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09

 まだこの町で調べることがあるらしいヴァンダとは、一旦別れることとなった。


 彼女は丁寧に駅まで送ってくれた。

 その表情から陰りは消え去っており、少しだけほっとする。


 もっともその心中はきっと、穏やかなものではないだろう。


「ここまででいいよ。あんたは調査に戻ってくれ」


 カストが「じゃあな」と手を振る前に、ヴァンダは何か思いついたように耳打ちしてきた。


「カスト様、実はわたくし、小説を書いているの。全て書き終えたら貴方に読んでもらいたいわ」

「小説?」


 知っている、とは言えなかった。

 問い返すカストの脳裏に、彼女の綴った冒険物語がよみがえる。


(そうか、あの小説は続きが書かれるのか……)


 その事実に、つい口元に笑みが浮かびそうになる。

 彼女の書く物語は、いったいどんな結末を迎えるのだろう。


「そいつは楽しみだな。待ってるぜ」


 にやける表情を何とか元に戻し、カストはヴァンダにそう告げる。

 令嬢は朗らかに微笑み、頷いた。



  汽車は目的地に到着し、カストは自宅に帰還していた。

 もうすっかり外の景色は暗く、日が暮れている。


 カストは上着をコート掛けに吊るしながら、濃密な一日のことを思い返していた。


(これでヴァンダ嬢は死ななくて済む。無実の罪も着せられないだろう……)


 横流しの件を解決したのはヴァンダ嬢ということになる。

 自分やメイドも証人になるし、疑うものはいないはずだ。


 時を巻き戻った甲斐があったもの……と感慨にふけり、しかしそこでとあることが気になった。


(……あの時レグラマンティ卿は実の娘に罪を被せた、ということか?)


 国に届けを出した魔法遺物をヴァンダのクローゼットに入れて、わざと足がつくようにしたのか?

 そんなに簡単に自分の罪を着せ、娘を捨てられるほど卿は情のない人間なのだろうか?


 考えれば考えるほどもやもやとしたものが湧き上がるが、答えは出ない。

 がしがしと頭をかいていると、にわかに自宅の扉が叩かれた。


 来客である。

 こんな時間に誰だ?と思いながら扉を開けると、そこには険しい顔をした友人が立っていた。


「……ライモンド?」

「カスト、帰っていたか」


 友人、ライモンドはカストの顔を見るとさらに顔を険しくする。

 どうやら並々ならぬことが起きたらしいと察し、カストも姿勢を正した。


「何かあったのか?」

「……先ほどレグラマンティ卿が仕事より帰還した」

「ああ、そうなのか……」


 カストは隣町で見たレグラマンティ卿の様子を思い出す。

 古物商と別れてすぐに帰還したと言うことは、やはり彼との取引が目的だったのだろう。


 しかし卿自身、何か抱えているものがありそうだったし、先ほど浮かんだ疑問もある。

 早く取り調べが進められればいいと考えながら、ライモンドの話を聞いた。


「帰ってすぐ、お休みになられたと思ったが……様子がおかしくてな」

「何?具合が悪そうだったとかか?」

「いや……」


 ライモンドが首を横に振る。

 その美しいかんばせは、血の気が引いて真っ青だった。


「レグラマンティ卿は、自害なされた」


 一瞬、全ての動きが止まったかと思った。


 カストは目を見開き、友人の顔を見つめる。

 彼がこんな質の悪い冗談を言うとは思っていないが、唇は「まさか」と呟いていた。


 凝視するカストにライモンドはゆっくり息を吐き、「本当だ」と返す。


「銃声を聞いて、僕が駆け付けたんだ。すぐに病院へ運んだが、頭を打ちぬいていたから、恐らく……」

「何故……」


 ライモンドは首を横に振り「わからない。遺書も無かった」と答えた。

 カストはそれ以上問うことは出来ず、無言で視線を床へ向ける。


 足元から力が抜け、崩れ落ちてしまいそうだった。


(こんなこと、以前にはなかったはずなのに……)


 いったいレグラマンティ卿に、何があったというのか?

 まさか自分が予定外の行動をしたから、未来が変わった?


