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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第53話 目を覚ました従者

 ノルトハーフェン図書館は、大通りから少し外れた所にあった。地図によると町の大学から近い場所だという。門をくぐり、古びてはいるが立派な建物内に入る。


 図書館の中では視察をしやすいよう、メラニーとクラウスもカルリアナとディートシウスから距離を取って歩いてくれる。

 今回はテルマッセ図書館のときとは違いギュスターヴがいるので、先ほどカルリアナとディートシウスは、館内でも三人で一緒に行動しようと決めた。

 カルリアナは小声でギュスターヴに念を押す。


「ギュス、ここは広いですから、わたしやディートから離れてはいけませんよ。見たい本があれば、遠慮なく言ってくださって構いませんから」

「うん」


 眼鏡を掛けたカルリアナは、テルマッセでしたように図書館内を歩き回り、気になった本を開きつつ過ごした。

 ノルトハーフェン図書館はテルマッセ図書館と比べると規模はやや小さかったが、それでも歴史の重みを感じさせる古い蔵書が目を引いた。


(こちらもよい図書館ですね……)


 初めて見る本に感動しながら歩いていると、児童書が並ぶ書架に差しかかった。後ろからついてきたギュスターヴが立ち止まり、書架から一冊の本を抜く。挿絵のついた本を興味深そうに読み始めた。

 本に興味を持ってくれたことがうれしくて、カルリアナは口元を綻ばせながらそんな彼を見つめた。


 ディートシウスはギュスターヴに目を配りながら、時折本に手を伸ばしている。彼なりに、さっきギュスターヴが姿を消したことに責任を感じているのだろう。


 カルリアナはカウンター内で働く図書館員の様子も観察し、図書館を堪能したあとでメラニーたちと合流する。

 玄関を出ながら、ディートシウスとシュテルンバールの図書館の今後について話し合う。


「テルマッセで話し合ったように、今は新しい図書館を増やすよりも、各館の設備や人員を充足させたほうがよろしいかと思います。私財を投じて図書館を運営するのも大変でしょう?」

「まあ、寄付で賄っている部分もあるけどね。シュテルンバールは恵まれているほうだよ。昔は王室財産だったうえに代々の領主も王族で、文化的なことにも関心があったんだよね。だから、大学のあるこことテルマッセには図書館があるってわけ」

「ディートは第五期のシュテルンバール公でいらっしゃいますからね。ご先祖から引き継いだものをきちんと把握なさっているのは、素晴らしいことだと思います」


 王族公爵家を含めた有爵の家柄は、いったん断絶し、また新しい家として創設されるたびに、第二期・第三期と移り変わっていくのだ。


「えへへー、もっと褒めてー。話を続けるね。テルマッセみたいに、ここの大学内にも図書館があるけど、そこはほぼ教員と学生しか利用できないから、ちょっともったいないよね。そのうち、いつだったか前にカルリアナが言っていた『紹介状なしで誰でも利用できる図書館』も造ってみたいな」


 ディートシウスはカルリアナの言ったことをいつも丁寧に覚えていてくれる。カルリアナはうれしくなった。


「いっそのこと、国王陛下からご許可を賜って、州立図書館を造っては?」

「いいね! その場合、王立図書館とも私立図書館とも違うものになるのかな?」

「『公立図書館』といったところでしょうか」

「公立図書館か。その線でいこう。カルリアナはいろいろ提案してくれるから助かるよ」


 ケルツェンでは国王アーロイスの施策のおかげで、働く中流階級以上の女性も増え、身分を問わず女性の発言力も強くなりつつある。

 とはいえ、ディートシウスがカルリアナを尊重するこの態度は、なかなか一般的な上流階級の男性がまねできるものではないだろう。


 そんな彼と婚約できたことを内心で喜びながら、カルリアナは「どういたしまして」と返す。

 そのあとで、ふとギュスターヴが図書館をちらちらと振り返っていることに気づく。


「どうしました、ギュス。この図書館が気に入りましたか?」


 そう声をかけると、ギュスターヴは慌てたように首を横に振った。


「な、なんでもない!」

「? そうですか」


 少し気にはなったものの、カルリアナはそれ以上追求しなかった。


   ***


 二日目は公式にノルトハーフェン市庁舎を訪れ、カルリアナとディートシウスは人々から歓待された。あまり衆目にさらされるのもよくないので、ギュスターヴは宿の部屋で護衛隊員たちとともにお留守番をしている。


 港を見渡せる市庁舎の前や沿道には、市民たちが一目カルリアナとディートシウスを見ようと詰めかけた。ディートシウスとともに彼らに手を振りながら、カルリアナは自分が王弟妃にしてシュテルンバール公妃になるのだという実感を深めた。


 ノルトハーフェン出発後の旅程は特に何事もなく進み、ディートシウスとギュスターヴがケンカすることもなくなった。

 それどころか、カルリアナを通さずに二人だけで会話している場面も増えたように思う。カルリアナにとっては大変ほほえましい光景だ。

 試しに、「わたしはあちらを見てくるので、ディートがギュスと手をつないであげていてください」と言ったら、二人とも素直に従っていた。


 旅行は順調に進み、ついに馬車はテルマッセの手前に位置する町に到着した。

 宿に着き、部屋の居間でディートシウス、ギュスターヴとともに休んでいると、ノックのあとにメラニーが入室してきた。


「皆さまにお客さまですよ。玄関ホールにいらしてください」


 メラニーは「お客さま」の正体を明かさずにほほえんでいる。カルリアナたちは顔を見合わせながら、玄関ホールに向かった。

 玄関ホールには、長身に軍服をまとった短い黒髪の青年が立っていた。彼を見るなり、ディートシウスが駆け寄っていく。


「ゲア! 久しぶりだな。俺、待ちくたびれちゃったよー」

「ごめんごめん。陸軍の仕事が思ったよりたまっていてね。誰かさんが婚前旅行に出掛けたせいで。あ、君からの手紙にはちゃんと目を通したよ」

「……相変わらず柔らかに見えて鋭い切り返し」

「ま、わたしがいないほうがよかったでしょ? 伯爵と水入らずで旅行できたんだから」

「水入らずっていっても、子連れだしなー」


 ギュスターヴの耳がぴょこんと動く。すかさずカルリアナは「照れ隠しですよ」とフォローする。

 ゲーアハルトもディートシウスがわざとそういった発言をしていることに気づいたらしく、くすりと笑う。


「いいじゃないか。それはそれでいい思い出になるよ」

「……ゲア、お前、ちょっと変わった?」

「そう?」


 しばらくはわちゃわちゃしていた二人だが、カルリアナとギュスターヴに気づいたゲーアハルトがこちらに一礼する。カルリアナはギュスターヴを彼のもとに連れていった。


「ギュス、こちらはゲーアハルト・フォン・シュノッル准将です。ディートのご親友でもいらっしゃいますよ。ご挨拶なさい」

「はじめまして、ギュスです」

「はじめまして」


 ゲーアハルトはにっこり笑って応えた。〝この方は子ども好きなのですね〟とカルリアナは納得する。イケメンで地位も名声もあって、性格もよく子ども好き。完璧すぎて、彼の選ぶ女性がどんな人なのか想像もつかない。


 ゲーアハルトは突然、真顔になってカルリアナたち三人を見回した。


「実は大切なご報告がございます。わたしがシュテルンバールに到着した数日前に、城で保護している獣人族の青年、マルクが意識を取り戻しました。わたしも直接会ってまいりましたので、間違いございません」

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