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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第71話 シェジュからの要求

「クラウスとメラニーちゃんが付き合うことになった!?」


 陸軍総司令部の一般将校用の食堂にて。ディートシウスが大声を上げたので、周囲の将校たちが一斉に振り向く。

 彼の正面に座るカルリアナは、とろりとしたチーズがたっぷり絡んだ麺料理、ケーゼシュペッツレを味わうのをやめ、婚約者をたしなめる。


「声が大きいですよ。昨日、メラニーが教えてくれました。なんでも、ナウマン少佐とのデートの最中、現在世間を騒がせている爆破事件が起こり、それに関わったことがきっかけでお付き合いすることになったのだとか。もちろん、結婚前提です」

「ああ、クラウスはあの爆破事件の容疑者逮捕に貢献したからねー。ふーん、あれ、デート中だったんだ。まあ、可愛い後輩がついに結婚できそうでよかったよかった。あとで、からかってやろー」

「おやめなさい、嫌われますよ」


(ナウマン少佐がメラニーにおそろいの指輪をプレゼントしたことは、言わないほうがよさそうですね。絶対「似合わないー」などと、少佐をからかうためのネタにするに決まっていますから)


 二人が付き合い始めた以上、クラウスへの揶揄やゆはメラニーへの揶揄と同義だ。


 先日、カルリアナは【青銀せいぎんの洞窟】での活躍とディートシウスの推薦により、二ランク昇格し、上から三番目のランクの水晶竜級冒険者となった。だが、日常が特に変わったわけではない。

 カルリアナとディートシウスがいつもの会話を繰り広げていると、ディートシウスの副官が急ぎ足で現れた。ディートシウスが真顔になって尋ねる。


「どうしたんだ、わたしと食事をしに来たわけではないだろう?」

「は、恐れながら。実は、先ほど外務省より、シェジュから殿下宛ての親書が届きまして」

「親書……アレクサンドラ女王陛下から、ではないな?」

「はい。現在シェジュの実権を握っていらっしゃるバルテレミー公爵からです」

「すっかり元首気取りか」


 バルテレミーがギュスターヴの命を狙っているからだろう。彼の名を聞いたディートシウスの目は鋭い。ディートシウスは副官から書状を受け取る。


「ご苦労。確かに一刻も早く目を通したほうがいい書状だ」


 ディートシウスは副官を下がらせたあとで、書状に目を通し始めた。読み終えると、苦虫をかみ潰したような顔で、こちらに書状を渡してくる。カルリアナは彼から書状を受け取り、素早く目を走らせた。

 おそらく、カルリアナもディートシウスと同じ気持ちだった。

 書状にはこう書かれていたのだ。


『友邦にて同盟国であるケルツェンの王子にして王弟、シュテルンバール公爵ディートシウス殿下に申し上げる。貴殿のもとに我が国のギュスターヴ王子が逗留とうりゅうしていると伺った。まずはそのことをお礼申し上げる。しかし、貴殿はわたしに対して何か誤解を抱かれていらっしゃるようだ。わたしとしても、我が国にとってギュスターヴ王子が尊ばれるお方である以上、ぜひお返しいただきたく存じている。むろん、王子の滞在中にかかった費用は当方が負担する所存だ。重ねて申し上げるが、わたしはギュスターヴ王子をお母君であらせられる女王と同じく丁重に遇する用意がある。よい便りを期待している。――未来のシェジュ王にて現在の国家元首たるバルテレミー公爵ヴァランタン』


「……ふざけるのも大概にしてくださいよ」


 思わずカルリアナはそうつぶやいていた。

 ギュスターヴの母親を幽閉し、ギュスターヴとその家族を殺そうとしたくせに、「丁重に遇する用意がある」?


