家を出る前の出来事
「アリス」
準備万端で玄関ホールに向かったわたしをお母様が呼び止めた。
「自分だけご招待されて嬉しいのはわかるけど、招かれなかったお母様たちの気持ちは考えたことあるのかしら」
振り返ったわたしにかけられた言葉は、わたしだけに届けられた招待状に対する批難だった。今までミラー家で開かれる社交の催しは全部お母様やお姉様も招かれていた。わたしだけがお呼ばれしたことはない。
まさか、そのことでお母様が腹を立てるとは思わなかった。ミラー家はわたしが嫁ぐ家だ。個人的に呼ばれることだってあってもおかしくはない。フェルナンドとの交流もミラー家でおこなってもいいくらいなのだ。
フェルナンドがミラー家での交流を望まなかったのは、我が家ならお姉様に会えるから。
ミラー夫人が個人的にわたしと会おうとしなかった理由は、政略結婚だったからだろう。
でも、これでお母様の機嫌を損ねるというのなら、今まで招待しなかったミラー夫人に感謝したい。
毎月のように呼ばれていたのなら、どんな目に遭わされていたか、わからない。
お父様やお母様がこういう時は、ひたすら謝って機嫌が良くなるのを待つしかない。
「申し訳ありません、お母様」
「申し訳ございません、でしょ。言葉一つまともに使えないの、お前は。キャロルならこんな間違いしないのに」
「申し訳ございません、お母様」
お姉様はダヴェンフィールド家の次期当主だもん。わたしとは違うわよね。
「こんなのが妹だなんて、キャロルが恥をかかされて可哀想だわ」
「申し訳ございません、お母様」
「お前なんか、招待しておいて迎えすら寄こさないミラー家がちょうどいいわ」
「申し訳ござい・・・?」
迎え?
個人的に呼ばれたとしても、お茶会で迎えなんか出したっけ?
「嫁になるっていっても、躾の一つもしようとしない。これだから田舎者は困るのよ」
「???」
嫁入り先が躾をするって、どういうこと?!
「愚図なお前にはお似合いだわ」
「・・・お母様。躾は実家でおこなうものじゃないんですか? 社交界に出るということは、嫁に出しても恥ずかしくない教育をしているからでしょ」
未婚の令嬢が社交界に出るのは結婚相手に見初められる為だ。常識を身に付けていて、既婚婦人として家を守る能力があると見せる市場のようなもの。
わたしだって、社交界に出る為に読み書きと礼儀作法やダンスの勉強はしているのに、その上まだ躾が必要?!
お姉様は次期当主だから特別な教育が必要なのはわかる。
嫁ぐことが決まっているわたしに必要な躾って、何?!
ミラー家独自のことでもあるの?!
「何、言ってるの。お前は言葉すらまともに扱えないじゃない」
「・・・」
ミラー家独自のしきたりとかではないらしい。
それより、言葉遣いが身に付いていないって、わかってたんだ・・・。
「不出来なお前が恥をかかないように、参加する催しを選んでいるくらいなのよ。婚約してから毎週、招いてくれたら、もっとマシだったでしょうに」
「・・・!!」
わたし、社交界に出しちゃいけない状態で社交界に出ていた?!
でも、わたしのこと、完全にミラー夫人に投げてたら、そりゃ教育不充分になるわよ! 個人的なお茶会すら呼ばれていないもの。教育のしようもないじゃない。




