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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第76話 勝負(前半ギュスターヴ視点)

 隣室への扉が大きな音を立てて開く。

 バルテレミーがギュスターヴに向け、剣を振り上げる。


(間に合わない……!)


 ギュスターヴは思わず目をつぶった。

 その瞬間。

 キン! と重い金属音が響く。ギュスターヴがまぶたを開けると、目の前にバルテレミーよりも背の高い、広い背中があった。剣を構えたディートシウスだ。


「ディートシウス!」


 ギュスターヴが歓喜の声を上げると、ディートシウスは鋭く言った。


「ギュス、カルリアナのいる所まで下がっていろ!」

「うん!」


 後ろを振り返ったギュスターヴはカルリアナを見つけた。幾分こわばった表情でこちらに向け、両腕を広げている。彼女を囲むように、クラウスをはじめとした護衛隊員たちも身構えていた。

 ギュスターヴはカルリアナのもとに走り寄り、その胸に飛び込んだ。


「よく頑張りましたね……」


 カルリアナがぎゅっと抱き締めてくれる。少し恥ずかしかったけれど、ギュスターヴは思い切り彼女にしがみついて甘えた。


 安堵あんど感を味わったあとでカルリアナの身体から離れ、バルテレミーと戦うディートシウスの方を見る。

 二人はすさまじい速さで剣を打ち合わせていた。

 ディートシウスに武術を学んだ濃密な時間の中で、ギュスターヴは以前よりもはっきりと格上の実力者たちの動きを目で追えるようになっていた。


 剣だけでは勝負がつかないと見たのか、ディートシウスが足払いを掛ける。

 バルテレミーは跳躍してそれをよけ、絨毯じゅうたんに足が着く前に剣でディートシウスの胴をごうとする。

 剣撃をよけたディートシウスは再び剣を振るう。

 それを見て、ギュスターヴは確信した。


(ディートシウスが勝った……!)


 ディートシウスは何重にも奥の手を持っている。得意の氷結魔法と固有魔法【攻撃倍加】を。

 ディートシウスの剣を絨毯に降り立ったバルテレミーが剣で受け止める。

 刹那の間にバルテレミーの剣が、あめ細工のようにぐにゃりと曲がり、真っ二つに切断された。ディートシウスが【攻撃倍加】を使ったのだ。


 バルテレミーが驚愕きょうがくに目を見開く。

 その隙をディートシウスは見逃さなかった。左の拳をバルテレミーの腹に打ち込む。おそらく、【攻撃倍加】で強化された拳で。


 バルテレミーは苦悶くもんにのたうち回りながら、胃の中身を吐き戻す。ディートシウスは彼を押さえつけ、首に手刀を入れた。

 バルテレミーが気を失ったことを確認したディートシウスは、剣を鞘に納め、息をついた。


「……さすがシェジュ軍の一翼を担っていただけのことはあるな。暗殺者三十人分くらいは強かったよ」


 安心したギュスターヴはカルリアナと顔を見合わせ、彼女とともにディートシウスに駆け寄る。


「よかった……! ディートシウス、怪我けがはしていない?」

「うん、かすり傷程度は出来ているかもしれないけどね」

「やっぱり、ディートシウスは強いや」


 ギュスターヴは誇らしい気持ちでディートシウスにしがみつく。ディートシウスが頭をなでてくれた。そこで、ギュスターヴはある違和感に気づいた。


(カルリアナがディートシウスに何も言わないなんて変だ)


 ギュスターヴは振り返る。


「カルリアナ? どうしたの?」


 カルリアナは一切の動きを止め、硬直した表情で、ある一点を凝視している。

 その視線の先には――。


   ***


 カルリアナは信じられない気持ちで、その光景を見つめていた。

 ディートシウスに気絶させられたはずのバルテレミーの指が、ぴくりと動いたのだ。


 カルリアナの様子に気づいたギュスターヴがバルテレミーの異変を目にし、わずかに遅れてディートシウスもそれを認識した。

 ディートシウスは即座にカルリアナとギュスターヴを背にかばい、バルテレミーに抜き放った剣を向ける。


 バルテレミーはまるでディートシウスが目に入っていないようなうつろな視線で、よろよろと手のひらで身体を支えながら、起き上がろうとしていた。

 その視線がギュスターヴただ一人を捉える。


「――ギュスターヴ」


 ギュスターヴが「ひっ」と恐怖の声を上げる。

 ディートシウスが落ち着いた声でバルテレミーに声をかけた。


「もうあなたに勝ち目はない。諦めろ」


 バルテレミーの耳にはその声も届いていないようだった。


「ギュスターヴ――貴様が、貴様が安易に父を語るな――まだ小僧にすぎないくせに――」


 バルテレミーは絨毯の上に落ちていた、根本の刃しか残っていない剣を手で探り、そのつかを握った。立ち上がると、ディートシウスの背後にいるギュスターヴにそのいびつな切断面を向ける。


 バルテレミーは完全に正気を失っていた。朦朧もうろうとした意識で、彼をここまで駆り立てているものはなんなのだろう。自分にゆがんだ教育を施した父親への憎しみか、それとも父親の人格をねじ曲げた王室のしきたりそのものへの憎しみか。


