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夏休み

作者: 乃亜 佑恭

何かをきっかけに急に過去の記憶が蘇る事がある

それは例えば音であったり景色や空の色であったり、風の匂いであったり…

そしていくつかの条件が重なって初めて開く扉もある

無意識に封印していた記憶の扉…


およそ三十年ぶりに私は生まれ育った街の駅に降り立った。

以前住んでいたという事もあって、新しくできた支店勤務になるのと同時にこの地区の担当になったのだ。

入社した当初は自分には営業なんて絶対に向いていないと思っていたので、私は事務職を希望していた。

しかし仕事を覚えるためにと新入社員は一旦全員が営業に配属された。

そして同じ大学出身の先輩の下で仕事を学んだのだが、この先輩がとても優秀で且つ親切な人だったので、私はいつの間にか営業の仕事に興味を持ち楽しいと感じるようになっていた。

そして入社半年後にあった面談の時には、私は営業職を希望していた。

しかしながら元来出世欲など全く持ち合わせていない私は、そこそこの成績は残しつつも周りとの繋がりをほとんど持たないので当然出世もせず、そろそろ会社にとってお荷物だろうなと感じながら現在に至っている。


かつて住んでいた駅が近づき車窓からぼんやりと外を眺めていると、あの頃と変わらない緑の多い風景の中に、見覚えのある建物と初めて見る建物が混在していた。

学区の外れに家があったので私は一駅だけこの電車に乗って小学校に通っていたのだ。

『まぁとりあえず今日は一通り歩いてみるか… あのレストランはまだあるかなぁ…』

そんな事をぼんやり考えていると、足の裏に痺れるような振動とブレーキの軋む音を響かせながら電車が止まった。

そして一歩外に出るとジリジリと皮膚が焼けるような強烈な陽射しが容赦なく私を照りつけ、シャワーのように降りそそぐ蝉の声がその暑さにさらに追い打ちをかけてきた。

久しぶりに降りたその駅は売店がきれいになっていたが、全体の雰囲気は当時とほとんど変わっていなかった。

穴を開けたトタン屋根を突き抜けて伸びている桜の木はホームの端にそのままあるし、常に湿っているように見える木製のベンチもそのまま残っていた。

ふとベンチの隅に仮面ライダーの落書きをしたのを思い出し確認してみると、目地に入り込んだマジックなのか丸い輪郭のような跡が微かに残っていた。

『うわっ まだ残ってる!』その驚きと当時の記憶が交錯して、私は嬉しいような切ないような何ともいえない気分になった。

理科の授業で使うために初めて油性マジックを買ってもらったのが嬉しくて、友達とあっちこっちに落書きをした。

今思えばとんでもなく悪質ないたずらだが、あの頃はそんな罪の意識もなくただ楽しいと思ってやっていて、そして偶然にもそれが見つかって咎められるということもなかった。

私達はちょっとした楽しみを見つけるとそこから遊びを作り出し、翌日にはそれをさらにアレンジして毎日暗くなるまで遊んでいた。

今のように色んなゲームなどはないが、遊びが尽きることはなかった。


改札を出て踏切を渡ってすぐにあるレトロな外観の喫茶店に入ると、私は窓際の席に座りアイスコーヒーとホットドッグを注文した。

たまに父親が仕事帰りにここでケーキを買ってきてくれた事があったので、私の中にあるイメージではこのお店はケーキ屋さんなのだが、今初めて普通の喫茶店であったのだと気がついた。

空腹だったのでホットドッグは一瞬でなくなり、何か追加をしようかと店内を見渡した時〈焼きプリン〉の文字が目に入った。

『そうだ!私はいつも箱の中からプリンを選んでいたんだ。色鮮やかなイチゴのショートケーキや上品そうなモンブランではなく、小さなカップに入ったプリンを選んでいたんだ。』

その事を思い出した瞬間、私はこのお店のプリンの味を感じた。

頭の中に味のイメージが浮かんでいるというか鼻の奥の方で感じているというか、自分でもどこでそれを認識しているのかわからないけれど、とにかくこのお店のプリンの味をはっきりと思い出した。

その味の記憶を確かめたい気持ちでプリンを注文すると、

カップではなくお皿にのったプリンがすぐに運ばれてきた。

カラメルソースが上にかかっていてあの頃に食べていたプリンとは逆さまだが、少し硬めの食感も味も匂いも記憶の中のプリンと完全に一致した。

そのプリンの味に手繰り寄せられるように、家族でテレビを観ながらケーキを食べている茶の間の様子や網戸越しに見える外の景色、飼っていた犬や近所の家並み…当時の風景が次々と頭の中に浮かんだ。

そしてプリンを一口食べるごとにその風景はモノクロからセピア色へと変わり、さらに色が付けられてどんどん鮮明な映像へと変化していった。

『でも何か… とても大きな何かを忘れている気がする。何かが引っかかっている。この妙な胸騒ぎと、思い出せそうで思い出せないこのもどかしい感じはなんだろう…』

不安と焦りと恐怖が同時にじわじわと近づいてくるような、こんな気持ち悪さを私は味わったことがなかった。

このざわついた不安の理由をどうしても突き止めたくなった私は、喫茶店を出る頃には仕事の事などすっかりどうでもよくなっていて、何かヒントが見つからないかと取り敢えず自宅のあった方に向かって歩き出した。

駅から真っ直ぐに続く商店街には見覚えのあるお店も多く残っていたが、商店街の終わりにある国道沿いの小さなレストランはなくなっていた。

そのレストランに連れていってもらうといつもグラタンを注文していて、さっきのプリンほどではないが何となく味も覚えているし、何より店内から外の光を眺めるのが好きだった。

信号機の赤青黄色や車のライトの光がでこぼこの磨りガラスに乱反射して、とても幻想的に見えた記憶がある。

もしまだお店があったら暗い時間に訪れて、もう一度あの光のショーを眺めながらグラタンを食べたいと思っていたのに残念だ。

レストランから3.4分の距離の、当時住んでいた家のあった場所はマンションの駐車場になっていた。

家の近所には当時の面影がほとんど見られないので、私は歩いて小学校まで行ってみる事にした。

電車通学をしていたが決して歩けない距離ではなく、国道を越えるか越えないかのところで電車か徒歩かが分けられていた。

『確かここを曲がるんだったよな…』

近道としてよく通っていた裏道に入ると、真っ直ぐに見渡せるその道にあるもの全てがとても小さく見えた。

道幅は思った以上に狭く所々にある塀は低く、あの頃新しくできた白くて大きな家も今では色もくすんでこじんまりとして見えた。

もちろん当時より身長は伸びているが、ここまで周りの物が小さく見える感覚は初めてだった。

『でもこの道はあまり変わってないな。この家もこの家も何となく見覚えがある…』

窮屈そうに古い家が並ぶ様子はどことなく下町の裏路地のような趣きがあって、簾や朝顔とか風鈴の音が似合いそうだ。

あの頃住んでいた人達がまだ住んでいるのだろうか?

それともその子供の世代だろうか?

この通り沿いには友達が一人もいなかったので、どんな人が住んでいたのか全くわからない。

たまにおばあさんが植木に水をやっている姿を見るくらいで、この通りで人を見かける事はほとんどなかった。

その狭い路地を抜けて少し広い通りに出ると、所々に新しそうな建物はあるものの、やはりあの頃をそのまま古ぼけさせたような当時の風景が残っていた。

どうやら国道の近くにあった自宅の辺りだけが、道路の拡張やマンションの建設などで大きく変わってしまったようだ。


しばらくすると鬱蒼とした木々に囲まれた公園の入口が見えてきた。

子供達におばけ公園と呼ばれていたその公園は、公園全体が林に囲まれているので昼間でも薄暗くひんやりとしていて、遊具は入口付近の広まった場所に少しあるだけで、その奥に池を囲んでぐるっと回れる遊歩道と管理事務所に続く細い道がある。

そして池のさらに奥には野球やサッカーができるくらいの原っぱがあるが、ボールが草むらに入るとすぐに無くなるので、ここではいつもドロケイなどをして遊んでいた。

公園に入り遊歩道を一周回ってみたが、夏休み真っ只中だというのに遊んでいる子供の姿はなく、カラスの鳴き声だけが響いていた。

そして当時以上に原っぱの草は伸び放題で、とてもボール遊びができるような状態ではなかった。

たしかここのトイレにも何か落書きをしたような気がするが、トイレと遊具は新しい物に変わっていた。

少し風が出始めて日が陰ったのがありがたいが、額を拭い続けたハンカチはすでにびしょびしょでシャツは背中に張り付いていた。

道路に出てそのまま公園の裏手に周り込むようにゆるい坂道を上っていくと、野々川という小さな川にぶつかる。

公園の裏手は伸び放題の蔦や雑草が緑色のフェンスを覆い隠すように絡みついていて中を伺うことはできず、そしてその光景を見た時にまた何か強い不安のようなものを感じたのだが、やはりその原因に辿り着く事はできなかった。

舗装されてきれいになった川沿いのサイクリングロードを歩いていると空がどんどん暗くなり始め、これで降らないはずがないといった空の色になってきた。

一先ずどこかに避難した方が良さそうだと早歩きで橋を渡っていると案の定大粒の雨が降り出し、一瞬だけ水玉模様になったアスファルトはすぐに全体が黒い色に変わり、熱い空気は夏の雨の匂いに変わった。

ザーっという音しか聞こえない中を、私は近くの図書館に向かって走った。


図書館に着いた時には髪の毛から水が滴り落ちるくらいずぶ濡れの状態になっていて、さすがにこのまま中に入るのは気が引けるのでしばらく庇の下に立っていたが、隣接する市役所の売店に行けばもしかしたらタオルを売っているかもしれないと思い当たり、庇伝いに市役所へと向かった。

幸いにも売店は入ってすぐの所にあり、タオルも手に入れることができた。

真新しいタオルは全然水を吸ってくれなかったが、それでも水が滴り落ちない程度には全身を拭くことができたので、イスにさえ座らなければ迷惑をかける事はないだろうと思い、私は図書館の中に入った。

服が濡れているせいでクーラーの効いた室内はかなり寒く感じた。

エントランスのベンチに7,8人の老人がいたが、本を読むでもなくかといってお喋りをするわけでもなく、まるで目に見えない境界線があるかのようにそれぞれが微妙な間隔を保ちながらただ座っていた。

おそらくクーラーの効いた場所を求めてここに集まり、お互いに干渉もせず、それぞれの特等席も決まっているのだろう。

病院の待合室のようなその陰鬱とした雰囲気のベンチを何となく眺めていると一人の老人と目が合った。

70歳くらいだろうか、白髪の多い短髪で顔が長く四角くて目はくぼんでギョロっとしていて、唇を歪めたその表情は何となく薄笑いを浮かべているようにも見える。

なぜか私はその老人に見られているのがとても気味悪く不快に感じたので、その視線から逃れるように中へと進んだ。

目的がただの雨宿りなので、入口に近い所からただ何となく本のタイトルを眺めながら書棚の間をゆっくりと奥の方へ進んでいった。

子供向けのコーナーはそのまま抜けようとしたが、ふと目に止まった本の背表紙が懐かしく思わず手に取ってページをめくった。

探偵が色んな怪事件を解決していくシリーズ物で、何冊もあるので小学生の自分にはとても買うことはできず、いつも学校の図書室で借りて読んでいた。

手にした一冊だけでなく、そのシリーズの本は全てボロボロでボンドやテープで補修してあり、赤茶けたページをめくると至る所に油染みがついていた。

ページをめくっているとたまに出てくる劇画調の挿絵にドキドキワクワクしながら読んでいた記憶が蘇る。

いったいいつ刊行された本なのか気になり確認すると、私が生まれるよりも10年以上前の本だった。

再版された本に入れ替えないのは予算がないからなのか、それともあえてこの古さを残そうとしているのだろうか、そんな事を考えながら本を閉じようとした時、裏表紙の中央に青いインクの版が押されているのが目に入った。

『寄贈 藤山第一小学校』

そして裏表紙の左下の隅に小さな星マークが書いてあり、頂点の三角部分だけが黒く塗りつぶされていた。

それを見た瞬間に私は頭の中の何かが弾けたのを感じた。

その本を棚に戻しながら隣の本を手に取り裏表紙をめくって確認すると、やはり星マークが書いてあり今度は全ての三角が塗りつぶされている。

その隣の本は左下を除く4つの三角が塗りつぶされていた。

『これを書いたのは私だ!』

突然のフラッシュバックで、私はなぜさっきまで自分が不安でざわついた気持ちになっていたのか、その理由を全て悟った。

全身から冷や汗が噴き出し、そのまま意識を失いそうな感覚に襲われたので、私は慌てて図書館の外に出た。

ベンチに座っていたあの老人は顔を上げて、今度はあからさまな薄笑いを浮かべて私の事を見ていた。

あの老人は私を知っている。

私もあの老人を知っている。

さっきの雨が嘘のような強い日差しが照りつける中、私はよろける自分を何とか歩かせて図書館の向かいにある大きな欅の木に両手をついて体を支えた。

ガクガク震える膝と込み上げる吐気と闘いながら、少しでも平静を取り戻そうと目を閉じたが、次から次へと溢れ出る記憶を封じる事はできず、頭の中を掻きむしるような激しい頭痛に耐えかねた私はその場に膝をついてしまった。

誰かが心配して声をかけてくれているのが聞こえるが、私はわずかに目を開けるのがやっとで声を出す事もできず、視界はどんどん狭く暗くなっていった。

そして背中に感じる強い日差しと蝉の声も、だんだんと弱く小さくなっていった。




「ジャンケンポン! あいこでしょ!」

「よっしゃー! 野球決定!」

昼休みのチャイムと同時に僕達は教室を飛び出した。

足の速い僕と宇佐美がいつも場所を取る係だ。

僕達は階段を駆け下りると校舎から一番離れた校庭の隅までダッシュして、いつもの場所を確保した。

野球をする時はここの角の場所が一番使いやすい。

野球といってもバットを使うのは禁止だからカラーボールを手打ちするだけで、いい場所といってもそれは最初だけで、校庭に人が増えてくるとピッチャーの前を縄跳びをしながら女の子が横切ったり、一塁のすぐ横で低学年の子たちが地面に絵を書いていたりするんだけど。

