第73話 作戦会議
アーロイスはすぐにバルテレミーの要請を拒否する返事をしたためたのち、シェジュに使者を立てた。
バルテレミーが再度ギュスターヴを引き渡すように要求してきたのは、最初の書状がディートシウスに届いてから二週間後のことだ。
今度の書状はアーロイスに直接宛てられたもので、かなり強い語調で『ギュスターヴ王子は我が国の王族であって、貴国の者ではない。早急にお返しいただきたい』と書いてあった。
ディートシウスとともにアーロイスに召し出され、書状を読ませてもらったカルリアナは憤懣やるかたなかった。もちろん、アーロイスは今回も断っておくと言ってくれたが。
「兄上、そのお返事を書くのはしばらくお待ちいただけませんか。何度も同じことを申し送ったところで、バルテレミー公爵は諦めないでしょう。何せ、女王陛下のご家族を始末しない限り、彼は決して王にはなれないのですから」
「ふむ、そうだな。ギュスターヴ殿下に、また直接刺客が差し向けられるやもしれない。だが、何か策でもあるのか?」
「その点に関しては、カルリアナと相談中です。ね?」
ディートシウスに話を振られたので、カルリアナは口を開く。
「はい。バルテレミー公爵を諦めさせるというよりは、彼をケルツェンに引きずり出し、徹底的に叩きのめしてしまおうと愚考しております」
アーロイスは目をみはったあとで、愉快そうに笑う。
「なるほど! 確かに、そなたはそういう痛快なところのある女性だったな。具体的にはどうするのだ?」
「奥の手を使おうかと存じております。すでにディートシウス殿下からお聞きのことと存じますが、先日、新たな力を手に入れましたので」
***
ディートシウスとともにシュテルンバール公爵邸に帰ったカルリアナは、彼と図書室に向かった。読書用に傾斜した机の周りに椅子を並べ、それぞれ着席する。
「では、インテリツァを呼び出しますね」
「うん、カルリアナが提案してくれた方法が一番効果的だろうからね」
ディートシウスに確認したあとで、カルリアナは【知識具現化】を使う。『精霊の本』のページを開き、インテリツァを呼び出した。
「やっほ~、なんだか大変なことになってるみたいだね。それで、今日はなんの御用かな?」
「わたしたちの無意識を覗いてはいないのですか?」
「先に見ちゃうとつまらないと思ってね。僕にだって感情はあるから、できるだけ楽しみたいわけさ」
この場合、他人の無意識を勝手に覗くのと、他人の命がかかっている状況を楽しむのと、どちらがより悪趣味なのだろう。
そう思ったものの、一秒でも早くギュスターヴを安心させてあげたいカルリアナは、突っ込みを入れるのはやめておいた。代わりに自分たちの要望を口にする。
「インテリツァ、あなたを呼んだのは他でもありません。現在シェジュで実権を握っているバルテレミー公爵の無意識を探っていただきたいのです」
「人の無意識ってものすごく広大だよ。どんなことが知りたいの?」
「公爵の弱みについて、です。例えば、もしその弱みを突けば、彼がケルツェンに直接出向かざるを得ないような」
「オッケ~、探してみるよ。ふふ、司書に探しものを依頼されるなんて、面白い体験! やっぱり君を主に選んでよかったよ」
一笑したインテリツァは具現化した本の中に戻っていった。
と、思ったら、すぐに本の外へと現れる。
カルリアナはさすがに驚いて聞いた。
「もしかして、もう終わったのですか!?」
「うん、無意識領域と現実って、時間の流れが違うからね。僕ら精霊には時の流れなんて、あってないようなものだけど」
「では、教えてください。バルテレミー公爵の弱点を」
「じゃあ、今から教えるよ。バルテレミー公爵ってね、実の父親に歪んだ教育を受けて育ったんだよね。それが理由で、彼はシェジュ王室とギュスターヴ王子をすっごく憎んでる。いや、憎んでると同時に執着してる、ってたとえても問題ないかもしれない」
「待ってください。憎んでいるのに執着している? しかも、王室はともかくギュスのことも?」
「俺には少しわかるような気がする。嫌いな奴って、すごく気になるからさ。一度どうでもいいって思えちゃえば、執着からも自由になれるんだろうけど」
ディートシウスにそう説明され、カルリアナは少し理解できたような気がした。婚約破棄されてからしばらくは、オイゲーンのことを無理に考えないようにしていたことを思い出したからだ。
とはいえ、ディートシウスに惹かれるようになってからは、次第にオイゲーンを思い出すことも減っていった。そして今は、〝わたしは薄情な人間なのかもしれません〟と思うくらい、本当にどうでもよくなってしまっている。
それでも、理解できないことがある。
「一体、ギュスが何をしたというのです?」
話が長くなりそうなので、カルリアナが机の上に具現化した本を開いたまま置くと、インテリツァはページの上に腰掛けた。
