第57話 どっちに住む?
部屋の奥、赤い絨毯の上に国王アーロイスがたたずんでいる。
従来の国王とは違い、アーロイスは玉座には座らず、立ったまま、あるいは普通の椅子に座りながら引見するのだ。この一点だけでも、彼がいかに謁見を望む国民に寄り添っているかがわかる。
カルリアナとディートシウスはアーロイスの前に進み出、お辞儀をした。
「よく帰ったな、ディート、アルテンブルク伯。いや、もうカルリアナさんと呼んだほうがよいかな?」
「光栄でございます、国王陛下。陛下がお口になさりやすい名称でお呼びくださいますよう」
「では、これからは妻とともにカルリアナさんと呼ばせてもらうよ。いろいろとあったようだが……旅行は楽しめたか?」
「はい、兄上。本日はお時間を割いていただき、ありがとうございます」
「本当に王弟だったんだ……」とぽそっとつぶやいたギュスターヴを、ディートシウスが手で指し示す。
「兄上、こちらがシェジュのギュスターヴ王子殿下でいらっしゃいます」
アーロイスがギュスターヴに視線を移した。ギュスターヴは緊張で硬くなりながらも、左胸に右手を当てながら頭を下げる。
「シェジュの王子、ギュスターヴと申します。国王陛下におかれましては、謁見の機会を……賜り……誠にありがとう存じます」
少したどたどしい挨拶にもアーロイスは笑顔を見せた。
「ギュスターヴ王子、そうかしこまらないでくれ。そうだ、我が娘はそなたと歳が近いゆえ、話が合うかもしれない。ぜひ会っていってくれ」
「はい……」
「すでに話は聞いている。幼い身で大変な目に遭ったな。内政干渉になってしまうゆえ、今すぐシェジュに強引な働きかけはできないが、必ず力になろう。どうか心おきなく我が国で過ごしてほしい」
アーロイスの青い瞳は優しい。ギュスターヴも短い間に彼の人柄がわかったらしく、目をうるませて「はい……ありがとう存じます」と応えた。
カルリアナも安堵すると同時に、温かい気持ちになった。
アーロイスはほほえましそうに何度もうなずく。ディートシウスも兄王の対応がうれしいようで笑顔だ。
「それでは、兄上、これにていったん下がらせていただきます」
「うん、何かあれば遠慮なく言ってくれ」
アーロイスは「旅の疲れを癒やすためにも、お茶を用意させるから客間で休んでいくように」と言ってくれた。
お言葉に甘えて客間に移動し、お茶とお菓子を楽しむ。王宮の執事が気を利かせてくれ、カルリアナはブルーベリーティー、ディートシウスはミルクたっぷりのコーヒー(ディートシウスいわく、カフェオレではないらしい)、ギュスターヴはミルクを頂いた。
三人で数々のクッキーをつまみ、飲み物を口に運びながら話していると、ノックの音がした。直後に姿を現した近衛兵が、「ヨゼフィーネ殿下がいらっしゃいました」と告げる。
客間に通されたヨゼフィーネは、見事なお辞儀のあとで元気いっぱいに挨拶の言葉を口にした。
「ディートお兄さま、カルリアナお姉さま、お久しぶりです!」
「久しぶり、ヨゼフィーネ」
「お久しぶりです、ヨゼフィーネ殿下」
ギュスターヴは彼女が先ほどアーロイスが言っていたケルツェンの王女だと気づいたようだが、少し人見知りしているようだ。カルリアナが一言言う前に、ヨゼフィーネが彼のそばまで早足で歩いていく。
「あなたがギュスターヴ殿下でいらっしゃいますね。わたしはケルツェンの王女ヨゼフィーネ。わたし、獣人族、しかも王族の方とお話しするのは初めてなの。ねえ、獣人族の耳と尻尾はどうやって動くの? くすぐったくなったりはするの? 勝手に動いてしまうのはどんなとき?」
「え、ええ……?」
立て続けに質問されたギュスターヴはびっくりしてしまったらしく、何から答えたらいいのかわからないようだ。ディートシウスが苦笑しながら姪に注意する。
「こら、ヨゼフィーネ。そんなに矢継ぎ早に聞いたらダメだよ。ギュスターヴ殿下が困っていらっしゃるじゃないか」
「まあ! お兄さまがまともなことをおっしゃるなんて!」
「……あー、やっぱり君の目にわたしってそういうふうに映ってたんだ……」
今更、姪に同レベルの相手として見られていたことを自覚したらしく、ディートシウスは遠い目をしていた。
***
事前に手配し、シュテルンバール公爵邸から迎えに来た馬車に乗り、カルリアナとディートシウスはギュスターヴを連れ、帰途に就いていた。
正確には、カルリアナはいったん公爵邸に向かってから、自邸の馬車を呼んで帰宅することになっている。
雑談している最中、ふとディートシウスが言った。
「ところでさ、ギュスは俺の屋敷とカルリアナの屋敷、どっちに住みたい?」
「カルリアナの屋敷」
即答だった。カルリアナは「まあ」と思わず笑顔になったが、ディートシウスは明らかに不服そうな顔をしている。
「……そうはいってもさ、警備の関係上、絶対にうちに来たほうがいいって。カルリアナもそう思うでしょ?」
「そうですね……」
カルリアナは考え込んだ。ギュスターヴはカルリアナの服の袖にしがみついている。こんなに自分に懐いてくれている彼を、いくらディートシウスの屋敷とはいえ、一人で預けていいはずがない。カルリアナは結論を出した。
「それでしたら、わたしもしばらく、シュテルンバール公爵邸にお世話になってもよろしいでしょうか?」
ディートシウスは一瞬碧眼を丸くし、満面の笑みを浮かべた。
「大歓迎だよ。ギュスもそれでいいよね?」
「うん、それならいい」
「ああ、うれしいなー。カルリアナとの新婚気分が延長されるー」
「今からそんなに喜んでいては、実際に新婚になったときに続きませんよ」
「大丈夫、俺のカルリアナへの愛は無限だから」
顔をキラキラさせるディートシウスをギュスターヴはジト目で見ていたが、そのうちもじもじし始めた。
「どうしました、ギュス」
カルリアナが尋ねると、ギュスターヴは口を開く。
「うん……ディートシウスが本当にケルツェンの王弟殿下だってわかったから、これからは『ディートシウス殿下』って呼んだほうがいいのかな、って……」
ディートシウスが驚いたような顔をする。
「立場的には同等なんだから、別に今までどおりでいいんじゃない?」
ギュスターヴはディートシウスを見たあとで、カルリアナの顔色を窺っている。カルリアナはほほえんだ。
「ディートがああおっしゃっているのですから、今までどおりでよろしいと思いますよ。それに、ギュスがディートを『殿下』と呼ぶなら、わたしもギュスのことを『殿下』と呼ばなければなりませんね。わたしは王弟妃になる予定ですが、今は一介の伯爵ですから」
ギュスターヴは慌てたような表情になった。
「い、嫌だ! カルリアナには今までどおり、『ギュス』って呼んでほしい!」
カルリアナはギュスターヴの可愛らしさに、くすっと笑った。
「では、今までどおりでよろしいですね」