ルールも毎日変わる。

全員ずっと片足とか、頭でボールを打つとか、一塁と三塁を逆にして打ったら三塁に走るとか。

こんなふうに休み時間もだいたい一緒に遊んでいるんだけど、でも僕達の遊びの本番は放課後から始まる。

昼休みが終わりその日の5時間目の道徳の授業は図書だった。

クラスで整列して教室から図書室まで行ってあとは好きな本を読むだけのその時間は、算数や国語の授業に比べたら天国のような時間だ。

「あー 取られた〜 仮面の悪魔犬、読みたかったのに〜」

「遠藤いっつもそれじゃん。ピラミッド屋敷の謎 まだ読んでないだろ まだ星塗ってなかったぞ」

僕達の間で今流行っている遊びは探偵ごっこで、その教科書としてこの名探偵シリーズもみんなで夢中になって読んでいる。

こっそりと本の裏表紙に星マークを書いて、読み終わった人は決められた自分の場所を塗りつぶしていく。

どこを塗るかはあいうえお順にしようと決めたから、青木で出席番号1番の僕がてっぺんの三角で、あとは時計回りに担当の三角が決まっている。

もともと僕達5人が仲良くなったきっかけは、3年生の時のクラス替えで同じ1組になってそのまま4年生になり、青木、飯田、宇佐美、遠藤、大田と出席番号が並んでいて、班分けなどもいつも一緒になったからだ。

そして5人の名字の頭文字を並べるとちょうど『あいうえお』になるのも何となく面白くて気に入っている。

僕は生まれつき顔の左半分にすごく目立つ痣があるから、他のクラスの子や上級生から『お化け』なんて悪口を言われる事があるけど、この4人は絶対にそんな意地悪をしないし、むしろ言い返す事もできない僕の代わりに怒鳴ってくれたりもする。

だから僕はこの4人と遊んでいる時が一番楽しい。

僕が今日読んでいるのは黒い森の怪人という本で、表紙には森の中で黄色い目が光っていて、女の人が怖がりながら逃げている様子が描かれている。

森の中で人が次々と行方不明になり、そして夜になると森の奥の方から不気味な声が聞こえてくるという話しだ。

夢中になって読んでいると「はい、10分前になりました。それでは本を借りる人は図書カードを書いて本と一緒に受付に持ってきてください。それでは図書係さんお願いします。」と先生が言ったので、僕も図書カードを書いて列に並んだ。

「夏休みの間も貸出しは2週間です。プール開放のある月曜日と木曜日の午前中は図書室も開いているので、本を借りたい人はその日に来てください。返却だけの人は平日に図書返却ボックスに入れてください。」

僕の順番がくると図書係の大田が「どう?これ面白そう?」と聞いてきたので「うん」と答え、また席に戻って続きを読もうとしたらすぐにチャイムが鳴ってしまった。

続きが気になったけど、でもこのチャイムさえ鳴ればあとは明日の午前中の終業式だけで、明後日…いや、気分的には明日の午後からはもう夏休みだ。

僕だけでなく周りのみんなも同じような気持ちみたいで、クラス全体にウキウキとした雰囲気が漂っていた。



「それではみなさん、いよいよ明日から夏休みですが、はしゃぎすぎて事故やケガをしないように気をつけましょう。ちゃんとお家の人の言う事を聞いてお手伝いをしたり、あともちろん宿題も忘れないようにね。また二学期に真っ黒に日焼けした元気なみんなと会えるのを先生も楽しみにしています。」

終業式が終わると僕はその日は電車に乗らずにみんなと一緒に歩いて帰った。

「青木は通信簿どうだった?」

「前と全く同じだった。みんなは?」

「俺もほとんど変わらない。」

「俺もそんな感じだけど体育は上がった。」

「あー 宇佐美は鉄棒すごかったもんな。なんであんなにクルクル回れるのか全然わかんないよ。」

「あれはただのコツなんだよ、力とかは全然関係なくて。うちの妹もクルクル回るの得意だし。」

「あっ!そうか!わかったぞ!俺の体育が下がったのはお前が上がったせいだな!返せこの野郎〜」

5人の中で一番太っていてスポーツの苦手な大田が首を絞めるフリをしながら宇佐美を追いかけたので、僕達も笑いながらそれを追いかけた。

「そうだ!おばけ公園寄ってちょっと鉄棒やっていこうよ!」と遠藤が言ったので、僕達はそのまま走っておばけ公園に向かった。

「あちっ!」

カバンをベンチに放り投げて僕が一番に鉄棒に掴まったけど、日向にある鉄棒はすごく熱くなっていてとても掴んでいられなかった。

「ダメだこれ 熱くて遊べないよ。ねぇ池で何か捕まえようよ。」

僕が先頭で池まで走って行くと、水面で昼寝をしていたザリガニが一斉に水の中に逃げていった。

「サキイカも何も持ってないしなぁ。どうせなら一度帰ってからちゃんと準備してまた来ない?腹も減ったし。」

みんな大田の意見に賛成して、一旦家に帰って昼ご飯を食べてからまたおばけ公園に集まる事にした。

「飯田は近くていいよなぁ すぐ裏だもんなぁ。奥のフェンス越えればそのまま帰れるんでしょ?」

「うん… 行こうと思えば行けるはずだけど、絶対通っちゃダメだって家で言われてるし、うちから見えるけどあの管理事務所より奥の方って木とか草がすごくてほんとに気持ち悪いんだよ。蚊もすごいけど蜘蛛とか蛾みたいな気持ち悪いのがたくさんいるし。」

「でもたまにカブトムシが家に飛んでくるって言ってたじゃん。それにホタルも見た事あるんでしょ? いいなぁ。」

「ホタル? ホタルって水のあるとこにいるんだよ? それはたぶん見間違いだと思うけど…」

「野々川から飛んで来たのかもよ?」

「ううん、ほんとにすごくきれいな水じゃないと住めないから、野々川みたいな川じゃ無理だよ。」

「さすが青木、虫博士」

「でもじゃあ、あれはなんだったんだろう? ホタルに見えたんだけどなぁ…」

おばけ公園は金網のフェンスで囲まれていて『自然保護区』と書かれている看板があるけれど、何を保護しているのかよくわからない。

でも中に入ると罰金伍拾萬円と書いてあるから、きっとすごい物があるんだろうと思う。

管理事務所より奥に行かれないようにフェンスがあって、その辺りからすでに草木が伸び放題のジャングル状態になっていて、そのずっと奥の方、つまりジャングルの行き止まりにあるフェンスの向こう側に飯田の家がある。

背の高い木はあまりないけど、蔦や葉っぱがとにかくごちゃごちゃと絡まっていて、カブトムシの採れそうな林というより蛇のいそうなジャングルみたいで気持ち悪いから、僕達の中の誰も管理事務所より奥に行ってみた事はないし、奥に行ってみようと言い出した事もなかった。

でもほんとは僕はフェンスを乗り越えてちょっと探検してみたいと思っていたんだけど。

「それじゃあご飯食べたらすぐに集合ね!」

家までの距離は僕が一番遠いので、僕は近道を通って走って家に帰った。

家に着いて冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぎながら「すぐに集まる約束してるから、ご飯早くちょうだい!」と言うと「その前に通信簿でしょ!」と言われてしまった。

「前と何も変わってないよ」と言いながら通信簿を渡して、僕はザリガニ釣り用のサキイカを少しビニール袋に準備した。

「前と変わってなければいいってもんじゃないのよ。何か一つでも頑張らないと…まったくもう。今から素麺茹でるからちょっと待ってなさい。夏で暗くならないからって遅くまで遊んでるんじゃないわよ!」

「わかってるよぉ。」


自転車でおばけ公園に戻ると宇佐美と大田の自転車が止まっていて、池の方に二人の姿が見えた。

「飯田と遠藤はまだ?」

「飯田はまだだけど、遠藤は来れないって。田舎のおじいちゃんが死んじゃいそうだから、これから田舎に行くってさっき電話きた。しばらくは田舎にいる事になるから当分遊べないって。」

「えっ そうなんだ… 夏休みが始まったばっかりなのにそんなの辛いね。おじいちゃん助かるといいけど…」

宇佐美と大田が何となく元気なさそうに見えた理由がわかった。

僕も枝を拾って二人の隣でザリガニ釣りを始めて少しすると飯田が来て、笑いながら「良かった〜 ビリじゃなかった〜」と言ったので、遠藤には悪いけど暗い気持ちのまま遊ぶのは嫌だったから、僕も笑いながら「一番近いくせにビリだよ。遠藤はおじいちゃんの具合が悪いから来れないって。」と簡単な説明だけをした。

その後しばらくザリガニ釣りで盛り上がっていると、宇佐美が「ねぇ… あの人何やってるんだろう?」とはらっぱの方を指差した。

その方向を見てみると、はらっぱの奥の林で黒いジャンパーみたいなのを着たおじさんが四角い箱のような物を運んでいる。

「管理事務所の人じゃない?」

「違うよ、管理人の吉田さんはあんなに背が高くないしもっと太ってるもん。」

「なんか怪しいな。だってこんなに暑いのにあんな服着てるし。」

「もうちょっと近くまで行って見てみる?」と僕が言うと「うん!もちろん!探偵開始だ!」と飯田がすぐに答えた。

怖がりの大田が「えぇ…やめようよ。ほんとに変な人かもしれないよ。」と言ったが、僕と飯田と宇佐美はもう捕まえたザリガニを池に放して道具も片付け始めていた。

「ちょっと待ってて!俺双眼鏡持ってくるから!」と飯田が走って家に双眼鏡を取りに行ったので、僕達ははらっぱの端っこの大きな木の陰に隠れておじさんの様子を伺った。

今度は周りに落ちている何かを拾って集めているみたいだった。

「枝を拾ってるみたいだけど、なんだろう… 焚き火でもするのかなぁ?」

「焚き火?この暑いのに?」

何をしようとしているのか全く想像できないで見ていると、おじさんは林の奥の方に向かって歩いていって、そして見えなくなってしまった。

「えっ!あんな所に入っていっちゃったよ!やっぱり絶対変だよ!だってあの奥には網のフェンスだってあるはずだし!」

そこに息を切らせながら飯田が戻ってきた。

探偵ごっこは最初飯田が考えた遊びで、誕生日に双眼鏡を買ってもらったらしく、探偵ごっこをする時はいつも一番張り切っている。

ただ今まで学校の先生やちょっと変わった服装の人の後をつけてみたりしたけど、結局みんな普通に家に帰ったり電車に乗ってしまったりして、探偵らしい成果をあげた事は一度もない。

それでも相手に気づかれないように尾行するのはドキドキして僕達も楽しんでいた。

「どう?何か動きはあった?」

「何だか焚き火の準備してるみたいに枝とか集めてて、その後ジャングルの方に消えてっちゃった。」

「えっ!?ジャングルに!?」

「うん、奥には何かあるの?それにあの辺にはフェンスないの?」

「いや、フェンスはあるはずだけど… でもフェンスより奥はただのジャングルで何もないと思う。あーダメだ、草が邪魔でここからじゃ全然見えないや。もうちょっと近くに行こう。」飯田が木の陰を一本ずつ進んで双眼鏡を覗き、僕達はその後に続いて進んでいった。

「ねぇ、もうやめようよ…」と大田が言った時には、僕達はすでにおじさんがいた場所の10mくらいの所まで近づいていた。

「確かに焚き火の準備っぽいな… あの箱はイスにするのかな?」双眼鏡を覗く飯田がそう言い、もう僕達にも肉眼で見えたけど、枝がたくさん集められているその様子はやっぱり焚き火の準備をしているような感じだった。

「でもこんなに暑いのに焚き火なんておかしくない?」

「それにあっちに歩いていって、どこに消えちゃったんだろう?」

僕がジャングルを見つめていると、双眼鏡でずっとジャングルの中を観察していた飯田が声を上げた。

「なんか変な小屋みたいなのがある!」

「えっ!?」

飯田が僕に双眼鏡を渡しながら「やっぱりフェンスはあるよ、でもその奥!あの斜めになってる木の左奥の方に白っぽい小屋みたいなのがある!あんなのがあるなんて全然知らなかった!」と言うので僕は双眼鏡を覗き込んだ。

枝や葉っぱが邪魔をしてなかなかピントが合わなかったけど、確かに白っぽい小さな建物のような物が見えた。

「ほんとだ!あれなんだろう?物置かなぁ?でもどうやってあのフェンスを越えたんだろう?よじ登ったのかな?」

僕が双眼鏡から目を離した時には、飯田はもうおじさんがいた場所のすぐそばまで近寄っていた。

「おい!飯田やめろよ!危ないよ!」と大田が声を潜めつつ呼びかけても、飯田はどんどん進んでおじさんが消えていった辺りを覗き込んでいる。

「おい!飯田ってば!」

逃げ腰になっている大田を残し、僕と宇佐美が恐る恐る飯田の方に近づいていくと、急に飯田が振り返ってこっちに向かってダッシュしてきた。

「やばい!やばい!やばい!やばい! 逃げろ!逃げろ!」

「!?」

何が起こっているのかわからないまま僕達もダッシュして池の横まで戻ると、飯田は一度後ろを振り返ってから「フェンスのとこにさっきのおじさんがいた!俺、目が合っちゃった…」と言った。

「えっ!?」

「もしかしたらフェンスに扉があるのかと思って俺探してたんだ。そしてよく見たらフェンスの一部分の下の方が小さな扉になってて、そこが開いてて通り抜けられるようになってたんだ!」

「抜け穴?」

「うん、なんかそんな感じ。それでその時なんか『おおぉ…』って感じのうめき声みたいなのが聞こえて、もう一度よく見たら抜け穴のすぐ横のフェンスの向こう側にさっきのおじさんがしゃがんでて、じっと俺の方を見てたんだよ!」

