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ええと、その顔で仰います?

作者: 夏月 海桜

「この結婚は両家の事業を強める為のもの。とはいえ、私が貴様を愛する事は無いっ。よって、お飾りの妻だ! 愛する女との間に生まれた子を私の跡取りにするっ。良いな!」


 あらあらまぁまぁ。

 此処は現在、教会で神に愛と互いへの信頼を誓う場ですのに。その宣誓を終えた途端に、舌の根も乾かぬうちにその発言ですの?

 婚約が決まったのが三ヶ月前。結婚式の準備にわたくしと一応の夫が関わる事なく、教会と招待客と婚礼衣装を両家で準備して、わたくしと一応の夫が顔を合わせたのは、今、この場にて初めてですが。それにしても、両家の事業が上手くいくように結ばれた結婚だと理解していて、お飾りだの愛する事は無いだの、わたくしと一応の夫との間に生まれた子では無い子を跡取りにするなんて仰って。


 もしかして、理解しているのではなく。

 事実認識だけなのかしら?

 事実を認識出来てもその意味を理解出来ないのでは、頭の中は残念な方なのかもしれませんわねぇ。


 それにしても。

 さて、この事態をどう収めましょうか。


 何しろ、神に誓いを立てたその場で別の女を愛するとか仰っていますのよ? 教会の神官が怒り心頭ですわ。だって神聖な儀式を冒涜した上に、この結婚に立ち会った事で神官様の名も知名度が一気に上がるはずでしたのに、顔に泥を塗られたどころか名を汚されたのと同じですものねぇ。


 わたくし、バルバスタ公爵家長女・マーガレットは、先王陛下の王弟を父に持つ王家の血を引く娘ですの。つまり、お父様は現国王陛下の叔父にあたるので、神官様からすれば知名度が一気に上がる、と考えていても仕方ない事ですわ。王家の血を引くとはいえ、臣下ですからね。王家の教会では無く王都内に有る権威ある教会での結婚式の真っ最中です。

 ええ、真っ最中なのですわ。


 わたくしの隣で暴言を吐いた一応の夫・フォゼ様はゴルゴル侯爵家の三男で、本来なら跡取りでも無い彼は何処かの家に婿入りしなくては平民が決定しておりました。わたくしも兄と弟がおりますから、婿を迎える事は無くて嫁ぐ事が決まっていましたが、ゴルゴル侯爵家とバルバスタ公爵家が共に出資した新規の事業を軌道に乗せるための結婚で有り、王家の肝入りでも有る事から、新たに伯爵位ですが爵位を戴き、フォゼ様が当主で、わたくしがそこに嫁ぐという事が三ヶ月前に決定致しました。


 水面下では本日十八歳を迎え成人したわたくしが八歳の頃から事業の計画が始まったようですから、十年の月日をかけて計画どころか新規の事業として軌道に乗せる所まで漕ぎ着けたわけですね。さすがにバルバスタ公爵家の財産だけでは賄えない大掛かりな新規事業だったために共同出資者としてゴルゴル侯爵家が名乗りを挙げての計画。


 軌道に乗せられる事が判ったからこその急な婚約後の結婚なので、本当にこの結婚は互いの家の利益のためのもの。王家もそれを理解しているからこそ新たに伯爵とはいえ爵位を授けて下さったというのに、その背景の諸々を全て潰すような暴言を結婚式真っ最中で吐くとは、わたくしも思いも寄らなかったので、無言になってしまいましたわ。現実逃避ですわね……。


「ふっ。この私に愛されないことがショックで何も言えないか。まぁそうだろうな。容姿端麗にして聡明なこの私だからな! だが、この私に相応しい妻は、貴様などではないっ。ミュゼだっ!」


 無言のわたくしに、まだ何か仰ってますが、というか、容姿端麗って……ええと、その顔で仰います?


「ええと、その顔で容姿端麗と仰います? どこがですの?」


 思わず、本気で首を捻って尋ねてしまったわたくしは悪くないと思います。神官様、先程まで顔色を真っ赤にされていたのに、今は、ブフッと笑いが耐えきれておりませんわ。


「な、なんだと⁉︎ この私の顔の麗しさが解らないとは……。貴様は、私の愛が貰えない事に余程のショックを受けて、目も悪くしたのだな⁉︎」


「いえ、わたくし、目はとても良いですし、美的感覚もとても優れていると言われておりますの。そのわたくしの目には、フォゼ様は、青い目がパッチリと開いていて、鼻筋高くて、唇は薄くて、眉毛は三日月のように細く、顔立ちも全体的にほっそりとされていますね。眉毛と同じ金色のまつ毛も長いですわ。もちろん、人の美醜をどうこう言うつもりは今までは無かったのですが。いえ、既に申し上げてますが、そのお顔を麗しいと思う方もいらっしゃるでしょうが、我が国では殿方の顔立ちは、角張った輪郭に太い眉毛。短いまつ毛に、目は細く、鼻は低くて唇は厚めが容姿端麗に思われますのよ。ご存知有りませんの? 我が国の侯爵位の三男の方ですのに」