「ギュスターヴ王子は何もしていないよ。ただ、バルテレミー公爵が王子の芸術向きな本質を誰よりも見抜いていた、というだけの話さ。そして、諸悪の根源であるバルテレミー公爵の父親は武術よりも芸術向きの人だった。シェジュの王子に求められるのは芸術の才能じゃなく、武術の才能だったにもかかわらず、ね」
「……そういえば、以前ギュスが言っていましたね。おばあさまがまだ王女だったころに、武術が不得手なのに、文化的なものへの興味が人一倍あった王子がいた、と……」
記憶を手繰るカルリアナの言葉に、ディートシウスもうなずく。
「俺も覚えてる。その王子が周囲からバカにされていたから、ギュスは芸術に興味があることを、周囲に悟られないようにしていたんだったね。多分、女王陛下はギュスがその王子と同じ轍を踏まないよう、早いうちにそう言い聞かせて育てたんだろう」
「その王子はギュスのおばあさまの兄弟で――バルテレミー公爵の父親だったのですね」
インテリツァはニコッと笑う。
「そうだよ~。君たちは頭がいいから話が早くて助かるよ。バルテレミー公爵の父親は、周囲から自分の興味才能を否定されたあげく、苦手な武術を押しつけてきた家族――つまりシェジュ王室だね――をずっと憎んでいたわけさ。そして、臣籍降下したあとに生まれた息子に、自分にはなかった武術の才能があるとわかったとたん、その才能を鍛え上げて王室にとってなくてはならない存在にしようともくろんだんだ。周りから見ても厳しすぎるくらいにね。事あるごとに、『そんなことで弱音を吐いてどうする! 王室の奴らを見返せ!』って息子を叱咤してさ」
バルテレミーがギュスターヴの命を狙っていることはさておき、カルリアナは心から言った。
「……気の毒ですね」
バルテレミーも、その父親も、代々受け継がれてきたシェジュ王室のしきたりの犠牲者だといえた。
だが、一番気の毒な境遇なのはギュスターヴだ。本人は何も悪くないのに、ただただしきたりと大人たちの思惑に絡め取られようとしている。
ディートシウスも彼にしては珍しく憂い顔で言った。
「……なるほどね。バルテレミー公爵は自分を王室への復讐の手段として使った父親を憎んでいるわけか。だから、その父親と似て芸術への強い興味を持っているギュスも憎み、ある意味では執着している、と」
「そして、父親の人格をそんなふうに歪めた王室自体も憎んでいる……。ですが、だからといって、彼らの生育環境に関わったわけでもないギュスとそのご家族に復讐していいはずがありません」
ディートシウスは顔を明るくした。
「うん、そのとおりだ」
「そこで提案なのですが、バルテレミー公爵がそこまでギュスに執着しているのなら、『ギュスターヴ王子と直接会う機会を設ける』と持ちかければ、自らケルツェンに足を運ぶかもしれません」
「確かに! さすがカルリアナ。心理戦に持ち込むのは戦術的にも正しいよ。軍師になれるんじゃない?」
「褒め過ぎです、ディート」
ともかく、ディートシウスも賛意を表してくれたので、カルリアナは作戦の詳細を説明した。ただ、この作戦に穴があるとすれば、ギュスターヴを危険にさらしてしまうことだった。
ディートシウスもかなり悩んだようだったが、こう結論を出した。
「ギュスに直接聞いてみよう。ギュスは前に言ったよね。『僕にできることがあればなんでも言って』ってさ。俺たちが勝つ前提で言うけど、この件はギュスに深く関わる問題だ。俺たちにただ守られるんじゃなくて、ギュス自身が勝利に貢献したと思えたほうが、のちのちあの子のためにもなるんじゃないかと思う」
そう説明されて、カルリアナはハッとした。自分が恥ずかしいと思いながら、こう述懐する。
「ディート、わたしはギュスを守ることばかり考えていました。ですが、ギュスが大人になったときに、どうこの経験を振り返るかを考えると、彼に選択を委ねたほうがいいのかもしれません」
「じゃ、決まりだ」
ディートシウスは早速ギュスターヴを図書室に呼んだ。インテリツァはカルリアナたちが重要な決断をしていくさまが面白いのか、本の中に帰らずに、足をぶらぶらさせながら事態を見守っている。
インテリツァが調べたバルテレミーの話とカルリアナの作戦を聞いたギュスターヴは、真剣な顔で断言した。
「僕、やるよ。母上を助けられるなら、喜んで囮になる」
ギュスターヴの心は決まっている。ならば、自分たちもできることをするだけだ。
後日、ディートシウスは兄王に頼み、バルテレミーへの返信に次の文言を交ぜてもらった。
『貴公にケルツェンの王宮までご足労願えるのなら、ギュスターヴ殿下と接見できるように取り計らおう。大切な要望があるならば、使者を通したうえでの書状のやり取りで済まそうとするのではなく、そちらから出向くべきではないか?』




