第56話 王都へ
カルリアナが居間で待っていると、ディートシウスが現れた。カルリアナはソファから立ち上がる。
「お話はできましたか?」
「うん。そのあと、ギュスはマルクと話したいって言うから、マルクの部屋まで送っていったよ。今日からギュスにも専任の護衛をつけなきゃね。マルクの体調が万全になったら復帰してもらうとして」
「そうしていただけると助かります」
「カルリアナ、一人で抱え込み過ぎだよ。もっと俺を頼ってよ。……子どもって、夫婦二人で育てるもんでしょ」
ディートシウスは照れくさそうに言った。
カルリアナはびっくりしてしまった。ギュスターヴとの仲が改善傾向にあったとはいえ、彼の口からそんな言葉が出るとは。
ディートシウスもそんな自身の変化に戸惑っているらしく、カルリアナの隣に座ると、落ち着かない表情でぽつりぽつりとギュスターヴから聞いたことを話してくれた。
「ギュスがそんな思いを抱えていたなんて……」
カルリアナは胸が張り裂けそうになり、思わずうつむく。まだ小さなギュスターヴが、そこまで思い詰めていたなど考えもしなかった。
(ですが……思い起こしてみれば、わたしも子どものころは「お父さまの役に立たなくちゃ」と自分に言い聞かせていましたね……)
それはそれで健気なことだとは思うが、ギュスターヴにはもっと伸び伸びと育ってほしい。彼の母親でもシェジュの人間でもない自分がそんなことを思ってもいいのかは、わからないけれど。
「カルリアナ、あんまり考え過ぎないで。俺も重荷を半分持つから」
カルリアナの考えていることを察したのか、ディートシウスが座ったまま抱き寄せてきた。そのまま、緩く抱き締められる。しばらくそうしていると、重々しい気分が消え、心に活力が戻ってきたような気がした。
カルリアナは顔を上げ、ディートシウスの美しい碧眼を見つめながら、彼の頬をなでた。
「ギュスの面倒を見ると決めたのだから、最後まで責任を持たなければなりませんね」
「そうだね。さっきも言ったけど、俺も半分責任を負うよ」
ディートシウスは優しく微笑したあとで、自分自身に確認するように言った。
「今まで、『せっかく子どもを授かっても、その子を愛せなかったらどうしよう』とか、そんなことばかり考えていたけど、子どもって、可愛いとか可愛くないとか、多分そういうのじゃないんだね。憎たらしいときもあれば、すごく可愛いと思えるときもある。ただ、縁あって自分のもとに来た以上は責任を持たないといけないんだろう。ギュスを見ていると、そう思うよ。とりあえず、餌の取り方と生活の仕方、世の中の渡り方くらいは教えてさ。子どもが成人するまでに、それくらいできるようにすればいいんじゃない?」
カルリアナはディートシウスを軽く睨んだ。
「……餌の取り方、ですか? 獣人族も人です。シェジュの方に怒られますよ」
「ごめん、そういうつもりじゃなかった。例えが原始的すぎたね。要するにどうやって食べ物を得るかってこと。現代風にいうと、まっとうな金の稼ぎ方、かな」
「わたしこそ、勘違いをしてしまいましたね、すみません。納得しました。確かに、それくらいは教えておく義務と責任があるのかもしれませんね。子どもを欲しがるのも欲しがらないのも、結局は親の都合ですし」
「ギュスが……すべての子どもたちが生まれてきてよかった、と思えればいいんだけどね。俺たちも含めて」
「わたしは生まれてきてよかった、と思っていますよ。あなたとも会えましたし」
知識を得て、考える楽しさの他にも、人を愛し愛される喜びも知ることができたのだ。自分が、生まれてきたことを後悔することはないだろう。
ディートシウスが目を細める。
「俺も」
どちらからともなく、カルリアナとディートシウスは軽く唇を重ねた。
キスを終え、再び見つめ合うと、ディートシウスが両手でこちらの両頬をそっと挟んだ。
「元々可愛かったけど、カルリアナは最近ますます可愛くなったね」
「そうでしょうか」
