『邂逅、鞆の浦のむろの木』
ーーーここはどこだ。
体が思うように動かない。
あの時、瞬きの間に現前せしめた奇怪な老人の誘いに乗り、主と共に『黒い穴』に飛び込んだ。
裏切り者。
元の名など口にもしたくない。
彼奴のせいで目前まで迫った統一の大願は裏切りの火の粉となり消え失せた。
徐々に思い出してきた。
馴染んできた。というのが正しいのか。真綿に清水が浸るのようにゆっくりと頭が鮮明になっていくーーー
「ーーよ」
「では参るぞ!」
「国盗りのやり直しじゃ!」
そうだ。殿は…。我が主はご無事であろうか。
微かに血が通い始めた首を懸命に巡らす。
あらん限りの声でその名を叫ぶ。だがその声は自分で思うよりもか細く、恋患いの乙女の吐息の如く闇夜に散じた。
その時、奇妙な事に気付く。
闇夜に浮かぶ太陰が二つ。
はじめは定まらぬ焦点のせいかと思った。
違う。確かに二つの月がぬばたまの闇夜を切り取るように浮かんでいる。まるであの両の眼のように。
「『刻の特異点』よ。お迎えに上がりました」
ーーー『異国の僧形』
通常の数倍もあろうかと思われる頭に深く刻まれた皺。
老婆とも老爺ともとれるその『異形』は『黒い穴』より現れた。
金属製の鈴蘭のような意匠の行灯を掲げ、太陰に似たその目は薄く開かれているがこちらに視線は向けず静かに足元に落ちていたーーー
刹那、眼前の藪より物音。
何とか動きだした右腕で辺りを探る。
ふと、手元に覚えのある感触。
愛用の十字槍。
共に主に仕えた父の形見であった。
藪より出でたる何かが飛び掛かってくる。
二つの月を背にしているため輪郭を捉えるに留まるが、明確な殺意を持った何か。
必死にそれに向かって槍を突き立てる。
我が十字槍は恐ろしい断末魔上げる何かを道連れに柄が折れ果てた。
「常に残心を怠るな」
父上の遺した言葉は安堵よりも警戒態勢を我にもたらし、その備えは最悪の形をいち早く知らせるに至った。
囲まれた。
およそ三匹。
先鋒を屠られ滲み出る殺意と警戒。
体さえ動けばものの数に非ず。この様な窮地など幾度も主と共に乗り越えて来た。
が、ここまでか。
主と共に『黒い穴』を越え、此度こそ不惜身命を賭しお守りすると誓ったが。
せめて召される時は主の傍で…。
「グギャッ!」「ギャッギ!」
??「☆×♡¥@&」
??「★◑▼⊿♤◁◁」
「ギャオオオオオオオオオオン!」
??「♡¥@&!?」
助かったのか?
しかし、この奇妙な出で立ちの者どもは…?
ーーー
エイダ「おーい!生きてんのか?」
ジジ「間に合ったようですね」
「しかしロベルトさん。私の長い耳でも聞こえなかったのによく気付きましたね」
ロベルト「…たまたまだ」
エイダ「なんだコイツ?言葉分からないのか?おかしな格好もしてやがるし、外人か?」
「おーい!ハロー?」
ジジ「聞こえてはいるみたいですが…共通語が分からないのですかね?獣人の言葉なら大抵は分かるのですが」
「お二人は他に何か喋れますか?」
エイダ「アタイに聞くなよな!文字すら書けないってのに!」
ロベルト「…俺も共通語だけだ」
ジジ「参りましたね」
「あ・な・た。な・ま・え・は?な・ま・え」
「…モ」
エイダ「お?」
「…モ…リ」
エイダ「モーリー?」
ジジ「おぉ伝わりましたか」
「モーリーさん変わったお名前ですね」
「モリ…ランマル」
エイダ「げ、苗字かそれ?」「面倒くさい事はごめんだよ」
ロベルト「…ひとまず街に連れて行こう」
ランマル「…かたじけない」
エイダ「何言ってっか分かんねぇなー」
ーーー
信長「乱よ。もしもの時は国一番の大樹の下で待て」
「それまでこれを預けておく」
森蘭丸「殿!?これは殿の御愛刀に御座います!」
「それに乱は既に賜ったこちらが…」
信長「それは脇差しであろう太刀も無ければ心許ない」
「それにワシの刀はまだある。この長谷部などな」
「必ず返せ。故に下賜はせぬ。預け置くと申したはずよ」
蘭丸「はっ!この乱、一命に換えても『不動国行』、『不動行光』の二刀と共に殿の元に馳せ参じまする!」
信長「ふっ。では参るぞ!」
「国盗りのやり直しじゃ!」
蘭丸「はっ!」ーーー
エイダ「あ、気絶しやがった」
「全く運のいい野郎だな。オッサンが『子鬼』の気配を察して来なきゃお陀仏だったぜ」
ジジ「それにしてもおかしな格好ですね」
「この槍やこの剣?ですかこれ?」
「見たこともない形です」
エイダ「苗字まで持ってるし面倒な事にならなきゃいいけどよ」
「まぁさっきの『子鬼』で小遣い出来たしまた1杯やりにいこうぜ!」
ジジ「ちょ、ちょっとこの方の手当てが先ですよ!」
エイダ「へへっ分かってらい!」
ロベルト「…もうすぐ街だな」
エイダ「お!灯りが見えてきたぜ!」
次回 『四重奏によるインテルメッツォを双月に捧ぐ』