第11話 白の列車
白の列車に乗り込んだ後、今までとは打って変わって弛緩した空気が流れる車内。
乗車前の勢いも萎み、この身をどこに収めればいいかわからない俺は列車内をさまよう。
まずは先頭車両の方に向かい車掌にでも話を聞こうと、シンプルな見た目をした木造の内装の客室車両を歩けば、様々な人物が座席の数より多い状態で乗車していた。
老若男女、国際色豊かで身なりも今まで目にしたことがないものばかり。
「どうされました?何かお探しですか?」
客席をちらちらと眺めながら進んでいる途中、反対側からやってきた、おそらく乗務員であろう中性的な顔立ちをした人物に声をかけられる。
出発時にハンドベルを振っていた、あの。
「あ、ああ、いや、何も知らずに乗ったもんだから、どうしたものかと思って」
「ふむ、それでは、黒の切符をお持ちですか?お持ちでしたら、私に見せてください」
素直に自分の切符を彼へと渡す。
「はい、間違いありませんね。こんなところでウロウロしているなんて怪しいですが、まぁいいでしょう。それでは、部屋に案内いたしますね」
「部屋?」
「あれ、切符を受け取る際に聞いていないですか?」
「ああ、何も」
少しだけ怪訝な顔をする乗務員。
ここは誰しもが渇望する希望号、普通ならば確固たる意志を持って乗車する場所であり、素っ頓狂な俺の存在を疑うのも当然だろう。
「俺はただ、イかれた女に切符をもらっただけだ」
「いや、入手経路はどうでもいいですよ。さぁ、とりあえず、私についてきてください」
「場所さえ教えてもらえれば、それでいいが」
「そうですか。悪党に襲われ切符を奪われた、なんてことにならないように祈っていますよ」
奪われる?
歩き始めた乗務員の背中へ向けて、頭に浮かんだ疑問を口に出す。
「これに乗車している奴らは皆、切符を持っているんじゃないのか」
「へ?そんなわけないでしょう。そんなにポンポン発行できるような代物じゃないんです」
「それじゃあ、彼らは」
「別に黒の切符がなくても乗車はできますよ。ただ、ここにいる乗客は皆、個室や食堂車の利用ができないだけです。それでも終点まで行こうと思ったら相当身体に堪えると思いますが」
誰でも乗車できるなんて、肩透かしを食らった気分だ。
「それならなんで、皆、血眼になって黒の切符を求めるんだ」
「いや、優先して願いを叶えられる権利を手に入れられるのですから、それは当然でしょう。それに、今回みたいに誰でも自由に乗車できるようにしたのは、主任の温情のおかげなんです。多くの人が望みを叶えられた方がいいという建前でね」
「建前?」
「おほん、何でもありません」
乗車する前に見た希望号の車両数は十を優に超えるほどの数があったと思うが、その座席数以上の人間が乗っているとなると相当な数になる。
「でも、さすがに窮屈すぎないか。制限ぐらい設ければいいだろうに」
乗務員は呆れた顔をこちらへ覗かせる。
「ええ、ええ、ええ。そうですとも。この希望号が大飯喰らいじゃなきゃ、あなたの言う通り、乗客数に制限をかけて乗務員の私たちも今頃ゆっくりお気楽の旅を満喫していましたとも。こちとら寝台列車の管理だけであたふたしているっていうのに」
「何の話だ」
「いえ、いいです。どうせあなたに話しても理解できないでしょう。とにかく、私の願いは乗客の皆様に大人しくしていただくことです。切符を持つおしゃべりなあなたも、ですよ」
「……そうか」
「それでは、お部屋へご案内します」
一目惚れしそうな営業スマイルでそう言うと、再びさっさと歩き出す乗務員。
疑問に思う部分を根掘り葉掘り質問しようと思ったが、それも無理そうだ。
*
そのまま、乗務員に続きいくつかの車両を移動し、また次の車両に足を踏み入れた時。