「!!!」

飯田の話しを聞いただけで僕の心臓までドキドキした。

「葉っぱでゴチャゴチャしてるし黒い服だし顔も黒いから最初は全然気づかなかったけど、目だけが光ってるみたいにギョロっとしてて…」

「黒人なの?」

「いや、多分日本人。日焼けしてるだけだと思うけど、なんか顔がすごく長くてフランケンシュタインみたいな感じだった。」

それを聞いて、僕はちょうど図書室で借りて読んでいる『黒い森の怪人』を思い出していた。

まだ森で一人の女の人が行方不明になったところまでしか読んでいないけど、タイトルの怪人という言葉とさっきのおじさんのイメージが重なってちょっと怖くなった。

「どうする?変な人がいるって管理人さんに言いに行く?」

「うん… でももうちょっと見張ってみよう。これだけ離れてれば、もし追いかけてきても逃げられるよ。」

僕達は池の近くの植込みの後ろに隠れて、かわりばんこに双眼鏡を覗いた。

多分そのまま15分くらい経ったけど、おじさんは一向に出てこないし、じっと見ていても何も起こらない状況に僕達はちょっと飽き始めていた。

時間が経ってさっきまでのドキドキも無くなってきたところで「そうだ!野々川をずっと下っていくと飛行場に行けるって知ってる?」と大田が突然言い出した。

「あぁ…前に学校で誰かが話してるの聞いたことあるけど、それってほんとかなぁ?」

「本当なんだよ!だって俺昨日お父さんから聞いたんだもん!夏休みだから一度自転車でその飛行場まで行く挑戦してみたらどうだ?って言われて地図ももらった!」

「地図って… だってただ野々川を下って行けばいいだけなんじゃないの?」

「ほとんどそうなんだけど、途中で何ヶ所か川から外れて進まないといけないんだよ。ねぇ、みんなで行ってみない?」

「えっ!? 今から!?」

「違うよ、今から行ったら帰ってくる頃には真夜中になっちゃうよ。遠藤が田舎から帰ってきて5人が揃ったら、朝早くに出発するんだ!」

「うん!何か楽しそう!僕飛行機に乗った事がないから近くで飛行機を見た事もないし…行ってみたい!飯田と宇佐美もいいでしょ?」

「うん!行ってみよう!」

最近新しい自転車を買ったばかりの宇佐美はすぐに返事をしたけど、飯田はちょっと迷ってる感じだった。

飯田はお兄ちゃんのお下がりでギヤ無しの自転車だから、多分それを気にしてるんだと思って「ずっとギヤ無しだときついから、僕の自転車とかわりばんこに乗ろうよ!」と言うと飯田も笑顔になって「うん!」と返事をしてくれた。

すると宇佐美も「そうだ!みんなの自転車をどんどん交代しながら乗ろうよ!面白いじゃん!でも俺のは新品だから絶対転ぶなよ!」と言って笑った。

「じゃあさ、早速これから俺んちで計画立てない?地図を見てたらアスレチックみたいなのとか、途中に遊べそうな所がたくさんあったんだ!」

「うん!そうしよう!あのおじさんも気になるけど… また後でちょっと様子を見にくればいいよ!なっ飯田!」と宇佐美が言い、飯田が名残惜しそうにもう一度双眼鏡を覗いてから僕達は大田の家に向かった。

「大田んち行くの久しぶりだよな〜」

「うん、喉カラカラだよ〜」

僕や他のみんなの家だと出てくる飲み物は麦茶だけど、大田の家ではいつも冷たいカルピスを出してくれるから、みんなそれをすごく楽しみにしていた。

今日もカラフルな線の書いてあるコップに氷の入ったカルピスとポテトチップスを出してくれた。

「いただきまーす!」

「あ〜 やっぱりカルピスはうまい!」

「ちょっと待っててね、みんなの分の地図をコピーしてくるから!」

大田の家は工務店をやっていて、住む所と事務所が繋がっているからコピー機がある。

「家にコピーがあるってすごいよな。俺いつもさくら屋で10円でコピーしてるけど、今度から大田にやってもらおうかな。」

「いいよ、20円でやってあげるよ。」

「高っ!、いいよいいよ、俺はこれからもさくら屋のおばちゃんにやってもらうから。」

「ねぇ大田、このマンガ見ていい?」

大田は一人っ子だからマンガとかおもちゃをたくさん買ってもらえるみたいで、だからいつも大田の家に来ると遊ぶ時間が足りなくなる。

大田が地図を持ってきてくれたけど、僕達はそのままマンガを読んだりゲームをしたりして18時過ぎまで遊んでしまった。

「うわっ!もうこんな時間だ!帰らないと!」

「ほんとだ!暗くならないから全然気付かなかった!」

「結局何も計画立てなかったね。」

「みんな家で地図を見てそれぞれ考えてこようよ。」

「じゃあ明日はどこで遊ぶ?」

「ごめん、明日はいとこのうちに行くから遊べないんだ。」と大田が言うと「俺も明日はスイミングがあるからあんまり遊べない」と宇佐美も言った。

僕と飯田二人だけになってしまったので、明日はそれぞれがサイクリングの計画を立てたり夏休みの宿題をできるだけやってしまおうという事にして、明後日のお昼過ぎにまた4人で飯田の家に集まる事にした。

「じゃあ明後日ね」「バイバイ」「じゃあね」

宇佐美だけ方向が違うので最初の角で別れると、僕と飯田は並んで自転車を漕いだ。

「さっきまで明るかったのに一気に暗くなってきたね。」

「うん、腕時計がないと時間がわからなくて困るって言ったら買ってもらえないかなぁ…」

「大田の部屋にあんなに大きな時計あったのに誰も見てなかったじゃん。腕にあっても見ないよ、腕時計が欲しいだけでしょ。僕もデジタルのアラーム付きのやつ欲しいけど。」

「バレたか そうだ!あのおじさんどうなったかな!ちょっと様子を見てから帰ろう!」

「うん!」

おばけ公園は入口の辺にしか街灯がないから、池より奥は右の方に管理事務所の明かりが見えるだけであとは真っ暗だった。

「焚き火やってないね。」

「うーん、これは懐中電灯がないと奥まで入っていけないな…」

まさか家に懐中電灯を取りに行く気なんじゃないかと思って焦ったけど、「また今度様子を見に来よう。」と言ってくれたのでホッとした。

さすがにこの真っ暗な公園に2人だけで入っていくのは怖がりの大田じゃなくても怖い。

「じゃあまた明後日ね」「うん、バイバーイ」


次の日の午後、結局宿題も何もしないでテレビを見ていたら飯田から電話がかかってきた。

ちょうど怖い番組を見ていたから、ベルの音にビクッとしてしまった。

「大ニュース!大ニュース! 昨日のフランケンのおじさん、あの人今度新しくおばけ公園の管理人になる人なんだって!」

「ほんと!? でも何でそんな事わかったの?」

「俺さっき買い物を頼まれて近江屋に行ったんだけど、その帰りにおばけ公園の前を通ったら管理人の吉田さんとフランケンが話しをしてたんだよ。だから吉田さんに こんにちは って挨拶したら、『あぁ君か、おじさんは今日で管理人を辞める事になって、このおじさんが新しい管理人の角田さんだ、よろしくな』って教えてくれて、俺の事も公園のすぐ裏に住んでる男の子だ ってフランケンに紹介してくれたんだよ。」

「へぇー そうなんだ。」

「そしたらフランケンが『君は昨日の子だね?』って言うから はい って答えたら、フランケンが笑いながら『昨日はなんで逃げたんだい?』って聞いてきて… 俺答えられなかったんだ。」

「そうだよね、怖いから逃げたなんて言えないよね。」

「でしょ? だから逆に、おじさんは昨日何してたんですか?って質問したんだ。そしたらただ雑草取りをしてただけなんだって。それで取った雑草を焚き火で燃やしたんだってさ。」

「なーんだ、そんな単純な事だったんだ。やっぱり焚き火の準備で正解だったのか。」

「うん、それにフランケンすごく優しそうだし、何かすごくいい人だったよ。」

「いい人なのにフランケンなんて呼び方したらひどくない?」と僕は笑った。

飯田も笑いながら「吉田さんがカクさんて呼んでたからカクさんでいいか、それでね、カクさんが『今日の夕方頃に遊びに来たらいい物をあげるよ。友達も連れておいで。』って言うんだ。」

「いい物って?」

「わかんない。それはその時のお楽しみって言って教えてくれなかった。」

「行くの?」

「青木が一緒に行くんなら行ってみようかなと思って電話したんだ。」

「うん、僕は別に行ってもいいよ。夕方なら宇佐美もスイミング終わって一緒に行けるかな?」

「そっか! 帰って来てるかもしれない。俺あとで電話してみるよ! じゃあ一応16時におばけ公園集合ね!」

16時までにはまだ時間があるから、僕は『黒い森の怪人』の続きを読むことにした。

一人目の行方不明者が見つからないうちにまた二人目の行方不明者が出て、たまたま別の事件を調べていた主人公の探偵がお蕎麦屋さんで偶然知り合いの警部さんに出会って、もしかしたらその事件と繋がりがあるかもしれないと警察の捜索に加わることになった。

捜索隊が森の中に入ると急に強い風が吹き始めて、木がミシミシと音を立てて落葉が渦になって舞い上がった。

森の中に道はなくて捜索隊が横一列に並んでどんどん奥に進んで行くと、ちょうど探偵の進む目の前の木の幹に赤い紐が結びつけられていた。

そして近づいてよく見てみるとその赤い紐には長い髪の毛が何本も絡みついていて…

「稔彦! ちょっと買い物に行ってきてくれる?」

「え〜 いま本読んでるのに…」

「帰ってきてから読めばいいでしょ。卵買うの忘れちゃったのよ。ちょっと行ってきてよ。」

「だって読書感想文書くんだよ…」

「じゃあいいわ、今日はオムライスにしようと思ってたけど…夕飯は魚焼くわ。」

「ちょっ ちょっと待って、わかったよ… 行ってくるよ。」

オムライスは僕の大好物だから、それを出されるとちょっと弱い。

「そう? じゃあ…あとついでに牛乳とほうれん草とじゃがいもとマヨネーズ、それと60円切手を2枚ね。」

「え〜 ずるいよ〜 ついでの方が多いじゃん!」

「野菜も全部駅前のスーパーでいいから。切手は郵便局ね。ここにお金置いとくからよろしくね!」

「完全に騙された!お釣りでアイス買うよ!」と大声で言ったけどお母さんの返事はなかった。

「買うからね!」と玄関でもう一度怒鳴ってから自転車でスーパーに向かった。

そして買い物を済ませてスーパーを出ようとした時に、僕は自動ドアの所で背の高い色黒のおじさんとすれ違った。

昨日遠くから見ただけだから顔はよくわからないけど、飯田が言っていたフランケンみたいな四角い顔でギョロっとした目をしていたので、僕は心の中で『あっ!多分この人カクさんだ!』と思った。

今日は長袖じゃなくて半袖だったけど、前の管理人さんがいつも穿いていたのと同じ紺色の作業ズボンを穿いていた。

優しそうでいい人だったなんて飯田は言っていたけど、もしこの人がほんとにカクさんだとしたら、見た目だけだとやっぱりちょっと怖い感じだった。

出てくるのを待って尾行してみようかなとも思ったけど、アイスも溶けちゃうしどうせあとで確認できるんだからいいやと思ってそのまま家に帰った。

アイスを食べながら新聞のテレビ欄を見ると、ちょうど16時までのアニメ映画をやっていたのですぐにテレビをつけた。

夏休みはこういう番組がたくさんあるから嬉しい。

「ちょっと!牛乳くらい冷蔵庫に入れといてよ!まったくもう!」

「知らないよ そんなの… 後でちょっとだけ飯田とおばけ公園行ってくるから。」

「そうやって遊んでばっかりいると夏休みなんてすぐに終わるのよ!去年みたいに最後に苦労するんだから、ちゃんと宿題やっときなさいよ!」


僕が自転車でおばけ公園に着くと、ちょうど飯田も向こうから歩いて来るところだった。

「宇佐美に電話したけどまだ帰ってきてなかったよ。カクさんはどこだろ?管理事務所に行けばいいのかな?」

「あのね、僕さっきスーパーでカクさん見たよ!すごく背が高くて顔が長くて黒かったから、あれ絶対カクさんだと思うんだ。」

公園に入って行くと昨日と同じ場所にカクさんがいて、また焚き火をやってるみたいで煙が上がっていた。

「また雑草取りかな?」

近づいて行くと、やっぱりさっきスーパーですれ違ったおじさんだった。

僕達に気づくと大きな声で「おー 来たな、 おいでおいで!」とカクさんが手招きをした。

「こんにちは… 」

「君は飯田君ていうんだよな。で、君は…?」

「あっ 青木です。 よっよろしくお願いします。」

僕が頭を下げると「なんだよ そんなにかしこまらなくていいから!」とカクさんが笑った。

「もうすぐ終わるから、ちょっとだけその辺で遊んで待っててくれよ。」

「あっ はい。 あの… 俺達も何か手伝いましょうか?」

「いいって いいって、手も服も汚れるし、終わったら声かけるから、ほら、向こう行って遊んできな!」

「はい…」

何を話せばいいか分からないし何となく気まずいので、とりあえず僕達はその場を離れて池に向かって歩いた。

「ね? カクさん優しそうでしょ?」

「うん… でも僕知らない人と話すの苦手だから… 」

確かに優しい人なのかもしれないけど、背も高いし豪快というか声が大きいというだけで、僕はカクさんがやっぱりちょっと怖いと感じてしまった。

後ろを振り向くとカクさんの姿がなかったので、きっとまたジャングルに入っているんだろう。

「あのさ、でも前の管理人さんが焚き火をしたりジャングルで雑草取りしてるとこなんて一度も見たことなかったよね?」

「確かにそうだなぁ… 吉田さんはいつも事務所でテレビばっかり見てたな。だからこんなジャングルになっちゃったのかも。カクさんは仕事熱心な人なのかな?」

「うん… でもやっぱり僕は前の管理人さんの方がよかったかなぁ… 」

池の周りでしばらく遊んでいると「おーい! 準備できたぞー!」とカクさんが呼ぶ声がした。

飯田について走っていくと、カクさんは焚き火を使ってバーベキューの準備をしていた。

「これはすぐそこの無人販売で買ってきたんだ、美味そうだろ」と言いながらとうもろこしを網の上に乗せた。

「この辺はいいよなぁ、こんなに新鮮な野菜がすぐに食べられるんだから。ほらよっ」と言って真っ赤なトマトを1つずつ投げてくれた。

どうすればいいのか分からなくて僕達が顔を見合わせていると、「そのままかぶりつくんだよ!ほら、こうやって…」と、カクさんがトマトにかぶりついた。

僕達も真似をして口を思いっきり開けてかぶりついてみた。

美味しかった。

それは今まで食べたどんなトマトよりも美味しかった。

「どうだ、美味いだろ!」

「はい!すごく美味しいです!」

「その中に流れてる川の水で冷やしたんだ。冷てぇだろ。」

「えっ?ジャングルの中に川があるんですか?」

「ジャングル?あぁ、まぁ川ってほどの川じゃねぇけどな。裏を流れてる野川とかって川あんだろ、あれとは別の流れなんだよ。上流からほとんどずっと地面の下を通ってきてる水だから、冷てぇし山ん中と変わらない綺麗な水なんだよ。だからここで絶滅危惧種の水草も育つんだ。」

