第66話 三人の休日
カルリアナの予想どおり、休日に三人で出掛けることを聞いたギュスターヴは、口数が少なめな彼にしては珍しく、大喜びしていた。
ギュスターヴは口には出さなかったものの、ディートシウスが外出を計画してくれたことが特にうれしかったらしい。ギュスターヴがディートシウスに武術を習うようになってから、彼らの距離は間違いなく縮まった。
ディートシウスはデートの計画を一任してもスマートにこなす人なので、カルリアナはあまり口を出さず、彼にお任せしてしまった。
(もしかしたら、シュノッル准将に知恵を貸してもらっているかもしれませんし)
そして、当日。
三人は途中まで馬車を使い、王都ゾネンヴァーゲンの中心街に出た。もちろん、クラウスをはじめとした護衛隊員たちとマルクも、カルリアナたちの邪魔にならないよう、さりげなく後ろからついてきている。
カルリアナはディートシウスの要望で、髪をまとめてデイドレスを着ており、ディートシウスは後頭部でホワイトブロンドの髪を束ね、ウェストコートの上に、若い男性貴族に好まれるフロックコートを着ている。
ディートシウスに先導されるまま劇場の前に立つと、いつもの外出用の帽子をかぶり、小さな紳士のような格好をしたギュスターヴが感嘆の声を上げる。
「ここは何? 宮殿……じゃないよね」
「劇場ですよ。ディート、今日は観劇するのですね。演目はなんですか?」
「『猫たちの祭り』だよ。主演は獣人族だし、コメディーだから、ギュスも楽しめると思うよ」
「僕、劇を観るのは初めて……」
前に、ギュスターヴから聞いたことがある。シェジュの王子は武人になるための英才教育を施されるため、王女とは違い、芸術からは遠ざけられて育つのだと。
(ギュスは、どう見ても芸術への興味が強い子なのに……)
そう思うとやりきれないものを感じたが、だからこそディートシウスはギュスターヴに観劇させてやりたい、と思ったのだろう。カルリアナは気を取り直し、三人で劇場に入った。
ギュスターヴは豪華な劇場内を物珍しそうに見回し、カルリアナとディートシウスに挟まれる形で座席に座ったあとも、ワクワクを抑え切れていないようだった。
カルリアナはギュスターヴの頭越しにディートシウスと視線を交わし、ほほえみ合う。
劇が始まる。ギュスターヴは観客がどっと笑う場面でクスクス笑い、楽しんでいるようだった。
幕が下りたあと、カルリアナは夢見心地の表情をしているギュスターヴに声をかけた。
「どうでしたか?」
「うん……なんか、すごくよかった。うまく言えないけど……」
その後も、ギュスターヴは思い出したように「あそこがよかった」「あのせりふ、とっても面白かった」「白猫の役者の動き、今思い出しても笑っちゃう」などなど感想を聞かせてくれた。
レストランで昼食を摂りながら、ディートシウスが尋ねる。
「ギュスは『猫たち』が気に入ったんだな。また観たいか?」
ディートシウスの問いに、ギュスターヴはうつむく。
「……また観たいけど、シェジュの王子は『文化的なこと』にはあんまり関わっちゃいけないから……」
ディートシウスは少し考え込んでいたが、彼らしい明るい声で言った。
「だったら、ギュスが『文化的なこと』に理解を示す最初の王子になればいい」
「え……?」
「考えてもみなよ。俺だって軍人だよ? それでもこうして観劇に行ったり、実はこっそり劇団にお金を出して、活動を助けたりもしているんだ」
(ディート……いつの間に、ギュスの前で『俺』と……)
カルリアナが感慨深い気持ちで二人の会話を聞いていると、ギュスターヴがうつむく。
「でも、もしバレたら……父上と母上、それに、いつか女王になる妹が恥をかくかも……」
この返事にカルリアナは驚いた。ディートシウスもあっけにとられたようだ。
「……そこまで深刻なの?」
「うん……僕が生まれるずっと前――おばあさまがまだ王女だったころに、武術が全然できなくて、それなのに『文化的なこと』への興味が人一倍強い王子がいたんだって。その人は周りからすごくバカにされて……優しい人たちは、すごくかわいそうに思っていたって。僕が妹の絵本に興味を持って、読もうとしたときに母上が教えてくれた」