突然、全身が硬直し前へ一歩も進めなくなってしまう。
ここだけ、明らかに空気が違う。
未知の恐怖に身体が凍ってしまいそうで、今すぐにでも逃げ出したくなるほど。
視線を動かすと、この車両の乗客は、たった一人を除いて誰もいない。
「お客さん、ここは気にせず、さっと通り抜けましょう」
この恐れを感じていないのか、調子を崩さず平然と歩き出す乗務員。
その姿に少しだけ安堵を覚えた俺は一度だけ深呼吸をし歩みを進める。
しかし、車両の真ん中の座席にぽつんと座る人物に近づくほど重力が増す錯覚に襲われ、その足取りは重くなる。
「おや、赤子でも連れて、お散歩中かい?」
そして、そこを通り抜けようとした途端に響く低く芯のある声に、とうとう俺はその場に釘付けにされてしまった。
声の主は黒いタイトドレスを纏った黒髪の女性だった。
「ミス・アナ、勘弁してください。仕事中ですから」
「ほう。君が例の日ノ国人か。ちょうど退屈していたところだ、そこに座り給え」
こちらを向いた彼女のパールホワイトの瞳と視線がぶつかり、俺の全身の毛が逆立つ。
そして、なぜか俺の身体は勝手に動き出し彼女の対面の席に座ってしまう。
「はぁ。あまりいじめないでくださいね、彼は切符持ちですから。あっ、お客さん、ここから四両先が寝台列車になっています。部屋の番号は黒の切符に記載してますので、そちらをご確認ください」
それだけ言い残し去っていく乗務員。
助けを求めようにも口が渇きうまく言葉を発することができない。
そのまま、冷や汗をかきながらも視線は彼女の瞳から逸らせず、恐怖に怯える時間が淡々と過ぎていく。
「そんなに緊張しなくてもいい。私はただ話がしたいだけだ。ほら、声を聞かせておくれ」
その言葉を認識した途端、肺に溜まっていた空気が声帯のつまりを押し退け吐き出される。
なんだ、これは。
催眠術でもかけられたのだろうか。
「あんたに話すことなんて何もない」
一刻も早くここから立ち去ろうとするも、席に釘付けされたように動けない。
「そう言うな。ただ、君の話をしてくれるだけでいい。君は今までどんな人生を送ってきたんだい?」
「俺の人生なんて聞いても、つまらないだけだ」
「それがいいんじゃないか。華々しい英雄譚なんて、もう聞き飽きたんだ。さぁ、君の人生を言葉で紡いでくれ」
なぜか、自分の意思とは関係なく自然と口が開いてしまう。
そして、気づいた時には全てを話してしまっていた。
日ノ国人として生きてきたこと、何もない惨めな人生だったこと。
そして、アイのことも。
「なるほど、うん、実にいい。それでこそだ」
俺の話を聞いた彼女は何かを納得したように独り言ちる。
「それから君はこの白の列車に乗った。それで、君は何のために、これに乗車したのかな?」
「別に、理由なんてない。ただ、あの場所から抜け出したかっただけだ」
「嘘はよくない」
「嘘じゃない」
「……まぁ、いいさ。どんな願いも叶うというのに、ありきたりな復讐劇や幸福を求められても、それはそれでつまらないからね」
どいつもこいつも、さも当たり前のように馬鹿げたことをのたまっている。
どんな願いも叶うだと?
そんな簡単な話があるなら、この世の全ては希望に満ちているだろう。
「なぁ、もういいだろう。さっさとここから解放してくれ」
「解放だなんて人聞きの悪い。だが、まぁ、今の君から聞き出せる話はこのくらいか。仕方がない、好きにするといい」
その瞬間、俺の身体は羽のように軽くなり今まで圧し掛かってきた恐ろしい空気も消え去っていく。
「長い旅路だ、また、話をしようじゃないか」
俺は挨拶も返さずにそそくさと彼女が居座る車両を後にした。




