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婚約破棄されて自由を手に入れた女伯爵ですが、知識をいかして司書になったら王弟殿下に認められ、専属になりました  作者: 畑中希月
第1部 司書と王弟

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第28話 軽々しくそういうことは……

 劇場一階の最前列中央にある特別席での観劇は、素晴らしいものだった。新型の魔道照明に照らされた役者たちは生き生きと動き、クライマックスではカルリアナも自然と涙をこぼした。


 観劇を終えた興奮も冷めやらぬまま、カルリアナはディートシウスにエスコートされ、彼が予約しておいてくれた劇場近くのレストランに向かった。

 ディートシウスの計らいで、メラニーとクラウスは別のテーブルで食事してもらうことになっている。二人が何を話すのか気になるが、腕に覚えがある者同士、案外話が合うかもしれない。


 おいしいお酒と食事を楽しみながら、カルリアナとディートシウスは先ほどの舞台『黒歌鳥アムゼルの鳴く庭』について語り合った。


「あのシーンでのマクダの演技は最高でした。感情を抑えているのに、こちらにまで悲しみが伝わってくるようで」

「俺はヘルターの演技がよかったな。本気で怒っているんじゃないか? と思った」

「演出も斬新なのに、演出家の癖のようなものを感じさせなくてよかったですね」

「そう? 俺はちょっとやり過ぎじゃないかと思ったけど」

「いいえ! 誰がなんと言おうと素晴らしかったです」

「はは、そう言われちゃうと、こっちもこれ以上は切り込めないな。俺はもっと自然な演出が好みなんだ」

「例えば?」

「演出家だったらティーレマン一択かな。『バルバラと片角の竜』、あれは傑作だね」

「ああ、なんとなく殿下のお好みがわかってきました」


 こんなに演劇について誰かと語り合ったのは久しぶりだった。


(意見の違いさえも楽しく感じられるなんて……こんなことは初めてです)


 ザウアーブラーテンが運ばれてくる。マリネ液に漬け込んだあとに焼いて蒸し煮にした肉料理だ。ディートシウスとともに甘酸っぱい風味の鹿肉を味わう。会話が途切れたとき、白ワインを飲んでいたディートシウスが何か言いたげな顔をした。

 カルリアナは小首を傾げる。


「何か?」


 ディートシウスは慌てたように言う。


「いや……んー、店を出たら言うよ」

「? そうですか」


 最後にデザートのベリーのプディング、ローテ・グリュッツェを食べ、満腹になったカルリアナはディートシウスと少し話したあとで店を出ることにした。メラニーとクラウスと合流する。


「カルリアナ、三十分でいいから二人で話したいんだけど……いいかな? 近くに公園があるから、そこで」

「構いませんが」


 本音をいえば、もっと彼と一緒にいたかったので、カルリアナはうなずいた。メラニーには三十分後に公園に馬車を回してもらうよう頼む。ディートシウスも同じ指示をクラウスに出した。


 ディートシウスに案内されて向かった公園は広く、まだ寒い季節なのにカップルの姿をちらほらと見掛けた。彼らから見れば、自分たちも平凡なカップルの一組に過ぎないのだろう。そう思うと、少し安心すると同時に落ち着かない気分になる。

 ディートシウスが魔道灯に照らされた手ごろなベンチを指さした。


「カルリアナ、あそこに座ろう」

「はい」


 二人並んで腰掛けると、今度は距離が気になった。座ったときよりも少し間を空けると、ディートシウスが切なそうな顔をする。


「もうちょっとくっついてもいいのに」

「わたしが恥ずかしいのです」

「そっか。俺たち、まだ付き合っていないもんね」

(やっぱり、殿下も気にしていたのですね……)


 カルリアナが何も言えずにいると、ディートシウスが不安げに尋ねてきた。


「手を握ってもいいかな?」


 カルリアナは膝に乗せていた左手をベンチの上に置いた。手をつないだこともあるのに、ディートシウスの右手がカルリアナの左手をおずおずと包み込む。冷たい夜風が吹くなか、とても温かかった。

 ディートシウスがささやくように言った。


「また、君と観劇に行きたい」

「わたしも、殿下とまたこうしてお会いしたいです。たとえ観劇でなくても」


 自分の気持ちを婉曲えんきょくにしか表現できないのがもどかしかった。

 こうして触れ合っているとよくわかる。彼を好きだということが。

 初めは、軽薄で自分とは合わない人だと思った。でも、それは彼の表面的な姿だ。本当のディートシウスは優しくて、こちらの気持ちを第一に考えてくれる。いつだって自分を守ってくれた。


 カルリアナがディートシウスを見つめていると、彼が左手をこちらの頬に添えてきた。そのままディートシウスの彫刻のように整った顔が近づいてくる。

 恋愛には不慣れなカルリアナも自分が何をされるかわかった。


(これって……キス、ですよね!?)