「これで結婚したら、俺、理性を保てないかも」
「もう、バカなことをおっしゃって」
カルリアナがディートシウスの滑らかな頬を軽くつねると、ディートシウスは幸せそうに笑った。
「明日には王都に帰って、兄に謁見を申し込むよ。すでに国際問題だし、シェジュの国王夫妻は戦争の際、ケルツェンに援軍を送ってくれたからね。きっとギュスのために動いてくれるよ」
「ギュスも謁見させるのですか?」
「うん、そのつもり。カルリアナも参加してよ」
突然の要請だったが、カルリアナはうなずいた。異国の王と初めて謁見するギュスターヴが心配だったし、ディートシウスがよい婚約者を得たことを宮廷にも示す必要があると思ったからだ。
***
謁見の許可を取るのは早いほうがいい、とディートシウスはすぐに手紙を書いて使者に持たせ、王都に送り出した。シュテルンバールと王都を繋ぐ転移魔法陣は王室専用だが、もちろんこういった場合は臣下も使えることになっている。
カルリアナはその間に、王都に帰るための準備を進める。おかげで、翌朝には王都に出発できることになった。
帰還当日、カルリアナとディートシウスは、ギュスターヴ、ゲーアハルト、メラニー、クラウス、その他のお付きの人々や護衛隊員たちとともに、シュテルンバール城の地下にある転移魔法陣の前に立っていた。
ギュスターヴは転移魔法陣を使うのは初めてのようで、十人強の人々が乗れるくらい大きな魔法陣を不思議そうに見ている。
カルリアナはほほえんだ。
「この上に乗ると、すぐにケルツェンの王都に行けるのですよ」
「へえ……シェジュにもあるのかなあ」
「シェジュに帰ったら、調べてみてもいいかもしれませんね」
自分の言葉に、カルリアナは胸に鈍痛を覚えた。いずれギュスターヴは国に帰ってしまう、という当たり前のことを思い出したからだ。
(今は、そんなことは考えないようにしませんと……)
ギュスターヴが安心して帰国できるなら、それが一番ではないか。そう自分に言い聞かせた。
ディートシウスを先頭に、帰還第一陣が転移魔法陣の上に乗った。ディートシウスが起動の詠唱をする。
視界が歪み、五感がおぼろげになり、時間の感覚がわからなくなった。初めて使ったときといい、一生慣れることはなさそうだ。
やがて、全身の感覚が戻ってきたと思ったら、目の前にシュテルンバール城のものとは別の地下室が広がっていた。カルリアナの腕にしがみついていたギュスターヴが気持ち悪そうに言う。
「……うえ、酔いそう……」
「大丈夫ですか?」
カルリアナがギュスターヴの背中をさすっていると、ディートシウスが羨ましそうな、そんな自分を抑えるような複雑な表情でこちらを見ていた。
(この場合、わたしとギュス、どちらが羨ましいのでしょうね?)
疑問を抱きながらも、カルリアナはディートシウスたちとともに警備の近衛兵たちの敬礼を受けた。基本的に王室専用である転移魔法陣は、こうして厳重に守られているのだ。一人の近衛兵が進み出る。
「王弟殿下、よくぞお戻りになりました。国王陛下は殿下がお戻りになり次第、すぐにお会いになると仰せであられます。わたくしがご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
さすがアーロイス王は仕事が早い。
「わたしたちはこれから国王陛下に拝謁する。皆が到着次第、いつもの控えの間で待つように伝えてくれ」
ディートシウスは護衛隊員の一人に、ゲーアハルトたち第二陣以降の人々への言づてをした。
近衛兵に先導されながら、地下室の扉を出て、馬車の出入りができるように緩やかなスロープになっている階段を上り、王宮の一階に出る。
謁見の間の隣にある控えの間の前でいったんクラウスたちとは別れ、カルリアナ、ディートシウス、ギュスターヴの三人になる。
カルリアナたちが謁見の間の前まで歩いていくと、二人の近衛兵が両開きになっている扉を開けた。
(国王陛下なら、ギュスを保護してくださるとは思いますが……)




