきなのよ。よく考えてみて、食欲と性欲と征服欲と簒奪欲とエゴと汚物が詰まった肉の塊に生きる価値なんてあると思う?ただありのままに生きる自然溢れる世界から異物は取り除くべきでしょう?人間を殺すことこそ、唯一の正義なの」


「黙れ」


「もしかして、後悔しているの?でも、もう戻れないわ。一度でも人を殺してしまえば、戻れない。お兄ちゃんは人を殺せる生き物になった。もう、戻れない。でも、それはとっても喜ばしいこと。人間の敵である存在ということは、何よりも正しいことの証明になるのだから。だから、お祝いのパーティーを開きましょう?人間に植え付けられた薄汚い常識を拭い去るくらいの楽しいパーティーを!」


俺は何も言わず立ち上がり別の車両へ向かう。


「お兄ちゃん、パーティーの準備ができたら使いを送るわ。楽しみに待っていてね」



後方の一般車両は燃料として消費された死体の一つもなく綺麗さっぱりと片付き、しんと静まり返っている。


寒い。

頭痛と吐き気が治らない。

木製の椅子に薄いクッションを敷いただけのようなチープな座席に座り窓側の壁に身体を預ける。

あいつらは、こんな劣悪な環境で何日も過ごしていたのか。

ここに大勢の人々が詰まっていたと思うと、ゾッとする。

そうまでして叶えたい願いなど、この世界の何処にあるというのだろう。


じっと車窓の外を眺め過ごしていると、景色から人の暮らしの匂いは消え、何もない荒れた平野が顔を覗かせる。


「──少しだけ、話をしようか」


瞬きをすると、いつの間にか対面にミス・アナが座っていた。

普通なら驚くべきところだが、俺はそれに反応する気力も失っていた。


「随分と疲れているようだな。……もう、諦めるのか?」


諦める、何を?

俺は意思のない傀儡だったのに。


「キミが何者であろうと、どんな人生を送ってきたのだとしても、二人の女がキミを生かそうとしたことは紛れもない事実だ。それに応えるつもりはないのか?」


「……死んでしまった。二人は死んだんだ。もう、何をしても意味なんてない。それなのに、なんで、俺なんかを──」


知らず知らずのうちに、頬を涙が静かに濡らしていた。


「それは、キミの記憶が教えてくれるだろう」


「俺を救う価値なんて、何処を探してもない」


「一人の女が絶望の中で産んだ子が、絶望が当たり前の娼婦に温もりを与えた。確か、キミの名前はユウキ、だったね。優しい、希望。キミは願いを託されたんだ。そして、五体満足でここにいる。彼女らの行動に意味を与えるのは、これからのキミの行動次第だ」


何も言えなかった。

それ程に、その言葉が俺を貫いた。


「今はゆっくり休むといい。まだまだ旅は続く、悩む時間はいくらでもあるさ」


そして、瞬きの内に消える魔女。


椅子に貼り付けられたかのように動かない体。

そのまま動かずにいると次第に睡魔が襲ってくる。

このまま眠ってしまおう。

何も考えずに過ごそう。

今の俺には、それしかできない。

目を閉じると瞼は鉛のように重くなり、思考が闇にストンと落ちた。



──轟音。

空気が震え音の波が全身を震わす。

あまりの衝撃に覚醒するより先に心臓が拍動し目が冴える。


何事か。

何かが爆発したのか。


火薬の匂い。

車窓の外は暗く、しかし、景色の流れる速さが次第にゆっくりとなる様子を見て取れる。

前方の車両で爆発が起き停車したのか。

いや、事態はより悪いようだ。


窓の外、遠くにポツポツと光る光源、照らされるのは戦車などの車両。

ああ、あの燐国が易々と我々を見逃す訳などなかったのだ。


しかし、なぜ希望号は停車した?

ここは急ぎ走行し逃げなければいけない状況だというのに。


その時、頭によぎったのは最悪の事態。

俺は急ぎ車窓を開け前方を覗く。


──ああ。


希望号が遠くへと離れ走り去って行く。

運悪く、燐国の砲撃で俺がいる車両は分断されてしまったのか。


なんで悠長に構えている場合ではない。

生きる理由がなくとも、あいつらに殺されるなんて真っ平御免だ。

俺は反対側の車窓へ向かい、ノロノロと動き今にも停車する車両から思い切り飛び出す。

そして、ガタが来ている身体に鞭を打ちながら暗闇の荒野を早足で進む。


どこに行けばいいのかわからない。

既に希望号は見えなくなった。

今はとにかく、敵と反対の方へ。


今度こそ絶体絶命か、絶望か。

しかし、この状況とは裏腹に俺の気分は幾分か清々しさを取り戻していた。

むしろ、この状況を喜ぼうじゃないか。

あいつらが築いた舞台から逃げることができたのだ。

奴隷から解放され、俺は自由になったのだ。


だが、いくら気分を高揚させようと、身体の限界は確実に近づいていた。

そのまま、俺は意識が途切れるまで、ただ歩き続けた。


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