「あぁ… 自然保護区ってそういう事だったんですね。」

「まぁ他にも保護対象の植物は色々あるけどな。」

その後カクさんは缶ビールを飲みながら網の上にソーセージや焼き鳥を乗せて「もっと大勢来るかと思ってたくさん用意したんだ、腹いっぱい食ってくれ!」と言って豪快に笑った。


「ねぇ、僕のご飯少な目にしといて。」

「何?どうしたのよ オムライスよ?」

「うん…でも少しでいい」

焼き鳥は固くていまいちだったけど、他はどれも美味しくてカクさんに勧められるままに僕も飯田もお腹いっぱいに食べてしまった。

夕飯が大好物のオムライスだったから少しは食べられたけど、他の物だったら全然食べられなかったかもしれない。

でも何となくカクさんの事は言い出しづらくて何も話さなかった。


次の日の朝にまた飯田から電話がかかってきた。

「大ニュース!大ニュース!」

「どうしたの? 今度は何?」僕が笑うと、「ホタルだよ!ホタル! 昨日また見えたんだよ!間違いなくホタル!」と飯田は興奮していた。

「前に見たのもやっぱりホタルだったんだよ! 昨日はお父さんとお兄ちゃんも見て、間違いなくホタルだって言ってた!ほら、カクさんが言ってたじゃん、ジャングルの中に綺麗な水が流れてるって!」

「そっか! 確かに山の中と変わらない綺麗な水が流れてるならホタルがいても不思議じゃない!」

「ね!そうでしょ!それでさ、お父さんが『この辺ではホタルなんてなかなか見れないから、友達を呼んで見せてやれよ』って!庭からも見えるけど俺の部屋からでも見えるし、うち今日の夜はお母さんも同窓会でいないから、友達みんな泊めてやってもいいぞって言うんだ! だからみんなでうちに泊りにおいでよ! それで明日の学校のプールもうちからみんなで一緒に行こうよ!」

「ほんとに!? 絶対行きたい! でもうちのお母さん泊まっていいって言うかなぁ?」

「そこはほら、夏休みの宿題をみんなでやるって事にしてさ… そうだ!自由研究!ホタルの自由研究をみんなでやろうよ!」

「あっ! それはいいね! カブトムシとかの研究は誰でもやるけど、ホタルの研究なんてなかなかできないもんね!」

「じゃあ俺はあとで宇佐美と大田に電話しとくから! 青木はお母さん説得できたら電話ちょうだい!」

「うん!わかった!」

僕がその話しをすると、お母さんが飯田のお母さんに電話をした。

僕のお母さんと飯田のお母さんは仲良しだし、こんな住宅街でホタルが見れるなんてすごく珍しい事なんだって飯田のお父さんが色々話してくれてたみたいで、あっさりと泊まりに行けることになった。

ちゃんとお行儀よくしなさいよ、とかは色々言われたけど。

そして宇佐美と大田も来れることになり、僕達は16時に飯田の家に集まった。

おじいちゃんが町内会長をやっている飯田の家は三階建てですごく広くて、一階に集会所として使われている大きな畳の部屋があって、クリスマス会とか子供会の集まりもそこでやっている。

その大きな部屋なら、きっと大人が10人以上泊まっても大丈夫だろう。

僕達はパジャマやプールの用意を詰め込んだリュックをその部屋に置いてから、三階にある飯田の部屋に上がった。

「うわぁ ほんとだ ここからちゃんと見た事なかったけど、ほんとにジャングルみたいだ。」窓の外を見ながら宇佐美が言った。

「テレビでよく見るヘリコプターから見たジャングルみたいな景色だね。」

「ほらね、フェンスを越えれば近道だとしてもあんなとこ通りたくないでしょ?」

「うん…」

飯田の部屋から見下ろすと、思っていた以上にジャングルは広くて緑色の絨毯みたいだった。

「ホタルはどの辺に見えるの?」

「えーとね、あそこに黄色っぽい葉っぱがたくさんあるでしょ 多分あの辺からまっすぐ左に繋がってる感じで一番多く光ってたと思う。」

「きっとそこがちょうど川なんだね。ねぇ、あれは?この前見えたあの小さな小屋みたいな建物。」

「あれは多分もっと右の方、でも双眼鏡使ってもうちからじゃ見えなかった。」

「あれが管理事務所?」

左の方を指差しながら宇佐美が聞いた。

「うん、そう。」

「へぇ… いつも前からしか見た事ないけど、こっちから見るとなんだかジャングルの中に埋もれてる秘密基地みたいだなぁ。」

「そうだ! ちょっとカクさんのとこ行ってみようか!」

「誰?カクさんて。」

飯田と僕で昨日あった出来事を説明しながら、僕達は歩いておばけ公園に向かった。

「え〜 いいなぁ 俺も食べたかったな〜 バーベキュー、ねぇ、今日はやってないかな? でもトマトはいらないけど。」

「カクさんに頼んでさ、ジャングルの中の川を見せてもらおうよ!」

「そうだね! 昼間のホタルが見れるかもしれないし、夜に光ってるのを眺めてるだけじゃ自由研究にならないもんね!」

「ねぇ、みんな聞いてる? 今日もバーベキューやってないかなぁ?」

大田の願いは叶わず、はらっぱにカクさんはいなかった。

飯田が管理事務所の入口のガラス扉を引っぱってみたけれど、扉にはカギがかかっていた。

「電気もついてないし、今日は休みなのかなぁ… そうだ!抜け穴! フェンスの抜け穴を見に行ってみよう!もしかしたらカクさん中にいるかもしれないし!」

すぐそばに立ってみると緑色の金網のフェンスは思っていたより高く、そして抜け穴にはしっかりと南京錠がかけられていた。

「どうする? フェンス乗り越えて入っちゃう?」と僕が言うと宇佐美だけは乗り気だったけど、飯田と大田は反対だった。

特に大田は乗り越える事ができなそうだったから、自分一人だけ置いてけぼりにされると思って大反対だった。

僕と宇佐美だけで中に入ってみてもよかったけど、せっかく飯田の家に泊まりに来たのにもし見つかって中止になっちゃうと嫌だからやめておいた。

それから僕達はフェンス伝いに歩いてジャングルの中を観察した。

抜け穴の所から奥に向かって小さなトンネルのような道があるのは、多分カクさんが歩いた跡だろう。

だけどやっぱりそのトンネル以外は草と木が邪魔で奥の方はほとんど見えなくて、川がどこにあるのかもわからなかった。

「どうする?夜になるまでうちでゲームでもする?」

「うん、それがいいよ… あっ! この前やらなかったから、飛行場までのサイクリングの計画を立てるのもいいね! 俺あれからまた地図をよく見てたんだけどさ…  うっ!うわぁ!!! 宇佐美! 宇佐美! 肩! 肩!」

「うわぁ!!!」

大田が急に大声を出したからびっくりしたけど、宇佐美の肩を見た僕達はもっとびっくりして一斉に悲鳴のような大声を上げた。

「うわ!何これ!ちょっと!!うわぁ!!」

宇佐美の肩には、大人の手のひらぐらいの大きさの水色の蛾がとまっていた。

宇佐美が服をはたいたから蛾はすぐに飛び立ったけど、僕達はそのまま飯田の家まで走って逃げた。

「何あれ、俺あんなでかい蛾初めて見たよ!青木あれ知ってた?」

「僕も図鑑でしか見たことなかったからびっくりした!」

「あれうちの庭でもたまに飛んでるよ。ね、ジャングル入らなくて良かったでしょ?」と飯田が笑った。

「確か毒は無いはずだけど… あんなに大きいとちょっと怖いね。」

その後僕達は飯田の家の庭からジャングルを覗いてみた。

こちら側からだと、飛びついて登れるくらいの塀があって、その向こうに公園のフェンスがある。

僕と宇佐美は塀に上って、飯田と大田は塀の所々にある穴の空いたブロックから中を覗いた。

「公園よりこっちの方が少し見やすいな。あの何となく横一直線に空間の空いてるとこが川なんじゃない?」フェンスにつかまって塀の上を右の方に歩きながら宇佐美が言った。

「うん、僕もそう思ってた。あっ あれだ!公園からちょっとだけ見えた小さな小屋。」

飯田の家の塀を右端まで行くと、そこからさらに右の方にその白い小屋は見えた。

「やっぱりただの物置だね。」

僕と宇佐美は塀から飛び降りて、二人のところに戻った。

「飯田、端っこまで行ったらあの小屋見えたけど、やっぱりただの物置だったよ。」

「おい!弘樹!」

その時飯田がお父さんに呼ばれた。

もしかしたら塀に上った事を怒られるのかと思ってドキドキしたけど、遅くならないように早めにお風呂に入っちゃえって事だった。

飯田の家はお風呂も広くて4人同時に入れて、最初はちょっと恥ずかしかったけど、最後はみんなで泡まみれになって遊んですごく楽しかった。

そしてお風呂から出ると家の中にはカレーの匂いがただよっていた。

「やった!カレーだ!」

僕達が喜んでいると「弘樹!テーブル用意しとけよ!」とお父さんの声が聞こえた。

「そういえば、まだちゃんと挨拶してなかった。みんなでお父さんに挨拶しに行こう。」と宇佐美が言い、僕と大田も宇佐美の後について挨拶をしに行った。

ほんとは僕も『挨拶してないな』とは思っていたんだけど、『そのまま挨拶しなくても別に平気かな?』という気持ちもあって、何も言い出さなかった。

宇佐美が4月生まれで僕が早生まれの3月だから、学年は同じだけどほとんど1才の差がある。

学級委員もやってるし、やっぱり宇佐美はしっかりしているなと思った。

「こんにちは!お邪魔してます。今日は呼んでいただいてありがとうございます!よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします…」

宇佐美にならって僕と大田も頭を下げた。

「あぁ、今日は天気もちょうどいいし、きっとホタルが見れるぞ!あとみんなカレーは好きだろ?もうすぐご飯も炊けるから、たくさんおかわりしてくれよ!」

僕は飯田のお父さんの元気な雰囲気が、何となくカクさんに似てるなと思った。

だからきっと飯田はカクさんの事も優しい人だと感じ取ったんだろう。

大部屋に戻ると、僕達は縁側の隅に積んである折りたたみ式の細長いテーブルを二人一組で部屋の中央に運んだ。

僕達がテーブルを組んでいると、お父さんが蚊取り線香を3つも持ってきて縁側に沿って並べてくれた。

飯田が部屋の隅にある大きなテレビをつけながら「そういえば今日、20時から心霊特集あるから見ようよ!」と言った。

「え〜… あの心霊写真がいっぱい出るやつでしょ…? 俺見たくないけどなぁ…」と大田はもちろん反対したけど、多数決で心霊特集を見ることになった。

ほんとは僕もお化けは怖いんだけど、4人で夜を過ごすというワクワクの方が大きくてとても楽しみだった。

「よーし できたぞー!みんなで運んでくれー!」

「うわー すげぇうまそう!」

うちのよりちょっと辛かったけど、みんなで食べるカレーはすごく美味しかった。

宇佐美はカレーにソースをかけて飯田はちょっと甘口になるからと言って牛乳をかけていたから、どっちもちょっと真似してみたけど、僕はそのままで食べるのが一番好きだった。

4杯も食べた大田が「くるし〜」と言いながら最初に畳に寝っ転がって、そのあと僕達もみんな畳に寝っ転がった。

縁側から入ってくる風が気持ち良くて、目を閉じたらすぐに眠ってしまいそうだった。

「どうだ? お腹いっぱいになったか?」

「あっ ごちそうさまでした! すごく美味しかったです!」

お父さんが入ってきたので僕達は慌てて起き上がった。

「じゃあ、みんなお皿を台所に運ぶの手伝ってくれ。そしたら暗くなるまでもう少し時間あるから、アイス買ってこいよ。お父さんとおじいちゃんにはモナカな、あと幸弘の分も忘れるなよ、ほら、弘樹。」

飯田が1000円札を受け取り、僕達はみんなでアイスを買いに行った。

いつもならまだ遊んでいるかもしれない時間なのに、今日はもうお風呂も入ったし夕飯も食べ終わって、みんなで遊びながらアイスを買いに行っている。

そして暗くなったらホタルも見れるし、寝る時間までみんなで遊ぶ事ができる。

夏休みはまだ始まったばかりだけど、僕は今日が夏休みで一番楽しい日になるような気がした。


僕達が大部屋でアイスを食べながらテレビをみていると「ほら!そろそろ光ってるのが見えてきたぞ!」と庭からお父さんが教えてくれた。

僕達は最初縁側の網戸越しに外を見てから、走って玄関に回り靴を履いて庭に出た。

「カエルがたくさん鳴いてるね。あっ!光った!ほらあそこ!」

僕も宇佐美も大田も、本物のホタルを見るのは初めてだった。

「まだちょっと明るいから、公園の方から見てみようか!」

「うん!行ってみよう!」

「お父さん!公園から見てくるね!」

「あぁ、気をつけてな!」

公園側からだとフェンスより手前に木がたくさんあって暗いから、庭から見るよりも光がわかりやすくて、そして空が暗くなるに連れて小さな緑色の光はどんどんはっきり見えるようになっていった。

同じ場所で点滅していたり流れ星みたいにフワ〜と飛んでいたり、草がちょっと邪魔だったけどテレビで見るのとは全然違って、その場所の空気を感じながらたくさんのホタルが光っているのを見るのはすごく気持ちよかった。

