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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

作者: 弥野未

 小学校の頃、引っ越してきて転入したクラスに馴染めなかった僕は放課後と言えば決まって家の近くの川に行って一人で遊んでいた。

 平べったい石で水切りをしたり、落ちてるごみを一斉に川に流してどれがゴールまで早く流れて来るか予想したり、石をめくって虫を探したり……。

 前に住んでいた家の近くには川が無かったので最初は何をしても楽しかったけれど、一人きりだとどれも何度かやれば飽きてしまって、結局は人に見つかりにくい橋の下のスペースに座り込み、携帯ゲーム機で充電が切れるまで遊んでから帰る日々を送った。

 家に帰れば両親がいた。どちらもホームワーカーで、オフィスに出勤しなくては行けない日は年に数えるほどしかなくて、だから僕は学校から直で帰るのが気まずかった。友達と遊んで来ないのかとか、うちに呼んでも良いんだよとか、そういうのを言われたくなかった。

 そのうちに僕は学校に行くのも嫌になって、朝学校に行くフリをして川に直行するようになった。



 橋の下は少し不思議な感じがする。

 日陰でひんやりして、水が流れる音以外は周りの音がちょっと遠くでしているみたいに聞こえる。

「何をしているんだい?」

「ウワッ!!!」

 突然耳の後ろから声がして僕は飛び上がった。

 僕は体じゅうがドクンドクン言ってるのを感じながら後ろを振り返った。

「ごめんごめん、びっくりさせたかい?」

 そこにいたのは白くて長い髭のおじいさんだった。

 上下同じ生地のスーツで、首には普通のネクタイじゃなくてヒモみたいなのを結んでいる。

「壊れてしまっただろうか」

「え……? あ……」

 飛び上がった拍子に手から滑り落ちたゲーム機は、硬い地面に画面の方から落ちていた。

 おじいさんを気にしながらそれを拾うと、画面にヒビが入っていた。

「……」

「すまん、弁償しよう」

 おじいさんの手がヌッと僕の方に伸びてきた。

「大丈夫です! ……割れたのは保護フィルムだけだから」

「ではそれを弁償しよう。売っているところへ連れて行ってくれないか」

「でも……」

「さあ行こう、だが早くは歩けんのでゆっくり案内しておくれ」

「……うん」

 おじいさんは片手にステッキを持っていた。年もかなり取っていそうだし、足が悪いのだろうと思った。

 もし万が一このおじいさんが悪い人だとしても、全速力で走れば逃げきれそうだと思った。


 僕はおじいさんと一緒に一番近い家電量販店のゲームコーナーに向かった。

「えっと……あ、これかな」

 オプション品を並べている壁の隅っこの下の方のフックに一つだけ下がっているのを見つけた。おじいさんを呼ぶ。

「なるほど……では私が買ってくるのでヒロシ君は先に外に出ていなさい」

「え? ……うん、わかりました」

 僕は言われたとおりに先に店の外へ向かうことにした。

『……あれ?』

 エスカレーターを降りながら、変だなと思った。

 店に来るまでの間に、おじいさんと僕は少し話をした。

 おじいさんが『学校はどんなところだい?』と訊いたので、僕は『勉強が大変だ』と答えた。

 おじいさんが『この町は好きかい?』と訊いたので、僕は『まだよくわからない』と答えた。

 おじいさんが『どうしてあの橋の下にいたんだい?』と訊いたので、僕は『誰にも見つかりたくないから』と答えた。

 だから、変だなと思った。

 僕は、おじいさんに自己紹介してない。

 それなのにおじいさんは僕の名前を知っていた。

 僕がどうしようかと迷っていると、数分もかからずにおじいさんがやってきた。

「さあどうぞヒロシ君」

「……ありがとう」

 僕はお礼を言っておじいさんからフィルターをもらい、ゲーム機に貼った。

「あの、もう暗くなってきたから帰っても良いですか?」

「おお、そうだね。ここから一人で帰れるかい? 私も一緒に行こうか?」

 おじいさんは夕日を眺めながらウンウンと頭を上下させた。

「平気です」

 僕が言い切るとおじいさんはそれ以上しつこくしなかった。

「そうかい、じゃあ気を付けて帰るんだよ、ヒロシ君。またね」

 おじいさんはまた僕の名前を呼んだ。

「……さようなら!」

 僕は家に向かって全速力で走った。



 今日も橋の下でゲームをする。

 毎日やってるダンジョンRPGは、この場所に来るようになってから何度も何度も挑戦しているのだけど全然クリアできない。

 激ムズだ。

 今日もクリアできそうにない。充電も残りわずかだと表示が出た。

「あっ」

 立ち上がった時、足元に転がっていた小石に気づかずに踏んでしまった。よろけた僕は転びたくなくて近くの橋脚に手を伸ばして体を支えた。

 ガシャン!

