三日前
大掃除、終業式、挨拶。それらを終えて彼女は帰宅する。明日からは祝日をきっかけに冬休みだ。
もちろん彼女にはバイトがびっしりと詰まっているが、クリスマスイブと当日だけは嫌なことを思い出すので入れてはいない。
すぐに私服に着替えて時間を確認する。まだ十二時過ぎだ。ご飯を軽く済ませて一度ベランダを見た。
今日も、来るのかな?
考えることは最近毎日のように訪れるルイのこと。それに気付いて彼女は首を振った。
親友、になったかもしれない。だけど、彼が本当に願いを叶えてくれるかどうかは別の話だ。
だって、そもそも死んだ人にどう会うの?
方法などない。だから、諦めたのだ。それでもルイは笑いながら大丈夫だという。
不思議だった。否定し続けたそれも彼が言うと本当になりそうな気がして。
すんなり信じそうになるくらいだ。
多分、彼が願いを叶えられなくても、私は恨むことなんてないんだろうな。
サンタは恨んだのに、彼は恨めそうにない。それは、本当に叶えようとしてくれてるから。真剣に自分に向かってきてくれるから。
もっと早く、身近にルイのような人がいてくれたら、と最近そんなことばかり考えている。
ガラガラ───
突然前触れもなく家の窓が開いた。反射的に顔を上げれば、その場所に立っていたのは予想していた人物とは違う。
少し年老いた恰幅のいい年寄りだった。
「あぁ、勝手にお邪魔します。貴方が宮本くるみさんですかね?」
「あ、はい。貴方は一体…」
「わしゃシェーク。ルイの師匠に当たるものです」
思わぬ来客に立ち上がる。ルイの師匠なら、つまりはサンタだ。それだけで無条件に警戒しながら後ずさった。
そんな彼女を気にする様子もなく、彼は勝手に向かい側へと座った。
「少しだけ、話を聞いてもらえませんか?」
「…ルイのことについて?」
「そうですね」
くるみの顔を覗いて柔らかく微笑んだその顔が、何となくルイとかぶって見えた。少しだけ警戒を解いてお茶だけ彼に出した。
「バイトもあるので、手短にお願いします」
「はい。では、単刀直入に申し上げます。ルイに言った願い事をキャンセルしてはもらえないでしょうか?」
言い方は柔らかいが、明らかに彼の言葉は固かった。くるみは返事をせずにじっとシャークを見つめていれば、彼はその続きを紡いだ。
「サンタ見習いからサンタになるには、一人の人間の願いを自力で叶えることが条件となります。ですが、それを叶えられずに試験に落ちれば、永遠にサンタになることはできません」
「え…」
どくん、と心臓が跳ねる。そうなれば彼はどうするのだろうか。本来やりたかったことが、本当にできなくなってしまうのだろうか。
不安が胸を満たして、身体が震えた。俯いて、何も言えないでいれば、シェークは彼女を意味深な瞳で見つめた。
「君は賢く、優しい子だ。だから、こんな事言うのも卑怯なのかもしれない。あいつが君だと決めた以上本当はわしが口出すことじゃないんだ。だけど、たった一人の教え子に、落ちる試験はやらせたくない」
「…わかってます。やっぱりあの願いは叶わないことなんだって。だけど、ルイは…」
「それがあいつだからな、仕方ない。でも、君が強く否定してくれれば、あいつもやろうとは思わないと思うんじゃ」
くるみは一度目をつむってルイの事を思い出す。否定しても、多分彼はやろうと考えそうだ。だけど、彼女も彼が悲しむ結果にはさせたくない。そんな結果を出させないためにも、この願いをキャンセルするしか道はない。
「わかりました。私も、親友には悲しい思いをして欲しくないから」
にっこりと笑ったその顔は、明らかに曇っていて、作り物だと誰にも分かる。だけどシェークはあえて気付かない振りをして微笑み返した。
「ありがとう」
ベランダから去っていったシェークがいた場所を無意味に見つめてくるみは強く唇を噛んだ。
思い出すのは初めて彼に会った時。まだ数日前の出来事なのに、妙に懐かしい。
そこまで彼の存在はくるみの中で大きくなっていた。
「本当は…」
彼にサンタになって欲しくない。
そう思う自分に嫌悪しながらも、彼女は静かに涙を流した。
クリスマスまで後三日