第43話 婚約披露パーティーの目的
「お嬢さま、とっても素敵ですよ。さすがは今夜の主役でいらっしゃいます」
シュテルンバールにまでついてきてくれた侍女のメラニー・フォン・ヴィンクラーが、部屋の姿見に映るカルリアナを見て断言する。
今夜の婚約披露パーティーのために、カルリアナは王都の屋敷から持ってきた淡いブルーグリーンのローブデコルテを着て、白い長手袋をはめている。
ローブデコルテは流行を取り入れてスリーブを細めにしたおかげで、シルエットがすっきりとしているお気に入りの逸品だ。
先日、王宮で開かれた婚約披露パーティーでも同じものを着た。ディートシウスは「せっかくだから、王宮用とシュテルンバール用に二着仕立てようよー」と言ってくれたのだが、断った。
「公妃になる者が、国民の税金や、領民からむしり取った地代で贅沢をしている、と思われては困りますから」
ディートシウスは軍人としても領主としても働いているが、王族であるため、品位保持のための王族費を賜っているのだ。もちろん、王族費の財源は国民から徴収した税金だ。
ディートシウスはうれしそうに、「俺の奥さんは聡明だなあ」と言っていた。すでに結婚したように話すのはやめてほしい。恥ずかしいから。
(今からこの調子では、結婚したらどうなるのでしょう?)
頬に熱が集まってきたので、カルリアナは考えるのをやめた。
タイミングよく、扉を叩く音が響く。
メラニーが応対すると、ディートシウスがひょこっと扉の隙間から顔を覗かせた。
「カルリアナ、迎えに来たよー」
「どうぞ、入ってください」
入室してきたディートシウスは、王宮での婚約披露パーティーと同じ黒い軍服姿だ。ホワイトブロンドの髪は頭頂で一つに束ねられており、とても凛々しい。
ディートシウスはカルリアナをじっと見つめる。
「やっぱり似合うなあ。カルリアナには俺の瞳の色がぴったりだね」
ディートシウスの緑がかった青い瞳に凝視されながらそう言われると、無性に恥ずかしい。それに、着るのが二度目のドレスを褒められるとは思っていなかったので、どうしても照れてしまう。
「……ありがとうございます、ディート」
ディートシウスはニコッと笑うと、右肘を差し出してきた。カルリアナは彼の細く見えてたくましい腕に手を添える。その薬指には、ディートシウスの瞳と同じ色の宝石があしらわれた婚約指輪がはまっている。
埋め込まれているのは、「俺の瞳の色にそっくりな宝石ってないかな? カルリアナには婚約中、いつも俺のことを思い出してほしいんだよねー」と無理を言うディートシウスに依頼され、レファレンスの末、探し出したパダシャートという名の宝石だ。
宝石細工の得意なドワーフ族の国にしかないとされる幻の宝石で、名前こそ知っていたが、カルリアナもレファレンスの過程で初めて目にした。
(全くもう……こんなに貴重な石を使った婚約指輪でなくても、わたしがディートのことを忘れるだなんてあり得ませんのに)
たとえ安物の指輪でも、カルリアナはディートシウスの気持ちが籠もっていれば、それで十分だった。
とはいえ、ディートシウスの溺愛ぶりが女性としてうれしくないはずがない。
ディートシウスにエスコートされたカルリアナは、シュテルンバール城の階段を下り、二人の従僕が開け放った扉から大広間に入った。
管弦楽団の奏でる曲が鳴り響き、招待客や使用人たちが一斉にお辞儀をする。
王宮での婚約披露パーティーは、革新的な国王アーロイスの意向により、ホストこそカルリアナとディートシウスだったが、招待客たちはどうしても、伝統的には本来のホストである国王夫妻に気を遣っていた。
それだけに、人々の内心はともかく、彼らの敬意が自分たちに向けられていることに驚きを感じてしまう。
(現国王陛下の弟君と結婚するというのは、こういうことなのですね……)
畏怖のようなものを感じながら、カルリアナはディートシウスとともに、神話をモチーフにした大きな絵画が掛けられた上座に向かう。
上座に立つと、ディートシウスが拡声魔法の効果を持つ、筒のような魔道具を執事から渡された。ディートシウスがホストとしてスピーチする。
「このたびは、わたしたち二人の婚約披露パーティーにお集まりいただき、感謝の念に堪えない。すでに新聞などでご存知のこととは思うが、彼女がわたしの妃になるアルテンブルク伯爵カルリアナだ。周知のとおり、美しいだけでなく大変聡明な女性で、わたしはすでに尻に敷かれているよ」
人々から笑い声が上がる。
(あとで文句を言っておかないといけませんね)
ディートシウスはカルリアナにウィンクしてみせた。
「今夜はわたしたちに祝辞を述べるだけでなく、ぜひ楽しんでいってほしい。ほら、カルリアナ」
事前の打ち合わせどおり、ディートシウスがカルリアナに魔道具を渡してきた。カルリアナは緊張しながらも発言する。
「皆さまにおかれましては、ご多忙のところお集まりいただき、ありがとう存じます。アルテンブルク伯爵カルリアナと申します。初めてお会いする方ばかりだとは存じますが、今夜はわたくしとも打ち解けてくださると幸いです」
人々から拍手が起こる。主だった招待客たちから挨拶を受けたカルリアナとディートシウスは、晩餐の席に着いた。乾杯ののち、懇親を深めるために周囲の招待客と会話を始める。
今回の婚約披露パーティーの招待客たちは、もちろん王都でのパーティーとは顔ぶれが違う。