 だとするならば、ヴァンダ嬢の努力や悲しみは何だったのだ。

 今日一日で見た彼女の様々な表情や言葉が次々によみがえり、カストは言いようのない悔しさを感じた。


 思わず小さく震える己を、ライモンドはじっと見つめている。

 やがて友人は気持ちを切り替えるようにはっきりした声で、「カスト」と名を呼んだ。


「僕たちでも調査をしたいから、お前も手を貸してくれ。レグラマンティ家まで来て欲しい」

「わかった。行こう」


 カストは今しがたかけたばかりの上着を来て、ライモンドとともに自宅を出た。


 そのまま二人、足早に夜の町を掛ける。

 人通りは全くなかった。自分たちの足音だけが甲高く響く。


 ふとライモンドがカストに声をかけたのは、レグラマンティ家へ続く長い階段を登っていた時だった。


「なあ、カスト。お前は今日何処へ行っていた?」


 先を走っていた友人がにわかに立ち止まり振り返ったので、驚いてたたらを踏む。


 数段上にいるライモンドは、酷く冷たい目をしてカストを見ている。

 その目に何か嫌なものを感じて、思わず視線を険しくしながら答えた。


「隣町だ。行ったことのない古本屋を見たくてな」

「……ヴァンダ嬢と?」

「……あ?」


 予想もしなかった名前が出てきて、カストは荒っぽく問い返す。

 ライモンドは相変わらず冷ややかな眼差しで、続ける。


「今日、お前とヴァンダ嬢がともに歩いていた所を目撃した者がいる。お前、彼女と出かけていたのだろう」


 言われ、眉をしかめた。

 確かに事実であるが、奇妙だった。


 見られていたとは、いったい誰に?

 いや、見られていたとしてもこんなに早く伝わるものなのか?


 疑問は尽きないが、ライモンドが何を疑っているかはわかるので、頭をかきながら弁明する。


「確かにヴァンダ嬢と一緒になった。だが偶然だ。彼女はメイドと一緒にいたしな」


 要するに婚約者の浮気を疑っているのだろう。

 普段ヴァンダ嬢に事務的な対応しかしないくせにとは思いつつ、これはカストが迂闊だった。


 彼の婚約者に対して軽はずみだったことを謝罪するが、ライモンドの表情は晴れない。

 こちらを責めるように、冷たい青い目を向けてくる。


「レグラマンティ卿も隣町にいたのだ。これは知っているな」

「……ああ」

「僕はどうしてレグラマンティ卿がいきなり自害なさったのか考えていた」


 急に何を言い出すのか?

 変化した話題に、カストは首を傾げる。


 視線を逸らさずにライモンドは続ける。


「レグラマンティ卿は自分の娘の不貞の現場を見たのではないか?ショックが大きく思わず自害なさったのでは?と」

「はあ!?本気で言ってるのか!?」


 カストは思わず怒鳴るように問い返してしまった。

 己の剣幕に怯むことなくただ睨みつけるライモンドにさらに憤りが募り、その襟首をひっつかむ。


 間近で見る彼の顔は嫌悪に歪んでいた。

 カストがヴァンダ嬢と関係を持っていることを疑っているようだった。


「ヴァンダ嬢と会ったのは偶然だって言ってるだろ!?それにレグラマンティ卿の自殺を結び付けるな!二人に失礼だ!」

「しかし、皆がそう疑っている。噂は広がっているぞ」

「お前はそれを信じるのか!?」


 これにライモンドは答えなかった。

 ただ無言でカストを睨みつけている。


 憎しみの感情すら見える彼の目に、愕然とした。

 自分だけならともかく、婚約者であるヴァンダ嬢を信じない彼に、カストは失望する。


「もういい。あとはヴァンダ嬢とメイドに聞け。真実がわかるはずだ」


 もう何も言うことはないと、襟首を離した。

 そのまま無言でライモンドを追い越して階段を登る。


「待て、何処へいくつもりだ?」


 己の背中を睨みつけながら、ライモンドが問う。

 肩を竦めながらカストは、「レグラマンティ家だよ」と告げた。


「捜査はしなきゃいけねえだろ。給料分働くさ」

「待て!お前は行かなくていい!あの人が……」

「は?」


 どういう意味だと振り返ろうとした瞬間、己の腕をライモンドが掴む。

 その力が予想外に強くて、カストは咄嗟に振りほどけなかった。


 だけではない。

 ぐらりと視界が傾く。


「……っ!」

「カスト……!」


 いつの間にかライモンドの顔が上にあった。

 表情が強張り、目が見開かれている。


 こちらに手を伸ばす彼の姿が、どんどんと遠ざかっていき───、

 頭に強い衝撃が走り、カストの意識は暗転した。

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