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第13話 昼食

部屋を出て二つほど車両を抜け、軽食を販売している場所にたどり着く。

先ほどは素通りしただけだったが、内装に注意を向けると、やはり後方車両より作りが豪勢である。

暖かみのある木造の内装に幾つかのテーブルと椅子が並び、赤を基調とした絨毯やテーブルクロスが映えている。

右手中央の軽食が並ぶカウンターにはバーテンダーのような男性が立っており、その後ろには酒瓶などが並んでいる。

そして、何よりも注目すべくなのは、車両後方の貫通扉の傍に設置されたガラス張りのケース内にいる、等身大の人形だろう。

ウェーブがかった長い白銀の髪に白いドレスを着た、御伽噺に登場するお姫様のような姿をしている。


「これが何かご存じですか?」


「いや」


ショーケースに近づき、その姿を物珍しく眺めていたところ、気を利かせたであろうカタリナに声をかけられる。


「これは遥か昔、ゴーレムの中でもほんの短い間に造られた一体で、名前をハーヴェスティアといいます」


「ゴーレム?ただの人形にしか見えないが」


実物を見るのは初めてだ。

何故かえぐられた喉から見える灰色の機械が露わになってなければ人間と見紛うほどの見た目。

とても戦うために造られた存在には見えない。


「彼女は戦場に咲く一輪の花のように、ゴーレムのため、戦い死にゆく者たちの魂を奮わせる存在でした」


「魂を奮わせる?どうやって」


「歌を謳ったのですよ、彼女は。そのおかげで絶望的な戦況で勝利を収めたと、逸話があるくらいです」


「突拍子もない話だ」


ショーケースに近づきノックをしてもピクリとも動かない姿に、到底何かができるとは思えない。


「魂を奮わせるために歌を謳った。まるで、ゴーレムたちが生きているかのような物言いだな」


「その通り、彼らは生きているのですよ。心臓を動かし血を巡らせることだけが生きることではありませんから」


真面目に話を聞いていた俺が馬鹿だったようだ。

それよりも、この腹の虫をどうにかするのが先決だと、さっさと話を切り上げ近くのカウンターテーブルへと向かう。


「いらっしゃいませ」


紳士的な所作で話しかけてきた店員に一度目配せをし、カウンターの右側に設置されたケースの中に並ぶ食べ物を品定めする。

しかし、そこにあるのは犬の餌とは違う上等なパン類や洋風のお菓子ばかりで、そのような食べ物に全く馴染がない俺には選ぶのも一苦労だ。


「朝なら、これがおすすめですよ」


またしても俺の思考を読みとったかのように話しかけてくるカタリナ。

本当に、他人を苛立たせることが上手い女だ。


「ああそうかい。だったら、好きにしてくれ」


ウンザリした俺は全てを放任し、カウンターから少し離れた丸テーブルの席に着く。

自分でもこのような行動はどうかと思うが、彼女がそこまでお節介を焼きたいというのなら一々口を挟むよりも全て任せた方が楽だろう。

幸い、現時点ではこの車両に乗客はおらず、カタリナのような女性に対して横柄な態度をとっても問題ない。


そして、一時を経てトレイを抱えたカタリナがこちらへ向かってくる。


「お待たせしました」


「ああ」


テーブルの上にトレイが置かれると、早速、野菜とハム等が挟まれたパンを手に取り齧りつく。

固いパンを噛み締め咀嚼すると、素朴な味から具材の塩味や甘みが顔を出し、途端に鮮やかな味覚が呼び起こされる。

今まで犬のエサのようなものを食べてきたため、未知の旨味の暴力に耐えながら努めて表情を崩さず食べ進める。

途中で口に含む水すらも未知の飲料と感じるようだ。


だが、俺の食指はすぐに止まる。

ああ、一人の人間も救えず醜く逃げ出してきた男が、なぜ、こんな上等な食事を摂っている、何を喜んでいる。

忘れるな、俺は碌でもない人間なんだ、美味いものを食ったぐらいで顔を綻ばせてはいけない。


そう、思い出に感情を引き摺られていた時、唐突に響いたシャッター音により、注意がその方向に引っ張られる。

少し離れた場所、そこに一人の男が立っていた。

彼はこちらに接近し口を開く。


「これは失礼。あまりにも珍しい組み合わせだったため、つい」


首にかけたカメラを構えながら気の抜けた謝罪をしたのは、白髪交じりの頭に無精ひげを生やし、よれよれのワイシャツを着た中年の男性だった。

いつの間に近くに来ていたのだろうか。


「何用ですか」


「いや、私、記者をやってるものでして、東洋人の男と見目麗しい西洋人が一緒に居るところを見て、つい手が動いてしまいまして」


次から次へと、全く退屈しない場所だ。

だが、理解しがたいものに触れ疲弊している状況で変人どもに対応し続けては、俺の気は一時も休まらないだろう。

そう考えた俺は、カタリナに全てを任せ気にせず食事に戻る。


「なるほど、それは、お嬢さんの奴隷ですね?いやいや、他人の趣味に口を出すような無粋な真似はしませんが、しかし、もっとましな見てくれでないと、珍妙な視線を集めることになりそうですな。私でなくとも勘繰ってしまいそうだ」