 わたくしは、滔々と我が国のモテる容姿について、説明致します。他国でしたらフォゼ様のようなお顔が容姿端麗に当て嵌まるかもしれませんが、我が国では、冷たそうで薄情そうなお顔と評されてしまいます。フォゼ様のお顔が容姿端麗かどうかは置いといて、わたくしの好みの顔で無い事だけは確かです。ちなみに、我が国のモテる容姿の特徴を持つ方が好きというわけでも有りません。先程述べたお顔立ちが、我が国での端麗なお顔の基準ですが、わたくし自身は、どちらかと言えば、我が国基準の端麗な容姿の男性とフォゼ様のお顔の中間が良いのです。だって、ちょうどバランスが良さそうでは有りませんか。


 あらいけない。

 今は、そんな事では有りませんでしたわ。わたくし自身の結婚式です。これ以上、醜聞を広めるわけにもいきませんわね。

 わたくしの滔々とした説明に、口を開閉しているだけのフォゼ様は放って、神官様を見やります。神官様は心得たように、声を張り上げました。


「神に誓いをかけて婚姻するべき二人でしたが、神による試練のため、此処で式を中止致します。追って、二人に降り掛かった試練の結末をお知らせ致しましょう」


 あら。結婚式を無しにされてしまいましたわ。

 まぁそうですわよね。王家の顔に泥を塗っているようなものですもの。そして、チラリとゴルゴル侯爵家の皆さまを見れば、顔色が全員蒼白ですわ。当主夫妻・長男様と次男様。長男様は奥様とお子様連れですが、お子様は確か十二歳と十歳の男子二人。どちらも事態の重さを理解しているように顔色が悪いですわ。……つまり十歳と十二歳の子でも理解出来る拙い事態を引き起こした本人は理解しておられない、と。次男様は婚約者の方とご一緒の出席なのですけど……。婚約者の方も顔色が悪いですわね。巻き込まれたら堪らない、とでも思われていらっしゃるのかしら。


 まぁ、そう思うのも仕方ないですわよね。


 だって、我がバルバスタ公爵家にケンカを吹っ掛けたようなものですし。王家肝煎りの結婚ですのに、王家の顔に泥を塗っているわけですし。現在の参列者の、興味津々なお顔に対して。ニコリと笑顔を浮かべつつ、お礼と謝罪を口にしながら、わたくしのお父様とお母様が帰りを促してますわ。まぁ、我がバルバスタ公爵家に睨まれたくないのでしょうから……王家にも睨まれるのと同じですものね……参列者の皆さまは帰って下さいましたけど。さて、これからどういたしましょうか。


「なんだよ、何故、結婚を取り止めた⁉︎」


 あら、状況を理解しておられない方が一人。いえ、理解出来ていたら、そもそも結婚式の最中に、お飾りだの、愛する人は別だの、なんだのと叫びませんわね。神への宣誓で他の人への愛を叫ぶのもある意味、神経が太いのかしら。

 そして、なにより。

 王家肝煎りですもの。国王陛下自らの参列はさすがに有りませんでしたが、王太子殿下と第二王子殿下・第三王子殿下の三人が参列している事実を、この方、どう思っていらっしゃるのかしら。我が家は順位は低いものの、お父様もお兄様も王位継承権を持つ王族なのですが。我が国は“王国”ですのよ? 国王陛下が黒を白と言えば、白になる、完全なる王権制ですのに、王命に逆らうような真似をして、生きていられると思うのかしら。というか、侯爵家の三男なのに、何故こんなにも甘い考えの持ち主なのかしら。これで伯爵なんて無理ではありませんの? 直ぐに足元を掬われるか、騙されるのが見えてますわ。……婚約期間が短かったとはいえ、お父様、調査されなかったのかしら。