「あっ、……あ~ぁ……」

 またゲーム機を落としてしまった。

「またかぁ……」

 画面に貼ったガラスフィルムが割れていた。

「せっかく新しいのを貼ったのに……」

 僕は独り言を言いながら『あれ?』と思った。

 保護フィルムのヒビは昨日とまったく同じところに入っていた。

 偶然ってあるもんなんだなと思った。



「……っ、もう! 全然出来ないじゃん!」

 僕は苛立っていた。今日もゲームが進まないまま。太陽が沈みかけていた。

「ママ~、今日のご飯な~に~?」

「今日はパパの誕生日だからパパの好きな餃子とね~……」

 橋の上を歩く母娘の声が聞こえた。たまに聞こえる……こういうの。

「……帰ろ」

 橋脚に寄り掛かってしゃがんでいた僕は立ち上がって土手の方に出ようとした。

 ピシッ

「……?」

 指先に違和感を感じて見てみると、ゲーム機のガラスフィルムにヒビが入っていた。


 変だった。

 毎日毎日、僕はクリアできないゲームをやっていて、気が付くと画面にヒビが入っている。

 夕方家に帰るとなぜかヒビは消えて、僕はそれを持って橋の下に出かける。

 お母さんもお父さんも、僕が学校に行っていないことをもう知っているはずなのに全然怒らない。

 僕がご飯を残しても怒らない。毎日ゲーム機が壊れても怒らない。

 怒ってもらえない。

 どうして?