 ギュスターヴはすっかりおびえていた。耳をぺたんと伏せながら、尻尾の房毛をお腹につけ、身を縮こまらせてカルリアナにしがみついている。

 それでもディートシウスの邪魔にならないようにしているところは、さとく優しいこの子らしかった。


 ディートシウスはカルリアナとギュスターヴを背でかばいつつ、何かを待っているように剣を構えている。その背中から、カルリアナは彼のかすかな戸惑いを感じ取った。


(ディートは容赦がないようでいて、ケルツェン陸軍の頂点に立つ武人です。おそらく、なまくらになった剣しか持たず、満身創痍(そうい)で立ち向かってくる相手には自分から攻撃できないでしょう)


 彼に根ざした王室の戦士としての誇りと一種の甘さ。だが、そんなディートシウスの気高さと優しさをカルリアナは愛している。


 ならば、自分がやるしかない。


 カルリアナはディートシウスとギュスターヴのためなら、なんでもできるような気がしていた。【知識具現化】を使い、『精霊の本』のページからインテリツァを呼び出す。


「大詰めだね。カルリアナは何がしたいの?」

「バルテレミー公爵を死なない程度にぶっ飛ばして、二、三日は起き上がれないようにしたいです」

「あははっ、いいよ~」


 インテリツァの返事とともに、カルリアナの頭の中に呪文が浮かぶ。カルリアナは自分に身体を寄せているギュスターヴに言い聞かせた。


「ギュス、ディートの後ろにいるのですよ」

「うん……」


 カルリアナは魔力を右手のひらに集めながら、ディートシウスを巻き込まない位置まで素早く移動する。


「吹き飛ばせ――ショックヴェレ


 次の瞬間、巨体の大人一人分くらいはある衝撃波が、かざしたカルリアナの手から放たれる。衝撃波はバルテレミーの身体をみ込み、奔流のように壁に叩きつけた。

 陥没した壁からずり落ちたバルテレミーは、今度こそぴくりとも動かなくなった。


「あら、大変。王宮の壁をへこませてしまいました」


 カルリアナが思わずそう口にすると、ディートシウスが吹き出した。


「それ、今心配すること?」

「あなたに笑われるなんて心外ですね。まあ、作戦がうまくいってよかったですが」

「うん、本当にね。カルリアナ、俺とギュスを守ってくれてありがとう」


 目を細めてお礼を言うディートシウスの姿がまぶしく見えて、カルリアナは赤面しつつ応える。


「……どういたしまして。今回は足を引っ張らずに済んで、ホッとしています」

「三人で力を合わせた結果だよ。作戦立案の功労者はカルリアナだしね」


 この作戦の主旨は、バルテレミーを生かしたまま捕縛することにあった。

 ただし、そのためにはシェジュの同盟国であるケルツェン側の正当性を示す必要がある。そのため、カルリアナとディートシウスはギュスターヴにバルテレミーを挑発してもらい、バルテレミーがギュスターヴを攻撃するように仕向けたのだ。


 ケルツェンの賓客である、まだ幼いギュスターヴに剣を向けたとなれば、非は明らかにバルテレミー側にある。あとは、ディートシウスとカルリアナがバルテレミーと戦ったうえで彼を捕縛し、シェジュの王党派に突き出せば、作戦成功だ。


 バルテレミーに帯剣を許したままギュスターヴに対面させたのも、あらかじめこの応接間を片づけさせたのも、剣を交えることが前提だったためだ。


 先ほど、信じられないことがあったからだろう。ディートシウスは抜き身の剣を持ったままバルテレミーに近づき、また起き上がってこないか確認している。

 クラウスたちもバルテレミーを半円状に取り囲んだ。

 カルリアナも念のため、具現化した本を開きっぱなしにし、インテリツァをこの場にとどまらせた。


 ギュスターヴもまだ安心しきれていないようで、カルリアナのそばから離れようとしない。

 しばらくして、彼はバルテレミーの前にしゃがみ込むディートシウスに声をかけた。


「ねえ、ディートシウス、バルテレミー公爵は大伯父上のことが嫌いなんだよね?」

「多分ね」

「なら、どうして、大伯父上の悪口を言った僕に怒ったんだろう? あんな状態になってまで、なんで……」


 ディートシウスは油断なくバルテレミーを見つめたまま答える。


「ギュス、俺にはもう一人兄がいるんだ。俺はその兄のことが今でも嫌いだけど、あの人に会ったこともない奴がその悪口を言っているのを前にしたら、きっと怒るよ。親子や兄弟に抱く感情って、そんなに単純なものじゃないんだよ」

「……僕が妹を『生意気だけど可愛い』って思うようなもの?」

「そうだね。その感情を深掘りすれば、根っこは同じかもね。いずれにしろ、はっきりしていることがある。ギュスの心は、バルテレミー公爵よりも強いよ。どんなに目の前の相手が自分より強くて恐ろしくても、ギリギリまで踏みとどまったんだから」

「そうですよ。ギュスは強い子です」


 カルリアナがギュスターヴの頭を耳ごとなでると、彼はうれしそうな、大きな自信を得たような、明るい表情を見せたのだった。

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