「すごいなぁ… プラネタリウムみたい。ホタルってこんなに綺麗なんだね…」

「カクさんはホタルがいるって事知ってるのかなぁ? もし明日カクさんがいたら、中に入れてもらえるようにお願いしてみようよ!もっと近くで見てみたい!」

だいぶ暗くなってきたので僕達は飯田の家の庭に戻って、今度は塀のブロックの穴からホタルを見た。

たまに近くまで飛んでくるから捕まえてみたかったけど、フェンスよりこっちには一匹も飛んでこなかった。

「そろそろ家に入ろっか、もう何箇所も蚊に刺されたよ。」

僕もあっちこっち刺されてすごく痒かったけど、少しでも長く見ていたくてずっと我慢していた。

「俺の部屋からでも見れるし、とりあえず一度中に入ろう。あ〜かいぃ…」

みんなで体のあっちこっちを掻きながら家に戻ると「弘樹、あそこにお客さん用の布団が入ってるから出して敷いとけよ。」とお父さんに言われたので、僕と飯田の布団を横に並べて、そこに宇佐美と大田の頭が向かい合わせになるように布団を敷いてから、みんなで飯田が持ってきてくれた虫刺されの薬を塗った。

「もうすぐ心霊特集始まるね」と言って飯田がテレビをつけた。

心霊特集の最初のコーナーでは、幽霊が出ると噂の建物に行ったタレントさんが急に具合悪くなって、霊能者の人が除霊をしていた。

「こういう映像を見たり話しをしていると、霊はそこに集まってくると言いますから、テレビをご覧の皆様も十分にお気をつけください。」と司会の人が言った。

「ほら〜 やっぱり見るのやめようよぉ…」

「大丈夫だよ、そんなの嘘に決まってるじゃん。」

怖がる大田に飯田は強がって答えたけど、僕達四人はピッタリとくっついてテレビを見ていて、次のコーナーでは次々と紹介される心霊写真に思わず声を上げたり顔を背けたりしていた。

特に幼稚園の窓に女の人の顔が写っているやつは、こっちを睨んでいるみたいで一番怖かった。

そしてこの部屋が広すぎるから、もしかしたら自分達の後ろに何かがいるんじゃないかとどうしても後ろが気になってしまう。

コマーシャルになったところで飯田がトイレに行くと言ったので、もちろん全員がくっついて一緒に行って、みんな扉を開けたままでおしっこをした。

扉が開いていてみんながそこにいてくれるのはわかっているけど、目の前にある窓にさっきの女の人が出てきそうな気がして僕は怖くて仕方なかった。

番組後半に怖い再現フィルムが流れている時、お父さんが廊下から「そろそろ寝ろよ!」と急に声をかけたので、僕達は声を出して飛び上がってしまった。

心霊特集が終わり、飯田がテレビを消しながら「俺の部屋からもう一度ホタル見てみようか。」と言ったので僕達は3階に上がった。

飯田の家は1階と2階は古い家だけど3階だけ後からリフォームで作ったらしく、3階に上がると急に明るい雰囲気になるから、怖いテレビを見たばっかりの今はすごくホッとする。

「窓が光っちゃってよく見えないなぁ」と宇佐美が言うと、「3階は蚊もほとんど入ってこないから開けても平気だよ。」と飯田が窓を開けた。

「うわ〜 すげぇ〜…」と思わず声が出た。

横に長くつながって光っているホタルは、まるで天の川みたいだった。

クリスマスのイルミネーションみたいに電球じゃなく、昆虫がこの景色を作っているなんて信じられなかった。

僕達はしばらくホタルを眺めていて、多分みんな同時にそれに気がついたと思うけど、管理事務所のある左の方から懐中電灯の光が1つ天の川に沿って右の方に進んでいくのが見えた。

「あっ!誰か歩いてる!」

「カクさんかな? でもこんな時間に…」

懐中電灯の光は飯田の家の庭の前を通り越し、さらに右の奥の方に進んでいった。

「あの物置に行くのかな?」

「うん、こんな時間に雑草取りなんかするわけないし、向こうに行く用事なんてそれくらいしかないよね…」とその時、ギャーギャーギャーギャーというものすごい鳴き声が聞こえた。

「えっ!? 今の何だろう? 動物の声かな?」

「もしかしてカクさんが何かに襲われたんじゃない!? 大丈夫かな!?」

さっきまでユラユラと揺れて動いていた懐中電灯の光は、今はピタッと止まったまま全く動かない。

「どうしよう… 警察に連絡した方がいいかな?ねぇ宇佐美、どうしよう!」

「ちょっと庭まで出てみようか、声とかが聞こえるかもしれない!」

僕達は階段を駆け下りて庭に飛び出ると、塀の穴からジャングルを覗いた。

「何か変な声が聞こえる!」

でも穴からだと懐中電灯の光が見えなかったので、僕と宇佐美は塀に上った。

「あっ!あそこだ!懐中電灯はたぶん地面に落ちてるんだ!」

物置のある辺りに懐中電灯の光が見えた。

「青木!カクさんは?カクさんは大丈夫!?」

「わかんない!暗くて人の姿とかは全然見えない!」

ガサガサバタバタと何かが暴れているような音とグェーとかギェーとか今までに聞いたことがない動物のような声が聞こえていたけど、しばらくすると急に静かになりガラガラガラーガタンと物置の扉を閉めるような音がした。

そして地面に落ちていた懐中電灯の光がフワっと浮き上がったので「あっ!懐中電灯が動いた!カクさん大丈夫みたい!」と僕が声を出した瞬間、サッと懐中電灯の光が僕達のいる方に向けられ左右をしばらく照らした後に光が消え、その後はシーンとして一切何の音も聞こえなくなってしまった。

「あれ? 懐中電灯消えちゃった… どうしたんだろ?電池切れかな?」

その後しばらく見ていたけど、誰もこっちに戻ってくる様子はなかった。

「もしかしたらカクさん抜け穴から出ていったのかも。こっちには歩いて来ないね。」

「じゃあうちに戻ろっか」

「でもさっきの声は何の動物だったんだろ?」

「聞いた事ない声だったよね!タヌキとかキツネかな?」

「俺のお父さんが前に野々川でタヌキ見たって言ってたからタヌキかもね。」と大田が言った。

部屋に戻ると僕達は洗面所に行って歯を磨き、さっきと同じようにみんなでトイレを済ませてから布団に入った。

布団の中でさっきの動物の話しやホタルの話し、今度のサイクリングの話しをしているのが楽しくて、そのままずっと起きていられそうな気がしたけど、いつの間にか僕達はみんな眠っていた。


ボーン ボーン ボーン… という音で僕は目が覚めた。

縁側の真ん中の柱にある古くて大きな柱時計が鳴っていた。

「あぁ… 忘れてた… 」と飯田がつぶやいた。

「何を?」

「あれ12時と0時だけ音が鳴るんだ… たしか音を消せたはずなのに…  消すの忘れてた… 」

結構大きな音だったけど宇佐美と大田は起きなかった。

でも僕も鐘の音を聞きながら金色の振り子がゆっくり揺れるのを見ていると、催眠術にかかったようにまたすぐ眠りそうだった。

その時、ギャーギャーギャーギャーと、またさっきの謎の声が聞こえた。

僕が『あっ!』と思って横を見ると、飯田も目を開けていた。

「聞こえた?今の」

「うん」

「多分さっきと同じだよね?」

僕と飯田は上半身を起こして縁側の方を見た。

ギャーギャーギャーギャーと暴れているような声が止まないので、僕達は布団から出て網戸を少しだけ開けて外の様子を伺った。

高い所をフワフワと飛んでいる何匹かのホタルと、たまにジャングルの右の方にある木の葉っぱに懐中電灯の光が当たっているのが見えた。

「また誰かいるね…」

しばらくするとさっきと同じように動物の声も何の音も聞こえなくなって、でも今度は懐中電灯が左に向かってゆっくり進んでいるのがわかった。

そして飯田の家の辺りまで来た時、フッと懐中電灯が消えた。

「あっ!また消えた!」

「あれじゃ真っ暗で何も見えないよね。」

「やっぱりカクさんかな、道がわかってるから暗くても大丈夫なのかも…」

そのまま何となく飛んでいるホタルを眺めていてふと下の方を見た時、変なものが見えて僕はギョッとして体が固まってしまった。

僕は前を向いたまま顔を動かさずに、ヒソヒソ声で飯田に話しかけた。

「ねぇ飯田… 誰かが塀の上から顔を出してこっちを見てるよ…」

「えっ!? どこ!?」

「真正面…」

飯田もそれを見つけたらしく、飯田の体がこわばっていくのがわかった。

ちょっとの月明かりしかない中で、木や葉っぱの影と重なっているからよく見ないと気づかないけど、何となく違和感を感じたので目を凝らしてみたら、人の頭のような影が見えてしまった。

「人… いるよね…?」

「うん、こっちを見てるような気がする…」

「まさか僕達の事を見てるのかな…?」

「なんだろう… わかんないけど、気味悪いな… もう見るのやめよう。」と言って、飯田が音を立てないように網戸を閉めた。

「泥棒かもしれないから、お父さんに言ってくる!」

宇佐美と大田は寝ているし、飯田が出ていったあと一人でそこにいるのは怖かったけど、それでもやっぱり気になって、僕は腹這いになってほんの少しだけ網戸を開けてもう一度塀の方を見てみた。

するとさっきの人影はもうなくなっていた。

すぐに飯田がお父さんと一緒に戻ってきて、ガラス戸を全部閉めてカギをかけてクーラーをつけてくれた。

それからお父さんが家の周辺を見回ったけど特に不審者は見当たらず、公園の管理事務所も電気が消えていて真っ暗だったらしい。

「眠れなくなっちゃったね…」

「うん、全然眠くない…」

僕達はすっかり目が冴えてしまい、布団の上に座ってさっきの影が何なのか、あの声は何なのかを考えて話しをしていた。

それでも時計が1時を過ぎた頃、心配して様子を見にきたお父さんに「大丈夫だから、もう寝ろよ。」と言われて横になると、二人ともすぐに眠ってしまった。


翌朝一番最初に起きたのは僕だった。

網戸を開けて昨日人の頭が見えた所を見てみたけど、そこにはフェンスに絡まった蔦や木の葉っぱがあるだけだった。

ちょうどその時「よーし、みんなそろそろ起きろー! 今日は学校のプール行くんだろー!」と、お父さんが僕達を起こしにきた。

「どうした?青木君。まだ気になるかい? 何もいないから安心しな。ほら、昨日みんな怖いテレビ見てただろ、それで木の枝とか葉っぱが偶然人の影みたいに見えちゃっただけだよ。怖い怖いと思ってると、何でもない物がそんな風に見えちゃう事があるんだ。」

「でも…」

「実はおじさんなんかな、それでおねしょをしちゃった事があるんだぞ。」とお父さんが笑った。

「ちょうど君達くらいの時にな、夜中に目を覚ましたら部屋の隅におばけがいたんだよ。大きくて真っ黒でじっとこっちを見てるんだ。だからおじさんはトイレに行きたいのに行けなくて、布団を頭までかぶってずっと我慢してたんだけど、結局トイレは間に合わなかった。それで明るくなってから恐る恐るおばけを見たら、机の上にあるランドセルの上に体操着袋が乗っかってるだけだったんだよ。明るい所で見たら全然人の形になんか見えないのに、体操着袋を怖がっておじさんお漏らししちゃったんだ。」

お父さんにつられて僕も笑っていると、みんなが目を覚ました。

「お父さん、どうしたの?」

「ん? いや、何でもない。それより朝ごはんだから布団畳んでテーブル用意しろよ。それでえーと、青木君、今の話しは内緒な!」

お父さんの話しを聞いて気持ちは少し楽になったけど、『でも懐中電灯がついてたんだから、向こうに誰か人がいたのは間違いないんだよなぁ…』とも考えていた。

そして朝ごはんを食べながら飯田が夜中の出来事を二人に説明した。

「良かった〜 目が覚めなくて。」

「目が覚めないどころか、大田はすごいいびきかいてたぞ。」

ご飯を食べ終わって茶碗を片付けていると「あれ?そういえば弘樹、今朝マラソン行ったか?」とお父さんが聞いた。

「だって今日は友達きてるし、昨日の夜遅かったから…」

「何言ってんだ… 決めたんだろ?夏休みは必ず毎日走るって。夏休み始まったばかりでもうリタイヤか?一度決めた事はしっかり最後までやり通す!今日はもうご飯食べちゃったから…ゆっくりでも歩いてでもいいから一周してこい!」

「はーい」

飯田に付き合って、僕達も一緒に外に出た。

「お父さんも歩いていいって言ったから、走らないでちょっと散歩しよっか。」

僕達は野々川のサイクリングロードをしばらく下ってから、右に曲がって住宅街に入った。

「いつもここを走るの?」

「ううん、ほんとはもっと先まで行くんだけど、今日は歩きだからこの辺から戻るよ。そうだ!みんなも明日から一緒に走らない!?」

「いや、俺は遠慮しとく。」

「俺も。」

「ごめん、僕も…」

「え〜 結構楽しいと思うけどな〜」

石を蹴ったりして遊びながらもうすぐおばけ公園の入口という所で、急に後ろから「おい!」と大きな声がした。

みんなビクッとして振り向くと、大きなリュックを背負ったカクさんが立っていた。

「あっ!おはようございます!」

「おはよう! なんだ、随分早い時間から遊んでるんだな。学校はいいのか?」

「いま夏休みなんです。それで昨日、ホタルを見るからみんなが俺のうちに泊まったんです。」

「そうか、夏休みか! でもホタル?ホタルなんかこの辺にいんのか?」

「えっ!?知らないんですか?ジャングルの中にたくさんホタルがいるんです!」

「ほんとか!?」

「はい!昨日もすごくたくさん光ってました!」

「そうか、そいつは俺もぜひとも見てみてぇな!」

「あの〜…、昨日の夜中にジャングルの中にいませんでしたか?」

「俺がか?」

「はい、懐中電灯を持ってジャングルの中を歩いてませんでしたか?」

「いや、いねぇよ。昨日は休みだから一日中パチンコで、ほら、ご覧の通り今来たんだ。」とリュックを見せながらカクさんが笑った。

「夜中に誰かがいたんです!あと何か変な動物みたいな声も聞こえて!」

「動物? …でもなぁ、カギがねぇと入れねぇし、カギを持ってるのは俺だけだからなぁ。会社にもカギはあるけど、ここからだと2時間くらいかかるし、会社の人間がわざわざそんな夜中に来るとは思えねぇなぁ。」

