第67話 カルリアナの苦手なもの(前半バルテレミー視点)
「ギュスターヴ王子の居場所がわかっただと?」
バルテレミーは飲んでいた赤ワインのグラスをテーブルに置いた。このラウル王の部屋に移って以来、待ちかねていた朗報だった。
部下は恐縮したように答える。
「はい。戻ってきた暗殺者たちの話によりますと、王子はケルツェン王弟の住む、ゾネンヴァーゲンのタウンハウスに匿われているようでございます」
「殺せなかったのか?」
そう問われることがわかっていたのだろう。部下は「誠に申し訳なきことながら……」と平身低頭する。
以前、バルテレミーは不始末をしでかした部下の一人を見せしめに殴り倒したことがある。
それ以来、部下は皆、自分に恐れを抱くようになった。人の心など単純なものだ。
「まあ、よい。ケルツェン王弟の屋敷と言ったな?」
部下はホッとしたようだ。
「はい、間違いございません」
「ケルツェン王弟の一人はクーデターに失敗し、収監されているのだったな。となると、クリューゲとの戦争で元帥になった、もう一人のほうか」
「さようでございます。ケルツェン人からは【軍神】、クリューゲ人からは【悪魔】と呼ばれている王弟ディートシウスにございます。暗殺者たちも彼と見られる男に敗北を喫したそうで……」
「ふむ……」
正直、〝厄介な相手がギュスターヴを匿っているな〟とは思った。だが、この際、ディートシウスの強さはどうでもよい。暗殺者たちが初手でギュスターヴを殺すことに失敗したのも、まあ仕方ない。
問題は、同盟国であるケルツェンの高い王位継承権を持ち、兄王に対する発言力もあるディートシウスに、ギュスターヴが匿われているという事実だ。
現在、ケルツェンはシェジュのクーデターに対しては遺憾の意を表明するにとどまっている。
しかし、居場所が特定できたからといって、ディートシウスを巻き込む形でギュスターヴに暗殺者を送り続ければ、「シェジュはケルツェン王室に害意あり」とされ、厄介な国際問題になりかねない。
これからの課題は、そのディートシウスにどうやってギュスターヴの身柄を引き渡させるか、ということになるだろう。
(……外圧をかけるしかあるまいな)
ラウル王とセリーヌ王女に至っては、まだ居場所を特定できていない。
もし、彼らも外国の要人に匿われている場合、その国とケルツェンが徒党を組んで、女王を解放するよう迫ってくるかもしれない。その場合、動きにくくなることは言うまでもないし、今は鳴りを潜めている王党派が騒ぎだすだろう。
今のうちに、先手を打っておくべきだ。
「ケルツェンに使者を送るための準備をせよ。これからわたしが使者に持たせる親書を書く」
「は。……恐れながら、どのような内容になさるおつもりで?」
「自分で考えよ」
「も、申し訳……」
「冗談だ。『ギュスターヴ王子を保護してくださり感謝する。何らかの誤解があったようだが、こちらも王子を丁重に遇する用意があるので、ぜひお引き渡しいただきたい』とな。これならば無下にはできまい」
***
「お嬢さま、こうです! そうではなく、手の動きはこう!」
「え!? こうですか?」
「それもちょっと違いますね。もう一度、よくご覧になっていてください」
ある秋風の吹く早朝。動きやすい服を着たカルリアナは、シュテルンバール公爵邸のトレーニングルームで、メラニーから護身術の指導を受けていた。
ちなみに、ディートシウスとギュスターヴも鍛錬中で、時々こちらの授業に口を出してくる。
「その技さー、相手がいたほうがわかりやすいんじゃない?」
ディートシウスの意見に、メラニーが救いを得たように顔を明るくする。
「そうですね! では殿下、お相手をお願いいたします。ただこちらの腕をつかもうとなさるだけでよろしいので」
「わかったー」
こちらとしては、ディートシウスがたとえメラニーとはいえ、他の女性と触れ合うのは微妙な気分だったが、二人とも自分のためにしてくれていることだ。カルリアナは黙っておくことにした。
ディートシウスがおもむろにメラニーの腕をつかむ。メラニーが腕を回すと、ディートシウスは彼女の腕をつかんでいられなくなり、手を離した。
「おー、お見事。さすがメラニーちゃん。ギュスも参考にしたほうがいいよ。筋力が弱くても、相手から逃げられる技だから」
「うん!」
(なんとなく……わかったような気がします)
次はカルリアナの番だ。カルリアナは意気揚々とディートシウスと相対する。彼に腕をそっとつかまれたので、腕を回す。……回す、のだが、いくら腕を振り回してもディートシウスの手は離れてくれなかった。
カルリアナはディートシウスを睨み上げる。
「……もしかして、わざとなさっています?」
「やってない、やってない。俺のつかみ方、優しいもんでしょ? 俺が問題っていうより……」
ディートシウスは少し迷うような素振りを見せたのち、言い放った。
「カルリアナが絶望的に武術に向いていないだけだと思うよ。武術っていうか、運動全般」
カルリアナは頭の上にたらいが落ちてきたようなショックを味わった。
メラニーが「なんてことを」という表情で額を押さえている。
カルリアナは念のために聞いた。
「……わたしと今のギュスだったら、どちらのほうが強いですか?」
「百パーセント、ギュスの圧勝だねー」
カルリアナは再びショックを受けた。
いつもとは違うカルリアナの様子を見て、ディートシウスはさすがにまずいと思ったらしい。遅すぎるフォローを入れる。
「えーと……ギュスは種族的な優位性があるから仕方ないよ。それにさー、いくらカルリアナがか弱くても、俺が守ればいいだけの話だし?」
「ディートと四六時中一緒にいるわけにはいかないから、こうしてわたしなりに頑張っているのです。前にあっさりさらわれて、あなたに迷惑もかけましたし。それにさっきからなんですか? わたしだって馬術くらいはできます。ご自分が武術に関しては天才だからって、人をコケにして楽しいですか?」
「ご、ごめん……俺が悪かった」
とりあえずディートシウスは反省したようだが、カルリアナの気は晴れなかった。
(武術の才能がほぼない、となると、魔法しかありませんが……魔法にしろ、すぐに上達するものではありませんし……攻撃魔法や防御魔法をとっさに唱えるには、反射神経も詠唱短縮技術も必要ですし)
結局、ディートシウスのように武術に秀でた人は、魔法だけを使って戦っても強いのである。
カルリアナは悔しかった。自分の身くらい、自分で守れるようになりたいのに。
「お嬢さま、大丈夫ですよ! 少しずつでも毎日練習なされば、確実に目標に近づいていきます! そうだ、まずは体幹を鍛えましょう! 体幹はすべての基本ですから!」
メラニーの励ましに気を取り直しながら、カルリアナは鍛錬に戻った。




