前日
頭がガンガンする。
最悪の気分でルイはサンタハムレットへ帰宅した。家に入ると、いつもならもう寝ているはずのシェークが暖炉の前で待っていた。
それを不審に思って、ルイは無言で近寄る。
「…お帰り」
「………おい、くるみに何言った」
返事もせずに切り出したそれにシェークは溜め息をつく。
否定をしながらも彼女はルイの言葉に耳を傾けていたのは、やはりその願いを諦め切れないからだと、思っていた。それなのに、彼女は突然意見を覆した。
必至に否定して、必至に嫌われようと徹した。それは泣きそうなあの睨みですぐにわかる。
「わしゃ何もしとらん」
「嘘つくなよ! 余計なことすんな」
憤りを露わにした声音で吐き捨てて、ルイは自室へ向かう。シャークは一拍置いた後立ち上がる。
「お前、このまま行けば本来の目的を果てせなくなるぞ」
「俺は…、たとえどんな願いでも、叶えてやりたいんだ。例えそれでサンタになれなくなっても、あいつを見捨てるのだけはイヤだ。あいつの願いは、俺自身で叶えてやるんだ!」
ばん、と力任せに扉が閉まる。変わらない意志に苦笑する。彼がそう簡単に諦める性格じゃないことを、彼が一番知っている。だからこそ、彼女自身に断ってもらったが、それもバレた。
「仕方ないな…」
そう呟いた彼の声音が、何故だか若干嬉しそうだった。
○ … ○ … ○
軋む身体に痛みを覚えて目が覚める。いつの間にか座ったまま眠っていた彼女は、鏡を見なくてもわかる目の腫れに顔をしかめた。
頬に流れた涙はとっくに乾いて、ばりばりと顔を固めていた。
「最悪…」
いつも、クリスマスイブは最悪な気分だ。
そう、考えてくるみは膝を抱える。何時間泣いても、胸に残る苦い思いは消えはしない。忘れようと必至になっても、彼の顔は簡単に頭を過ぎる。
「もう、やだ」
誰か、助けて。
お母さん、お父さん、助けてよ…。
どうやって立ち直ればいいのかわからない。
どうしたらいいのか、思い浮かばない。
考えたくもないのに浮かんでしまう彼の顔に、どうしてこんなにも苦しくなるのか、くるみには理解できなかった。
○ … ○ … ○
気付けば太陽を見ることなく夜を迎えていた。身体は空腹を訴えているが何かを食べる気にはならなかった。
そっと押入れの中を覗いて、分厚いアルバムに手をかける。
めくればそこには両親との写真が溢れるほど詰まっていた。
笑顔が耐えない自分に、まるで他人を見ている気分だった。泣いてる写真など一枚もない。いつもいつも、両親と共に笑っている元気な姿。
「戻りたい」
あの頃に。
願うのはそればかり。両親と会いたい。両親がいた時代に戻りたい。
ただ、家族と共にいたいと願うだけなのに。
「会いたい」
また涙が溢れる。
強く、願うそれはだけど叶わない。願ってもいけない。
微笑む両親の顔を思い浮かべて、くるみは乱暴に涙を拭う。
『大丈夫! 叶うさ』
「───っ、」
聞こえてきた声に身体を震わせて顔を上げる。部屋を見回しても誰もいない。ベランダを覗いても、やはりいない。それでも確かに聞こえたのはルイの声。
カーテンをぎゅっと握って微笑む。
「うん、叶うよね」
ルイは言った。
たとえ彼が叶えてくれなくても、いつか…。
彼がサンタとなった後にでも、叶えてくれる。
「ありがとう…」
もう会えない彼に静かに呟く。
空を見れば、星が綺麗に輝いていた。
クリスマスまで後一日