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第24話 セカンドブリッジ

先程の車両を抜け歩みを進める。

窓の外は街中。

どうやら本当に線路から外れて走っているようで、外から頻繁に悲鳴や衝突音が響き列車内は揺れている。


「ユウキさん、一旦部屋に戻りましょう」


そう言いながら手を差し伸べるカタリナ。

しかし、俺はその手を振り払う。


「俺に触れるな。結局、この列車に乗ったことも、この力を与えられたことも、そして、この先のことも全て、お前たちが仕組んだ舞台の上なんだ。馬鹿みたいだ。初めから、俺は自分の足で歩いてすらいなかったんだ」


「違います、あなたには意思があります。今までがそうだったとしても、これから自分で道を選ぶことができる、そうでしょう?だから──」


「俺の意思の方向すら、お前らが決めるんだ。アイが死んだことも、俺が旅立ちを選んだことも、全部、わかっていたんだろ」


俺は、ただの駒だ、弱者だ。

結局、誰かのために搾取され現状に言い訳しながら生きていくか、苦しみや痛みを覚悟しながら死ぬか、そのどちらかしか選ぶことのできない低俗な人間だ。


「俺みたいなやつを特別な人間扱いして掌の上で転がすのは、さぞ楽しかっただろうな。なぁ、腹の内のお前は、一体どんな顔をしていたんだ?」


「そんな」


「笑えよ、笑えばいい。そして、二度と俺に関わるな」


ようやく静かになるカタリナ。

俺はそのままずるずると歩き続ける。

しかし。


横から唐突に胸倉を掴まれ、そのまま壁に押し付けられる。

目の前にいるのは、カタリナだ。


「自分だけが辛い目に遭っている、自分だけが何も知らずに苦しんでいる。ふざけるな!皆、それぞれに死ぬほ辛い目に遭っていて、それでも僅かな希望を求め命を懸けているというのに、どこまで子供のように嘆いていれば気が済む!」


「希望なんてものが、どこにある」


「……なければ見つければいいではないですか、足掻けばいいではないですか。全てをわかった気になって幼稚なことを言わないでください」


「……なぜ、生きる意味がないのに、そんな無駄なことをしなければならない」


「生きる意味がないからこそ、どんな人でも生きることができるのです。だから、人間が生きる絶対的な意味を知ることができないのは、呪いではなく祝福なのです。誰だって、自由に生きる権利を与えられているのです」