「色々、話を聞かせてもらおうか」


 切り出したのは、お父様ではなく。わたくしの再従兄弟にあたる王太子殿下でした。


 あー……

 もしかして、最初からこの結婚には裏が有ったのかしら。普通は、当主同士で話し合う事ですから、いくら王家肝煎りでも王太子殿下が仕切るのはおかしいですわよね。

 チラリと我が家の親戚という立ち位置で参列されていた王太子殿下のお顔を見れば、にっこりと笑まれました。

 ……わたくしの予想通りみたいですわね。

 ゴルゴル侯爵家が何かやらかしたのでしょうねぇ。それを王太子殿下、或いは他の何方かが気付かれて、尻尾を捕まえるために泳がせていたら、三男坊のやらかしが生まれた、と。これを皮切りに何かのやらかしについて追い詰める、というところかしらぁ……。


 わたくしは、溜め息をついてベールを上げました。

 結婚式では花嫁はベールで顔を隠しておき、誓いの言葉を交わして婚姻証明書に双方が名前を記入しますと、婚姻が成立するわけです。そして婚姻が成立すると花嫁はベールを上げてお披露目をするのが我が国のスタイルですが、成立してませんし、お披露目は無くなったので、もう邪魔なベールは要りません。


「なっ……君は」


 一応夫となる予定だったフォゼ様がわたくしを見て、声を上げました。なんですか。


「な、な、なんで、ミュゼがここにっ。というか、君がミュゼならば、マーガレットとは一体……っ」


 驚く意味は、ここで初めて顔を合わせたから、でしょうけれど。婚約から結婚式まで三ヶ月でしたし、お会いした事は無かったでしたものねぇ。というより……わたくしは首を傾げました。ミュゼという名前は、わたくしの双子の妹のことです。妹の知り合い? 双子ですから顔がそっくりなのは分かりますので、間違えているのでしょうが。


「ミュゼはわたくしの双子の妹ですわ。わたくしは姉ですの。それと、ミュゼとは結婚出来ませんわよ? あの子、公爵令嬢なんて無理だわ、と言って、平民になってますもの」


「はっ⁉︎ 双子⁉︎ あ、ミュゼが平民なのは知っているが」


 つまり、フォゼ様は、ミュゼが平民になってからの知り合いという事ですか。何処かで会ったことが有るのかしら。ミュゼは公爵令嬢として生きていけない、と家族に訴えて来ました。色々と話し合いをしまして、お父様が子どもの居ない商家へ養女に出しましたので、戸籍上は公爵家から抜けてますわね。ちなみに、商家の養女として商魂逞しいそうで、向こうの商家からも喜ばれてますわ。


「ミュゼと知り合いなのはともかくとして、ミュゼは結婚相手が既におりますから結婚出来ませんわよ」


 わたくしの結婚が急に決まってしまいましたが、元々ミュゼの結婚が先に決まっていて、来月には結婚式なのです。あら。そうしますと、愛する人はミュゼとか言ってらっしゃいましたけれど、フォゼ様は、ミュゼと恋人だと? そんなまさか。結婚が決まっている妹ですわよ?


「そ、そんなっ。商家の娘として、結婚するからって言っていたのに……。私以外に恋人がいた、だと?」


 何となく、この短い時間で思いましたが。フォゼ様は思い込みが激しい様子ですわよね。まぁだから、結婚式の最中にあんな宣言をするのでしょうが。念の為、確認をしておきましょうか。


「ミュゼと恋人同士なんですの?」


「いつも買い物に行くと笑顔で対応してくれて、店先で話をする」


「それは、店員と客のやり取りでは?」


 どこが恋人同士なのでしょう。


「わ、私が侯爵家の三男だと言えば凄い、と言って、愚痴を溢してもニコニコと聞いてくれるっ」


「店で、ですよね? 他は?」


「み、店以外で会っても挨拶と笑顔だぞ」


「常識的な範囲内か、と」


 店の客ならば店外で会っても笑顔で挨拶くらいはしますわよ、あの子だって。商家の養女ですもの。しかも跡取り。


 ちょっと年上ですが(わたくし達より十二歳上)商家の経理担当の男性に恋をして、婿入りしてもらう事になった、と報告を受けましたわ、とフォゼ様にご報告申し上げたら、そんな……と膝をついて項垂れていました。


