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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第74話 決戦の前(前半バルテレミー視点)

 自室のソファに座り、アーロイス王からの親書に目を通したバルテレミーは、手に持ったそれを破り捨てたい衝動をこらえながら舌打ちした。


「国王のほうか、王弟のほうかは知らんが、ここまでこちらを挑発してくるとはな……」


 いや、国王は【明君】などと呼ばれているが、甘すぎるほど温和な男だと聞いている。おそらくは王弟の差し金か。


 有能な部下に恵まれたとはいえ、クリューゲとの戦争時、その判断力と行動力で劣勢だった戦況を変え、彼一人でも多くのクリューゲ将校と無数の敵兵をほふったとされる王弟ディートシウス。


 やむなくケルツェンと講和を結ぶに至った、野心家のクリューゲ国王をして「ディートシウス王子がいる限り、今後、予がケルツェンに侵攻することはないであろう」と言わしめたという噂は事実なのかもしれない。


 ディートシウスが恐ろしく頭が切れる男であることは認めざるを得ないが、おそらくその傍らには知恵者がいる。だからこそ、バルテレミーが憎しみを抱くギュスターヴを餌に、こちらをおびき寄せようとしているのだ。

 全く、厄介な相手がギュスターヴ側についたものだ。


(ギュスターヴ……)


 あの少年が父と同じく、芸術への関心が高いとわかったときのことを、衝撃とともにバルテレミーはよく覚えている。

 ある日、参内したバルテレミーが歩いていると、ギュスターヴが廊下に飾られた肖像画をじっと見つめていた。


 その光景を目にしたバルテレミーは、身の毛がよだつ思いで立ちすくんだ。

 肖像画を見るギュスターヴのまなざしが、父が絵画をでていたときのまなざしとよく似ていたからだ。


 この王子は絵画に興味があり、誰に教えられずともその楽しみ方を知っている……。


 そう直感してから、バルテレミーはギュスターヴのことがすでに亡くなった父の分身のように感じられ、激しい嫌悪感を抱くようになった。


 皮肉なものだ。父のゆがんだ教育のせいでバルテレミーは芸術に関心を抱けなかったのに、父の妹の孫であるギュスターヴは、自然にその素養を身につけていたのだから。


 臣籍降下する王子は芸術とは無縁に育てられるが、その二代目以降はむしろ芸術に親しみ、文化財や文化人を庇護する者も多い。公爵家の二代目であるのに芸術に疎いバルテレミーは、明らかに他の王族出身貴族から浮いていた。

 そう思うと、余計にギュスターヴが憎かった。


(父上もギュスターヴも、わたしより弱いくせに……弱いくせに……)


 父は子であるバルテレミーを押さえつけて育て、ギュスターヴは女王の子として自分より上位に立っている。そのことが、バルテレミーは許せなかった。

 しかも、ギュスターヴは国を追われた今でも、ケルツェン王弟ディートシウスに守られている。


 自分の人生をめちゃくちゃにした王室には、当然辛苦を味わわせてやる。そのうえで、やはり父に似たギュスターヴは自分の手でけりをつけるべきなのだろう。

 バルテレミーがケルツェンの王宮に入る許可を得られれば、多くの従者を連れていける。その中に暗殺者を紛れ込ませ、ギュスターヴがバルテレミーとの接見のため、王宮に滞在するところを狙って始末できれば……。


(その方法しかないか)


 決断したバルテレミーは机の前に座った。アーロイス王への返信を書くために。


   ***


 バルテレミーから三通目の書状が届いた。カルリアナはディートシウスとともに王宮の応接間に通され、書状を読む。そこにはこう記されていた。


『ギュスターヴ王子と接見する機会を設けていただけるなら、異存はない。近々、ケルツェンの王宮に伺いたいので、日程の調整をしたい』


 王宮の応接間で、アーロイスから書状を見せてもらったディートシウスはニヤリと笑う。


「かかったね。さすがカルリアナ」

「うまくいくものですね。ところで、すごいのはわたしではなくインテリツァですよ」

「そのインテリツァにあるじだと認められたうえに、彼? 彼女? を使いこなしているカルリアナがすごいんだよ」


 そんなやり取りをしていると、向かいのソファに腰掛けたアーロイスが声を出して笑った。


「そなたたちは本当に仲がいいな」


 ディートシウスがキリッとした顔で応える。


「そうです、兄上。たまに彼女に叱られることもありますが、そういうときは大抵わたしが悪いので、素直に謝ることにしています」

「たまに……?」


 カルリアナが指摘すると、ディートシウスは調子外れの口笛を吹き始める。ごまかそうとしているのだ。

 アーロイスは腹を抱えて笑う。


「ははは。ディートもカルリアナさんに愛想を尽かされないよう、ほどほどにな。書状に書いてある日程の調整や細かい段取りは、わたしのほうでバルテレミー公爵の使者と相談して決めておこう。そなたたちはギュスターヴ王子をいたわってさしあげてくれ。まだ幼い身でおとり役を買って出てくれたのだ。きっと不安に押し潰されそうなときもあるだろう」