「それなら、死ぬのも自由だな」


何を言われようが、もうコイツの声に心を開くことはないだろう。

カタリナもそれを察したのか俺を解放する。

そして、彼女は泣きそうな顔をしながら、そのまま何も言わずに去っていった。


……そういえば、俺は先頭車両に行く手筈だったな。

ああ、丁度いい。

台無しにしてやろう。

俺が希望号を運転して、皆の希望を潰してやろう。

そんなものは、たった一人のクズの行動で無駄になるということを教えてやろう。


揺れる車両の中、俺は先へ進んだ。



「ようやく来たか!……あの聖女様はどうした?」


「どうだっていいだろう。ああ、その扉か?」


トーコが居座る車両はモニターや機械に囲まれた薄暗い場所だった。

このような設備が揃っているというのに、あちこちの壁から伝声管が生えており間抜けな様相を呈している。


「ああ、そこから先頭に行けるが、やけに素直だな」


「緊急事態だろう、軽口を叩いている暇があるのか」


先頭車両への扉は一段低い前方の右手にあるため、そこへ向かう小さな階段を降り先を急ぐ。


「頼んだぞ。皆の命はお前に懸かっているんだ」


そして、遂に、あの忌々しい場所に到達する。

真ん中に操縦桿と席があるだけの、命を張るにはみすぼらしい場所。


ふらふらしながらも俺は躊躇なくその先に腰を下ろし操縦桿を握る。


──あの時と同じ、希望号の感情が頭に流れ入ってくる。


この前は、もう走りたくない、だったか。

しかし、今回は一転して死にたくない、殺したくないという思いで溢れ、自らの意思で走っているようだ。

そして、間もなく希望号の感情が俺のものとなる。


だが、おかしなことが一つだけ。

俺の視界にはいつの間にか列車の外、猛スピードで走る希望号が見る景色が映っていた。


そこは街の中。

道路に魔装鉄路を敷き走る白の列車は当然、人や物を轢いていくこととなる。

車両や街灯ならまだいい。

問題は人だ。


耳をつんざく悲鳴、柔らかい肉を潰していく感触、温かい血液。

不快、不快だ。

しかし、ここで足を止めてしまえば私は殺されてしまう。

皆の願いを叶えることができなくなってしまう。


私は、どうすればいい。


これは、希望号の問いかけか。


決まっている。

このまま突き進めばいい。

気にするな、全て殺してしまえばいい。


俺は操縦桿を思い切り前へ倒す。

希望号は悲嘆の汽笛を鳴らし、さらに速度を上げていく。


潰れる、潰れる。

そうだ、人は生まれる意味も生きる意味も持たず、ただ死に向かって生きてく生き物だ。

それならば、この生の苦しみを全て消し飛ばしてやろう。


途中、目の前に黒髪に白い服を着た女性が現れ、その姿が一瞬アイと重なる。

だが、そんなこともお構いなしに、その女も轢き殺していく。


俺は意図せず嘔吐し涙と鼻水を流していた。


「あははははははははははは!」


愉快だ。

こんなに楽しいことがあるか。

この俺が、何者でもない俺が、何の力もないクズで情けない俺が、誰かの口車に乗せられ感情任せに誰彼構わず殺していくんだ。

どんなに幸せな人間だろうと不幸な人間だろうと偉かろうと奴隷だろうと、死んでいく。

そうだ、命は平等だ、等しく死ね。


そう、黒い感情を吐き出していたところで、なぜか線路に勾配がつき始め車体が宙に浮いていく。

まさか、この事態に耐えらない希望号が逃げようとしているのか。

いや、違う。

魔装鉄路が、あの時と同じように目の前に橋を象っていく。


『おい!このタイミングはまずい!ユウキ、聞こえているなら応答しろ!』


トーコが叫んでいる。


──そうか。

それなら、何もまずいことなどない。

むしろ、これからもっと愉快になる。


全て、全てが台無しだ。


空は赤黒く染まっていき、悲痛な叫びを孕んだ地鳴りが響き始める。

これからもっと楽しくなる、そう思った瞬間。


「そこまでだ」


誰かに腕を掴まれ五感が自身に帰還する。

そこにいたのはトーコだった。


「お前は自分が何をしているのかわかっているのか」


「さぁ。俺はお前らの傀儡だ、なんにも知らねぇよ」


「そんなはずはない。希望号と繋がったお前なら理解しているはずだ。これから何が起きるのか。今ならまだ間に合う。最小限の被害に抑えて、この国から脱出することもできるはずだ」


「知らねぇよ。希望号を走らせるのは、お前らの望みだろ。俺はそれに従っただけだ。二つ目の橋が現れようと、俺ができるのは操縦桿を前に倒すことだけだ」


サングラス越しでもトーコの顔が歪むのがわかる。


「なぜ、命を救おうとしない。なぜ、人類の希望のために走ろうとしない」


「どうでもいいから」


「……これでは、アイツの思い通りになる。今のお前は人間ではなく忠実な駒だ。わかるか?わかっているだろう。これは確かに仕組まれたことだ」


アイツとは誰のことだ。

あの聖女様か?

いや、あいつはそんなたまじゃない。


「悔しいと思わないのか。今まで奴隷として生き、大事な人も殺されたんだろう。この絶望が仕組まれたものなら、生者と共に希望を謳おうと思わないのか」


「そんな声帯なんて、とうに潰されたさ」


「……クソッ!」


どうしようもないと悟ったのか歯痒い様子で俺の腕を離し去っていくトーコ。

俺は再び希望号へと意識を寄せ、視界と意識を同化させる。


気づけば希望号は橋を渡っていた。

そして。


先程から響いていた地鳴りが眼下の街の地面を割り、一つ目の橋の時と同じく地獄が現れる。

それは、赤黒く濡れた地獄の住人達、永遠と続く戦争で死んでいった人間たちの怨嗟。

その無数に湧き出る蠢く死体は赤い波となり、あっという間に街並みを飲み込んでいく。

全て台無しだ。

人が築き上げてきた歴史も、人が紡いできた命も、これからの無限の可能性を孕んだ未来も、全て。


それでも、希望号は走る。

今、自分にできることはなるべく早くこの試練を終え橋を越えることだから。

そう、この地獄は試練の時に現れるのだ。

なぜかと自分自身に問えば、そう仕組まれているから、と。

俺もお前も、ただの駒に過ぎない。

それなのに、お前はどうして懸命に走る?

そんなに人の命が大事か?