上級貴族ではあっても、王都を拠点にはしていないような者や同じく王都とは縁の薄い下級貴族、準貴族、騎士などの上流階級を招待した。つまり、現在の主流からは外れている人々だ。
カルリアナとディートシウスは王都での生活を中心とするつもりだが、転移魔法陣を使えばすぐに州都テルマッセに行ける以上、シュテルンバール周辺の人々との親交も大切にすべきだろう。
食事のあとは男女に別れ、女性は別室にてお茶とお菓子、それにおしゃべりを楽しむことになっている。ホステス役のカルリアナは、ディートシウスに声をかける。
「では、わたしはあちらに行ってまいりますね」
「今夜だけ俺も女性ってことにしちゃダメ?」
「ダメです。お顔はともかく、あなたのように体格のよい女性は、さすがに無理があります」
「……わかったー。時々メラニーちゃんに様子を見に行ってもらうよ」
残念そうに手を振るディートシウスに見送られ、カルリアナは大広間の隣にある【白の間】に入った。壁からソファまで白を基調とした部屋で、絨毯は赤と白だ。こちらでも小規模な管弦楽団が音楽を奏でている。
メラニーに案内されてきた女性客たちが改めてカルリアナに挨拶する。カルリアナはその応対を済ませると、彼女たちに席を勧め、丸テーブルを囲むソファに腰掛けた。
カルリアナを囲むように座ったのは、十代から二十代の貴婦人や令嬢たちだ。三十代以上の貴婦人たちは、それぞれ懇意な者同士に分かれている。
最初のうちは先ほどの料理や音楽の感想など、当たり障りのない会話をしていたが、風向きが急に変わった。
「お二人がご結婚なさったら、まず待ち望まれますのはお子さまでいらっしゃいますね。今、年少の王族のお方はヨゼフィーネ王女殿下お一人でいらっしゃいますもの」
そう堂々と口にしたのは、豪奢な扇子を持った二十代後半の侯爵夫人だ。彼女が嫁いだ侯爵家は歴史のある家柄だ。しかし現在、夫である侯爵は官職に就いておらず、夫人や子どもたちとともに領地で悠々自適に暮らしている……はずだ。
他の女性たちが彼女に続く。
「わたくしも楽しみにしておりますのよ」
「王弟殿下のお子さまなら、さぞお美しくお生まれでしょうね」
(その子はわたしの子でもあるはずですが……まあ、いいでしょう。だいぶあぶり出されてきましたね)
先々月に二十七歳になったばかりの若い王族であり、【軍神】と呼ばれる元帥でもあるディートシウスは、民衆だけでなく貴族にも人気がある。そのディートシウスを射止めた自分が、貴族女性から嫉妬と反発を受けるのは想定内のことだ。
だから、カルリアナはディートシウスに提案した。「今回の婚約披露パーティーで、将来付き合うべき相手を取捨選択したいのです」と。
ちなみに、学生時代に面識のある人たちは敵味方と中立がはっきりしているので、先日王宮で開かれたパーティーには、あえてその全員を呼んだ。
中立の人たちはともかくとして、学生時代にカルリアナを目の敵にしていた人たちが擦り寄ってくるさまは滑稽だった。
我ながら性格が悪いとは思うが、王弟妃として、また公妃として、社交界の一部を仕切っていく必要がある以上、仕方のないことだ。
(幸いにも、社交界の女王であらせられる王妃陛下がまっとうかつ聡明なお方なので、折に触れて助けてくださるでしょうけれど)
さまざまな思いを胸に秘め、思考を回転させながら、カルリアナは苦笑してみせる。
「とはおっしゃいましても、伝承で『天使が運んでくる』といわれるように、子どもは授かり物ですから」
侯爵夫人が閉じていた扇子を開き、口元に持っていった。
「あらあら、伯爵閣下はまだお若くていらっしゃるのに……。閣下のお誕生日はいつでしたかしら?」
「雪月(十二月)の二十八日です」
「あら、もう五か月もございませんね。やはり、学院卒業後にお仕事をなさるとそうなってしまわれますわよねえ。でしたら、ご結婚なさるときには二十一歳でいらっしゃる?」
あからさますぎる話の展開だ。ここまでくると、他の女性たちも会話に加わろうとはしない。
カルリアナは困ったように笑ってみせた。
「予定ではそうなりますね」
「わたしの初産は十代でしたの。お子さまを産むなら、早いほうがよろしいですわ」
「そうですね」
「ですが、もしものときに備えて……不妊治療に長けた医師をご紹介いたしましょうか?」
これには今まで固唾を呑んで会話の成り行きを見守っていた女性たちも一斉にざわついた。他の席で話に花を咲かせていた貴婦人たちも、びっくりしたような顔でこちらを見ている。
侯爵夫人と歳の近い貴婦人の一人が「侯爵夫人、失礼でいらっしゃいますよ」と声をかける。
侯爵夫人は「言ってやったわ」という表情をしている。
機先を制し、マウントを取ることで、将来社交界において重要な人物になるであろうカルリアナをコントロールしようとしているのだ。
おまけに、ケルツェンでも数少ない女性の有爵者であるうえに、専属司書の立場を利用して「名高い王弟殿下」の妃の座に納まろうとしている、生意気な小娘の鼻を明かせる。
それに、カルリアナのコントロールがうまくいけば、将来、夫や子どもを高位の官職にねじ込めるかもしれない。
とはいえ、相手の内心を見抜いたカルリアナでも、さすがに辟易せざるを得ない。
(子どもを早く産めば偉いのでしょうかね?)
そう切り返そうか本気で迷っていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「まだ結婚してもいないのに、わたしの婚約者はもうそんなことを言われてしまうのだな」




