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第17話 ファーストブリッジ

「おう、ベル。ずいぶん遅かったじゃないか、ギリギリだぞ!」


「ゆっくりでいいって言っていたじゃないですか!」


「そんなもんは知らん!」


先頭車両の近くまで辿り着くと、二両目の車窓から顔を出す車掌の制服を身に纏い大きなサングラスをかけた人物が大声を出しメイドに話しかける。

声色から察するに女性のようだ。

彼女は、このような状況でも薄ら笑いを浮かべ余裕な態度を示している。


「それにしても、トーコさん!本当にこんな朴念仁で大丈夫なんですか!?」


「そんなもん知るか!すべては神の思し召しってやつよ。さぁ、さっさと準備しな!」


その声を合図に白い殻を纏った先頭車両から機械音がしたと思えば、滑らかな側面に長方形の黒い筋が生まれ、その部分が横にスライドする。

どうやら、それは自動ドアのようで、そこから車内に入れということだろう。


「さぁ、乗車してください」


「……ああ」


いつまでもこのような場所に長居したくないので、少し高さのある入り口に足をかけ乗車する。


内装を見やると外観からは予想できないようなランプやスイッチ、モニターなどの機械類でごちゃごちゃしており、その隙間を縫うようにいくつもの伝声管が壁を這っている。

そして、そのような中で一際目立つのが、中心に設置された玉座だろう。

いや、あくまで比喩ではあるが、それほどまでの存在感を放つ金色の装飾を施された純白の運転席が鎮座しているのだ。

手すり部分には口を広げた伝声管が一つと操作盤が取り付けられており、座面からほんの少し離れた場所に一本の操縦桿が生えていた。


「何をぼさっとしてんだい!さっさとその運転席に座る!」


その大きな声に驚き振り返ると、トーコさんと呼ばれていた人物が立っていた。


「ちょっと待ってくれよ。何が何だかさっぱり」


「ああもう、じゃあ簡単に説明するよ。この希望号は随分と気まぐれでね。こんな大層な名がついている割にはすぐ泣き言を漏らして走るのを止めるんだ。だから、ケツを蹴っ飛ばす奴が必要で、あんたが選ばれたってわけさ」


