第72話 揺れるギュスターヴ(ギュスターヴ視点)
「ギュスターヴ殿下、カルリアナお嬢さまとディートシウス殿下はお仕事でお帰りが遅くなるようですよ。お食事は先にお摂りになってください、とのご伝言です」
メラニーからそう言われ、ギュスターヴは少し残念な気持ちになった。いつもギュスターヴは、まずカルリアナとディートシウスに職場での話を聞く。それから、自分も今日あったことを話すのを楽しみにしているのだ。
いつの間にか、それが習慣になってしまっていた。以前は両親と妹とそうしていたのだが、一国の共同君主である両親は仕事が忙しく、食事を共にできないことも多かった。
その点、カルリアナとディートシウスは適度に時間にゆとりを持っていて、ギュスターヴとの時間を大切にしてくれていた。
カルリアナもディートシウスも仕事で疲れているだろうに、毎晩寝る前は、二人のどちらかが本の読み聞かせをしてくれる。
もちろん、両親のことは好きだ。
でも、カルリアナとディートシウスへの「好き」が日増しに大きくなっていくことをギュスターヴは感じていた。
(もし、二人と離れることになったら……)
両親と別れたときと同じくらい、あるいはそれ以上につらく悲しいのではないか、とギュスターヴは思い、軽く身震いした。
一人きりで食堂での夕食を終え、部屋に戻る途中、ギュスターヴは足を止めた。メラニーが今日は屋敷の警備の指揮を執っているクラウスと、廊下の隅で話していたからだ。
あの二人は仲がいい。もしかしたら、カルリアナとディートシウスのような関係なのかもしれない。その二人が深刻な表情をしているのが見えたので、ギュスターヴはなんとなく気になった。
気配を殺し、壁に張り付いたあとで耳をそばだてる。ライオン族のギュスターヴはあえて対象に接近しなくても、人の会話が十分に聞こえるのだ。
「まあ……では、お二人は国王陛下に謁見なさるためにご帰宅が遅く……?」
「はい。使いとしてよこされた護衛隊員はそう言っていました。おそらくは――」
クラウスは低く静かな声をさらに潜める。
「シェジュになんらかの動きがあったのではないでしょうか。お二人がそろって国王陛下に謁見なさるとなると、それ以外に考えられません」
シェジュの名が出たので、ギュスターヴは身体をこわばらせた。
メラニーの声がする。
「そうですね……。お二人はギュスターヴ殿下のことを本当のお子さまのように思っていらっしゃいますから。悪い知らせでないとよいのですが」
「これは推測ですが……わたしは『悪い知らせ』のほうではないかと思っています。もし、シェジュの王陛下と王女殿下が発見されたのだとしたら、真偽がわかり次第、真っ先にギュスターヴ殿下のお耳に入るでしょうから」
「確かに、そうですね……」
ギュスターヴは全身が冷たくなり、力が抜けるのを感じた。
(きっと、バルテレミー公爵が何か言ってきたんだ……僕がここにいることは、とっくの昔に伝わっているだろうから……)
二人がまだ何か話していたが、これ以上聞く気が起きず、ギュスターヴは気づかれないよう、重い身体を引きずるようにして部屋に帰った。
(どうしよう……どうしよう……)
カルリアナとディートシウスは、きっとバルテレミーの言うことになんか耳を貸さないでいてくれるだろう。
でも、ケルツェンの国王は?
国王は優しそうな人だったけれど、話がこじれればギュスターヴのことを厄介者だと思うかもしれない。そうなれば、カルリアナとディートシウスに迷惑がかかってしまう。
もし、自分のせいでディートシウスと兄王の仲が悪くなってしまったら……。
そう思うと、胸の中が申し訳なさでいっぱいになった。
「僕は……国に帰ったほうがいいのかもしれない」
靴を脱ぎ、ふかふかのベッドの上で膝を抱え、一人つぶやく。
(嫌だ。死にたくない……こんな形でカルリアナとディートシウスと別れたくない……)
そう思うと、涙があふれてきた。涙が次々と膝頭に落ちていく。
薄暗い部屋でどれくらいそうしていたのだろう。ノックの音で、ギュスターヴは現実に引き戻された。
「ギュスー、帰ったよー」
「遅くなってすみません。メラニーたちの言うことを聞いて、いい子にしていましたか?」
ディートシウスとカルリアナの声だった。ギュスターヴはバッと顔を上げてベッドから飛び降り、部屋に入ってきた二人に抱きついた。二人が驚く気配がする。
「どうしたのですか、ギュス。何があったのです?」
カルリアナに聞かれ、ギュスターヴは一番避けたいことを口にした。
「カルリアナ、ディートシウス……僕、シェジュに帰るよ」
「なぜ、いきなりそんなことを……?」
問いただしているのに、カルリアナの声は柔らかい。ギュスターヴはますます申し訳ないような気持ちになった。
「バルテレミー公爵が何か言ってきたから、帰りが遅くなったんでしょ……? カルリアナたちに迷惑はかけられない……だから、帰る」
次の瞬間、柔らかい感触がした。カルリアナに抱き締められたのだ。
「そんな必要はありませんよ。わたしたちの帰りが遅くなったのは、国王陛下にご協力いただくためです。陛下はあなたの引き渡しは断固として拒否する、とおっしゃってくださいましたよ」
「……本当……?」
ギュスターヴが信じられない気持ちで聞くと、今度はディートシウスの大きな手が自分の背に回された。カルリアナごと、こちらを抱き締めてくれたのだ。
「本当だよ。兄王は嘘をつかない。だから安心して。君はバルテレミー公爵のもとになんか行く必要はないんだ。前にも言ったでしょ? ギュスは必ず俺が――いや、俺たちが守るよ」
ディートシウスの声は優しい。ギュスターヴの頬にまた涙が伝った。
「僕……二人に甘えてもいいの……?」
ディートシウスが明るい声で答える。
「今更、何言ってるの。もう俺たちは家族みたいなものなんだからさ。家族の間でもけじめが必要なときもあるけど、今回みたいな場合はさ、ギュスを全力で守るよ。そうでしょ、カルリアナ」
「そのとおりです。ディートだけでなく、今はわたしにも力がありますから。ですから、泣かなくていいのですよ」
カルリアナはそう言って、ギュスターヴの涙をハンカチで拭ってくれた。
ギュスターヴは心から安堵した。カルリアナとディートシウスにしがみつき、二人の温もりを感じながら、声を落ち着けて応じる。
「……うん。僕、カルリアナとディートシウスを信じるよ。でも、僕にできることがあればなんでも言って。守ってもらうからって、二人の重荷にはなりたくないんだ」
二人の声が返ってきた。
「うん、わかった」
「わかりました」
ギュスターヴが顔を上げると、カルリアナもディートシウスも優しくほほえんでいた。




