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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第75話 バルテレミー公爵の来訪(後半ギュスターヴ視点)

 一夜明け、いよいよバルテレミーの来訪日がやってきた。


 獅子の紋章が描かれたシェジュ王室の馬車から降りたバルテレミーは、多くの供の者たちとともにケルツェンの王宮に入った。

 ギュスターヴと同じライオンの耳と尻尾を持っているにもかかわらず、彼は長身で筋骨たくましく、まさに百獣の王を体現したような姿だ。


「バルテレミー公爵、遠路はるばるよくおいでになった。ごゆるりとご逗留とうりゅうされよ」


 国王アーロイスに出迎えられたバルテレミーは、機嫌をよくしたように見えた。


「痛み入ります」


 アーロイスから少し離れた位置で、軍服姿のディートシウスとともにその様子を見守っていたカルリアナは、かつてなく緊張していた。


(あのお供たちの中には、間違いなく暗殺者が紛れ込んでいますね……)


 アーロイスはバルテレミーに王妃エリーザベトと王女ヨゼフィーネを紹介したあとで、ディートシウスとカルリアナの方を振り向く。


「公爵、こちらは我が弟ディートシウスとその婚約者、アルテンブルク伯爵カルリアナだ」

「これはこれは……。王弟殿下のご勇名はわたしも聞き及んでおります。先の戦争では、わたしは祖国の守備を任されていたのでお目にかかれませんでしたが、ようやくお目見えできて光栄です」

「ケルツェン王子にして王弟のシュテルンバール公爵、ディートシウス・ザシャです。こちらこそ、お目にかかれて光栄です」

「アルテンブルク伯爵カルリアナと申します。公爵閣下とお会いできて恐悦至極に存じます」


 微笑を浮かべていたバルテレミーの目がすっと細まった。


「お美しい女性ですね。ところで、お預かりいただいているギュスターヴ王子のご面倒は伯爵閣下が?」


 もしかしたらバルテレミーは、カルリアナが書状のやり取りをはじめとした一連の駆け引きに関わっていることに気づいたのかもしれない。

 カルリアナはできるだけ品よく答える。


「最初こそわたくしがお世話させていただいておりましたが、今ではディートシウス殿下が率先してギュスターヴ殿下のお世話を焼いていらっしゃいます。ギュスターヴ殿下も、とても懐いていらっしゃいますよ」

「さようですか。それはそれは……御礼申し上げます」


 バルテレミーは侍従に案内され、貴賓用の応接間に向かっていった。そこにはまだ、ギュスターヴはいない。まずは酒と軽食を用意し、バルテレミーをできるかぎり油断させる算段だ。


 それから一時間がたとうとするころ、カルリアナとディートシウスは別室で待機しているギュスターヴのもとに向かい、声をかけた。


「ギュス、そろそろです」


 ギュスターヴはカルリアナ以上に緊張した面持ちでうなずく。


「……うん、わかった」


 これから、ギュスターヴは別の応接間で一人、バルテレミーを待つ。続き部屋になっている隣室にはカルリアナとディートシウスが待機する手はずになっているとはいえ、しばらくは一人でバルテレミーと対峙たいじしなければならない。

 カルリアナはギュスターヴの両肩に手を置いた。


「ギュス、危険だと思ったら、すぐにわたしたちを呼ぶのですよ」

「うん」


 ギュスターヴの右肩の上に置かれている、カルリアナの左手の上にディートシウスが大きな手を重ねた。


「ギュス、頑張ってな。君ならできるよ」

「うん」


 師匠ともいえるディートシウスの激励に、ギュスターヴは力強くうなずいた。

 本当にこの子は強くなった。倒れたマルクの傍らで泣きそうな顔をしていた小さな少年と同一人物とは思えないくらいだ。


 カルリアナたちは廊下に出て、しばらく歩いた。

 応接間の前に到着すると、ギュスターヴはもう一度カルリアナとディートシウスに向け、うなずいてみせる。カルリアナとディートシウスもうなずき返し、その隣にある控えの間の前まで歩いていく。

 必ずまた、無事に会えることを神々に祈りながら。


   ***


 応接間に入ったギュスターヴは、まず室内を見回した。本来は貴賓用の部屋であるそこには、テーブルはおろか椅子も置かれておらず、絵画すら掛かっていない。これから「行われること」のためにすべて片づけられたのだ。


 ディートシウスに教えてもらったイメージトレーニングを行いながら、集中力を高め、余計な緊張を和らげていると、ノックの乾いた音が響いた。


(……来た!)


 ギュスターヴが返事をすると扉が開き、数か月ぶりに目にするバルテレミーが現れた。供の者はおらず、腰から剣を下げている。すべてカルリアナとディートシウスの作戦どおりだ。

 室内を不審げに見回したあとで、バルテレミーは言った。


「お久しぶりでございますな、ギュスターヴ殿下。少したくましくなられましたか」

「思ってもみないことを言うな。あんたは僕のことが大嫌いなんだろう?」


 バルテレミーの太い金色の眉がぴくりと跳ねた。


「しばらく見ないうちにこの変わりよう……どうやらディートシウス王子は教育を間違えたようですな。女王陛下がご覧になれば、さぞ悲しまれることでしょう」

「僕と母上を会わせる気なんかないくせに。それに、ディートシウスを悪く言うな。ディートシウスは厳しいときは厳しいけど、普段は優しくて面白いんだ。あんたの父親とは違う」


 バルテレミーの表情が凍りついた。

 なぜ、お前がそれを知っている。そんな顔だった。


(挑発……挑発しなきゃ……ディートシウスと仲が悪かったころを思い出せ!)


 これ以上口にするのは怖かったが、ギュスターヴはなおも続けた。


「僕は知っているんだ。芸術に興味があった大伯父上と僕を、あんたが重ねて見ているってことを。自分に厳しかった父親と僕に似たところがあるから、僕を嫌っているんだろう? それだけじゃなく、きっとあんたは僕が羨ましかったんだ。僕が自分と違って父上に大切に育てられたから」


 カルリアナから自分にとっては大伯父に当たる人とバルテレミーの確執を聞かされたとき、ギュスターヴは思ったのだ。彼がクーデターを起こして王室にこんな仕打ちをしたのは、きっと「羨ましかった」からだろうと。


「……黙れ」


 バルテレミーの声は地をはうようだった。

 ギュスターヴは身震いしたくなったが、なんとかこらえる。


「父上も母上も、多分、僕が芸術に興味があることを知っていたんだと思う。でも、無理に押さえつけようとはしなかった。母上はそれとなく大伯父上の話をするくらいで済ませてくれた。きっと、僕がもう少し大きくなってから、話し合いでなんとかしようと考えてくれていたんだ。あんたの父親とは違う」

「黙れ!」


 バルテレミーは歯ぎしりしながら剣を抜いた。顔は怒りで赤く染まり、瞳は眼光鋭くらんらんと光っている。


(まずい……! もう限界だ!)


 ギュスターヴは隣室に向かって大声で呼びかけた。


「ディートシウス! 今だ!!」

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