 僕は橋の下にいる。

 どうしてだか分からないけど、気が付くといつもここにいる。僕は最近忘れっぽい。

「こんにちは、ヒロシ君」

「こんにちは、おじいさん」

 おじいさんは時々やってくる。

 おじいさんはいつも同じ格好をしている。

「ねえ見て、また画面にヒビが入っちゃったんだ」

「そうかい、それは大変だねぇ…」

 おじいさんは僕の話を聞いてくれる。

 最初みたいに色色訊いてはこないけど、僕が僕の事を話すからおじいさんはもう僕の事をよく知っていると思う。

 僕はおじいさんと話をする時間が楽しいと思ってきたんだ。

「そうだ、知ってる? この川で溺れて死んだ子がいるんだって」

「……おや、そんな話をどこで聞いたんだい?」

 おじいさんは小さな目をちょっとだけ大きくした。

「さっき誰かがこの橋の上で喋ってた。もっと上流の方で落ちたんだけど、流れてきてこの辺の柱のどこかに引っ掛かってたんだって」

「……」

「なんでそんな危ない所に一人で行ったんだろう、馬鹿だね、その子」

「……」

 おじいさんはステッキで何度も地面を突いた。

「だってあっちは流れが速いし道が無くて大きい岩がゴロゴロで歩きにくいし…」

「大変だったかい?」

「……え?」

「ヒロシ君は川のどのあたりまで行ったことがあるんだい?」

 おじいさんは少し大きい声で言った。

「どこを歩いたかと訊いているんだよ。川沿いを真っ直ぐ? 橋を渡ったり山の方の道に入ったりもしたのかな?」

「そんなところ行かないよ。だって僕はずっとここでゲームをしてて……」

 あれ?変だ……。

 だったらどうして僕はこの川の上流の風景を思い出せるんだろう……

「川は子どもにとっては危険な場所だからね、事故に遭うのは致し方無い。大変だったね」


 大変…………だったよ


 そこまでも急な山道があったし


 途中で雨が降ってきて


 川の水がどんどん増えて


 向こう岸に渡ろうと思って足をかけた岩に苔みたいなのが生えてて

 滑って頭をぶつけて

 気付いたら水の中で

 息が出来たり出来なかったりしていっぱい水をのんで

 川の中の岩とかいっぱい流れて来た木とかにぶつかって


 痛くて

 苦しくて


 もうダメだなって思って


 もういいやって思った。


 そしたら、


 気付いたら、


 毎日ここでゲームしてる。


 朝になったらここにきて、夕日が沈むまでここにいる。

「その後もね、死んでるんだよ」

「……え?」

「この川の上流で溺れて死んでいたのが見つかった。三年前だ」

 知らない。

「その子は小学校六年生だった。頭は良くないが運動は出来る子だった」

 知らない。

「毎年夏には何度も川遊びに出かけるその子が、通い慣れた場所で……友達も周りにいたのにそれでも溺れて命を落とすなんてと不思議がられた」

 知らない。

「ほんとうに良い子だったんだよ」

「?!」

 温厚なおじいさんの顔はまるで別人のように皺が寄って、僕を睨んだ。

「西小学校の生徒だった。四年生の時は一組だったよ」

 四年、一組……。

「あの子が死んで川遊びは禁止になったが、子どもたちは大人の目を盗んでその場所での遊びを続けていた。……そして去年も二人死んだ。先に死んだ子とその二人は四年生の時に同じクラスだった」


 おじいさんの口から名前を三人分告げられた。


 知ってる。


 下の名前で呼び合ってた。

 憶えてる。忘れない。


 買ってもらったばかりの靴を汚された。


 教科書に落書きされた。


 体操着をトイレの中に放り込まれた。


 笑われた。


 無視された。


 インコを殺したのを僕のせいにされた。


 服を脱がされた。


 髪を切られた。


 机に虫を入れられた。


 笑われた。


 金を寄越せと言われた。


 万引きして来いと言われた。


 まだ生きてるのかと言われた。


 グズ


 ブサイク

 

