ダンスカードが示す不都合な真実【下】
曲が始まると、ブライアンはわたしをリードしながらお姉様たちに近付く。いつもながら、目的の場所に移動しながらでもわたしにも踊りづらくないようにしてくれていて、曲が半分終わる前にダンスフロアの反対側にいたお姉様たちのところに行けた。
わたしたちが近付いてきたことすら、お姉様もフェルナンドも気付いていない。自分たちの世界に入ってしまっているようだった。
これがフェルナンドがただのお姉様の求婚者なら問題ない。わたしと婚約しているから、問題ありまくりだ。
「行くぞ」
ブライアンはフェルナンドの隣に並んで言った。
わたしはブライアンと手を離して一歩後ろに下がる。
ブライアンはフェルナンドの足を思いっきり踏み付け、突然の痛みでお姉様の手を離させる。ポイントは絶対に手を離すように過去未来現在の恨み辛みまで込めて足を踏むことだと、ブライアンは言っていた。踏むだけでなく、踏んだ後に支点にして踏み躙ると、より効果的に痛みを与えられるらしい。
手さえ離させれば、お姉様の手を取ってそのまま自分のほうへと引っ張ればそれでいいらしい。
わたしはその邪魔にならないよう、半円を描くように回りながらフェルナンドの腕の中に向かう。
勢い良く引っ張られたお姉様は腕の中どころか地面に倒れかかるが、そこはブライアンの技の見せどころ。お姉様を引っ張った逆の手をお姉様の腰に回してお姉様を支点に自分が回って、大胆なターンでお姉様の転倒を防ぐ。
お姉様がようやく何が起きたのかわかる頃には、躍動感あるリードで難しいステップを躍らせていて、落ち着いた曲でありながら激しい二人のダンスは見る者の目を引くので、パートナーの入れ替えも演出の一部だと思われている。違うパートナーとダンスフロアに出てきて本来のパートナーと入れ替わった後は斬新な発想と解釈をしたダンス披露する。
ブライアンでなければできない芸当だ。
でも、これは二人だからできることだ。ブライアンだけでなく、お姉様のダンスの技量も無ければできない。
わたしのほうはお姉様が離れたフェルナンドの手を掴んで、勢いのままフェルナンドを引っ張って、息の合わないステップでフェルナンドが我に返るのを待つ。
ブライアンがお姉様とのダンスが衆目を集めてくれたおかげで、わたしとフェルナンドの拙いダンスに目が行かないですむのだ。
けれど、これでダンスカードの一曲目の不都合を隠すことができる。
それですめばいいけど、お姉様を盗られたのだとわかったフェルナンドは不機嫌そうな表情でわたしを問い詰めてくる。
「なんで、いつも僕とキャロルのダンスを邪魔するんだ」
「あなたの一曲目だってわかってるの、フェルナンド? 一曲目はエスコートしてきた相手と踊るものでしょ」
「キャロルをエスコートしてきただろ」
「お姉様のエスコートはお父様よ」
「お父上からダンスを頼まれたんだ」
「わたしが婚約者なのよ。婚約者のほうを優先するのが当たり前でしょ」
「キャロルのダンスカードはいっぱいだったから、挨拶回りもそこそこに早めに踊り始めないといけなかったんだ」
結婚相手を探しているお姉様のダンスカードは埋まっても、婚約者のいるわたしのダンスカードは売約済みということで、書き込める相手が限られている。後見役や親戚(ブライアンのような姻戚)、彼らに認められた相手しかいない。つまり、顔繋ぎでお父様とフェルナンドがいないなら、ブライアンのように親戚しか書き込めないし、踊れない。
ブライアンにしても、ダンスフロアにお姉様を見たら急遽、誘ってきたので、わたしのダンスカードは白紙だ。
「それなら、わたしを迎えに来て先に踊ればいいでしょ」
「離れていて時間がなかったんだ。それくらいわからないのか。駄目だと思うなら、友達に挨拶したら、戻ってきたらいいじゃないか」
「顔繋ぎに邪魔だとお父様が言ったでしょ。それでも、戻って来いって言うの?!」
「婚約者のくせに一曲目に間に合うように戻って来れなかったくせに、何を言うんだ!」
お姉様のダンスカードの埋まり具合などわかるはずもない。それなのに、フェルナンドはお姉様の一曲目の前に戻って来いと無茶なことを言ってくる。
悔しくて涙が出そうになった。
幸い、お姉様とブライアンのダンスに注目が集まっていて、わたしたちが踊りながら言い争っていることは気付かれない。
わたしが泣いても気付かれないだろう。
だけど、ダンスが終わるまでに泣き止めないから、曲が終わるまで続いたフェルナンドの暴言を唇を噛んで堪えた。