「誰かがほんとにいたんですよ!もしかしたらフェンスを乗り越えたのかも!」

「まぁ確かに越えらんねぇ事はねぇけど、中入ったって別に盗るような物もねぇしなぁ。あとは… あぁ、前の管理人の吉田さんかな?まだ会社にカギを返してなければカギを持ってるかもしれねぇ。何か忘れ物でも取りに来たかな?」

「あと、変な動物の声!あれが俺達すごく気になってるんです!今まで聞いた事のないような声で、ギャーとかグワァーとかすごく怖い声なんです!」

「それはあれだ、狼だよ。」

「えっ!? 狼!? 狼がいるんですか?ジャングルに!」

「ハッハッハ 冗談だよ、中には動物なんか何もいねぇよ。カエルか何かの声だったんじゃねぇか?」とカクさんは笑った。

「でも…そんな小さい生き物じゃないと思うんですけど…」

「まぁいい、後で俺が一周回って見とくよ。それより昼にまたバーベキューやるか?パチンコで取ったお菓子もたくさんあるし。」とカクさんがリュックをポンポンと叩いた。

「あっ… えーと…」

飯田が僕達の顔を見回すと、大田が無言で首を縦に大きく3回振った。

「よし!じゃあ昼に用意して待ってるからな!」とカクさんは事務所の方に入っていった。

「あれ絶対にカエルの声じゃないよね?」

僕と飯田がほぼ同時に同じ事を言い、宇佐美も「うん、俺も絶対に動物の声だと思う。」と言った。

「もしかしたらジャングルにはカクさんも知らない新種の何かがいるのかも…」

「うん、何かいるのは間違いないよね!カクさんは最近来たばっかりだからまだ出会ってないってだけで、何か凶暴な生き物かもしれない!」

「何言ってんの。いないよ、そんなの。タヌキだよ、タヌキ!それよりバーベキュー楽しみだなぁ。」

「そうだ、プール終わったらそのまま帰るって言っちゃったから… 飯田、あとで電話貸して!お昼いらないって言っとかないと。」

「うんいいよ、みんなうちでお昼食べていくって事にすればいいよ。」


僕達が学校に着くと、プールの横にある飼育小屋にたくさんの生徒が集まっていた。

「どうしたの?」

同じクラスの子がいたので話しかけると「ウサギがみんな逃げちゃったんだって!さっき来たら扉が開いていて、中が空っぽだったんだって!」と教えてくれた。

みんなに問い詰められている当番らしい3年生の女の子二人が「絶対にちゃんと閉めたもん!」と言いながら泣いていた。

それを見て「まだ校庭のどこかにいるかもしれないから、みんなで手分けして探してみよう!」と宇佐美が大きな声で言い、そこにいたみんなが一斉に走り出した。

たくさん人数がいたから、プールが始まるまでの時間に校庭の隅々まで探せたけど、残念ながらウサギは一羽も見つからなかった。

「門の下とか隙間だらけだから、やっぱり外に行っちゃってるね。うまく野々川とかにたどり着いて生きていけるといいけど…」

プールの帰り道、先生と一緒に飼育係の子達が泣きながら電信柱に貼り紙をしていたので「僕達も見つけたら連絡します。」と声をかけた。


「君はよく食うなぁ!見てて気持ちがいい!」

大田の食べっぷりを見てカクさんが笑った。

「大田はいつも給食も絶対一番におかわりするんです。」

「よし、この肉も食ってみろ!タレをつけないで塩をかけて食ってみな!」

「うまいっ!塩だけで肉を食べるなんて初めてだけど、すごくうまいっ!」

「こうやって外で食うから余計にうめぇんだよ!」とカクさんはビールを飲んだ。

「それ俺も食べたいです!」と飯田と宇佐美も肉を頬張った。

「あのぉ、トマトもう一つ食べてもいいですか?」

「おう、もちろんだよ!青木君は肉より野菜の方が好きか?」

「いえ、どっちも好きなんですけど、このトマトがすごく美味しいから…」

「そうか!なにも遠慮いらねぇから、好きな物どんどん食ってくれ!」

あとで僕も塩だけかけて肉を食べてみたけど、僕はタレをつけて食べる方が好きだった。

「かった… 固くて全然噛み切れない。」と大田が最後の肉に苦戦して、ジャンプしながら肉を噛み切ろうとしている様子がおかしくてみんなで笑った。

「よーし、じゃあ今日はこのへんでお開きだな。また今度やってやるから、食べに来いよ!」

「はい!絶対来ます!」と大田が一番元気に返事をした。

「あっ、そうだ! あの… この後ジャングルの中に入って、川を見させてもらえませんか?」

「中に?」

「はい!俺達ホタルの自由研究をするから、昼間のホタルも見てみたいんです!たぶん川のそばにいると思うから… 」

「いやっ、悪いがそれはできねぇ。すまねぇな。」

「え?ちょっとだけでも見れればいいんですけど… ダメですか?」

「ああ、無理だ。」

「大切な植物を踏んだりとかは絶対にしないんで… 」

「ダメなもんはダメだ!」

簡単にジャングルに入れてくれると思っていたから、あまりにもはっきりと断られて僕達は黙り込んでしまった。

「さぁ、今日はもうおしまいだ。もう帰んな!」

まだバーベキューの火がついたままなのに、カクさんは片付けもしないまま、急にそっけない態度で管理事務所の方に歩いていってしまった。

「怒らせちゃったのかな?なんかカクさん急に機嫌悪くなったよね?」

「でも普通ならそんなに怒る事じゃないよ。飯田は何も悪い事言ってない。」

「それにビール飲んでたよね!仕事中なのに!」

「そうだよ! ちょっとぐらい見せてくれてもいいのに、ケチだね!」

さっきまで楽しくしていたのに急に突き放された気がして、僕もカクさんが憎たらしく感じた。

「酔っ払ってたのかなぁ? でもこれ… どうする?」と大田がバーベキューの火を気にすると、残っていた麦茶で火を消しながら「頼んでも中に入れてもらえないんなら仕方ないよ。でも俺にいい考えがあるんだ。」と宇佐美が言った。


5時15分、こんなに早起きをしたのは久しぶりだった。

自転車で走ると涼しい風が顔に当たって気持ち良くて、僕は自然とスピードを出していた。

おばけ公園に着くと、もう3人が木の陰に隠れるようにして待っていた。

「ごめん!おまたせ!」

「青木、自転車は飯田んちの方の道路に停めてきて。俺と大田のも停めてあるからそこに。あとトランシーバーの片方は飯田に渡して。俺のは大田に渡したから。」

「わかった!」

急いで自転車を停めに行って、僕はトランシーバーを1台飯田に渡した。

僕と宇佐美は去年のクリスマスプレゼントで偶然にも同じトランシーバーをもらっていて、周波数が同じだから4台で話しができる事を発見していた。

「よし、じゃあ作戦を確認するよ。まず大田は池の近くに隠れていて、もし誰か…特にカクさんが来ちゃったらすぐに飯田に連絡をする。飯田は抜け穴の近くで待機するんだけど、池から距離があって電波がギリギリだから、木の陰とかにならない位置で大田からの連絡を待つ。そしてもし大田から連絡があった場合はすぐに俺達に連絡すること。そして俺と青木はフェンスを乗り越えたら、できるだけ早くホタルの写真を撮って、またすぐにフェンスを乗り越えて戻ってくる。」

「うん!大丈夫!」

「とにかくみんな絶対にカクさんにだけは見つからないように!もし一人が見つかると、それはもう全員が見つかったのと同じ事だから。」

「ねぇ、もしかして俺の場所が一番見つかる可能性高くない?」

「いや、もしカクさんが来るのが見えたら植込みに隠れて、カクさんが管理事務所に入るまでジッとしてれば絶対に見つからないよ。それに多分カクさんは今日休みのはずだから、ここには来ないと思うんだ。そのために一週間待ったんだし。」

「うん、それにこの前来たのは8時頃だったから、もし来るとしてもまだ時間がある。」

「よし、誰も来ないうちに作戦開始だ!」

それぞれ配置について、僕と宇佐美は抜け穴の所からフェンスを上り始めた。

「うわっ、これ滑る… サンダルじゃなくて靴で来ればよかったな… 青木!気をつけてゆっくり行こう!」

「うん!わかった!」

夜中に降った雨と朝露でフェンスが濡れているから、一歩一歩ひし形の金網にできるだけ爪先を押し込みながら進まないと、サンダルが滑って踏み外してしまう。

「あっ!」

僕はこういうフェンスとかを上るのは得意なんだけど、一度足が滑ってからは怖くなり、さらに慎重に進むようにした。

「青木!大丈夫か?もう少しでてっぺんだ!」

「大丈夫!行ける!」

ほんとは手も疲れてきてちょっときつかったけど、宇佐美の声で元気が出て、細い金網を掴む指先にも力が入った。

僕達はてっぺんに辿り着くと、フェンスにしがみつくような格好でしばらく休み、片手ずつ手を離して指先の力を回復させた。

普段なら僕も宇佐美もこういうフェンスのてっぺんに座ったりできるんだけど、いつもより3倍くらい高いこのフェンスの上では、怖くてとてもできなかった。

『ザザッ… 二人とも大丈夫?』

トランシーバーから飯田の声が聞こえたので下を見ると、飯田が心配そうに見上げていたので、二人で手を振って返すと『気をつけて!』と言って、飯田は元の場所に戻って行った。

