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第1話 始まり

コンクリートの地面を這う熱気が身体に纏わりつく。

規則性もなく乱雑に建てられたビル群や巨大な工場らのおかげで微かな風すらも通らない街。

相変わらず、この国の夏は蒸し暑く居心地が悪い。

そして、俺は今日も居心地の悪い職場へと向かう。

街の大通りから外れ薄暗い小道に列をなして進む項垂れた人らに俺も加わり、あちらこちらに点在する工業地帯のうち一つの建物へ。

職場へ近づくほどに体は機械となり心は無となり、誰もが一言も発さず何食わぬ顔で進んでいく中、俺も同じように感情を失くしていく。


海に囲まれた島国、日ノ国(ひのくに)は戦争から免れた唯一の例外。

平和を謳うこの国は人材と土地を他国に差し出すことにより戦争から逃れた。

いや、厳密にいえば、この国が謳う終戦は幻想で、古くにあった戦争は今もなお続いており、武力とは別の形で侵略されていたのだ。

一番効率のいい侵略方法が挿げ替わっただけなのに、それに気づかず侵略者が掲げる平和を餌に国民は牙を抜かれ思考力を奪われ物言わぬ家畜へとなり、いざ戦争が始まる段階に至れば自らを敵に差し出すほどの腑抜けと成り下がった。

最初から仕組まれ、気づいた時にはもう手遅れだった。

男は戦争に用いる兵器を生産する奴隷となり、女は他国の人間の性欲処理の道具かつ人材を産み出す家畜として扱われるようになった。

誰も抵抗しない。

牙を抜かれ洗脳され閉じた世界で偽りの平和を与えられ幸福という名の腐った果実に依存させられた者共に、もはや抗う力など残っていなかった。


そんな国に産まれた俺は、物心ついた頃から働くことを義務付けられていた。

親の顔すらも覚えてない時期に親元から引き離され、奴隷として生きるための最低限の知識と世界共通語を叩き込まれ、戒めのため母国語も教えられ、教育を受けた後に働き続け、気が付けば十年の時が経っていた。

ただひたすらに働くために生きる。

その事実に疑問を持ったところで何が変わるわけでもなく、悩むだけ無駄だと歩みに意識を向け職場へ到着すると早速自分の持ち場へと向かう。

ここには人権なんてないため、就業時間に決まりはなく先が見えない中で日ごとに設定されたノルマを満たすまで働き続けなければならない。

特に環境面も最悪で数百人は優に収容できる工場内では機械と人が忙しなく動き、そこは空調が正常に動いているかすら怪しいほど蒸し暑く、気を抜けばふらふらと倒れてしまいそうだ。

そのような劣悪な環境の中で行う業務は、ただラインに流れる細々した部品を組み立て次のラインに流す、これだけのものだ。

狂ってしまわなければ苦痛を伴う単調な作業を行い、日ノ国の皆が大好きな平和というものをぶち壊す兵器の生産を行うなど全く滑稽な話である。


それでも、俺たちはこの道から逃れることはできないのだ。

この時代に手作業で大量生産品を作るなんてナンセンスな仕事に従事し、安くていくらでも買い替えがきく、安心安全の日ノ国製として他国にアピールし続けるのだ。

俺たちが思い上がらないように、身分をわきまえるようにするための枷として、俺たちはここに縛られている。


ああ、奴らの目論見通り、こうやって無為な長時間労働を続けていると喜怒哀楽といった感情が薄れていき、皆は何も考えずに生き僅かな金で酒や女を買い欲を満たすだけの生き物になっている。

周りを煽り革命でも起こせば何かが変わるかもしれないが、彼らはとうに諦め一種のヒエラルキーの下、どこか安寧すら感じさせる様相で生活を送っている。


俺もあのような人間になれば楽なのだろうが、なぜか引っかかるものがあり、そうはなれなかった。

何か違う行動を起こしていない時点で結局はあいつらと差はない、それでも、素直に欲を解放せずにどこか燻りを感じていた。

早朝から夜まで働き、長屋住宅の居間と寝室だけの家に帰宅し、日の当たらない黴臭い畳の上で泥のように眠る。

ただ、これを繰り返すだけの人生。

抱えた不満が膨らんでいく一方で、俺は変わらずにいた。



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