第55話 ギュスターヴが抱えるもの(ディートシウス視点)
マルクの部屋から出たディートシウスは、さまざまな思いを抱きながらカルリアナに告げた。
「ギュスには俺から今後の方針を話すよ。国は違えど同じ王族だしね」
カルリアナは「そうですか?」と少し心配そうな顔をする。亡き母がふとしたときに見せた表情とその憂い顔が重なり、ディートシウスはハッとした。
子どものころは常に病弱な母を気遣っていたつもりだったが、心配されていたのは、むしろ自分のほうだったのかもしれない。そう思うと、申し訳ないような、くすぐったいような気持ちになった。
好きな人を見ていて自分の母親を思い出したなんて、ゲーアハルトにだって口が裂けても言えないが。
ギュスターヴと出会って、カルリアナは少し変わった。冷静なまなざしは彼を見ているときは柔らかく。淡々とした口調は音楽のように優しく。
最初は嫉妬もしたが、旅行を終えた今では、そんな彼女の変化をより愛おしく思う。
ディートシウスはカルリアナの肩を抱き、額に口づけを落とした。
「心配しないで。前よりは、接し方がわかってきたから」
「信頼していますよ」
カルリアナに見送られ、ディートシウスはクラウスとともにギュスターヴを捜して歩き始めた。城の者によると、彼は図書室に向かったらしい。ギュスターヴが自分の言葉に素直に従ったのだと思うと、変な気分だった。
今のディートシウスにとってギュスターヴは、「放っておくと何があるかわからない、か弱い存在」だ。
以前と比べれば、彼を可愛いと思えるようにはなったが、まだ憎たらしいと感じるときもある。カルリアナのことはいつでも可愛いと思えるのに。
ただ、今後の話は自分がすべきだという確信があったから進んで引き受けた。それに、ギュスターヴの考えを知っておきたかった。
情報どおり、ギュスターヴは同じ一階にある図書室にいた。気を利かせてクラウスが廊下に出ていく。
ギュスターヴはディートシウスに気づくと、耳をぴんと立て、尻尾を膨らませた。びっくりしたような顔で本を書架に戻す。
〝何を読んでいたんだろうな〟と思いながら、ディートシウスはギュスターヴに声をかける。
「ギュス、話がある。座ってくれ」
「……うん」
広いとはいえ閉じた空間で二人きりになったからか、ギュスターヴは少し落ち着かない様子だ。以前よりは関係が改善したとはいえ、自分はカルリアナほどには彼に懐かれていない。
(カルリアナがいたほうがよかったかな?)
そう思いつつも、ディートシウスはギュスターヴを不安にさせないために、素早く本題に入ることにした。
「マルクから事情は聞いたよ。ギュスがシェジュの王子だってことも。それから、追われているってことも」
「……うん」
「とはいっても、わたしもカルリアナも、君を保護した初日からそうじゃないかとは思っていた。君が王子じゃないかって問いただしたら、窮屈に思うんじゃないかって考えて、普通の子どもと同じように接していたんだ。君には今までどおり過ごしてほしい。わたしたちはじきに王都に戻るけど、もちろんついてきてくれて構わないから」
ディートシウスがそう言い終えたとたん、ギュスターヴはうつむき、小さな両手で自身の膝頭を握り締めた。
「……僕は卑怯者だ」
予想もしていなかった言葉を耳にして、ディートシウスは思わず聞いた。
「どうして」
震える声でギュスターヴは答えた。
「……ディートシウスも知っているよね? シェジュの王子は成人したら臣籍降下して、王室の女の人を守らなきゃならないって。将来、母上やセリーヌに仕えるのが僕の使命なんだ」
驚いた。こんなに小さな少年が王族男子としての使命感を強く抱いて生きているとは。ああ、でも。
(……俺も以前は「兄上を守らなければ」と思い詰め過ぎていたな)
そうしないと、兄から嫌われてしまうかもしれない、と思って。
今思えば、バカげた話だ。そう思い込まなくても、兄は変わらず自分を愛してくれる、ともうわかったから。
だが、王子としての使命が制度化されているシェジュで育ったギュスターヴを取り巻く環境は、自分の子ども時代よりはるかに複雑で深刻だ。
「それなのに、僕は……母上とセリーヌを守れずに、自分だけ国の外に逃げて……ここでみんなに守られてのうのうとしている……」
ギュスターヴは家族の中で自分だけ逃げ延びたことを恥じているのだ。
「そんなことはない」と言ってあげたかった。だが、明らかに思い詰めている今のギュスターヴには、生半可な言葉をかけたところで心に響かないだろう。
応えあぐねているディートシウスを前に、ギュスターヴは絞り出すように言った。
「バルテレミー公爵は、きっと母上と結婚しようとする。母上は父上のことが大好きなのに。父上以外の人と母上が結婚するなんて嫌だ」
ギュスターヴがこぼした大粒の涙が、彼の手の甲に落ちた。
ディートシウスは胸をつかれずにはいられなかった。
(この子は捕まれば殺されてしまう自分のことよりも、母親のことを心配しているのか……)
なんという気高く優しい少年だろう。
ディートシウスは、カルリアナがギュスターヴに愛情深く接する理由がわかったような気がした。席から立ち上がるとポケットからハンカチを取り出し、ギュスターヴに近づく。
彼がびっくりしたように顔を上げた。ディートシウスは涙にぬれたギュスターヴの頬をハンカチで拭い、頭を優しくなでた。
「ギュス、今は何も心配しなくていい。父君と妹姫は必ず無事でいるよ。君たちが無事でいれば、母君は公爵と結婚しなくて済むんだろう?」
ギュスターヴは金色の目をしばたたいた。
「うん、そうだけど……」
「なら、君が生きていれば勝ちだ。わたしが必ず、君を守るよ。こう見えて、この国で一番強いから」