「はい、兄上」

「承りました、陛下」


 そして、数日に渡ってバルテレミーが来訪するための調整が行われた。その結果、バルテレミーは使者が帰国してから十日後に王都ゾネンヴァーゲンを訪れることが決まった。


 その日までの間――実際はギュスターヴがバルテレミーとの対決を決意した日から――ディートシウスはギュスターヴに今までよりも時間を割いて武術を教え、日帰りできる初級エリアに何度か連れていった。

 技術的な向上を狙っているというよりは、ギュスターヴに度胸をつけ、とっさに身を守れるようにするためだという。


 彼にとっての決戦を控えているからか、ギュスターヴは前より顔つきがたくましくなった。カルリアナたちと出会ったころより少し身長も伸びたし、ギュスターヴの家族が今の彼を見たら、きっとびっくりするに違いない。


 そして、バルテレミー来訪の前日。


 カルリアナとディートシウスが入浴前に、居間で明日の打ち合わせをしていると、ノックのあとに扉が開いた。現れたのは、寝間着姿のギュスターヴだ。

 カルリアナはギュスターヴに優しく声をかけた。


「どうしたのですか、ギュス。もしかして、眠れないのですか?」

「うん……なんだか緊張しちゃって」

「無理もありませんよ。ココアでも飲みますか?」

「もう歯を磨いちゃったからいいよ。……少し二人と話してもいい?」

「もちろんです」

「おいでおいでー」


 カルリアナとディートシウスに促され、ギュスターヴはうれしそうに二人の間に座った。そのあとで、暗い表情になる。


「明日バルテレミー公爵と会って、作戦どおりにできるのかな、って思うと、なんだか怖くて……自分から、やるって言ったのに」

「仕方ありませんよ。わたしがギュスと同じ立場だったとしても、そうなると思います」

「うん……ありがとう。ディートシウスも怖くなる?」

「俺でも怖くなると思うよ。だからイメージトレーニングをして、うまくいったときのことを想像するんだ。やり方を教えようか?」

「うん!」


 ディートシウスはイメージトレーニングの方法をギュスターヴに伝授したあとで、真面目くさって言った。


「ギュス、イメトレをしても、どうしても不安で眠れないようなら、俺とカルリアナと同じベッドで寝よう」

「誰があなたと同じベッドで寝るのですか!」


 カルリアナが即座に突っ込みを入れると、ディートシウスはなおも真顔で応じる。


「婚約中でも添い寝くらいなら問題ない」

「問題が大有りです」


 ギュスターヴは最初きょとんとしていたが、やがて意味がわかったらしい。ぷっと吹き出し、次いで大笑いし始めた。しまいにはこちらが心配になるくらいに笑い転げる。


「……お、おかしかった」


 涙を拭いながら、ギュスターヴはようやく笑うのをやめた。


「二人ともありがとう。僕、多分もう大丈夫だよ。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


 ギュスターヴを見送ったカルリアナとディートシウスは顔を見合わせた。


「いやー、冗談も言ってみるもんだねー。ギュスの緊張がいい感じにほぐれたみたいだ」


 ディートシウスがそう言ったので、カルリアナはじろりと彼をにらみつける。


「冗談だということは承知していますが、それでもあなたがああおっしゃると冗談に聞こえません」

「なんでー? いつもお茶目すぎるからかな?」


 おどけながらディートシウスはカルリアナと距離を詰める。突然のことにカルリアナがドキドキしていると、ディートシウスは微笑したのち、低い声でささやいた。


「明日は必ず成功させよう。ギュスのためにも、俺たちのためにも」


 ディートシウスは時折こういうことをしてくるから困る。そこが魅力的ではあるけれども。

 ともかく、カルリアナはうなずき、はっきりと口にした。


「はい、必ず。もしものときは、わたしがギュスを守ります」

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