「理解できないんだが」


「いいから、ここに座んな!」


そう言いながら俺の背中を押し椅子の前に立たせ、肩を押し込んで強引に椅子に座らせる、何もかもがテキトウな彼女。


「操縦なんてできるわけないだろ」


「その操縦桿を前に倒せば前進する、簡単だろ!」


「だったら、俺じゃなくてもいいだろ。それに、今まで普通に走っていたのに、なんでこんなことを」


「ええい!ごちゃごちゃと五月蠅い!さっさと握れ」


これまた強引に操縦桿を握らされる。


「いいかい、逃げる素振りを見せたら、こいつでBANG!だからな」


視界の右側から現れたそれは拳銃だった。

それから二の句を告げることもなく去っていく彼女。

この状況を理解するなんて無理な話だが、やることは単純だと観念した俺は操縦桿を前に倒そうとする。

しかし、それはびくともしない。

一時、どうにかして動かそうとあくせくするもどうにもならないため、諦め操縦桿から手を離そうとした瞬間、俺の頭の中に強い頭痛と共に何かが流れ込んでくる。


『走りたくない』


なんだ、これは。

いや、何故か、理解できる。

これは希望号の感情だと。

いや、それだけじゃない、これは俺の感情でもあるのか。


『もう、疲れた』


ああ、何があったかは知らないが、確かなことが一つ。

コイツはもう、走りたくないのだ。

無理やり不味い飯をたらふく食わされ人間の為に走らなければならない、そんなものはもう御免だと。


彼女がケツを蹴っ飛ばす奴が必要だと言っていたのは、このことだろう。

そして、駄々をこねる希望号を再び走らせる役目が何故か俺に与えられた、と。


しかし、今の俺にはその命令に従うつもりは全くなく、むしろ安堵すら感じていた。

決して口には出せなかった言葉、死に向かう諦めの言葉が安らぎとなって俺の心に寄り添っていた。


そして、さらに深く希望号に身を預け初めて気づく、この状況の危うさ。

ここで希望号が再発進できなければ乗客全員が、死ぬ。

このままでは、いずれ橋が崩れ地獄に落ちる結末が待っている。


でも、もう、いいじゃないか。

人々の希望を乗せたこの列車ですらこの有様なんだ。

無理やり理由をこじつけて生きなくていい。

生まれた意味も生きる理由もなく生きて、人間が作った狭い世界で意味もなく死んでいく、それが俺たちだろう。

ここで終わってもいいんだ。

重荷に感じなくてもいい

ただの人間が紡いだ果てしない歴史のうち、刹那の無為な人生だ。


「でも、その一瞬こそが、全てでしょう?」


突然、頭の中に澄んだ女性の声が響く。


「彼女の死を無駄なものにしないと、意気込んでいたあなたはどこに行ったのですか?たったこれだけのことで挫折する程度の意思だったのですか?」


カタリナに似た説教臭い言葉に苛ついた俺は返答する。


「ああ、そうさ。俺はただ、痛みから抜け出したかっただけなんだ。あいつへの思いも染みついた奴隷根性に一瞬でも打ち勝つために必要だっただけだ。でも、もう十分だ」


「進める道がある、あなたの前には道がある。それなのに、自らの手で終わらせてしまうのですか?あなたにも聞こえるでしょう。苦しみ、悲しみ、それでも希望へ向かって進もうとする人々の叫び声を。それすらも無に帰してしますのですか?」


「俺には、悲鳴にしか聞こえない。それに、なぜ、俺なんだ。その辺の馬鹿をおだてりゃ、お前らが望む英雄になってくれただろ」


「あなたでなければ駄目なのです。あなたが希望を持たなければ意味がないのです。この言葉の意味がわかりますか?わかってください。こんなところで終わってはなりません」


「黙ってくれ!もう、終わりなんだ!クソみたいな場所に生まれて泥にまみれながら生きて、それを覆す力もなかった!そんな俺が、何かを成し遂げるなんてできはしない!……希望を持っても、辛いだけなんだ」


「たった一度、希望が潰えた程度で諦めるなんて、そんな人生で果たして心残りもなく死ねますか!」


頭に響く声が、より一層大きくなる。


「もう、いいじゃないか。楽にさせてくれ」


「死はいつだって、その身の恐怖をもって、あなたたちに生きろと、諦めるなと、そう励ましていたはずです!死んだら楽になれるなんて、それは自分自身が生み出した幻想にすぎない、死ねば終わりなんです。それでも、歩みを止めるというのですか!」


この声の正体は誰だ。


「何もわからない、生きる意味すらないこの世界で、それでも、せめて生きる意味を探すのが人間ではありませんか!そうでなければ、本当に、全てが無意味になってしまう!」


「人間の命が二束三文の世界で、何を言っているんだ。人間の人生にそれほどの価値があるなら、この世界の有様はなんだ」


「だから、少しでも意味のあるものに変えようとするのではないのですか!他ならぬ自分自身の意思で!」


何を言われようとも、もう、俺から言うことなんてない。

そして、少しの静寂が訪れたのち、今度は一瞬だけ、背筋が凍るような声が響く。


「──それなら、地獄に呑まれるといい」


突然、大きな衝撃が世界を揺らす。

何が起きたかは分からないが、ただ事じゃないのはわかる。

その時、左側の伝声管からトーコの怒声が響く。


『おい、橋が歪み始めたぞ!しっかりしろ!希望に向かう列車が棺桶になったら笑い話にもならないぞ!』


そんなこと、知ったことではない。

俺はこのまま何もせずにじっとしていればいい、それなのに。

握る操縦桿から感情が流れ込んでくる。

それは諦めではなく恐怖だった。

希望号の思念か、次第に鮮明になっていくそれはイメージとして脳内にこびりつく。

海に蠢く亡者が体に纏わりつき、尋常ではない数の悲痛や憎悪などがヘドロとなって身体中を駆け巡り、俺は叫び声をあげた。


苦しい、息が詰まる、恐怖が心臓を貫く。

駄目だ、耐えろ、希望号、ここで終わらせるんだ。


――気づいた時には、俺は何の抵抗もなくなった操縦桿を前に倒していた。

そして、希望号はゆっくりと走り始める。


『よっしゃ!よくやった!安定するまで気を抜くなよ!』


再び伝声管から響く声も曖昧に聞こえるほど、俺の胸中は情けなさで満たされていた。

死を諦めたのは希望号か、それとも。

また、俺は。


手に接着したように離せない操縦桿はそのままに、暗澹たる想いを巡らせながら時間に身を任せる

そして、また伝声管から彼女の声が響く。


『おい、もういいぞ。あとはこっちに任せろ』


その言葉で肩の力を抜き息を吐くと、スッと操縦桿から手が離れる。

希望号が走る音が響く中、立ち上がると一気に目眩、吐き気が襲い掛かる。


「ユウキさん、お疲れ様でした」


その声にふらつきながら振り向くと、いつの間にか背後にカタリナがいた。

いくつもの投げつけたい文句はあるが、疲労のあまり言葉を発する気力すら残っていなかった。

だから、せめて、これでもかと恨みを込めた視線を彼女へ送る。

だが、それも束の間、一歩二歩と踏み込んだところで意識が薄れ身体が前に傾く。

そして、目の前の彼女に抱き止められた感覚を感じながら俺は気を失った。


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