第54話 マルクの願い
ギュスターヴを連れ、カルリアナとディートシウスは急ぎテルマッセのシュテルンバール城に戻った。ギュスターヴは城に着くなり、一階にあるマルクの部屋目指して駆け出した。カルリアナとディートシウスも駆け足で彼についていく。
ノックしたあとでマルクが起居している部屋の中に入ると、ベッドの傍らでギュスターヴがマルクにしがみついていた。
ユキヒョウ族のマルクは、ぶちのある白い尻尾を立てながら、穏やかな顔で幼い主に語りかけている。
「わたしはもう大丈夫ですよ。大変なときにずっと眠ってしまい、申し訳ございません。殿下こそ、おつらい目には遭われませんでしたか?」
「殿下」と聞いてカルリアナは、やはりギュスはギュスターヴ王子なのだと得心した。
「……大丈夫。みんな優しかったよ。シェジュで聞いていたとおり、怖い人族もいたけど、そんな人ばかりじゃないってわかった」
「さようでございますか。よかった……」
そう口にしたマルクの耳が動き、瞠目しながらこちらを見た。ディートシウスが彼の方に歩いていく。カルリアナもディートシウスの後ろについていった。ディートシウスが威厳のある声を出す。
「わたしはケルツェンの王子にして王弟、シュテルンバール公爵ディートシウス・ザシャだ。マルクといったな。そなたと話がしたい」
ケルツェンの王族であるディートシウスが、シェジュ語を話したことに感動したのか、マルクはベッドの上に身を起こしたまま、深く一礼する。
「このような体勢でお言葉を交わす無礼をお許しつかまつりたく存じます。わたくしの話でよろしければ、ぜひお聞きください。ですが……」
マルクは気遣わしげにギュスターヴを見やる。ディートシウスはうなずくと、ベッドにしがみついているギュスターヴの肩に手を置いた。
「ギュス、わたしとカルリアナはマルクと大切な話がある。部屋に戻っていなさい。退屈だったら、図書室で時間を潰していてもいい」
いつもと違うディートシウスの口調に戸惑った様子を見せたものの、ギュスターヴは首を縦に振った。
「……はい。マルク、またあとでね」
ギュスターヴが去ってしまうと、ディートシウスはいつの間にか部屋に入ってきていたクラウスとともに、室内にあった椅子を二脚、ベッド脇に並べた。
「では、わたしは廊下におりますので」
クラウスはそう言って退室した。
カルリアナはディートシウスと並んで椅子に腰掛ける。ディートシウスは目顔でカルリアナを指し示した。
「こちらはわたしの婚約者、アルテンブルク伯爵カルリアナだ。ギュスの面倒を自発的に見てくれていて、彼も懐いている」
「それは……ありがとう存じます」
一礼するマルクに、カルリアナは微笑してみせた。
「大したことはしておりません。ギュスは手がかからない、いい子ですから。……お聞きしますが、ギュスはシェジュのギュスターヴ王子でいらっしゃるのですね?」
「はい」
マルクはシェジュでバルテレミー公爵によるクーデターが起こったこと、ラウル王とギュスターヴ王子、セリーヌ王女の命が危ぶまれる状況になったので、アレクサンドラ女王が彼らを国外に脱出させようとしたことを話してくれた。
もちろん、言いにくいシェジュ王室のしきたりのことも。ディートシウスは「すでに知っている」と彼に詳しくは説明させなかったが。
大体、カルリアナとディートシウスの推測どおりだ。
マルクは顔をしかめた。
「ところが、王宮を脱出し、王都を出ようとしたところで、見張りの兵と追手に追い詰められ、王陛下と王女殿下とは離れ離れになってしまい……。ギュスターヴ殿下には、わたくしを含め、五名の武官がついておりましたが、ケルツェンとの国境の山に網を張っていた兵らと戦った結果、わたくし以外は……」
「つらい思いをなさいましたね……。それであなたは大怪我を負いながらも、ギュスターヴ殿下を連れて山を超えたのですね」
「はい。殿下とわたくしをお助けくださり、感謝の言葉もございません。ですが、厚かましいお願いをもう一つだけさせていただけるなら……バルテレミー公爵から殿下をお守りください。殿下はまだ八歳。シェジュ歴代の女王と王への不敬になることを承知で申し上げますが、しきたりだからといって命を落とされるには、あまりにもお若い……」
ディートシウスは彼を安心させるような柔らかい表情になる。こういう顔をしているときのディートシウスはまるで慈悲深い天使のようで、こちらが見とれてしまうくらい、本当に奇麗だ。
「もとよりそのつもりだ。あとのことはわたしたちに任せておいて、そなたはゆっくり休んでくれ。治癒魔法は一気に傷を癒やせる反面、身体に負担がかかるからな」
マルクは涙ぐみながら応えた。
「……誠にありがとう存じます。シュテルンバールにたどり着いた我々は幸運でした。このご恩は生涯忘れません」
カルリアナもギュスターヴにどこまでも忠実なマルクの態度に感銘を受けていた。
(これからは、より一層念を入れて、ギュスを守っていかなければなりませんね)
カルリアナはそう誓った。ディートシウスもきっと同じ気持ちであることを確信しながら。