 菌


 ウイルス


 ウジ虫毛虫芋虫ゴキブリ害虫…………



 ここでゲームをしていたら見つかった。

 嫌いなら無視してくれてればいいのに


 人間じゃないくせに人間みたいに遊ぶのは生意気だと言って

 ゲーム機を取り上げられて、ガラスフィルムを剥がされて、勝手に奴らの誰かの画面に貼られた。


 本体だけは取り返さなきゃと思って追いかけた。


 奴等はどんどん上流の方に逃げて行って


 山道は慣れてないからすごく大変だった。


 木の枝や草であちこちに切り傷が出来て


 靴も靴下もドロドロになって


 息がゼイゼイして足を止めるたびに先を行く奴らが僕をバカにして笑った。


 ……思い出した。


 僕が足を滑らせて川に落ちた時、アイツらはゲラゲラ笑ってた。

 助けてと言って手を伸ばしたのに、誰も助けてくれなかった。


 そうだ、だから僕はアイツらを道連れにすると決めた。




「三人を連れて行ったのは君なんじゃないのか」

 おじいさんは知っていた。

「もう一人で終わる」

 僕がそう言うと、おじいさんは僕を睨んだ。

「これ以上誰を連れて行くと言うんだ!」

「まだ三人だ。一人残ってる」

「もう止めなさい!一人で死んでしまって寂しいかもしれんが何の罪もない子を何人も道連れにするなど許せることではないぞ!」

 おじいさんは僕に怒っている。

 でもそれは変だ。

 僕はちゃんと思い出した。

「清太」

「!」

 グループの中ではあんまり酷いことはしてこなかったヤツだけど、いつもやられてる僕をニヤニヤ笑いながら見てた。

「清太は誰かの弟で、僕は嫌がらせされてるとこを年下のアイツに見られるのがすごく恥ずかしくて…すごく悔しかった……!」

「清太は何もしていない!清太は優しくていい子だ!」

「嘘だ!」

 おじいさんが変な事ばかり言って、僕はイライラが爆発しそうだった。

「兄の死体が上がったときあの子は『僕も連れていかれる』と言ったんだ…『兄ちゃんみたいにヒロシ君に殺されるんだ』と!」

「そうしてあげるよ!」

「私はそんなことは絶対にさせないと清太に誓った!孫を二人も連れていかれてたまるか!」

 おじいさんがステッキを振り上げた。

 そしてそのまま僕の頭の上に振り下ろした。

「っ!!!」

 ガツンという重い衝撃を頭に浴びた。

「やめて!痛い、痛いっ!!」

 何度も何度もステッキが振って来て僕は両手で頭を庇った。でも硬いステッキは庇っていない肩や脇腹や足を次々と殴りつけてくる。

「やめろよっ……やめろってば!!」

 僕はおじいさんに体当たりした。

「っ!」

 おじいさんはよろけて地面に倒れた。

 手から離れたステッキが転がっていって川の中に落ちた。

「私は……『じいちゃんが全部終わらせてやる。だから安心して待っていなさい』っ…清太にそう残して来たんだ!!」

 おじいさんは体を起こした瞬間に僕に向かって飛びついて来て、今度は僕が突き倒された。

「あの子のところへは行かせない!何年でも何十年でも、このまま押さえつけておいてやる…っ!!」

 いつの間にかおじいさんの手にはステッキが戻って来ていて、僕の喉にその硬い棒が力任せに押し付けられる。

 そんなことされたら息が出来ない。

 でももう僕は死んでるから苦しくないはず……

 なのになんでか痛いし苦しい。

「あ゙ああ゙ァ…ッ、ガァ、ッ……………、ゲホゲホッ…!」

 抵抗してもおじいさんは怖い顔をして何度も僕の喉を潰しに来る。

「こんなこと……あの子たちはしなかったろう?」

 しなかった。

 アイツらは暴力は振るわなかった。

「私のやってることの方が酷い……憎いだろう?!」

 大人にのしかかられる重さに肺が潰されそうだ。

「ッ……!」

 悔しい……死んでるのに……僕はもう死んでるのに…どうして思い通りに動けないの……

「ヒロシ……清太は諦めて私を連れて行くんだ」

「ぅ、……うぅぅ……」

 僕はおじいさんの腕や顔を引っ掻いたけど、うまく力が入らなくておじいさんは全然動かなかった。それでも藻掻いていたらおじいさんの首から垂れたヒモに指が引っかかったので、僕はそれを手首に巻き付けて思いきり引っ張った。

「グェッ……」

 おじいさんはカエルみたいな声を出した。

 その時やっと気がついた。

 おじいさんが首に巻いているのはおしゃれなネクタイじゃない。ただの紐だった。

「あ゙ァぁガッ…………」

 おじいさんの首に巻き付いた紐は僕が力を緩めても勝手にどんどんどんどん絞めつけていく。

 ミシミシと音がして、目の前のおじいさんの首に食い込んでいく。

 ボタボタと水が落ちて来るのを感じて見上げたら、僕のおでこにおじいさんの鼻と目から汁が垂れて来ていた。

 大きく開いた目からは今にも目玉が落ちてきそうだ。

「い゛ィ、ゴ……ゥ…………」

 おじいさんの両手が僕の頭を両側から掴んだ。

「い、イヤ………イヤダアアァッ!!」

 指の形にへこみそうな位に強く頭を掴まれたまま引きずられる。

 その方向でおじいさんの目的が分かった。

 引っ掻いても蹴とばしてもおじいさんはびくともしない。

 悔しい!

 僕はアイツらのせいで死んだのに!

 どうして僕が悪者みたいになってるの?!

 どうしてこんな目にあうの……?!