 と思ったら。

 キッと顔を上げて。


「いや、だが、ミュゼと同じ顔ならば君のことも愛せる! 君と結婚するわけだし、よし、マーガレット! 君と愛を育もう!」


「お断りします。そもそも、あなたの所業で結婚式は無しになりましたし、王太子殿下が間に入って下さるようですから、後のことは殿下にお任せしますわ」


 自国の王太子殿下の存在を無視出来るなんて、ある意味恐ろしい存在ですが、わたくし、さすがにこんな方と結婚は出来ませんわ……。今になって「えっ、王太子殿下⁉︎」 とか気付くなんて、ちょっと本当に、どうしたらこのような方に育つのかしら。それとも育て方ではなく、本人の資質の問題かしら? 何にせよ、わたくし、この結婚が成立しなくて良かった、と心から思いますわ。家同士の契約ですし、王家の肝煎りですから、公爵令嬢として生きてきた以上、意向に沿って結婚しようと思っていましたが、これほどまでに思考が常識外の存在でしたら、ちょっとわたくし、フォロー出来た自信がありません。

 ここでこの方の本質を知れて良かったですわぁ。


「改めて、色々と聞かせてもらうよ」


 王太子殿下も、まさかご自分の存在を消されてしまうとは思っていらっしゃらなかったようで、笑顔なのに、威圧感が凄いですわ……。さすがのフォゼ様も顔を引き攣らせてましたし、ゴルゴル侯爵家の皆さまは顔色が蒼白から土気色に変わっておられました。わたくしも、あの笑顔は見なかったことに致しましょう。後はお任せします、と皆さまに頭を下げて、わたくしはお母様と共に控室に戻り、結婚式のためのドレスから着替えることに致しました。


***


さて。その後ですが。

結論から言えば、わたくしとフォゼ様の結婚は白紙になりました。……あれだけ大々的に式を途中まで行って、白紙……つまりなかった事にしたのも凄くないですか? 白紙にしたとはいえ、結婚式は途中までですが行われました。記録上では白紙でも事実は有りますので、教会へ、そちらの費用を払ったゴルゴル侯爵家は、爵位を一つ落とし、伯爵位となりました。ええ、やらかしの後始末ですわ。当主夫妻は引退し、長男ご夫妻が当主夫妻に。次男様は婚約解消で、あちらへ慰謝料を支払われました。あと、我が家が次男様の元婚約者様に新たな縁をご用意致しましたわ。公爵家の仲立ちですからあちらのご令嬢も婚約解消した事実は少しだけ癒えると宜しいのですが。えっ、我が家への慰謝料ですか? 支払われておりません。


「はじめまして。バルバスタ公爵家のマーガレットと申します。本日はよろしくお願い致しますね」


「はじめまして。ゴルゴル伯爵が弟・キースと申します。本日はよろしくお願い致します、マーガレット嬢」


 何故なら、わたくし、フォゼ様のお兄様であらせられるキース様……つまり婚約解消された次男様と改めて婚約し、結婚することになりましたから。白紙……つまりなかったことになりましたから、交わす挨拶も「はじめまして」 で間違いないのです。キース様がわたくしに謝ることも許されず、わたくしもキース様を責めることも許されません。まぁ責める気は有りませんが。尚、フォゼ様はキース様の代わりに伯爵位となったゴルゴル家の領地に押し込まれたそうですが、それもわたくしは関係ない事ですわね。フォゼ様と関わりがなかった事になっていますから。

 そうそう。

 元当主様のやらかし、という件ですが。どうやらお父様との共同事業についての書類を何処かで紛失したらしく。でも、その書類はあまり重要では無い物だから、咎められなかったようです。とはいえ、信用も出来なくなったお父様と王家が、どうやら元々甘やかされて育ったフォゼ様が、何かやらかさないか、期待していたようで。まさか結婚式の最中にやらかすとは思っていなかったそうですが、結婚して三年以内には、失態を犯すだろうから、それを以ってフォゼ様の父にあたる元当主を引退させて、長男ご夫妻と入れ替えたかったらしいですわ。やらかし具合が王家とお父様の予想を超えたものでしたから、当主交代どころか、爵位の降爵までになるとは思わなかったそうです。でもまぁ、親が親なら……という事でしょうか。

 さて、そんなわけで。フォゼ様との婚約も結婚も無かったことになったわたくしは、キース様と改めて婚約を結び、キース様が王家から賜った新しい伯爵になりますの。今回の一件で、バルバスタ公爵家にかなり優位な状況になりましたけれど、新事業を後々まで続くものにするためにも、やっぱり結婚は早期に行う必要が有ります。でも、今度は半年くらい、婚約期間を置いて下さるそうですから、その間にキース様との仲が、少し進展すると良いですわね。


 ちなみに。お顔立ちはわたくし好みのキース様なので、密かに嬉しく思っておりますの。







(了)

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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