今更騒ぐこともないそのセリフを無視して食事を続ける。

しかし、何を思ったかカタリナは立ち上がり、見たこともない険しい表情で記者の男を見据える。


「何も言わずにそのまま去っていただきたい。私の機嫌を損ねる前に」


「おっと、これは失礼。まさか、このような素晴らしい旅に奴隷なんてものを目にするとは思ってもなかったもので」


「その汚らしい口を開くなと言っている」


首に提げたカメラから手を離し、やれやれといった様子で軽く両手を上げそのまま去っていく男性。

何がそこまで彼女の気に障ったのか。

いや、落ち着いて飯が食えるならそれに越したことはない。


若干緊迫した空気感の中、ようやく食事を終えて一息をつく。


「さっきは、どうしてあんなに怒ったんだ?」


「あのような失礼な言い方をされたら、誰だってそうなるでしょう」


「今更腹を立てるようなことでもないだろ。それとも、あんたが奴隷を連れたいい趣味をした女性だと思われることに抵抗があるのか」


「そんなもの、気にするものですか。同じ人間なのにどうして奴隷なんて言葉が簡単に出てくるのか、それが許せないのです」


少しだけ口調が変わった彼女にたじろぐ。

まぁ、彼女は明らかに他人のことで感情を左右されるタイプだろう。

しかし、奴隷と馬鹿にされるよりも初対面の時に彼女が俺に言ったことのほうが、心に重く圧し掛かったのだが。


そんなやり取りをしていると、再びある人物が食堂車の貫通扉から現れる。

視界の端に捉えるだけで意識をそちらへ持っていかれるほどの存在。

跳ねるように大袈裟に歩く、童話の中から現れたような淡い水色のエプロンドレスで身を包んだ金髪の少女。

絶対にまともじゃない。

なるべく目を合わせないようにしなければ。


しかし、そんな抵抗も空しく、彼女は俺たちを視界に捉えると、これまた大袈裟な動きでこちらへ近づいてくる。

そして、立ち止まった彼女は両手でスカートを軽く引き上げお辞儀をする。


「ごきげんよう」


そう声をかけられるも、劇を眺める観客のように俺は動かないでいた。

それに対して少女もまた、決められた台本をなぞるような言動を続ける。


「ああ、素敵だわ。この旅での出会いといえば、話の通じないおじいさんや怖い魔女、不愛想な名もない役者たち。でも、ようやくまともな人と出会えたわ」


相手にされていないにも関わらず、俺らの隣の席に座る少女。

先ほどと打って変わってカタリナは特に行動は起こさない。


「私のことはアリスって呼んで」


「他をあたってくれ」


「他はもう全部あたったわ。でも、み~んな、お話をしようとしても似たようなつまらないことばかり話すの。悲しかったこととか苦しかったこととか、それをどうにかするために悲願の白の列車に乗ったって、涙ながらにね」


「残念だったな、俺も同じような話しかできねぇよ」


少女はつまらなさそうに頬を膨らませる。


「それを判断するのはこっち!このアリスが退屈しのぎに皆の望みを聞いて回ってるんだから、お兄ちゃんもこの列車に乗った理由を教えてくれればいいの!」


なんとも傲慢で自分勝手な少女だ。

他人の望みを聞きまわり、つまらない話だったと叩きつけるような輩に話すことなど何もない。

それに、そう問い詰められても今の俺に明確な目的などありはしない。


「そんなものはない」


「えっ、うそ!?ここにいるのに何も願いがないなんて、ありえないわ!そんなの、希望号に相応しくないもの!」


相応しくない、それは俺だって重々承知している。

ここは、俺のように何も知らず盲目でもない人間がいるべき場所ではないと。


「ああ。さぁ、用が済んだならさっさと」


「だったら、アリスがお兄ちゃんに目的をあげる!そう、アリスと同じ、人類を滅ぼす、っていう願いを!」


「は?」


「なにも可笑しいことじゃないよ。この世界って悲しみがいっぱいでしょ?でも、それも結局、人間が生み出したものじゃない?だったら、人間がいなくなってしまえばすべて解決だと思わない?」