「……」

 おじいさんはコンクリートの縁まで行くと前に倒れ込むみたいに頭から川の中に落ちた。

 掴まれたままの僕もおじいさんをおもりにして水の中に引きずり込まれた……。



「ゴポ……」

 水の臭いがして、あの時の事を思い出す。

 いくら藻搔いても逃げ出せなくて、どんどん身体が重くなって、どんどん暗闇に吸い込まれて行く。


 おじいさんの膝が僕の肩に乗った。肉の無い腿でギッチリと耳のあたりを挟まれて、僕の顔はおじいさんのジャケットの生地で塞がれた。


 僕は、殺されるんだと思った。


 もう死んでるけど


 もう一度、殺意をもった相手から


 この世に存在するなと言われてるんだなって。



 僕は


 否定されてるんだって。


 ……悲しかった。


 好きで死んだんじゃない。

 いじめられなかったら、普通にしてたら死ななくて済んだんだ。恨まなくて済んだんだ。殺さなくて済んだんだ。

 悪いのは僕じゃない。悪いのはアイツらなのに。


 なんでわかってくれないの?なんで僕が僕だけがなんで僕だけなんでなんでなんでなんでなんで……っ


 ちゃんと…………

 分かってもらわないと


 僕がどれだけ悲しかったか

 もどかしかったか

 苦しかったか

 分かってほしかったか

 悔しかったか

 怖かったか

 憎かったか

 恨んでいたか


 僕を


 僕という存在を


 皆に


 知ってもらわなきゃ



 そしたらきっと

 僕が間違ってなかったって

 みんなにわかってもらえるから


 それには





 邪魔だな








 背後から懐中電灯の光を浴びた。正面の橋脚に影が映る。

「こんばんは。お巡りさんだけど、こんなに夜遅くに何してるのかな? 小学生? 一人だと危ない…………………………ヒッ?!!!」

 お巡りさんはあと数歩のところでピタっと立ち止まった。

 光が揺れて、ザリっと後ずさる音が響く。

「だいじょぶです」

 僕が振り返ると、お巡りさんは荒い呼吸をしながら目を見開いて僕の首から上を見た。

「あっ、…………ッ、…ハァっ、 、……っ…………ぁ、……ぁアタま………はっ!!!?」

「あの人が放さないからあげちゃった。ホラ」

「へ…?………ヒ、……っ、ぇ、ぁ…ぇ………えっ?!!」

 お巡りさんは僕から目を離すことに迷いながらも指さした方にライトを向けた。

「ぅわっ!!!!」

 川面で僕の頭をブイみたいにして抱えたおじいさんがゆらゆら浮いているのを見たお巡りさんは慌てて逃げようとして足がもつれて尻もちをついた。

 落とした懐中電灯は手の届かないところまで転がっていった。

「ねぇお巡りさん、清太のお家がどこか知ってますか?」

「!!! っ、や、やめロッ……来るなァ!!」

 僕が近づくとお巡りさんはお尻を擦らせて後ろに逃げる。大人なのに泣きそうな顔をしてる。

「清太が住んでるとこに行きたいんです……それか……清太を連れてきてくれませんか?」

「ヒッ!し、知らないっ!しらない知らない知らないから許してッ!!!」

 背中が橋脚についてしまったお巡りさんは両腕と頭を左右に振り回して僕を拒絶した。

「お巡りさんなのに知らないの?……嘘、ついちゃダメだよ。分かるんだから」

「や……やだ無理来るなって触んなっ…ハァッ…ヒッ、うぅぅぅっっ!!!」

 首筋に触れるとお巡りさんは体をすくませて堅くなった。

 僕は柔らかそうな喉の下の鎖骨の真ん中あたりをこじ開けて中に入ることにした。

「!!!」

「………………これで、行ける、かな」

 ザバっと水から何か出てくる音がした。まだ馴染んでいない頭の向きを動かしてみる。

「~ッギ、~ョ……ダァあ゙ッ!!」

「あっ!」

 僕の頭を片手に抱えたおじいさんが残りの手足を使って走り出した。

 おじいさんの走り去った道路には濡れた足と手の跡がくっきりと残っていた。

 僕の顔は思わずにやけてしまっているだろう。

「清太……清太に会える……清太、僕の……清太」

 自分以外の身体を動かすのは大変だったけれど、清太を連れ帰ることを思えば何でもない。

 おじいさんはまた邪魔をするだろうけど、敵わない相手じゃない。

 清太……どうやって殺してやろう……川に沈める……それともおじいさんと御揃いで首吊り……もし頭を捥いでやったら、おじいさんは僕と清太のどっちの頭を抱えて歩くのかなぁ?

「ふ、フフフフッ……」

 僕はおじいさんの足跡を追いかけながら清太の死んだところを想像して笑った。



 一軒家。


 ピンポーンとチャイムが鳴る。

 でも誰も出てこない。どの窓からも明かりがもれていない。


 おじいさんの足跡は家の中に続いていた。

 僕はお巡りさんを脱いだ。


「……」

 家の中。暗い。

 階段に水滴。

「……」

 二階。暗い。

 奥の部屋に向かう床に水滴。

「……」


 その部屋に入ってすぐの足元で丸いものにつまずく。

 僕の頭だ。

「……それ、なに?」

 おじいさんはベッドの上にカエルの体勢。

 何かに跨っていた。

 

 腐った人だった。


「ッギョ……ダあ゙ぁ」

 おじいさんが呼んだ。

 腐った人は動かない。


「あ゙ぁ、あ゙ぁ~~~~っ!!」

 おじいさんは腐った人の心臓があったところを何度も殴った。

 やっぱり腐った人は動かなかった。






「今日も進まなかった」

「そうかい、残念だね。明日また頑張りなさい」

「うん、そうだね」

 僕とおじいさんは川に戻った。

 清太を殺せなかった僕と、清太を守れなかったおじいさん。

 成仏するきっかけを失った僕たちはいつまで経ってもきっとこのままだ。

 死んだアイツらは誰もこの世に残っていないけど、

 僕は恨みを忘れないと決めた。


 橋の下でゲームをして、たまに川遊びにやって来る子どもを脅かして追い返す。


 誰も近づかないように。


 誰も僕のような存在にならないように。


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