それから慎重にフェンスを下り、僕達は無事にジャングルに入る事に成功した。

『ザ…ザザッ 宇佐美から飯田へ。今二人とも無事にジャングルの中に入った。これからカクさんのトンネルを通って川の方に行ってみる。どうぞ。』

『了解、こっちは今のところ異常なし。何かあったらすぐ連絡するから。あと一応… 謎の動物にも気をつけて。』

『了解!』

謎の動物に関しては、あれ以来一週間、飯田が一度も声を聞いていないということで、もうすでにジャングルの中にはいないだろうと僕達は考えていた。

宇佐美に続いてトンネルを進んでいくと、フェンスと同じように葉っぱや草が濡れているから、歩く度に腕や足が濡れて冷たかった。

「やっぱり結構広いね。」

「うん、ほんとに蛇とかいるかもしれないから、注意して行こう。」

抜け穴の入口付近はカクさんの作ったトンネルがあったけど、少し進むと木の枝を押しのけながら進まないとならなくなり、草に覆われていて地面も見えなかった。

「あっ!多分あの辺が川だ!」

木が少なくてちょっと開けた所に、幅が1メートルくらいしかない小さな小川が左右に伸びていた。

「ちょっと待って、この辺の景色とかの写真も撮っておく。」

宇佐美がリュックからカメラを取り出して何枚か写真を撮った。

「宇佐美、水がすごく綺麗だし冷たいよ。飲めそうなくらい。」

僕達は片足ずつ川に足を入れて、サンダルの間に挟まった泥を洗い流した。

「よし、早くホタルを探して写真撮って戻ろう。」

「あっ!いたよ!」

「えっ!もう見つけたの?」

僕が1枚目の葉っぱをめくると、裏側にホタルがとまっていた。

その後もすぐにたくさんのホタルを見つけて写真を撮り、あっという間に任務が完了してしまった。

「まさかこんなに簡単に見つかるとは思わなかったね。」

「どうする?すぐ戻る?」

「まだ時間があるから、ちょっとだけ探検しない?僕前からジャングルの中を探検したいと思ってたんだ。」

「青木も!? 実は俺も!」と宇佐美が笑った。

「ホタルを見つけるのにもし1時間かかったとしても大丈夫なように作戦考えてたから、まだ時間はあるよ。このままちょっと川を下ってみようか。」

『ザザッ…ザザザザザ…ザッ……ザッ………』

『ザッ…了解』

「あっ、大田からなんか連絡きたみたいだね。」

『ザザッ… 飯田よりジャングルへ、おじいさんが犬の散歩で公園に入ったって大田から連絡がきた。見つからないように俺も一応隠れとく。』

『ザザッ… こちら青木、犬の散歩のおじいさん了解!こっちはちょうど今ホタルを見つけて写真を撮ったよ。このままもう少し探してみるよ。どうぞ。』

『了解!』

僕達が川沿いを歩いていくと、草むらにいるカエルが次々と川の中に飛び込んだ。

「浅そうだから川の中を歩いてみようか。」と宇佐美が言い、二人でゆっくり足を入れてみると見た目よりはちょっと深くて、僕の膝ぐらいまであった。

「すごく冷たいね!あっ!今何か足に触った!」

「魚だ!結構でっかいのが泳いでる!」

そして少し進むと、川の横に低いブロックで囲まれた大きなお風呂のような物がいくつかあった。

「これが多分カクさんの言ってた水草だな。川の水を引いて、この中で育ててるんだ。」

水草にもホタルがとまっていたので宇佐美が写真を撮った。

「そうだ青木!どうせならあの白い物置の所に行ってみようか!」

「えっ、でももしあの動物がいたら… 」

「じゃあやめとく?」

「まさか、もちろん行くよ!」

Uターンして川を上りながら周りを見渡していると、右側には葉っぱの隙間から飯田の家がちょっと見えたりした。

「あった!物置!何が入ってるのかなぁ?」

川から少し外れた所にボロい物置があった。

元々は白だけど下の方は泥で汚れて、あっちこっちのペンキが剥がれていて、錆びて茶色くなっていた。

「ねぇ宇佐美、何かちょっと変な臭いしない?」

「そう?俺は特に感じないけど…」

だけど物置に近づくにつれてその臭いは段々と強くなってきた。

「ほんとだ、くせぇ…」

「ねっ、何だろこの臭い… 動物園のような、何かが腐ってるみたいな… 」

「もしかして物置の中からしてるのかなぁ… まさかほんとに中に狼?…」

物置の目の前に立つと臭いはかなり強くなった。

「どうしよう?開けない方がいいかな?」

「うん… 変な臭いするから、ほんとに何かいるのかもよ…」

「あー、でもやっぱり気になる。」そう言って宇佐美がコンコンと扉を叩いた。

だけど全く反応はなく何の音も聞こえない。

今度は強めにドンドンッと叩いた。

それでも何かが動く気配を全く感じないので、さらに強くドンッと叩いた。

「普通ならこれだけ脅かしたら、もし何かいたら絶対動くはずだよ。これ何もいないんじゃない?」

「うん…僕もそんな気はするけど…」

「青木、俺のリュックに懐中電灯入ってるからちょっと取ってくれる?」

「開けるの? でもカギがかかってるかも…」懐中電灯を手渡してリュックのチャックを閉めながら聞くと、宇佐美の左手はもう扉にかかっていた。

ガガッ

「開いたね… 」

少しだけ開けた隙間から、宇佐美が懐中電灯で中を覗いた。

「どう?何かいそう?」

ガガガッ

宇佐美はさらにもう少し開けて中を覗き、その次は一気に扉を

ガーッと開いた。

「やっぱり何もいないや。バケツとかスコップとか鎌とか…肥料みたいなのがあるだけだ。」

「もしかしてこの肥料が臭いのかな?」と鼻を近づけてみたけど、土の匂いがするだけだった。

「何かちょっとがっかりだな。さすがに狼は怖いけど、大田が言うようにタヌキとかがいたら面白かったのに…」と言いながら宇佐美は小屋の中の隅々を懐中電灯で照らした。

「でもじゃあこの臭いは何なんだろう…」と僕が小屋の裏側に回り込もうとすると、何か黒い物が辺り一面に散らばっている事に気がついた。

「宇佐美!ちょっとこっち来て!なんか黒い変なのがすごくたくさ… 羽だ!カラスの羽だよ!宇佐美!カラスの羽が大量に散らばってる!」

「えっ! うわっ… ほんとだ…」

そして恐る恐る小屋の後ろを覗くと、僕は強い吐き気と同時に頭がクラクラして、自分が真っ青になっているのを感じた。

そこには大量のカラスの羽に混ざって、引きちぎられたようなカラスの足や、首輪を付けた動物の頭や毛皮のようなものが積み重なっていた。

「うぅぅ… 宇佐美… ヤバい… 」

「うぇぇ… 青木… あれもしかしてうさぎの頭じゃない?…」

隅の方に血だらけのウサギの頭がいくつも転がっていた。

あまりの恐ろしさとすごい臭いに耐えきれず、僕達はその場で吐いてしまった。

「ダメだ… 青木戻ろう… 」

僕達は途中で何度か吐きながら川まで戻り、冷たい水で顔を洗った。

「宇佐美… 何あれ… どういう事…?」

「多分みんな殺されたんだよ…」

「あの謎の動物かな?」

「いや、犯人は人間だと思う。」

「えっ!? じゃあもしかしてカクさんが?」

「いや、この前夜中に忍び込んでた人間が犯人だと思う。」

「じゃああの声は…」

「多分、カラスとかが殺される時の声だったんだよ!」

「あっ!確かに普通の鳴き声とは違うけど、言われてみればカラスの声だったような気がする!」

「とにかく、早く外に出よう!」

僕達は急いで抜け穴の所まで戻りフェンスを上った。

何かが後ろから追いかけて来るような気がして、足を滑らせながらもとにかく急いで上った。

『ザッ… 飯田からジャングルへ。大田からの連絡で、7.8人くらいのおじいさんとおばあさん達が公園に入ったみたい。ラジオ体操かなぁ?』

トランシーバーから飯田ののんきな声が聞こえたが、僕達はそれどころじゃなかった。

「あっ!!」

そしててっぺんでフェンスを乗り越えようとした時、僕は片方のサンダルを下に落としてしまった。

「宇佐美!どうしよう!サンダルが落ちちゃった!」

「えっ!? どうしよう… でも人が入って来ちゃったし、取りには戻れないよ!とにかく一旦外に出よう!」

僕達は滑り落ちるようなスピードでフェンスを下りると、木の陰に隠れていた飯田の手を引っ張って全速で走った。

「飯田!ヤバい!大変な事になった!俺達すごいの見つけちゃった!」

「えっ!何?やっぱり何か動物がいたの!?」

「もっとヤバいよ!今から飯田の家行っていい?これからどうするか相談しないと!」

「うん… 別にいいけど、何があったの!?」

「後で説明する!とにかく今は早くここから離れたいんだ!」

僕達はラジオ体操の人達に見つからないように隠れながら走り、大田も連れて飯田の家に向かった。

「えっ?青木なんで片っぽ裸足なの?」と二人が笑ったが、「ごめん、飯田の家に着いてから全部話すから、今はちょっと質問しないで!」という宇佐美の真剣さに驚き、二人は黙ってしまった。


飯田の部屋に入ると宇佐美が飯田に水を頼み、僕と宇佐美はそれを一気に飲み干した。

「なんか二人ともすごく顔色が悪いけど… 大丈夫?」

「いや… ちょっと待って… ごめん飯田、もう一杯水をもらえる?」

「あっ、僕もお願い。」

水を飲んでしばらく目を閉じていた宇佐美が、深呼吸をしてからフェンスの中での事を話し始めた。

最後まで話しを聞くと飯田と大田の顔も青ざめていた。

僕はさっきの臭いがまだ鼻に残っていて、何とかそれを消したくて水を飲んだ。

「警察に連絡した方がいいんじゃない?」

「でもそしたら中に入った事がばれて罰金取られるよ、50万円。」

「動物を殺したら罪になるのかなぁ?それに犯人は人間じゃなくて動物の仕業かもしれないよね?」

「誰か大人に相談した方がいいよ。カクさんはダメかな?」

「カクさんは無理だよ、絶対に中には入れてくれないって言ってたんだから、絶対に俺達が怒られる。」

「でも不思議なんだけど… カクさんはまだあれに気づいてないのかなぁ?」

「そっか!それだ!気づかせればいいんだよ!カクさんに!」

「気づかせる?」

「そう!カクさんを物置の所に行くように仕向けるんだ!」

「でもどうやって?」

「それはこれから考えるんだよ…」

宇佐美のアイデアを採用して僕達はカクさんを物置まで行かせる作戦を考え、そして1時間くらいしてやっと作戦がまとまった。

「よし、明日のプールの帰りに作戦決行だ!」


物置の光景が頭に浮かんでご飯もまともに食べられなかったし、夜もよく眠れなかった。

そしてプールが終わっておばけ公園まで歩く間、多分一番ドキドキしていたのは僕だろう。

だってもし怒られるとしたら、僕が一番怒られる役だからだ。

僕達は先ずカクさんが事務所の中にいる事を確認した。

そして次に、抜け穴の近くでしばらく時間を潰してから、カクさんを呼びに行く… 予定だった。

僕達が考えていたのは、フェンスに上って遊んでいたら中にサンダルを落としてしまったのでそれを取ってほしいと伝えて、その時に『フェンスの上から物置の辺りで動いている人影のようなものが見えた』と嘘をつけば、多分カクさんが物置を確認しに行くだろうという作戦だった。

だけど抜け穴に着いた時、僕達はその作戦が通用しない事に気がついた。

「あれ!? 僕のサンダルが無くなってる!」

「しまった、多分プール行ってる間にカクさんこっちに来ちゃったんだ…」

「どうする?作戦が上手くいかないし、絶対怒られるよ…」

「もしかして風で飛ばされて近くにないかな?」

僕達はフェンスに張り付いて葉っぱの陰を覗いたけど、サンダルは見つからなかった。

「おい!お前ら!!」

突然後ろから怒鳴られて、振り返ると怖い顔をしたカクさんが僕のサンダルを持って立っていた。

「あっ… あのぅ… 僕、昨日フェンスに上って遊んでたら、サンダルを片方落としちゃったんです… ごめんなさい… 」

怖くてカクさんの顔は見られなかったけど、なんとか作戦通りにしようとして僕は嘘をついた。

しばらく黙って僕達を見回していたカクさんが「お前ら… 中に入ったな?」と、いつもの大声とは違う低くて小さな声で言った。

僕はなんて答えればいいのかわからなかった。

本当の事を言っても嘘をついても、絶対にぶたれると思った。

それに50万円の罰金になってお父さんとお母さんにも怒られると思うと、涙がどんどん溢れ出た。

「はい… 俺達どうしてもホタルの写真が撮りたくて、昨日フェンスを乗り越えて中に入りました。ごめんなさい!」

宇佐美の声も震えていた。

「俺ぁ言ったよな? 中には入れてやれねぇって。」

「はい… ごめんなさい… 」

「ごめんなさい…」

「お前ら全員シャツを脱げ!」

「えっ… シャツ… ですか…?」

「さっさとしろ! 脱いだら一人ずつグルっと回ってみろ!」

何をされるのかとビクビクしながら、僕達は一人ずつカクさんの前でグルっと回った。

「よし、シャツを着ろ!」

それからカクさんは、しばらく何も言わずに怖い顔で僕達を見ていた。

セミの声と僕達のすすり泣く声以外は何も音がしなくて、まるで時間が止まっているみたいに静かだった。

「お前ら漆って知ってるか?」

「うるし… ?」

「僕なんとなく聞いた事あります…」

「この中にはなぁ、漆の木ってのがたくさん生えてんだよ。そしてそれに触るとかぶれる事があるんだ。ただちょっと痒いってだけならいいが、ひどいと体中が真っ赤に腫れ上がったり熱を出す事だってあるんだ。そんな半袖半ズボンの恰好で入っていくような場所じゃねぇんだよ。」

「はい…」

「まぁ今は誰もかぶれてねぇみてぇだから良かったけど、もう絶対に入るんじゃねぇぞ。もし後で痒みや湿疹が出てきたらすぐ病院に行って、漆に触ったかもしれないと言うんだ。わかったな。」

「はい。」

「よし、じゃあついてこい。」

そう言ってカクさんは事務所に向かって歩き出した。

事務所に入ると僕達はクーラーの効いた部屋のソファに座らされた。

「お前ら、あの中に入ったら罰金50万円て書いてある看板は見たことあるよな?」

「はい…」

「どうする?みんなのお年玉とかを集めたら払えるか?」

「…そんなにたくさんのお金は…僕達とても…」

僕は怖くてまた涙が溢れてきた。

すると急にカクさんが大声で笑い出した。

「ハッハッハ 冗談だよ、安心しな、そんなもん取りゃしねぇよ。ただしその代わり、中に入っちまった事は絶対誰にも話さない事、あともう二度と入らない事、これだけは約束してくれ。バレたら俺が怒られちまう。」

「はい!約束します!」

顔を上げるとカクさんの表情は機嫌のいい時の顔に戻っていて、「ほら、飲みな。」とオレンジジュースも出してくれた。

どうやら許してくれたんだとわかり、僕達は泣き笑いの表情でお互いの顔を見て少し笑った。

「ところでホタルの写真はもう集まったのか?俺ぁ17時には帰っちまうから、結局一度も見てねぇんだよ。写真出来たら俺にも見せてくれよ。」

「はい!出来上がったらすぐ見せにきます!」

それからしばらく楽しく話しをしたあと「あの… 実は俺達ジャングルの中ですごいのを見つけちゃったんです…」と宇佐美が切り出した。

「何だ?すごいのって。」

「あの奥にある物置の所なんですけど… 」

「物置? あぁ、あれか… 吉田さんがカギを失くしちまったまま、開かずの物置になってるやつだな。たいした物は入ってねぇらしいから、ずっとそのままになってるんだ。」

「そこに動物の死体がたくさんあったんです!たくさんのカラスとか、首輪があったから多分犬の頭とか、あとはウサギの頭も…」

「おいおい、やめてくれよ、冗談だろ!?」

「いえ、本当なんです!それに物置にカギはかかってなかったです、開いてました。」

「開いてた…? そんなはずねぇけどな… 吉田さんの勘違いか…? まぁいい、でもそんな死体のあるとこで仕事なんかしてらんねぇ。とりあえず俺が確認しとくから、お前らはもう帰れ。あとこの話しは絶対に誰にもするんじゃねぇぞ。」

「はい。わかりました。 でもあの… 俺達この前の夜中に懐中電灯を持って誰かが歩いてるのを見たし… その… カギのかかってるはずの物置が開いてたって事は、もしかしたら… 吉田さんが怪しいんじゃ… 」

「何言ってんだ、そんな事ぁねぇよ。吉田さんはそんな事する人じゃねぇ。俺は2週間ぐらいしか一緒に働いてねぇけど、親切な人だったぜ。ほら、もう帰んな。」


「良かったぁ、許してもらえて。僕絶対ぶたれると思ってた。」

「俺も足震えてたよ。」

「俺も。」

事務所から出るとやっとみんな普通に笑う事ができた。

「それでさっき宇佐美が言った吉田さんが怪しいって話し、あれ僕もそんな気がしてきた。多分まだカギを持ってるからジャングルの中に入れて、物置のカギもほんとは失くしてなくて持ってるって事でしょ?」。

「うん、それで物置にあった鎌、あれを使って動物を殺したような気がするんだ。動物の鳴き声が聞こえた時に物置の閉まる音が聞こえたから。カギはかけ忘れたのかも…。 飯田と大田はどう思う?」

「俺は物置も見てないし、吉田さんの事もあまりよく知らないし…ちょっとよくわかんないなぁ。飯田の方がわかるんじゃない?」

「うん… 一度だけちょっと怖かった事はあるよ。」

「何?」

「前にお兄ちゃんと公園で遊んでた時、近くに吉田さんがいたんだけど、カナブンが飛んできて吉田さんのシャツにとまったんだ。そしたら吉田さんがそれを地面に叩きつけて、思いっきり踏み潰して殺しちゃったんだ。カナブンを殺す人なんて初めて見たから、ちょっと怖かったのを覚えてる。でもいつもはすごく優しい人だから、俺は絶対違うと思うけどな…。」