唐突に何を言い出すかと思えば、とんでもないことを言い出す少女。

しかし、頭のおかしいその発言も、事実の一つではある。

それに、人間への嫌悪を抱きながらも宙ぶらりんな俺には理想にすら聞こえそうな響きだ。

そのおかげで、つい、不用心な肯定を返してしまう。


「まぁ、それも、そうだな」


「やっぱり!お兄ちゃんならわかってくれるって思ってた!」


嬉しそうに席を立ち、ぴょんぴょんと跳ねながら童話の中の少女のようにはしゃぎまわるアリス。


「やっと素敵なお友達ができそうだわ!これからの旅も楽しいものになりそう!できれば、そっちの仏頂面のお姉ちゃんとも仲良くしたいのだけど」


そして、次の標的はカタリナになる。


「それで、お姉ちゃんの願いは何かしら?」


「私はただ、皆の願いを叶えるためにここにいます」


「う~ん、自分の願いが他人の幸せ?それじゃあ、アリスの場合はどうなるのかしら?皆が死ぬことを望んだら、それも手伝ってくれるの?」


「そうなりますね」


「でも、皆の願いが叶うこともなくなっちゃうんだよ?たいへん!パラドックスが起きちゃうね!」


明らかに嫌悪を滲ませた表情をするカタリナ。

意外と、彼女は感情豊かなのかもしれない。


「あっそうか、生まれてこなければよかった、それは人類共通の願いだもんね。それなら、問題ないよね」


「いいえ、いいえ。それは違います。それはこの世界で幸せになれなかった、生きることに意味を見出せなかったものの言葉です。それに、あなたは誰かのために、なんて思いでその願いを抱えている訳じゃない。私には、あなたの思想が歪んでいるように見えます」


途端に、アリスは頬を膨らませ顔を上気させる。


「全く、失礼しちゃう!出会ったばかりのあなたに何がわかるのかしら!?自分が誰よりも正しいと思っているのかしら!」


「そんなつもりでは」


「お兄ちゃん、こんな女といちゃだめだよ!こんな奴はきっと、ことあるごとにその正当性を押し付けて相手に罪悪感を与えてお兄ちゃんの意思を挫いてしまうわ。いくら見た目がいいからって、惑わされちゃダメ!」


この少女も大概だと思うが、自分の意思でカタリナと共に居ると思われても困る。


「俺だって、好きで一緒にいるんじゃない」


その言葉を聞いた途端、彼女は眼を見開き口角を上げ俺との距離を詰める。


「それなら、これからはアリスと過ごしましょ?ああ、そうね、部屋だって変わってもいいわ。だって、アリスと同じ部屋の住人は一言も話さないつまらない子なんだもの。文句なんて何もないはずだわ」


「駄目です。黒の切符で決められたことは絶対です。あなたも運命に導かれた一員、下手なことは止めた方がいい」


口を挟んだカタリナに再び噛みつくアリス。


「運命?わけわかんない。そんなものを信じて何になるの?大事なのは自分の意思に従って行動することでしょ?所詮は結果の後付けである運命なんてくだらない言葉を口に出すなんて、詐欺師かよっぽどの馬鹿に違いないわ」


ああ、そうだ。

見た目はあれだが、なかなかいいことを言うじゃないか。

しかし、こんな小さい少女が放つセリフではない。


「言い争いなら他所でやってくれ」


「はぁ、そうね。この女がいる限り、楽しいお話しはできそうにないわ。まぁいいわ。お兄ちゃん、少しでも身の危険を感じたら、アリスに言ってね。アリスは一〇二号室にいるから、いつでもね。お茶を用意して待っているわ」


落ち着いたのか、再びスカートを持ち上げ会釈しフワリと去っていくアリス。


「ユウキさん、彼女を信用してはいけません。見た目は少女でも、中身は化け物のような歪なオーラを感じます」


「いや、あれは見た目だけでも避けるべき類の奴だろう。心配しなくても、あんな一緒にいるだけで疲弊しそうな奴と過ごすつもりはない。もっとも、アンタがこれ以上おかしなことをしない限りは、だが」


「ええ、わかっています」


それにしても、化け物とは随分と酷い言い様だ。

毛色が合わないと言うべきか、そもそも、彼女は他人と仲良くすることに向いていない性格と言うべきか。

これでは、皆の願いを叶えるなんて大それた目的には辿り着けないだろう。


「それでは、部屋に戻りましょうか」


「ああ」


立ち上がり、静まり返った車両を抜け部屋に戻る。

その後、狭い場所で彼女と長時間過ごす心配をかき消すように、食後の強烈な睡魔が俺に襲いかかる。

昨日は一睡もしていない上に激しい運動もしたんだ、それも当然だろう。


「少し、横になられますか」


「さすが、聖女様はなんでもお見通しってわけか」


「あなたの表情を見れば誰だってわかります」


それはそうだ。

ここは素直に睡魔に従おう。

俺はすぐにベッドに横になり意識を暗闇の中へ落した。


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