第41話 凄腕司書、再び
(ふむ、王立図書館には及びませんが、こちらの蔵書数もなかなか……さすがディート、学術面にも力を入れていますね)
カルリアナは感心しながら、広い図書館内を歩き回っていた。
ここは王国の州の一つ、シュテルンバール。その州都に建っている図書館に、カルリアナはいた。名目上は視察なのだが、初めての図書館を訪れるワクワク感を満喫するためにお忍びで来ている。
眼鏡を掛けっぱなしにして気になる本は手に取って読み、一通り書架を見て回ったので、受付のあるカウンターに向かう。入館したときにちょっとしか見ていない図書館員の働きぶりを観察するためだ。
書架の間を通り抜け、閲覧席のすぐ先にあるカウンターに近づいたそのときだった。
「そんな答えで納得できるわけないだろう!」
若い男性の荒らげた声が聞こえてきた。見ると、若い男女がカウンターに立っている司書らしき男女に詰め寄っている。
おそらく利用者だと思われる男性の隣に立つ女性が、甲高い声を出す。
「そうよ! 王立図書館では、もっとちゃんと調べてくれたわ!」
男性が畳みかけるように言葉をかぶせる。
「これだから地方の私立図書館は!」
「そんなに王立図書館がいいのなら、王都に行けばいいのにねー」
いつの間にこちらに近づいてきていたのか、ずば抜けて長身の青年が小声で言った。
緩く束ねて左肩に垂らしたホワイトブロンドの髪と、南国の海に似た瞳を持つ、美貌の青年――ケルツェンの王子にして王弟、シュテルンバール公爵ディートシウス・ザシャだ。
今回の視察には、もちろん領主である彼も同伴しており、館内では別行動をとっていた。カルリアナが好きに館内を見て回れるよう、ディートシウスが気遣ってくれたのだ。
そんな彼も、この騒ぎを聞きつけてカウンター近くまでやってきたらしい。何せここは図書館。基本的に静謐が美徳とされる場所だ。
それはともかく、カルリアナはディートシウスに同意しつつも、苦笑しながら応えた。
「確かにそのとおりですが、転移魔法陣を使えないとなると、少し距離がありますからね。王都までは馬車で数日はかかりますし」
「まあねー。でも、俺は満足のいくレファレンス回答が得られなかったからって、司書さんに大声で詰め寄る奴らは嫌いだな」
司書たちは「ですから、当館にはシェジュの王室に関する資料が少なく……」と申し訳なさそうに説明している。ディートシウスの推測は当たっているのだろう。
シェジュとはこの国の隣国、シェジュ王国のことだろう。王室・貴族・平民すべてが獣人族で構成された国で、ちょうどシュテルンバールの西側がその国境となっている。
カルリアナが見たところ、この図書館にはシェジュの風習や獣人族について書かれた本はあったものの、王室について詳しく書かれた本はほぼなかった。あれは、司書たちがレファレンスのために資料をカウンターに持っていったせいだったのだ。
「シェジュの王室といえば、好事家の間で有名な逸話があります。ただ、長年の同盟国であるシェジュに遠慮しているのか、我が国ではその研究者が少ないのですよね」
カルリアナのつぶやきに、ディートシウスが反応する。
「あー、あれか。確かにえぐいもんね。獣人族があれに関する本や論文を見かけたら、変な話を広めないよう抗議してくるかもねー」
「たとえ抗議をされても、幅広い資料を収集するのが本来の図書館の役目です。問題は、元から少ない資料は需要も少ない傾向にあることです。そういった資料となると、膨大な蔵書数が特徴の王立図書館はもちろん、王室図書館・大学図書館のようにある意味特殊な図書館のほうが、熱心に蔵書に加える傾向がありますからね」
図書館側の事情が理解できるカルリアナは、司書たちに同情を禁じ得ないし、歯がゆい気持ちだった。
「それはそのうち俺たちがどうにかするとして。一体全体、どうしてあの利用者たちはシェジュの王室についてなんて、マニアックなことを調べているんだろうね?」
「ふむ……もしかして、あの二人はこの町にある大学の学生でしょうか?」
そう考えるとしっくりくる。
