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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第2部 ライオン族の小さな王子

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第44話 ディートシウスの見解

 カルリアナが後ろを振り向くと、腕を組んだディートシウスがたたずんでいた。会話に集中していたせいか、全く気づかなかった。


「殿下」


 カルリアナの呼びかけに、周囲の女性たちの視線がディートシウスに集中する。彼の圧倒的な美貌を間近に見た女性たちから、感嘆のため息が漏れる。侯爵夫人だけが一人顔をこわばらせている。


 ディートシウスは、上座であるソファの端に座っているカルリアナの横まで移動する。ひざまずくとカルリアナの手を取り、指先にキスをした。十代の令嬢たちの間から黄色い声が上がる。

 正直カルリアナも恥ずかしさのあまり動揺したが、ディートシウスの意図は察せられた。


(「俺の愛しい婚約者に何言ってくれてんの?」……といったところでしょうか)


 いくらカルリアナを大切にしていることを示すためとはいえ、キスしてみせる必要性はあまりないと思うが。

 立ち上がったディートシウスはカルリアナの手を握ったまま、にこやかに言った。


「結婚前からそんなことを言われてしまっては、騒々しくて天使も逃げ去ってしまうな。そう思わないか?」


 派手な化粧をした侯爵夫人の顔が引きつった。


「……仰せのとおりでございます」

「わかってくれればそれでよろしい」


 侯爵夫人がホッとしたような表情を浮かべる。その瞬間を見計らっていたのだろう。ディートシウスが氷のように冷たい笑顔を見せた。


「だが、それとこれとは話が別だ。もうわたしたちがそなたの一門を社交の場に招待することはないだろう」

「そ、そんな……!」

「わたしの妃になる女性を侮辱したのだから当然のことだ。ま、実力があれば、そなたの夫や子どもが官職に就くこともあるだろう。カルリアナ、行こう」


 そう言いながらディートシウスは、カルリアナの手を軽く引っ張った。カルリアナは立ち上がり、できるだけ落ち着き払って見えるように口を開く。


「皆さま、わたくしはしばらく殿下と席を外しますので、どうぞごゆっくりなさってください」


【白の間】を出ると、メラニーがにっこり笑ってお辞儀(カーテシー)をしてくれた。おそらく、カルリアナが参加していた会話の雲行きがおかしくなってきたときに、彼女がディートシウスを呼んできてくれたのだろう。


 カルリアナは、再びディートシウスにエスコートされ、大広間からテラスに出た。

 真夏の夜風が気持ちいい。遠くから音楽が聞こえてくる。魔道灯に照らされた噴水のしぶきが光るテラスの上で、ディートシウスはカルリアナを抱き寄せた。


「メラニーちゃんが状況を教えてくれて助かったよ」


 今更ながら、ディートシウスが自分を心配して駆けつけてくれたことが実感でき、カルリアナは彼の胸の辺りに顔を寄せた。今回は、「自分でなんとかできましたよ」などと可愛くないことを言うつもりはない。


「ありがとうございます、ディート。メラニーにも、あとでお礼を言っておきます。いつから【白の間】にいらっしゃったのですか?」

「あのむかつく女が、十代で子どもを産んだとか言っていたあたりから」

「かなり後半ですね。これは推測ですが、若くして襲爵したうえに『王弟殿下の下』で働いているわたしがあなたと結婚することになったので、目障りだったのでしょう」

「嫉妬ってやつだね。早めに排除できてよかったよ。カルリアナの『選別作戦』は成功だったね」

「他にも気になる方々はいましたが……のちほどメラニーが要注意人物のリストを作ってくれることになっています」

「君たちを敵に回したくはないね。しっかし、結婚が目前だと、いろいろ言われるねー。俺さ、まだ『後継者を!』って言われても現実感がないんだよね。結婚しても、しばらくは君と二人だけでいたいっていうか……」

「わかります」


 カルリアナだってディートシウスとの新婚生活を満喫したいし、先ほどの侯爵夫人のように、子どもを早く産んだほうが偉い、などとは思いたくない。


(でも、ディートとの子どもは欲しい……)


 彼との間に生まれた子どもを二人で育てていきたい。ディートシウスとの結婚を来年に控え、カルリアナはいつの間にかそんなふうに思うようになっていた。オイゲーンと婚約していたころは、そんなことは一切思わなかったのに。ただ、跡継ぎは産む必要がある、と義務のように考えていただけで。


 今思うとゾッとする。愛し合っていない両親のもとで育つ子どもがどんなに不憫ふびんかを、想像してみることさえしなかったのだから。

 だが、ディートシウスを好きになり、彼を愛するようになって、自然に子どもを産み育てることを望むようになったのだ。

 だから、カルリアナは勇気を出して言った。


「ですが、一人目は早くに産んだほうがいいと思っておりまして。初めて小さな子を育てるには、若いうちのほうがよろしいでしょうし……」


 こちらを優しく見下ろしていたディートシウスが目を丸くする。


「え!? それって、俺との子どもが早く欲しいってこと?」


 カルリアナはディートシウスを軽くにらんだ。


「あなた以外に、誰が子どもの父親になるのですか」


 ディートシウスは星を見上げながら、頬をかいた。照れているらしい。


(可愛い……)


 カルリアナがディートシウスの腕に絡める手の力を強めると、彼はもう一度こちらと目を合わせた。少し申し訳なさそうな表情で。


「前向きに考えさせて」


 もっとあっけらかんとした返答を予想し、また期待していたカルリアナは、思わず「え……」と口から声を漏らしてしまった。

 ディートシウスが慌てたように補足する。


「別に子どもが欲しくないわけじゃないよ。……ただ、俺は実の父親のことがあまり好きじゃなかったから、父親になるのが少し怖いんだ」

「怖い?」

「親って、何があっても子どもを愛し続けることが理想みたいにいわれるけど、それが難しいときだってあるよね。もし自分が将来そうなったら、怖いなあ、って……」


 ようやくわかった。ディートシウスは父親である先王と今は監獄にいる次兄、イングベルトの関係をずっと気にしていたのだ。多分、少年のころから。

 イングベルトにクーデターを決意させたのは、自身の出生もあるが、父親に愛されるどころか疎まれたことが最たる原因だったのだろう。


 もし、何かが理由となって、好きではなかった父親と同じようなことを、我が子にしてしまったら……。

 先王の日記を読んだカルリアナには、ディートシウスの気持ちが理解できた。


「あなたはそんなことはなさいません」と口で言うのはたやすい。しかし、ディートシウスが求めているのは、そんなありふれた言葉ではないような気がした。

 何も言えずにいると、ディートシウスが明るい口調で付け加える。


「まー、そのうち克服するよ。俺、ヨゼフィーネとも仲いいし、子ども自体は嫌いじゃないんだよねー」


 それは、ディートシウスの本心なのだろう。彼は決して嘘をつかないから。

 ディートシウスの誠実さをうれしく思う一方で、カルリアナは彼の複雑な内心を思い、胸が締めつけられるような気がした。

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