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第6話 当然の処遇(オイゲーン視点)

 時は遡る。カルリアナがディートシウスと出会う三か月ほど前。


「オイゲーン、お前は修道院に入れ」


 目の前の父親にそう命じられ、オイゲーン・フォン・ヒルシュベルガーは耳を疑った。すぐさま抗議の声を上げる。


「なぜですか、父上!」


 ヒルシュベルガー子爵の顔が憤怒にゆがんだ。


「なぜ、だと?」

「はい」

「この、大バカ者が!」

「ひっ」


 怒鳴りつけられたオイゲーンは首をすくめる。ヒルシュベルガー子爵は激しい剣幕で言いなおした。


許嫁いいなずけがいるのに浮気したうえ、一方的に婚約破棄するとは何事だ! しかも先代アルテンブルク伯の葬儀が終わった直後に! 本来なら、お前が傷心のカルリアナ嬢を支えるべきだろう! 恥を知れ! お前のような愚か者は、修道院で性根を叩きなおせと言っているのだ!」


 いつも小憎らしいほどに冷静で落ち着いているカルリアナに、そんな助けが必要だっただろうか? オイゲーンにはそうは思えなかった。カルリアナは唯一の肉親である父親の葬儀のときも、涙すら流さなかったではないか。


「で、ですが、父上、太陽学院では、許嫁がいるのに他の令嬢と浮気する男などざらでしたよ。なぜ、わたしだけが責められるのです!?」

「そ奴らが不誠実なだけだ! 仮にそ奴らを正当化できたとする。お前のように許嫁を捨てて、浮気相手と結婚するつもりの者はいたか?」

「……おりません」


 オイゲーンも不思議だったのだが、そういう者は太陽学院にはいなかった。彼らは(あるいは彼女らは)どんなに学院で自由な恋愛を楽しんでいるように見えても、結局は親が決めた結婚相手のもとに戻っていくのだ。こんなにも燃え上がるような恋が火遊びだとは、どうしてもオイゲーンには思えなかったのに。

 ヒルシュベルガー子爵は言い募った。


「よいか!? たいていの貴族の婚約とは家同士が決めたものであり、神前で誓った神聖な契約で、よほどの理由がない限り覆せないものなのだ! たとえ親戚同士で取り交わされた婚約といえどもな!」

(確かに子どものころ、聖堂でカルリアナと婚約式を挙げたが……)


 まだ九歳だったこともあり、あれがそんなに神聖な儀式だなどとは思わなかった。司祭の前で誓いの言葉を述べ、書類にサインするだけだったではないか。これから先、指輪のサイズが変わってしまう年齢だったからだろう。男にとって一大イベントである婚約指輪の贈呈すらもなかった。


「貴族社会での我が家の面目は丸潰れだ。まだ婚約していない子どもたちの縁談にも差し支えるのだぞ。それだけではない。我が家がカルリアナ嬢に対し、どれだけの慰謝料を払うはめになったか、お前は知っているのか!? 多くの領民が何年もかけてようやく稼ぐような額だぞ!」

「領地の地代を上げれば問題ないのでは……」


 オイゲーンは建設的な意見を述べたつもりだったが、ヒルシュベルガー子爵はますます激高した。


「バカ者! お前の不始末の結果を領民に押しつけろというのか! そんなことをしてみろ! 今まで築き上げてきた領民からの信頼が無に帰すのだぞ! お前は太陽学院で何を学んだのだ!?」


 納得はいかなかったものの、オイゲーンは父親の怒りを鎮めるために、謝罪してみせることにした。


「……申し訳ありませんでした、父上」

「わかったら、さっさと修道院に入る準備でも整えておけ」

「それだけはどうにかなりませんか?」


 いったん修道院などに入ったら、毎日が戒律に縛られ、修行漬けになってしまうだろう。それに、愛しいギーナにも会えなくなってしまう。


「ならん! カルリアナ嬢と我が家の家名を傷つけた償いを修道院でしてこい! それまでは我が家の門を潜ることは許さん!」


 そう言い切ると、ヒルシュベルガー子爵はどっと疲れたような顔をして居間から出ていってしまった。

 オイゲーンはしおらしい表情を消し、舌打ちした。


「くそ! 父上は家の体面ばかり気にして……! 少しはわたしの幸せのことも考えてくれよ。修道院に入ることは避けられないとしても、なんとかギーナにこのことを伝えないと」


 感情の起伏が少なく、変に利口ぶっているカルリアナとは違い、純粋なギーナは自分と会えなくなったら絶望して死を選びかねない。

 オイゲーンは自室に戻り、ギーナへの手紙をしたためた。


 彼女は手紙を送っても、カルリアナのように誤字脱字や誤表現を指摘してこない、優しい女性だ。しかも、カルリアナのように自分より成績がはるか上ということもなく、適度に勉強に手を抜いているさまも好ましかった。本ばかり読んでいるカルリアナとは違い、ちゃんと遊ぶことの楽しさを知っているのだ。


 執事に手紙を託した十日後、修道院入りの準備を嫌々進めていたオイゲーンのもとに、待ちに待った返事が届いた。封蝋ふうろうで閉じられた手紙を意気揚々と開封したオイゲーンの目に飛び込んできたのは、信じられない文面だった。


『親愛なるオイゲーンさま、お手紙をありがとうございます。お父君のお決めになったことなら仕方ありませんね。わたしはあなたの重荷にはなりたくありません。このたびをもちまして、お別れしましょう。さようなら。――あなたの友人、ギーナ・フォン・オレンハウアーより。追伸――お返事を頂いてもお返しできませんのでご了承ください』


 オイゲーンは絶望した。

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