覆された前提
クリフトン卿は勢いよく振り返った。室内から漏れた光でぼんやりと見えるその顔は、完全に動揺しているものだった。
表情を取り繕えなかったようだ。
「そんなはずはないだろう」
「なら、いいです」
なんて不器用な人なんだろう。
なんて優しい人なんだろう。
泣き出したのはわたしで、その理由は勝手なものだった。
それなのに、泣かせたのは自分のせいだと思い込んでいる。
謝ったのも、迷惑をかけているからなのに、自分のせいだと思い込んでいる。
クリフトン卿が泣かせようと思ってしたことではないのに、勝手に泣き出したわたしの謝罪を自分のせいだと思い込んでいる。
表情を取り繕えないくらい動揺までして。
なんて優しい人なんだろう。
なんて不器用な人なんだろう。
「良くはない。現に君は泣いている」
「・・・嫌だったのよ。会ったばかりの人に哀れまれるのが」
「哀れむ?」
クリフトン卿は不可解なことでも言われたかのような声だった。
「哀れんでたわ。何も知らないくせに哀れまないで。わたしは不幸じゃないわ」
「・・・。会ったばかりでも、君の置かれている状況が悪いことはわかる」
「?」
状況が悪い?
「婚約者に放置されている」
ああ。だって、――
「殿方の話題は面白くないもの」
お母様はそう言っていた。
主催者への挨拶を終えて、わたしを追い払うお父様は『女には理解できない話』だと言っていた。
「だが、姉は君の婚約者と一緒にいるのが当たり前だった」
そう。お父様は『女には理解できない話』だと言っておきながら、お姉様は理解できるから別だと特別扱いした。
殿方の話が理解できるから、お姉様はお父様やフェルナンドと一緒に顔繋ぎをする。
殿方の話が理解できるから、お姉様は退屈なお茶会には出ない。だって、殿方は淑女の社交であるお茶会には出ないものだから。
「お姉様はダヴェンフィールド家の次期当主だもの。殿方の話題にも付いていけて、退屈させないわ」
「話題に付いていけないと、退屈させてしまうのか?」
クリフトン卿は不思議そうに聞いた。
「女は噂話とドレスの話しかしないから退屈だと、お父様は言っていたわ」
「君もそう思うのか?」
「思うわ。だから、領地を経営する勉強がしたかった」
「・・・」
「知識があれば、退屈させないもの。お姉様のように連れて行ってもらえるわ」
「そんなものじゃない。噂話をただ聞いていればいいだけだ」
「え?」
耳を疑った。
お父様の言っていた理由が覆された。
ただ聞いていればいいだけなら、どうしてお姉様は良くてわたしは顔繋ぎに連れて行ってもらえないのか。
わからなくてもいいなら、わたしがフェルナンドに付き添っていることもできる。
「大切なことなんて何も話さない。ただ噂話をして、男同士で盛り上がっているだけだ」
「嘘・・・!」
「ご婦人が聞けば退屈な話題と眉を顰める話題というだけで、知識も何もいらない。領地経営の知識のいる話なんか、誰に聞かれているかわからない場所では話さない」
「・・・」
領地の経営の知識なんかいらない?
淑女が退屈な話題と眉を顰める話題だけ?
そんなところにお姉様が行くことは許されて、フェルナンドと共にいるの?
フェルナンドと共にいたいから、お父様に言って一緒にいるの?
お父様はお姉様の願いを叶えようと、わたしに嘘を吐いていただけなの?
「それなのに、婚約者の傍にいてエスコートするどころか放置して、傍に居れば恫喝する。これが普通だったら、誰も政略結婚をしなければ、させもしない。政略だぞ。互いの家にある程度の敬意を持って接するから政略結婚なんだ。一方的な関係は政略ではない。生贄だ」




