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第16話 地獄

万が一にも彼女らに追いつかれることが無いよう急ぎ足で声がする方へ向かう。


そして、黒の切符を持たない乗客がいる車両に差し掛かると、そこは阿鼻叫喚が響く身の毛もよだつ光景が広がっていた。

明かりのないそこにはふらふらと揺らぐいくつもの淡く光る青白い人影が浮かんでおり、それらは次々と乗客らを飲み込み、彼らは悲鳴、または贖罪を叫びながら精気を失ったように地面に倒れていく。

車内に居れば安全だと思っていたが、ここはそうではないようだ。

そして、そのような騒ぎの中、通路の中心に彼女はいた。

泣き声を上げるただの顔もない影、それなのに、それを彼女だと確信していた。

彼女はこと切れた乗客の隙間を縫って奥へ奥へと俺を導いていく。

普通なら足を止め引き返すべきなのだが、俺はただひたすらにその姿を追いかける。

今更言いたいことがあるわけじゃない、伝えたいことがあるわけじゃない。

それでも、俺の足は彼女の存在を確かめるために止まることはなかった。


気づけば、俺はいつの間にか完全に停車した希望号の外、橋の上に立っていた。

酷く寒く赤黒い世界、眼下の海にも、線路上にも無数の影が蠢いている。

そして、俺の目の前には、彼女がいた。


「……ああ、わかっているさ。俺を恨んでいるんだろう。何もできなかった、いや、それだけじゃなく、お前にさらなる痛みを重ねたんだ」


彼女はあの時のように口を開かない。

そもそも、顔がない。

しかし、顔も何もないただの影が俺をまっすぐ見つめているのはわかる。

アイは死んだ。

目の前にいる彼女はただのまやかし。

そう理解しているものの、俺は口を開く。


「くそっ、お前はもう死んだんだ。だから、俺は前に進もうとしたんだ。お前もそれを望んでいると思っていた。でも、そうじゃなかったのか?」


痛みを感じるほどの沈黙の中、彼女はそっと手を前に出し、手招きをし始めた。


「ああ、それが、お前の望みなんだな」


それを見た俺は彼女へと近づく。

自分の意思か、惑わされているのか、ゆっくりと彼女のもとへ。


──あと、一歩。


「我はここにあり。欺きの罪を背負い、闇に堕ち穢れた泥淖に藻掻くものなり。然らば!」


その声にはっと意識を取り戻し足を止め振り返る。

そこには、メイド服を着用し銀色の拳銃を構えた頓狂な姿をした金髪の女がいた。

更に不思議なことに彼女の身体の周りに光の粒子が舞い始める。


「聖なる主よ!我にその威光を与えたもう!闇の天蓋を打ち砕かんとす、ルクスルナエの如き煌きを!」


俺の目の前の彼女に向けられた銃口。

メイド服の女は躊躇なく引鉄を引いた。


その瞬間、銃から放たれた眩い閃光が彼女の身体を貫いた。


目の前の影はあっけなく霧散し、続けざまに周囲に群がる影を銃撃で蹴散らしていく彼女。

俺は希望号に乗車した時から夢を見ているのではないだろうか。

この世界に魔術が存在するとは知っていたが、実際に目の当たりにすると常識の範疇外だと思ってしまう。

呆然と立っていると、周りの影らは片付いており一息ついた彼女がこちらへ怒り顔で近づいてくる。


「まったく、切符を持っている人は食堂車にいるように言われなかったんですか、もう!」


「いや、それは」


「いえ、答えなくていいです!カタリナ様に連れてこられたユウキ様で間違いないですね!こんなところで油を売っている暇はありません、さぁ私についてきてください。このまま、外から先頭車両まで行きましょう」


返事をする間もなく歩き出す彼女。

しかし、状況の整理ができずに立ち尽くしていると、彼女はこちらへ振り向く。


「何をしているんですか!自殺志願者でもないのなら、さっさと来てください!」


少女らしからぬ気迫に圧され、彼女の後について歩き出す。

しかし、右手の希望号から響く乗客らの叫び声を聞いていると、ふとした疑問を口に出してしまう。


「乗客は、助けなくていいのか」


その疑問を口にした後、希望号に乗車して得た経験から下手な質問は彼女を苛立たせる行為だったと気づく。

しかし、前を歩く彼女は大きく息を吐き、あどけなさを残した声で答える。


「切符を持たないものを助ける義務はありません。いえ、むしろ助けてはいけないのです」


「なぜだ」


「この希望号が、何を燃料にして走っているか、知っていますか?」


質問に質問を返されるが、必要なことだろうと素直に答える。


「蒸気機関車なら、石炭じゃないのか」


「こんな立派な橋を産み出し休みなく走り続けるためには膨大な魔力が必要になります。石炭だけでは賄えません」


ああ、そうか。

しかし、その先は言わないでほしい。


「人間ですよ。この希望号は人間を食べて走るんです。理想を掲げれば勝手に寄ってくる、都合のいい餌ですから」


「……そうやって、自分らのために皆を騙して殺しているのか」


「そんな、人聞きの悪い。皆、それを知った上で乗車しているんですよ。強い肉体と精神があれば、生き残ることも可能ですから。皆、命懸けで叶えたい願いがあるのでしょう」


やはり、ここはまともじゃない。

いや、待てよ、なぜ俺はこの状況を受け入れようとしているんだ。


「ああ、くそ。そんなことよりも、この状況は何なんだ。こんなものが有り得るはずがないだろ」


「あの小さい島国から出たこともないお客様が常識を語れる立場ですか?魔法だって当たり前に存在する世界なのに、思い違いをしているのは自分だという思考に至らないのですね」


彼女は足を止めることもなく毒を含みながら淡々と話を続ける。


「何もわかっていないようなので簡潔に説明してあげます。ここは現世と幻想の境界が曖昧な場所です。そして、ここには人間から魂を抜き取る悪魔が住んでいます」


「悪魔?」


「ここの住人です。その辺に浮いてる影がそうですね。人間の肉体と魂を分離するのはものすごく難しいことなんですが、彼らは随分と上手にそれをやってくれるんですよ。そして、その隙を狙って希望号がその魂を吸い上げているんです。謂わば、彼の食事ですね。だから、私たちはここを意図的に走る必要があった」


狂乱が溢れる地獄、人間を飲み込む影、それに動じず当たり前のように事を話す人々。

こんな所にいては、いずれ俺も狂ってしまうだろう。


「……無駄話が過ぎましたね」


無駄だと言う割には、特に急ぐこともなく速度を変えず歩いていく彼女。


「急がなくていいのか?」


「希望号がお腹を満たすまで、少し時間がかかりますから」


ああ、聞かなければよかった。


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