第19話 謀略
駅の近くにある高層ビル群の内、一つのとあるホテルに辿り着いた俺たちは、豪華絢爛なエントランスで受付の前にいた。
これらかここで宿泊し、明日の朝に希望号へ。
しかし、事はそう簡単に進まない。
「他をあたってくれ」
「なぜですか」
「そっちのは日ノ国人だろ。そんな奴に貸してやる部屋はないって言ってるんだ」
ホテルスタッフの接客業をしているとは思えない態度と差別的な発言にカタリナの表情に明らかな苛立ちが表れる。
「それなら、倍の料金を払いましょう」
彼女が取り出した、紙幣がこれでもかと詰め込まれた分厚い財布。
しかし、それを見てもスタッフの顔が和らぐことはない。
「お嬢さん、そういう問題じゃないんだ。この国で日ノ国人が拘束もされずに自由な格好で歩いているなんて、明らかに訳ありだ。厄介事は御免だね。本来なら、建物に入った時点で叩き出されるのが普通だ、さっさと出て行ってくれ」
歯嚙みするカタリナ。
この程度の差別に一々腹を立てても仕方がないと、俺は口を開く。
「いいよ、ここは素直に従おう。反抗していざこざが起こる方が面倒だ」
しかし、彼女はその言葉を耳に入れても簡単には動きそうにない。
このままでは、あちらで待機している警備員とひと悶着があるだろうと、カタリナの腕を掴み出口へ向かうと彼女も渋々といった様子で歩き出す。
「あなたは、悔しくはないのですか」
「日ノ国人の俺に、悔しいだと?そんな感情を持ったら殺されるんだ。それが当たり前だと受け入れて諦めるしか、痛みを伴わずに生きる手段がないんだ。とにかく、一々感情を露にするなよ」
そして、不貞腐れたままの彼女を連れ外に出ると、人の流れの中、見覚えのある人物と目線が合う。
そこに立っていたのは、あの時、食堂車で出会ったカメラマンだった。
彼はこちらは近づきカタリナに話しかける。
「一際目立つ二人が馬鹿みたいに、そこに入っていたから気になりまして。カメラを構える出来事でも起きるんじゃないかと思ったんでね」
相変わらず下世話な奴だ。
「宿をお探しなら、日ノ国人でも泊まれるところを案内しましょうか」
「案内?」
「私、こう見えて、この国の出身でして。この繁華街からは少し離れますが、国籍問わず誰でも泊まれるところを知っているんですよ」
こちらには目線をくれずにカタリナに向けて話す男。
奴の一挙手一投足が、俺の神経を逆撫でする。
「あ、申し遅れました。私、フリーのジャーナリストのリュウと申します。以後お見知りおきを」
*
どれくらい歩いただろうか。
先ほどの場所から離れ、雑然とした景観と密度が増していく人混みの中を進み、ようやく辿り着いたのは、スラム街とまでは言わないがボロ屋が並ぶ路地だった。
そして、彼が案内したのは木造の粗末な建物だった。
「日ノ国人を泊めてくれるとなると、このくらいのランクが妥当でしょう」
「……ええ。案内していただき、ありがとうございました」
「ああ、礼はいりませんよ。同じ列車で旅をする仲間ですから」
そのまま、何かを要求することもなくあっさり去っていく男。
「それでは、行きましょう」
「ああ」
*
一番初めに感じたのは臭い。
薄暗くボロいエントランスにはジメジメと、建物が腐っているのではないかと思うほどの匂いが漂っていた。
いや、俺は別に問題ない。
一応、若い女性であるカタリナに耐えることができるのか。
そんな心配を余所にカタリナは迷いなく受付に向かう。
そして、そこにいる中年の女性に話しかける。
「すみません、一泊、お願いしたいのですが」
「人数は」
「二人です」
「じゃあ、一部屋でいいね」
さっさとしろと言わんばかりに部屋の鍵をカタリナに渡す彼女。
サービス精神の欠片も感じることのできない対応に、また俺は差別を受けるかと思いきや、彼女はちらりとこちらを一瞥し視線を戻した。
「あの、おいくらですか」
「金なら先にもらってるよ。ほら、さっさとその日ノ国人を連れて部屋に篭っときな」
「それは、一体──」
「さっさと行きな!」
カタリナは戸惑いを浮かべながら、どうすべきか視線を泳がせている。
「どうしましょう」
「気にすることはないだろ。それより、ここで立っている方が迷惑そうだ」
店員はイライラした様子でこちらを睨んでいる。
「……そうですね」
その後、割り当てられた部屋に辿り着くと、そこは狭く不潔な六畳ほどの広さの部屋だった。
そして、かろうじて清潔さを保っているベッドに腰掛け時を過ごす。
しかし、沈黙に耐えきれなくなった俺は立ち上がる。
「どうかしましたか?」
「トイレに行くだけだ」
「そうですか。何かあったら、大声で叫んでくださいね」
「ああ」
部屋を出た俺は共同のトイレへと向かいドアを開けるも、鼻を刺す酷い異臭に顔をしかめる。
これは、長居しないほうが良さそうだ。
深く呼吸をしないよう意識し急ぎ用を足す。
そして、外に出ようと再びドアを開けた瞬間、俺の意識はそこで途切れた。




