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第15話 パートナーの必要性

 ディートシウスの馬車は、夜会の会場となっているホルトハウス公爵邸に到着した。

 馬車から降りるときに手を取ってくれたあとで、ディートシウスが肘を差し出してきた。カルリアナはおずおずと手を添える。男性にエスコートされるのは初めてではないのに、緊張してしまう。


 彼の腕は細く見えて軍人らしく引き締まっており、単に身長が高いだけでなく、実際は立派な体格であることがわかった。わけもなく恥ずかしくなってしまいうつむくと、頭上からディートシウスの声が降ってくる。


「前を見て、カルリアナ。一歩中に入れば、たちの悪い魔物どもがわたしたちを狙っているから」


 カルリアナはハッとして、正面を見た。ディートシウスに気づいたのか、玄関ホールに入る前から、来場客たちがチラチラとこちらを見ているのがわかった。

 みな、〝殿下といるのは一体誰だろう〟と思っているに違いない。


 カルリアナはディートシウスにうなずいてみせると、胸を張り、彼の半歩うしろを歩き始めた。

 邸宅内に入り、夜会が開かれている大広間に足を踏み入れたとたん、会場内がざわついた。


「ご覧になって、ディートシウス殿下が女性をエスコートなさっていますよ」

「あの貴婦人は誰だ?」

「もしかして……アルテンブルク伯爵でいらっしゃる?」

「確か彼女は、昨年に婚約破棄されたそうだが……」

「いつから殿下と懇意になられたのだ?」


 やはりというか、聞き取れる会話だけでも、自分たちの関係をいぶかしむ声ばかりだ。


(実際は、主君と専属司書の関係なのですが……)


 もやもやしているカルリアナに比べ、ディートシウスは状況を楽しんでいるようだ。緑がかった青い瞳が好戦的な光を帯びている。彼にとっては社交界も戦場のひとつなのだろう。

 一組の中年の男女がこちらに向けて歩み寄ってきた。ホルトハウス公爵夫妻だ。父の葬儀にも列席してくれたので、カルリアナとも面識がある。


「ごきげんよう、ディートシウス殿下、アルテンブルク伯爵。このたびはご足労いただきありがとう存じます」


 公爵の挨拶に、ディートシウスは爽やかに笑った。


「ごきげんよう、こちらこそ招待ありがとう」


 カルリアナも笑顔で応対する。


「公爵閣下、公爵夫人、亡父だけでなく、娘のわたくしにまでよくしてくださって、ありがとう存じます」


 公爵は破顔したあとで、カルリアナとディートシウスを交互に見た。


「それにしても、お二人がご一緒においでになるとは驚きました。確か、伯爵は殿下の専属司書になられたとか」


 ホルトハウス公爵夫妻が正しい話を広めてくれることを願いつつ、カルリアナはうなずく。


「はい」

「わたしが彼女にれ込んでね、無理を言ってパートナー役を引き受けてもらったのだ」


 ディートシウスはいつもと違い、王族然とした口調だが、発言が余計なことすぎる。


(大体……惚れ込んだって、どこに……)


 仕事ぶりに惚れ込んだのか、それとも恋愛対象として惚れ込んだのかが、実に曖昧にぼかされている。


「さようでございますか。お二人とも、美男美女でお似合いです」

「それに、ご衣装までそろえておいでで……今夜の主役はお二人で間違いございません」


 公爵夫妻に称賛され、カルリアナは若干口元を引きつらせた。


「……ありがとう存じます」

「では、わたしたちは挨拶回りをしなければならないので、またあとで」


 ディートシウスが話を切り上げようとすると、公爵夫人が笑顔でうなずいたあとで、カルリアナに視線を移した。


「伯爵、どなたをご招待するかには気をつけましたので、今宵はごゆるりとお過ごしくださいね」

(これは……オイゲーンや浮気相手の関係者は招いていない、という意味でしょうね)


 カルリアナは少し安堵あんどした。


「そこまでお気遣いいただき、誠にありがとう存じます。今夜は楽しませていただきますね」


 公爵夫妻にお礼を述べ、カルリアナはディートシウスとともに挨拶回りに向かった。

 歩いていると、見覚えのある姿が目に入る。ディートシウスの次兄、イングベルトだ。


(ディートシウス殿下と仲の悪いイングベルト殿下は招待されているのですね。わたしがイングベルト殿下ともめたことは、公爵夫妻もさすがにご存知ないでしょうしね)


 ちらりとディートシウスを見上げると、気づいているはずなのに彼は知らんぷりを決め込んでいた。どうやら、パーティー会場でイングベルトと鉢合わせてしまった場合は、無視することにしているらしい。


 カルリアナが挨拶を交わすような相手は、そのほとんどが太陽学院時代の友人知己か恩師で、人数もそう多くない。中にはディートシウスと共通の恩師もいた。

 それはともかく、カルリアナが若い男性と話すと、ディートシウスが「あれは友達?」「あの教師の目、なんだかいやらしくない?」「さっきの奴より、わたしのほうが断然いい男でしょ?」などといちいち聞いてくるのがとてもうるさい。


 単なる同級生だった人たちは遠巻きにカルリアナとディートシウスを見ながら、青い顔でひそひそと何かを話している。

 どうせろくでもないことだろう。格上の家門出身の子女たちは、学業でも口でもカルリアナに勝てないことが常に不満だったようだから。


 それに比べて、ディートシウスはゆく先々で声をかけられた。さすが王族で陸軍元帥――しかも、カルリアナより六歳も年上だから、社会人経験も長い――である。


 やはり、美しく陽気な彼は人気が高い。

 たまに知識や容姿を褒められることはあっても、地味でおとなしい自分とはえらい違いだ。

 すぐ隣にいるのに、自分と彼との落差を目の当たりにして、カルリアナは軽く落ち込んでしまった。

 しかも。


「ディートシウス殿下とアルテンブルク伯はお付き合いなさっていらっしゃるのですか?」


 男女問わず、決まってこう質問され、カルリアナはげんなりした。

 そのたびに、ディートシウスは軽く笑いながら「どう見える?」と問い返している。自分の心を彼の手のひらの上で転がされているようで、不快だった。

 カルリアナはディートシウスが相手と話し込んでいる隙をうかがい、静かに言った。


「殿下、わたしは喉が渇いたので、あちらに参ります」


 ディートシウスが何か言おうとしたが、カルリアナは構わずに彼の腕から手を離し、飲み物を配る従僕の方に歩いていった。

 カクテルを受け取り、口に含むと、レモンサワーの酸味が口の中に広がる。


 一人になると少し落ち着いた。やはり、自分は一人きりのほうが性に合っているのかもしれない。

 遠くからでも目立つディートシウスの長身を視界に入れないようにしつつ、カルリアナはカクテルを傾けた。


(とはいえ、殿下に恥をかかせるわけにもいきませんし、タイミングを見計らって戻らないと……)


 贈られたドレスの代金分は働かねば。とても今日一日で返しきれる金額ではないが。

 そう思っていると、誰かが近づいてきた。


「ごきげんよう、アルテンブルク伯。はじめまして。わたし、ギーナ・フォン・オレンハウアーと申します」

「……!」


 ギーナ・フォン・オレンハウアー男爵令嬢。それは、忘れたくても忘れられない、オイゲーンの浮気相手の名だった。

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