「カナブン殺すなんてひどいね、何も悪いことしないのに。僕はゴキブリ大嫌いだけど、ほんとはゴキブリだとしても殺すのはちょっとかわいそう って思うんだ。」

「青木は蚊に刺されても潰さないで逃がすからな。」とみんなが笑った。

「それじゃ明日のプールの帰りにカクさんのとこ行って、どうなったか話しを聞いてみよう。」

「うん、それじゃまた明日。」

「じゃあね。」

「バイバイ。」


次の日、飯田はプールに来なかった。

「飯田がプール休むなんて珍しいよな。連絡も来なかったし。」

そんな事を話しながら帰っていると、飯田の家の前にパトカーが止まっているのが見えた。

「どうしたんだろう!何かあったのかな!」

僕達が走って行くと、飯田のお父さんが疲れ切った感じで家の前に立っていた。

「こんにちは、何かあったんですか?」

「あぁ、青木君! 弘樹が今朝マラソンに行ったきり戻って来ないんだよ! 学校に電話してもプールには来てないっていうし、何か心当たりとかはないかな?」

「え!? 飯田が!? 全然わかりません… 僕達もプールで飯田来ないなぁと話してたんです。」

「そうか…」

「僕達も探してみます!」

「あぁ、ありがとう。でも君達も気をつけてな。」

「はい!大丈夫です!」

「あぁそれと、君達そこの立入り禁止区域に入ったんだって?」

「えっ!? あ… はい… 入りました。すみません。」

「いや、いいんだよ。ただ、昨日弘樹の様子がおかしかったから問い詰めたら、その話しをしたんだよ。青木君達が何かの動物の死体を見つけたけど、それは絶対に内緒なんだって…。 どうにも要領を得ない事ばっかり言うから管理事務所に連絡してみたら、そんな話しは知らないって言うし…。」

「あ… それは… あのぅ… … 」

「いや、いいんだ。悪かったね…。」

お父さんが警察の人に呼ばれ、僕達は飯田のマラソンコースを辿ってみる事にした。

「飯田、話しちゃったんだね、お父さんに。」

「でも、お父さんそんなに気にしてなさそうだったから、このまま黙ってれば大丈夫じゃない?」

「うん… でも何かちょっと心配だなぁ…」

「それより、今はとにかく飯田を探そう!どこかで足が痛くなって歩けなくなってるのかもしれない!」

「うん!」

僕達は野々川の河原も注意して見ながらサイクリングロードを進んでいった。

「まさか野々川に落ちて流されたりしてないよね?」

「今はそんなに水が多くないし、絶対にそんな事ないよ!」

宇佐美はそう言ったけど、小学生が川に落ちて亡くなったなんてニュースをたまにテレビで見るから、僕はすごく不安だった。

「この前はここから戻ったんだよね?」と僕が住宅街の方を見た時、サイクリングロードと並行して通っている道を一人のおじさんが歩いていた。

「あっ!!」

「何?青木どうした?」

「吉田さんだよ! 今あの道を吉田さんが歩いてた!」

「ほんとに!?」

「うん、間違いないと思う!」

「この辺に住んでるのかな?」

「それはわかんない、でも… 飯田がいなくなったのと何か関係ありそうな気がして… なんだかすごく嫌な予感がする。」

「よし!後をつけてみよう!」

見つからないように吉田さんの後をつけて5分くらい歩くと、吉田さんは古い木造アパートの101号室に入っていった。

「吉田さんこんな近くに住んでたんだ… ここなら夜中でも簡単におばけ公園に行けるね。」

「それに飯田のマラソンコースにも近いんじゃない? もしかするといつもはこの辺で折り返してる可能性もあるし。そして偶然二人が出会って、もし飯田が死体の話しをしちゃったら… 」

「そうだね、飯田は吉田さんを信用してたから、話しちゃう可能性はあるかも。」

「もし犯人が吉田さんだったら、秘密を知った飯田も殺されるかもしれない!」

「え!? じゃあもしかしたら、あの部屋の中に飯田の死体があるかもしれないって事!?」

「どうする?警察に言う?」

「いや、あまりにも証拠がなさすぎるよ。全部俺達の想像だけだもん。信じてもらえないよ。とりあえず、ちょっとだけでも中の様子を知りたいな。」

「どうする?」

しばらく沈黙が続いたあと宇佐美が「よし、俺がノックしてみる!そしてドアが開いたら、三人でできるだけ中の様子を探るんだ!何か証拠があるかもしれない!」と言った。

「えっ…怖いよ…」

「大丈夫、俺が前に立つから、ドアが開いたら大田と青木は少し後ろから中を覗いてくれ。俺は部屋を間違えたふりをしてできるだけ時間を稼ぐから。」

「うん、わかった!たぶん吉田さん、僕達の顔はあまり覚えてないと思うから、気付かれないと思う。」

「よし、行こう。」

ドアの前に立つと緊張で膝が震え出した。

「いい? じゃあ、ノックするよ。」

僕と大田が頷いた。

トントン…

「はーい、どなた?」

すぐにドアが開き、ランニングを着た吉田さんが顔を出した。

「あのぅ… あれ? 高橋さんのお家ではないですか?」

「違うよ、うちは吉田だよ。」

「あれ? おかしいなぁ… 」

その時、僕は玄関に飯田のサンダルがある事に気がついた。

「飯田のサンダルがあるよ…」

僕が宇佐美の耳元で囁くと、宇佐美も下を見てそれを確認した。

「あのぅ……… 」

だけど宇佐美も次の言葉が出てこなかった。

「あれ?君達は飯田君の友達じゃないか?」

「えっ?!」

「公園の裏の飯田君の友達だろ?」

「あっ… はい… そうです… 」

「なんだ、それならほら、さぁ中に入りなさい。飯田君も中にいるよ。」

そんなに広くなさそうなのに、奥に人のいる気配は全くなかった。

もしかして飯田はもう死んでいて、僕達も殺されるんじゃないかと思った。

「ほら、早く入りなさい。」

怖くて逃げ出す事もできずに、言われるがままに僕達は家に入ってしまった。

奥の部屋に敷かれた布団の中で飯田は目を閉じていた。

「飯田!」と宇佐美が大きな声を出すと「おいこら、起こすんじゃない。」と吉田さんが言った。

飯田はただ眠っているだけだった。

吉田さんの話しだと、飯田がマラソンの途中で貧血を起こして目の前の道路でうずくまっているのを見つけて、ここに連れて帰ったらしい。

飯田から昨夜一睡もできなかったという話しを聞いたので、とりあえず自分の布団に寝かせた。

吉田さんはどうしても外せない用事があったので、それを済ませてから飯田の家に連絡しに行こうと思っていたら、その用事に思いの外時間がかかってしまい、たった今飯田の家に行ってきたらしい。

「俺は驚いたよ、パトカーまでいて。まさかあんな大事になってるとは思ってなくてな、危うく誘拐犯になるとこだったよ。」と吉田さんは笑った。

「飯田は大丈夫なんですか?」

「あぁ、心配いらないよ。見つけた時は真っ青だったから驚いたけど、水を飲ませて横になったら顔色もどんどんよくなって、ほら、今なんか幸せそうに寝てるだろ。」

確かに飯田の寝顔はいつも通り元気そうに見えた。

「お父さんが迎えに来るって言ったけど、いつ起きるかわかんないし、あとで俺が連れてくるからいいって断ったよ。まぁほんとのとこは、どっちみちあそこのじいさんとこに将棋を指しに行くからなんだけどな。同級生なんだよ、俺とあそこのじいさんは。」

話しを聞いているととても吉田さんが犯人だとは思えなくなり、僕は頭が混乱した。

宇佐美と大田もきっと同じだったと思う。

そして「あのぅ… ジャング…立入禁止の自然保護区なんですけど、あの中にある物置のカギって持ってますか?」と宇佐美が聞いた。

「ん? なんでそんな事を聞くんだい?」

「カクさんが、カギが無いから物置が開かないって言ってたんで…。」

「そんなはずない。ちゃんとカクさんに渡してあるぞ。赤い札の付いてるやつだ。葉っぱの中に落としても見つけやすいように赤い札をつけてるのに、もう失くしちゃったのか?仕方ない奴だな。」

どうやら宇佐美は、吉田さんは嘘をついていないと判断したみたいで、さらに質問を続けた。

「一週間くらい前の夜中に保護区の中を歩いていませんでしたか?」

「夜中に?そんな時間に歩くはずないし、そもそも一週間前には俺はもう辞めてるから、中に入る事すらできないよ。物置だけじゃなくカギは全部カクさんに渡したんだから。」

「でも、絶対に誰かが懐中電灯を持って歩いてたんです。」

「じゃあカクさんだろ。それしか考えられない。」

「でもこの前聞いたら歩いてないって言ってて… 」

「… あれ? みんな… どうしたの?」

「飯田ぁ、俺達心配したんだぞ!」

「 … ? あれ? …ここどこ? …… あ、そうか、俺マラソンの途中で気持ち悪くなって吉田さんに助けてもらったんだった。 そうだ!早くプールの用意をしないと!」

「プールはもう終わったよ。」

「えっ? 今何時?」

「もう12時過ぎ。」

「えっ!うそ、なんで? まだ朝ごはんも食べてないのに!」

「ハハハ よく寝たなぁ。でもそれだけ元気が出たらもう大丈夫だな。よし、おじさん送っていくから。」

「俺達も一緒に行きます!」

飯田の家に向かって歩き出すと「青木、どう思う? 俺は吉田さんは犯人じゃないと思う。」と宇佐美が小声で話しかけてきた。

「うん、僕もそう思うよ。けどそうなると、あの夜中に歩いてたのは誰なんだろう…」

「吉田さんに動物の死体の話ししてみようか?」

「そうだね、吉田さんなら信頼できると思う。」

宇佐美が吉田さんに死体の話しをすると、吉田さんは少し怖い顔になった。

「それは本当の話しかい?」

「はい、本当です。」

吉田さんは少し考えてから「じゃあ君達はこのまま飯田君を家まで送り届けてくれよ、おじさんはちょっとカクさんに話しを聞いてくる。」

「俺達も一緒に…」

「いや、君達は来ないでくれ。それと、おじさんがいいと言うまでは、カクさんには近づかないようにしてくれ。」

「カクさんに?」

「あぁ、あの物置の裏がそんな状態になっているなら、カクさんが知らないはずないんだ。あのすぐ横には止水栓があって、こまめに川の水を調整しないといけないんだ。そんな何日も気がつかないなんて事はありえない。」


「大ニュース!大ニュース!」

その日の夜、飯田から電話がかかってきた。

「何?どうしたの?」相変わらずの飯田の電話のかけ方に僕はちょっと吹き出した。

「犯人カクさんだった!」

「ほんとに!?」

「うん!吉田さんが話したら、すぐに認めたんだって。お金がなくて生活が苦しくて、ストレスとかでやったって言ってたみたい。」

「そうなんだ… 信じてたからちょっとショックだね。」

「うん… それで今回だけは警察に通報もしないから、会社を辞めたら今後はどこか遠くで真面目に働くように って吉田さんが言ったら、涙を流しながら謝ってたらしい。」

「じゃあ管理人さんはどうなるの?」

「吉田さんが復活するんだって。」

「そっか…」

「明日またプールの時に詳しく説明するよ!それじゃあね。」

「うん、バイバイ」

すっきりしたはずなのに、どんよりした気分で僕は電話を切った。


「うわっ! 久しぶりー!!」

次の日のプールには久しぶりに遠藤が来ていた。

残念ながらおじいちゃんは亡くなってしまったらしいけど、遠藤はすごく元気だった。

5人揃ったのが嬉しくて、僕も昨日のどんよりとした気分はすっかりなくなった。

「遠藤がいない間に、すごい事件があったんだぞ!」

「うん、大事件だった!」

「えっ?何? 詳しく教えてよ!」

「うーん、えーと… めんどくさい!」と飯田が笑った。

「長すぎるから、今度のサイクリングの時に話すよ」と宇佐美も笑った。

「サイクリング?」

「そっか、遠藤は知らなかったんだっけ。今度5人で飛行場までサイクリングに行こうって話しをしてたんだよ。はい、逃げられません!遠藤も強制的に参加です!」と大田が笑った。

いつもの5人が揃ったのが嬉しくて僕も笑った。


「あっ! しまった! 本返すの忘れてた!」

みんなと別れてから、僕は『黒い森の怪人』を返し忘れているのを思い出した。

まだ全然読み終わってないけど、新学期にまた借りればいいやと思って、家に帰ってカバンに本を入れて自転車でもう一度学校に向かった。

学校に着くと飼育小屋に人が集まっていたので見に行くと、小さなうさぎが5羽キャベツを食べていた。

それを見て、この前泣いていた飼育当番の女の子達が笑っていた。


帰り道、僕はトイレに行きたくなっておばけ公園のトイレに入った。

用を足して手を洗っていたら急に手元が暗くなったので顔をあげると、鏡に映る僕の後ろにカクさんが立っていた。

「あっ … こ、 こんにちは… 」

「こんにちは 青木くん。あのトマト美味かっただろ? あとあの肉と焼鳥もな。」カクさんが笑った。


そこから僕の記憶は途切れ途切れになって、カバンから取り出したマジックでトイレの床に『かく…』と書いた記憶を最後に、次に僕が意識を取り戻したのは、引っ越しをして中学生になってからだった。

僕は3年間眠ったままだった。


「…ん? ここは… ?」

「あ、青木さん 大丈夫ですか? ここは野々山中央病院ですよ。」

「病院? 私は、なぜここに?」

「青木さんは図書館で具合が悪くなって、意識を失ってしまわれたんです。」

「あっ、あぁ… そういえば…」

「MRIの結果にも異常は見られませんし、血圧なども全て安定していますので、今晩一晩だけこちらで過ごしていただいたら明日には退院できると思いますよ。」

「そ、そうですか、ありがとうございます…」

「暑さのせいで体調崩される方多いですからね、気をつけてくださいね。」

「はい、さすがに年には勝てませんね。気をつけます。さっきは図書館で小学生の時に読んだ本を偶然見つけて、つい懐かし… 」

その時ドアが開いて誰かが部屋に入ってきた。

「こちらの方が救急車に付き添って、青木さんを連れてきてくださったんですよ。」

「あっ、そうだったんですね、これはどうもご親切にありが… 」


「こんにちは 青木くん」

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[良い点] 作者さんと自分の世代が近いのか、自分も当時に戻ってそこにいるような気分で読むことができました。 [気になる点] 若い世代にはピンとこない部分があるかもしれません・・・ (でもわかる人間…
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