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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第70話 初級エリアでの冒険

 曝書ばくしょを終えて最初の休日。カルリアナはギュスターヴとともにディートシウスに連れられて、馬車で王都の冒険者ギルドを訪れていた。

 ディートシウスの馬車は目立つので、冒険者ギルドから少し離れた所で降車する。


 ディートシウスが冒険者ギルドに足を踏み入れるなり、受付の内側から仕事ができそうな一人の中年女性が現れ、恭しく言った。


「グリュンさま、本日はどのようなご用向きでしょうか? よろしければ、グリュンさまの力量にふさわしい案件をご紹介させていただきますが」


 さすが神竜級冒険者。初めて冒険者ギルドを訪れたときは、ディートシウス、ゲーアハルト、クラウスと神竜級冒険者が三人もそろっていたため、ギルド内が色めき立っていたのを思い出す。

 今は神竜級冒険者【ザシャ・グリュン】としてギルドを訪れているディートシウスは、カルリアナとギュスターヴを目で指し示した。


「ああ、今日はわたしが依頼を受けに来たわけじゃないんだ。この二人に合ったエリアを紹介してほしくてね」

「さようでございましたか。こちらの獣人族の方は、まだ冒険者ギルドにご登録いただける年齢ではいらっしゃいませんが、グリュンさまがお付き添いになるのであれば、特例としてご同伴が可能でございます」

「それは助かるよ」

「ご登録いただける年齢に達していらっしゃらない方と、銀竜級冒険者カルナ・ブルクさまに見合ったエリアと申しますと……」


【カルナ・ブルク】は冒険者ギルドでのカルリアナの偽名だ。【聖地】での「金剛竜級冒険者行方不明事件」を解決したからか、ギルド職員にも多少は顔と名前を覚えられているようだ。


 ちなみに銀竜級冒険者は、冒険者ギルドでは上から五番目、下から三番目のランクとなる。神鳥言語と神獣言語が扱えるということで、ギルド長が少し実力をおまけしてくれた結果だ。

 考え込んでいたギルド職員が結論を出した。


「初級エリア【青銀せいぎんの洞窟】はいかがでしょう? 出現する主な魔物はスライムやゴブリン。グリュンさまでしたら腕を振るだけで倒せる魔物ばかりなので、サポートも容易かと思われます。付随する依頼内容は、奥にある青銀石を少量だけ採掘してくること、となっております」

