お姉様
お姉様の声にわたしは緊張した。フェルナンドはクリフトン卿との一件で衆目を集めてしまっている。そこにお姉様の登場だ。聴衆はこれからの展開を注目しているだろう。わたしもそうだ。
間近でお姉様とフェルナンドの遣り取りを見せ付けられる。
「キャロル」
お姉様に名前を呼ばれただけで、フェルナンドの不機嫌な顔が晴れやかなものになった。まるで猟番を見付けた猟犬たちがはしゃいでいるみたいに。
わたしに対する扱いは素晴らしいダンスを見せつけたお姉様とブライアンに気をとられていて、ユージェニーとマーゴしか見ていない。
それがお姉様が登場してフェルナンドの名前を呼んだことで、注目されていなかったフェルナンドにも注目されるようになった。
「何でもない。ちょっと、アリスが駄々を捏ねてね」
フェルナンドとクリフトン卿との一件を隠したかったのか、わたしが駄々を捏ねたことにされた。
諍いを目の当たりにしていた周囲の人々はあまりにも酷い嘘にフェルナンドへの視線が冷たくなる。
「アリス、迷惑かけちゃ駄目でしょ。フェルナンドはあなたと違ってここに顔繋ぎに来ているのだから、駄々なんて捏ねてはいけないわ」
お姉様はフェルナンドの言うことを疑わない。わたしに事情を聞くことすらない。これが次期当主のお勉強の結果。わたしより親しいわたしの婚約者のほうを信じる。
フェルナンドが顔繋ぎと称してダンス一曲以外はお姉様の傍にいることを、お姉様は気にしていない。わたしの婚約者のフェルナンドが傍にいることが当たり前だから。
だから、わたしをエスコートしたまま戻って来ないフェルナンドを気にして、戻って来ない理由がわたしの駄々だと知って、こんなことを言ってくる。
フェルナンドは得意満面で、今までのあらましを見ていた周囲との温度差が酷い。
クリフトン卿との仕事で担当がブライアンに代わった上に絶縁宣言までされているというのに、呑気なものだ。廃嫡されれば、ミラー家を継ぐこともなく、お姉様との結婚できる可能性があるからだろうか。
「アリス・・・」
「キャロル様、これには――」
気遣うようなユージェニーの声とお姉様に説明しようとするマーゴの声が後ろからしてくる。
わたしは二人を振り返って言った。
「大丈夫だから」
それでも、二人は心配そうな表情をしている。
お姉様が謝れと言うなら、謝っておかないと後でお父様とお母様が煩い。
わたしが悪くなくても、お姉様が悪いと判断したら、わたしが悪い。それがダヴェンフィールド家の常識なのだ。
だって、お姉様はダヴェンフィールド家の次期当主で間違うはずなどないのだから。
何が起ころうと、お姉様が謝れというなら、わたしが謝罪すればそれですむ話だ。
フェルナンドのことは兎も角、わたしはお姉様の気を煩わしたことには変わりはない。
「ごめんなさい、お姉様」
「謝るのは私ではないでしょう?」
お姉様以外に謝る相手などいたっけ?
フェルナンド?
クリフトン卿と言い争っていたフェルナンドでも、お姉様によると、わたしが駄々を捏ねて困らせていたから謝らなければならない?
嫌だなあ、と思いながらフェルナンドを見る。
悪くもないのに見栄を張ってわたしが謝る羽目に陥らせたというのに、得意げな表情がウザい。
自分のせいで謝る羽目になったわたしに悪いとは思っていないの?
勝手にお姉様とダンスし始めるし、自分勝手なことばかり言ってくるし、なんでわたしが謝る羽目に・・・!
嫌悪感丸出しで謝るわけにはいかない。フェルナンドへの嫌悪で引き攣る頬を何とか無表情にする。
でも、わたしが頭を下げる前にクリフトン卿が右手を差し出してきた。「次の曲を約束していたな」と。
アリスの言葉遣いが悪いのは使用人から軽んじられてタメ口で話しかけているからです。敬語は家庭教師と初対面の相手との挨拶くらいしか使っていません。