死ぬために生まれて、この世の全てを喰らい尽くす存在のために走ることに何の意味がある?


──それなら、お前は、あれが殺せるか!


鋭い痛みが脳内に走り視線が勝手に前方へ向く。

あれは、線路上、進む先に誰かが立っている。

まさか、こんな場所に人がいるわけもない。


目を凝らす。

その姿を認識した瞬間、俺は勢いよくレバーを後ろに引き下げ急ブレーキをかける。

車輪と線路が甲高い音を立て、希望号は彼女の目の前で停車した。

そして、俺は訳もわからず覚束ない足取りのまま外に飛び出した。


橋の上、生温い風が吹く悲鳴に満ちた世界。

対峙するのは、存在するはずがないもの。


「お前は、何だ。また、幻か?」


「ここは今、あやふやな世界だからね。ユウキ、キミに伝えたいことがあったからオバケになって現れちゃった」


茶化したように笑う、シン・イー。


「……今さら、今さら何を言うことがある!!」


「言えなかったことがいっぱいあるんだ」


「死人が、罪滅ぼしでもして天国に行くつもりか?」


「違うよ。これは私のわがまま。ユウキに恨まれたまま」


「その名で俺を呼ぶな!」


クズのくせに、どうして善人面をしようとする。

そのエゴが俺の怒りの矛先を曖昧にし、行き場のない感情に苛まれるというのに。


「ごめんね。私はちっとも良い母親じゃなかった。自分の苦しみに耐えられず、キミに八つ当たりをすることもあった。一緒に逃げようと言える強さすらなかった」


「そうだ。そして、俺が馬鹿げたことに巻き込まれるように仕組み、俺に苦痛を与えた」


「違う、違うよ。間違えることもあったけど、私は本気でキミの幸せを願っていた。あの場所から抜け出すためには、そうするしかなかったんだ」


「ついさっきのことを忘れたのか?お前は俺を殺そうとしたんだ。都合のいい部分だけ切り取って自分を慰め思い出を美化しようとしているのか?」


顔を伏せ黙るシン・イー。

もう話すことはない、そう引き返そうとしたところ。


「──それは紛れもない親心だよ」


後ろを振り向くと、希望号の上にミス・アナが立っていた。


「強い憎しみがなければフォルティミア発現し定着しなかった。無力のままでは、これから先に進むなんて到底叶わないからね。それを踏まえて、彼女は憎まれ役を演じたんだ」


「またか。何もかも、お前らの手の内だったのか。だが、それなら何故、今になって現れた。そのまま、憎まれたまま死んでいけばよかったのに」


「それは君のためにならない。彼女を許さなければ、なにより君自身が自分を許せなくなってしまう。そうなれば、今の君のように自ら身を滅ぼそうとしてしまう。それでは困るのだよ」


ああ。

膝の力が抜け、そのままうずくまってしまう。

俺は、俺は。


──唐突に、背中がほんのりと暖かくなる。

目の前に現れた二本の腕を見て初めて、俺は抱きしめられていることに気づいた。


「こんな世界に産み落としてごめんね。幸せにしてあげられなくてごめんね。守ってあげられなくて、ごめんね」


涙に濡れた都合のいい贖罪。

その声に応えることなど到底できない。


「私を許さなくてもいい。これから辛いことも苦しいこともたくさん経験するだろうけど、ただ生きていてほしい」


「……もう、どうすればいいのかわからない。ただ流されて生きてきて、空っぽなんだ」


「生きて。これから、これからだから。この世界から逃げても、誰も責任を問う資格なんてない。希望号のことも気にしないでいい。安らげる場所で、これからどうするか考えればいい。未来はきっと明るいから。いつかきっと笑顔になれる日が来るから、諦めないで」


優しい声色の言葉が呪いとなって心に沁みていく。


「ああ、そうだな、その時に、ユウキの記憶の片隅に私の存在があったら嬉しいな」


温もりはゆっくりと消えていった。



再び走り始めた希望号の運転席で俺は抜け殻になっていた。

そして、追い打ちをかけるように、希望号が俺に眼下で死んでいく一つ一つの命にも同じようなドラマが存在するんだ、と強く訴える。

大量に人を殺さなければ走れない存在でありながら、なぜ綺麗事が言えるのだろうか。

いや、もう、どうでもいい。

俺はただ、何も考えずに身を任せていけばいい。


そして、希望号が走り去っていく街には、人の命も、悲しみも苦しみも全てが消え去っていた。


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