「うん、無難そうだね。その依頼、受けるよ。相談に乗ってくれてありがとう」


 ディートシウスはリーダーとして書類にサインする。

 カルリアナは身が引き締まる思いだったが、ギュスターヴはワクワクしているらしい。頬を上気させ、尻尾をくねくねさせている。

 その様子を見ていたら、カルリアナもほっこりしてしまった。


   ***


【青銀の洞窟】は王都からほど近い場所にあった。魔物さえ出なければ、観光地として通用しそうなくらいだ。


【聖地】探索の際は、ディートシウスたち神竜級冒険者の正体がバレないように、冒険者ギルドと【聖地】への移動には乗合馬車を使った。

 しかし、今回はギュスターヴがいる。護衛が必要だろうということで、王都の城門まではディートシウスの馬車を使い、そのあとは徒歩で来た。


 頑健なディートシウスはともかく、ギュスターヴは彼の身体に比べて大きめの短剣を腰から下げているのに、ライオン族だからかそれとも鍛錬の成果か、疲れた様子を見せない。


 カルリアナは【聖地】でも身につけた魔法防御力の高いローブ、ディートシウスは特殊な布で織られた黒い戦闘服、ギュスターヴはクロースアーマーを装備している。

 今日は三人だけの冒険ということで、洞窟の前でクラウスやマルクたち護衛とは別れる。


 洞窟の中に入る。中は寒いくらいに涼しく、時折水滴が落ちてくる。

 ギュスターヴの耳が動いた。魔物の声と足音、地をはう音が混じり合う。

 事前説明どおり、ゴブリンとスライムが現れた。それも四体。【聖地】に出現した魔物たちとは比べ物にならないが、カルリアナは油断せずに身構える。

 ディートシウスが指示を出す。


「ギュス、包囲される前に各個撃破していけ!」

「はい!」


 ギュスターヴが跳ねた。その勢いのまま短剣を振りかぶり、ゴブリンに向け斬りつける。ゴブリンは斬られた肩口を押さえながら倒れる。


「うえ……気持ち悪い感触」


 初めて生き物を斬った不快感に気勢を削がれたギュスターヴに、ディートシウスが厳しい声をかける。


「慣れろ! 強くなるためには避けては通れない道だ」


 ギュスターヴは気を取り直したように、今度はスライムに斬りかかる。


「うわ、なんだこれ!? ぶにゅぶにゅして気持ち悪いし、全然斬れない!」

「体内の核を探せ! 核を突けば倒せる!」


 ディートシウスの指導法はなかなかに厳しい。


(なんだか……ディートが職業軍人だということを今更ながら実感できたような気がします)


 スライムはやられまいとギュスターヴに体当りしている。ギュスターヴは半泣きになりながら言われたとおりに核を探し出し、短剣で突いた。スライムが蒸発していく。


 ホッとしたギュスターヴの後ろから二匹のゴブリンが襲いかかる。カルリアナはゴブリンに向け、魔法で作り出した火球を発射する。

 爆音にギュスターヴが振り向く。

 火球で一匹は仕留めた。だが、もう一匹はひるまずにギュスターヴに短剣を振り下ろそうとする。カルリアナは叫んだ。


「ギュス、危ない!」


 ギュスターヴが短剣を構えるのとゴブリンが真っ二つになるのが同時だった。ディートシウスが目にも留まらぬ速さで剣を抜き放ち、斬りつけたのだ。

 ディートシウスは剣を振り、血を払ったあとでさやに納めた。


「これで全部だな。初戦で二匹の魔物を自力で倒したんだ。ギュスは誇っていいよ」

「あ、ありがとう、ディートシウス。カルリアナも助けてくれてありがとう」


 褒められたことに照れながらお礼をいうギュスターヴに、カルリアナは駆け寄った。


怪我けがはありませんか?」

「うん、大丈夫。敵を倒すって……精神的にも大変なことなんだね。二人ともすごいや」


 そういえば、自分も魔物を倒したのは初めてだ。カルリアナは少し身震いしたくなったが、笑顔を作った。


「わたしはただ必死で」

「俺も慣れだよ。あんまり慣れ過ぎるのも考えものだけどね」


 明るい表情とは裏腹に、ディートシウスの言葉にはかげがある。


(そうでした。ディートは冒険者として魔物を倒すだけでなく、戦争で人を……)


 ディートシウスが【軍神】と称えられる裏で何を背負っているのかに思い至ってしまい、カルリアナは胸が苦しくなった。


 ギュスターヴはディートシウスのせりふに何を思ったのだろう。彼は短剣を鞘に納め、少し汚れた小さな両手でディートシウスの手をぎゅっと握った。ディートシウスを見上げるギュスターヴのまなざしには、敬意と優しさが満ちている。


「それでもディートシウスはすごいよ。僕を何度も助けてくれたもん」


 ディートシウスの緑がかった青い瞳が揺れる。


「……ギュスはいい子だな」


 ぽん、とギュスターヴの頭を優しく叩いたあとで、ディートシウスは底抜けに明るい声を出した。


「さー、次はカルリアナの新しい力を試す番だねー。魔物を探して移動しよー!」


(この依頼が終わったら、ディートをたくさん抱き締めてあげませんと)


