四日前 2
「ねぇ、何処に行く気? 私…お金あんまりないよ」
「そんなん気にすんなっ! 俺は一銭もない!」
威張って言えることじゃない気がするが、何とも清々しく言う。くるみは軽く苦笑しながらも、言葉を飲み込む。
見えるのはいくつか輝く星と明かりを漏らすビル。だけど、向かっているのは未だ不明。
「ルイはさ、生まれた時からサンタになることが決まってたの?」
「んや、俺は元々普通の人間でさ、去年まではくるみみたいに学校とか行ってたんだぜ」
少し興味本位で聞いたその答えは意外なもので、だけどやっぱりいつものようにさらりとしていた。
「……どうして、サンタになろうと思ったの?」
「うーん、忘れた!」
「はぁ?」
ケラケラと他人事のように笑ってルイはくるみを見た。綺麗な真っ黒な瞳に吸い込まれそうだと、何となく思う。
「ただ俺の師匠の話だと、俺自身…願いを叶えてやりたい奴がいたらしい」
「らしいって…」
「サンタに弟子入りする時の条件にあるんだ。それ以前の記憶を無くすことってさ」
だから、思い出そうとしても無意味なこと。
これはかなり前から決められた掟。
「でも、それじゃあ………」
「お、着いた!」
いつの間にか廃墟ビルの屋上まで連れられていたくるみはその場所にゆっくりと入る。
何もない屋上。だけどだからこそこの都会で綺麗な星空が広がっていた。
「綺麗…」
「だろ? 俺ここが好きなんだよ。この辺で一番」
冷たい風が吹き付ける場所に広がる大きな星空。寒いからこそ今日のはとても澄んだ景色で、感動を覚える。
「………そういやぁさっき何か言おうとしたか?」
「あ、うん。それじゃあサンタになっても、その一番叶えたかった人の願いは、叶えられるのかなって」
その場に座り込むルイの隣りに静かに腰を下ろして問う。ちらりと顔を覗けばやっぱりそこにあるのは笑顔。
「そうだな。でも、大丈夫だろ」
「何で?」
「絶対俺本能で見つけて叶えると思うんだ。俺さ、そういう勘はいいんだよ」
楽しそうに笑う。お気楽な考え方にどうしてそこまで自信が持てるのかくるみにはわからない。
だけど、本当にそれをやってしまいそうな気がした。
「ふ、」
「くるみ?」
「あはは、もうルイってわかんない。私までどうでもよくなっちゃうや。色々」
肩を震わせて笑うとルイは珍しく声もなく微笑んだ。慈愛に満ちた表情に胸が跳ねる。一度だけ見たことのあるそれは、何故だか落ち着かない。
「そんな風にもっと笑えばいいのに」
「………、うん、私もそうしたいけど。中々出来ないの」
去年から笑うことを忘れてしまった。自然と口端が吊り上がることなんてなかった。
だけど、ルイに会うと自然と身体がそれを取り戻して行く。
それが不思議で、温かい。
「くるみはさ、友達とか恋人とかいないのか?」
「いるよ、友達なら。恋人はいない。好きな人なら…いた気がするけど、もう覚えてない」
「そっか…。あ、じゃぁさ、くるみ」
突然立ち上がった彼にくるみは顔だけ上に向ける。前に立ったルイはそのまま手を差し出した。
「俺とは親友な!」
どんどん遠慮なく入ってくる彼は、やはり嫌な気分にはならない。ただそのまま入り込んでしまえば、この先どうなってしまうのか、それだけが不安で…。
でも、それでも彼女はその手を取って微笑んだ。
「うん、親友……ね」
「おう」
胸に広がる甘い痺れに、頬が熱くなる意味が理解できずにくるみは微笑んだ。
クリスマスまで後四日