 彼のことは好きだけれど、物事には順序というものがある。ドキドキしながらもカルリアナはさっと顔を正面に向けた。


「……お付き合いもしていないのにそういうことはできません」


 ディートシウスがしおれた声を出した。


「え……手を握るのはいいのに……?」

「それとこれとは別です」

「じゃあ付き合おう」


 カルリアナは再びディートシウスの方を見た。彼の顔は真剣そのものだった。


「言うのが遅くなってごめん。君が好きだ。これから先も俺のそばにいてほしい。つまり、結婚しよう」

「え……ええ?」


 あまりの展開に、カルリアナは呆然とすることしかできない。

 ディートシウスがカルリアナの手を握る指先に力を込めた。


「あのバカ野郎からも必ず守る」


 多分オイゲーンのことだろう。確かにディートシウスと結婚すれば、オイゲーンもカルリアナに手出しはできなくなるだろうが……。


(ちょっと安直すぎませんかね?)


 それは、カルリアナだってディートシウスとこの先も一緒にいたいし、ゆくゆくは結婚という選択肢もありだと今なら思う。だが、出会って数か月で結婚と言われてもピンとこない。

 カルリアナの微妙な反応に気づいたのか、ディートシウスの表情が曇っていく。


「ダメ……?」


 慌てたのはカルリアナのほうだ。


「いえ、そういうわけではないのです。ただ、今すぐ結婚を決めるには早すぎるかと思いまして。殿下と結婚するなら、子どもの代になったとき、アルテンブルク伯爵家はシュテルンバール公爵家に付随することになるでしょうし。いろいろと考えなければならないことが多すぎます」


 そうなのだ。ディートシウスは王族公爵だが、傍系であるため、結婚して完全に独立したら、おそらく爵位名のシュテルンバールを姓の一部として名乗ることになるだろう。


 格上の家の当主、しかも王族を婿に迎えるわけにはいかないから、カルリアナが彼に嫁ぐことになる。そうなると、オイゲーンとの婚約が破談になったときと同じくらい、ほうぼうへの根回しが必要だった。


 それに、ケルツェン王族の結婚相手の基準は厳しく、国王・女王、そして王太子・王太女は外国人も含めた君主一門に連なる者か、王族の血を引く上級貴族としか結婚できない。

 もし、それ以外の者と結婚した場合、その夫婦は「子どもに王位継承権を認めない」など、なんらかの罰則を受ける。


 ディートシウスの王位継承権は第三位だから、ギリギリ上級貴族に数えられるカルリアナとの結婚は反対されないだろう。それでも、将来生まれてくるかもしれない子どものためにも策を講じておく必要がある。

 ディートシウスとのあいだに子どもを授かると想像してしまうだけで、顔がほてりそうになるけれど。


「現実的……まあ、カルリアナらしいけどさ」


 ディートシウスはため息をついたあとで、すねるような目をした。


「付き合うのもダメ?」


 ずるい。そんな顔をされたら、こちらはいい返事をするしかなくなる。


「……お付き合いする分には構いません」


 ディートシウスの顔がぱあっと明るくなる。


「本当!? カルリアナも俺のことが好き?」

「好きでなかったら、お付き合いに応じたりしません」


 頬を染めながら答えると、大きく温かいものに包まれた。

 一瞬遅れて、ディートシウスに抱きしめられたのだとわかる。〝殿下はこういう匂いをしていたのですね〟と思った。爽やかな香水の匂い。


「ちょっ……殿下」

「しばらくこのままでいさせて」


 文字どおり耳元で甘くささやかれ、カルリアナはさらに頬に熱が集まるのを感じた。

 数分間はそうしていただろうか。ようやくディートシウスが離してくれた。ただ、肩には手が回されたままだ。


「もう、突然なんですから……」


 カルリアナが唇をとがらせると、ディートシウスがけろりとした顔で返した。


「付き合っていれば、こういうことをしてもいいんでしょ?」

「お付き合いしていても、していいことといけないことがあります」

「これくらいいいじゃない」

「わたしの心臓がもちません」

「じゃあ、もっともたなくしてあげる」


 このままだと本当に実行されてしまいそうなので、カルリアナは彼の手を肩から外して立ち上がった。


「もう三十分たちましたよ。馬車が待っています」

「えー、もう?」


 懐中時計を確認したディートシウスが落胆の声を上げた。


「うわ、ほんとだ。楽しい時間はあっという間だね」


 カルリアナはディートシウスがベンチから立ち上がるのを待つ。

 すると、隣に立った彼がごく自然に手を繋いできた。


「馬車まで行くと人目があるから今言っておくよ。俺、待っているから。プロポーズの返事を」


 いつもの彼とは違う、落ち着いているのに熱を秘めた口調でそうささやかれ、カルリアナは赤面したのだった。

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