 密かにそう決心しながら、カルリアナはディートシウスに導かれ、ギュスターヴとともに次の開けた空間に移動する。


 いた。コブリンをはじめとした魔物が十匹以上。奥には巨大なゴブリンもいる。

 ディートシウスが口笛を吹く。


「あらら。ホブゴブリンもいたか。初心者にはちょっとつらい敵だね。俺がいて正解だったよ」


 ギュスターヴはホブゴブリンの強さを感じ取ったのか、身体を縮こまらせ、耳を伏せている。カルリアナは彼を守るためにも前に出て、ディートシウスに並んだ。


「ディート、インテリツァを呼んで魔法を使ってみます。わたしが討ち漏らした分は、あなたにお願いします」

「了解」


 こちらに気づいたホブゴブリンがえ、ゴブリンたちに号令をかける。ゴブリンたちが武器を手に向かってくる。

 カルリアナは以前、インテリツァから受けた説明どおりに【知識具現化】を使い、『精霊の本』のページを開く。


「やっほ~! 僕の出番みたいだね」


 インテリツァがページから現れるとともに、カルリアナの内側を強大な魔力が循環し始める。カルリアナは頭の中で〝この場の魔物を殲滅せんめつしたいです〟と念じた。詠唱すべき呪文が頭の中に浮かび上がる。

 カルリアナは前方に両手のひらを突き出し、詠唱した。


「討ち滅ぼせ――ツェアシュテーレン


 両手のひらから魔力がほとばしる。次の瞬間、白い閃光が走り、魔物たちを焼いた。

 反射的に目をつぶったカルリアナがまぶたを開けると、そこには何もない空間が広がっていた。魔物たちは跡形もなく消え失せていた。

 両目を腕で覆っていたディートシウスが感嘆の声を上げる。


「すごいな……! これなら中級――いや、上級の魔物にも通用しそうだね。あとでギルドに報告しよう。カルリアナは昇格間違いなしだ」


 予想以上の強力な力を得たことに、カルリアナは言葉を失っていた。インテリツァが「この調子で僕を使いこなしてね~」と言いながら消えていったのに、うまく反応を返せなかったくらいだ。

 ふと、軽く背中を叩かれ我に返る。ディートシウスだった。


「カルリアナ、せっかく手に入れた力だ。うまく使っていくことを考えよう。自分と大切な人たちを守るような方向にさ」


 その言葉を聞き、カルリアナはようやく一息つけた。


「そう……ですね。ありがとうございます、ディート」

「さて、依頼達成までもう少しだ。腕試しはできたし、あとは青銀石を見つけよう」


 ホブゴブリンを倒したからか、その後は魔物が出ることもなく進んでいけた。洞窟の最奥部に、きらめく青銀色の鉱脈がある。主に魔道具や武器・防具の材料として重宝されている鉱石、青銀石だ。

 カルリアナは自信を持って告げる。


「間違いありません。あれが青銀石です」


 ディートシウスがベルトから採掘用のハンマーを取り出し、ギュスターヴに差し出す。ギュスターヴは困惑したような表情になる。


「え……でも、僕は最初に少し戦っただけで……魔物の親玉を倒したのはカルリアナだし」

「さっきも言ったけど、あれだけできれば上出来だよ。ギュスは冒険者デビューしたばかりなんだから、何もかもが新鮮だろう? 今のうちにいい経験を積んでおかないとね」

「……うん、わかった。ありがとう、ディートシウス」


 ギュスターヴはぴんと尻尾を立て、うれしそうにハンマーを受け取った。

 鉱脈の前でしゃがみ込み、ディートシウスにアドバイスを受けながらハンマーを打ちつけていく。時間をかけて、ギュスターヴは少しずつ青銀石を砕き、ディートシウスが用意した小袋にためていった。


「うん、それくらいかな」


 ディートシウスが声をかけると、ギュスターヴは小袋の口をきゅっと締め、誇らしげに掲げてみせた。


 こうして、ディートシウスに見守られながら行われた二人の腕試しは終わった。


 洞窟での帰り道、ディートシウスが「これからはカルリアナを怒らせないようにしような」とギュスターヴにささやく。ギュスターヴもコクコクとうなずく。

 そんな二人のやり取りを、もちろんカルリアナは見逃さなかった。

 腹立ちよりもほほえましさが勝り、ついつい笑顔になってしまったけれど。

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