「そっか。確かに気の毒だけど、ギュスはその人みたいにはならないと思うよ」
ギュスターヴは金色の目を見開いた。
「え、なんで?」
「ギュスは武術の筋がいいからさ。バレないように裏で芸術の勉強をしながら、表では武術を頑張って、誰にも文句を言わせないくらい強くなってさ、それからどーんと『僕はこういうのが好きだから、芸術の振興に努めます!』って宣言すればいいんだ。そうすれば、『ちょっと変わった王子だな。でも、まあ強いからいいか』って周囲は思うだけだよ。そうしたら、シェジュの王室もそれがきっかけになって、少しずつ変わっていくかもしれない」
「そっか……うん、そうかも」
「それでも周りから何か言われたら、そんな奴ら、ギュスが守る価値はないよ。シェジュが嫌になったら、そのときはケルツェンに来ればいい」
ギュスターヴは黙り込んでしまった。彼は真面目な子だから、そんなことをしていいのか内心で葛藤しているのだろう。
(でも……人生にはいろいろな抜け道があることを今から知っておいたほうが、ギュスのためになるのかもしれません)
カルリアナが見守っていると、ディートシウスは手を伸ばし、隣に座るギュスターヴの頭をポンポンと優しく叩いた。
「今すぐ決めることはないよ。これは十年以上かかる長期計画だからね」
「うん……ディートシウスは僕のことを考えて、そう言ってくれたんだものね」
ギュスターヴがほほえんでそう応じると、ディートシウスは軽く目をみはったあとで、うれしそうに笑った。
***
昼食後、三人は再び街を歩き始めた。広場に人だかりが出来ているので近づいてみると、大道芸が行われている。
ある芸人はバイオリンを弾き、ある芸人は見事なジャグリングをしている。
カルリアナにとっても珍しい光景だったので、ギュスターヴの手を引きながらよい見物場所を探し始める。ギュスターヴの困惑したような声が耳に届いた。
「……カルリアナ、音楽は聞こえてくるけど、広場で何をやっているの? 全然見えない……」
「まあ! そうですね、少し小高いところがあればいいのですが……」
「それなら、こうすれば?」
ディートシウスはかがんだかと思うと、両手でギュスターヴの身体を抱え上げ、見る間にひょいっと肩車をしてしまった。ギュスターヴが恥ずかしそうな声を上げる。
「えー!? いいのに……」
「いいじゃない。あと何年かたったら、肩車なんてしてもらえなくなるよ。どう? よく見える?」
「うん、すっごくよく見える。あれ何? 男の人が投げている棒みたいなの!」
「あれはクラブだね。ジャグリングの道具だよ」
あまりにもほほえましくて、自然と笑みがこぼれる。出会ったばかりのころ、ディートシウスとギュスターヴの仲はあんなに険悪だったのに。今では歳の離れた兄弟のようにも親子のようにも見える。
今ならわかる。自分のギュスターヴへの想いは、母親が子どもに抱くものと似ているのだと。
母のことはよく覚えていないが、父によると、とてもカルリアナを可愛がってくれたらしい。自らの死が近いと知って、「わたしは幸せだったけれど、この先、カルリアナの成長を見守れないのが一番の心残りです」と言っていたそうだ。
その気持ちが、今ではとてもよくわかる。
(わたしは多分、ギュスの成長を見守れないから……)
ギュスターヴには本当の家族がいる。いつかはその人たちにギュスターヴを返さなければならない。
ディートシウスもそれがわかっているから、ギュスターヴに思い出を作ってあげたいと言ってくれたのだろう。
とてもつらいけれど、とても幸せだ。ギュスターヴと出会えて。ディートシウスとともに、彼を見守ることができて。
カルリアナが泣き出したい気持ちをこらえていると、しゃがんだディートシウスの肩から降りたギュスターヴが、上機嫌で言った。
「また、三人で出掛けたいね!」
「そうですね」
「また出掛けよう」
カルリアナとディートシウスがそう応えると、ギュスターヴはうれしそうに両手を差し出してきた。カルリアナは彼の右手を、ディートシウスは彼の左手を握る。三人は手を繋いだまま、並んで歩き出した。