 バルテレミーは間違いなく、ギュスターヴが送り返されてきたら目立たぬように殺してしまうつもりなのだろう。そして自分は、子を失い、涙にむせぶ女王と結婚して王になる腹積もりなのだ。


 できることなら、この書状を握り潰して、びりびりに破いて捨ててしまいたいくらいだった。いや、厨房の火にくべてもらうべきか。

 ディートシウスがにっこり笑う。


「よかった。カルリアナも俺と同じ意見で。まあ、それは置いておいて。こんな話、断るに決まってる。カルリアナ、今から俺は兄に謁見を申し込むよ。謁見の時刻が決まったら仕事を切り上げて王宮に向かうつもりだけど、カルリアナはどうする?」

「許可が下り次第、わたしもご一緒させてください。ギュスの今後は、わたしにとっても大問題ですので」

「そう言ってくれると思った」


 来るべきときが来てしまった。そう思いはしたが、カルリアナは不安よりも心強さが勝った。目の前の人が、同じ気持ちでいてくれることがわかったから。


   ***


 ディートシウスが謁見を申し込むために使いを出してから数時間後。戻ってきた使いは、「国王陛下から、夕刻にディートシウス殿下およびアルテンブルク伯とご引見なさる旨のお返事を賜りました」と報告した。

 仕事を切り上げたカルリアナとディートシウスは、予定時刻の三十分前に王宮に到着できるよう陸軍の馬車で出発する。


 待合室で待つこと十分。名前を呼ばれたカルリアナとディートシウスは、そろって謁見の間に入室した。

 アーロイスに向け二人でお辞儀し、挨拶を済ませたあと、三人はそれぞれ椅子に掛けた。

 ディートシウスから書状を受け取ったアーロイスは、それに目を通したあとで苦笑した。


「なんともはや、だな。正直、呆れてしまうよ」


 カルリアナもディートシウスも表情を緩めた。

 以前、ギュスターヴがシュテルンバール公爵邸で暗殺未遂に遭ったことは、事件の直後にディートシウスがアーロイスに伝えている。

 二人ともアーロイスならそう言ってくれると思っていたとはいえ、事は国の外交方針に関わってくるだけに、少し不安だったのだ。


「兄上がそうおっしゃってくださり、安心いたしました。それで、ご相談申し上げますが、ギュスターヴ殿下を引き渡さないで済むようにお取り計らい願えませんか」

「もちろんだ。ギュスターヴ殿下の保護を許可しておいて、今更放り出すようなまねはしない。返信はわたしがしたためて、外務省を通じて送っておこう。『ケルツェンは、クーデターで実権を握り、幼子を害しようとした貴公にはくみしない』と明確に書いておくつもりだ。我が国も立場を明確にするときだからな」

「ありがとうございます、兄上」


 ディートシウスの表情には心からの感謝が表れていた。カルリアナも「誠にありがとう存じます、陛下」と続く。

 アーロイスは笑顔でうなずいたあとで、カルリアナとディートシウスの顔を交互に見る。


「二人とも、ギュスターヴ殿下を保護してから変わったな。責任ある親の顔になってきた」


 カルリアナは胸が温かくなるのを感じた。本当に、アーロイス王は自分たちのことをよく見てくれている。素晴らしい国王の御代みよを迎えられたことを幸運に思った。


「そうでしょうか……」


 ディートシウスが自信なさげに応じると、アーロイスは笑った。


「そうだ。カルリアナさんと出会ってから、そなたはどんどんよい方に変わっている。わたしはそんなそなたを見ていてうれしいよ。ただ強いというだけでは、人としてつまらないからな」


 ディートシウスは照れたようにほほえむ。


「はい……」

「カルリアナさん、改めて礼を述べさせてもらおう。ディートシウスの想いに応えてくれただけでなく、弟を導いてくれてありがとう」


 アーロイスの優しい目は、ディートシウスが柔らかな表情をするときの目とよく似ている。カルリアナは胸がいっぱいになった。


「もったいないお言葉でございます。わたくしこそ、殿下のおかげでよい方向に変わったような気がいたしますのに。今のようにギュスターヴ殿下に接することができるのも、きっとディートシウス殿下のおかげだと存じます」


「うむ、そうか」とアーロイスは温かな表情でうなずく。


「これから、事態はますます大変な局面を迎えるだろう。バルテレミー公爵に返信すれば、もう後戻りはできない。ギュスターヴ殿下を守り抜き、友邦シェジュに平和を取り戻す一助となるため、そなたたちには力を借りることになると思う。助力を頼めるか?」

「むろんです、兄上」

「微力ながら、力を尽くしとうございます」


 こうして、カルリアナとディートシウスの謁見は成功に終わった。だが、カルリアナたちはまだ知らなかった。同じころ、ギュスターヴが不安にさいなまれていたことに。

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