王族と貴族が通う学院・太陽学院を優秀な成績で卒業したカルリアナだが、大学に通ったことはない。それでも太陽学院での経験から、教員というものが時にとんでもない宿題を出す存在だということはよくわかっている。
カルリアナと同じく、太陽学院の卒業生であるディートシウスは納得がいったようだ。
「あー、なるほど。そういう変な宿題を出す教員の講義を受けている、ってわけだ。しかも、人数が多めの」
おそらく、シェジュ王室についてのレポート提出を求められた学生たちは、大学図書館で資料を借り尽くしてしまったのだろう。
資料を借り損ねたあの二人は、わざわざこの図書館を訪れ、司書にレファレンスを依頼したが、蔵書の関係で満足のいく答えを得られなかった。多分そんなところだろう。
「とはいえ、先ほどディートがおっしゃったとおり、自分たちの成績に響くからといって、声を荒らげて相手を恫喝するのは感心しませんね」
「でしょ?」
王室図書館では司書に暴言を浴びせる利用者などいなかった。これは、王室図書館で働く司書たちがすべて貴族だからという理由もある。
それに対してこの図書館の司書たちは、専門職の者が多い中流階級出身のはずだ。
そもそも、王宮に出入りする貴族や職員なら誰でも利用できる王室図書館とは違い、ケルツェンの他の図書館は基本的に研究者や専門職の者、学生など、しかるべき機関の紹介状を持つ国民が使えるものだ。
つまり、基本的には中流階級以上の者が図書館員としてサービスを提供し、同じ中流階級以上の者が利用する施設なのである。
(しかし、いくら利用者層が違うからといって、職員を怒鳴ったりしますかね?)
カルリアナの屋敷で働いてくれている使用人にも中流階級出身者は少なくないが、穏やかで人がいい者ばかりだ。
(もしかして、あの二人は……)
「ディート、わたしはあの二人を少し観察してまいります」
「了解」
カルリアナは利用者たちに近づいていく。二人とも身なりがよく、男性のほうは貴族が好むブランドよりもやや下のランクのタイを締めている。
どうも中流階級というより、下位の上流階級のように見える。地主である準貴族か騎士階級の出身だろう。
「ここにないなら、どこかからもっとまともな資料を取り寄せてくれ!」
「……っ! 図書館同士の提携はシュテルンバール州では行われておりません」
「話にならないな!」
今もなお、司書たちは利用者たちに責められ、必死に弁解している。
中流階級対上流階級の構図だ。
身分を笠に着た弱い者いじめを見ているようで気分が悪い。しかも、いじめられているほうは、立場は違えど自分の同業者だ。
さりげなく近づいてきたディートシウスがこちらに問う。
「何かわかった?」
「放っておけないことがわかりました」
カルリアナが歩きだそうとすると、こちらの意図を察したディートシウスが「頑張って」とささやき、背中を押してくれた。それがうれしくて、一歩前へ踏み出す。
(よし、やりますか)
カルリアナは若い利用者たちの横まで歩いていくと、声をかけた。顔に微笑を貼りつけて。
「よろしければ、わたしにどのようなことでお困りなのか、教えていただけませんか? お役に立てるかもしれませんので」
今のカルリアナはお忍び中なので、準貴族の女性が好むような服装だ。それでも、こちらの雰囲気が場にそぐわないと感じたのか、二人とも困惑した表情になった。
「え!?」
男性利用者が恐る恐るといったふうに尋ねる。
「あの……失礼ですが、こちらの司書ではいらっしゃいませんよね?」
「こちらの職員ではございませんが、普段は(王弟殿下専属の)司書として働いております」
司書たちは思ってもみなかったであろう助け船に表情を明るくし、二人の利用者は顔を見合わせた。男性がおずおずと再度口を開く。先ほどまでとは、えらい違いだ。
「……シェジュ王室のしきたりについての詳細を知りたいのですが」
「レポートを書くのに必要なのですね?」
「え!? なんでそれを……?」
「ちょっとした勘です。それで、しきたりとは古くから続く、王が交代するときの儀式に関することですか?」
「……! はい、教授はそのように言っていました」
予想が当たっていたので、カルリアナはほほえんだ。
「わかりました。それでは、レファレンスを始めましょうか」




