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 確かにリンダはカタリーナと同じく隣国の出身だし、メイドにしては身ぎれいだった。

 夫人の両親からもらった金で、好き勝手していたのだろう。


「お爺様たちは貴女を解雇するそうです。追って連絡があるそうですからその時に話をしてください」

「……!」


 真っ青になったリンダが、ぺたりと膝をついた。

 そのままうつむき、動かなくなってしまう。


 ヴァンダは無感動に彼女から視線を逸らし、母親に顔を向ける。

 緑色の瞳に見据えられ、カタリーナはびくりと体を跳ねさせた。


「お母様。お爺様が貴女を離婚させ、連れ戻すと言っています。娘可愛さに甘やかしすぎたと」

「ひっ……!」

「やめろ、ヴァンダ嬢!カタリーナ様を追い詰めるな」


 怯える彼女の前にライモンドが立った。

 正義感に燃える表情を見てカストは眉間にしわを寄せたが、ヴァンダは冷静だ。


 いつか見たことのある冷ややかな目で、婚約者を見つめている。


「ライモンド様。メンディーニ家にもお話は通してあります。貴方の処分も話し合いましょう」

「……カタリーナ様には何もしないでくれ」

「貴方さっきからお母様のことだけね」


 ヴァンダの瞳に少しだけ呆れるような色が浮かんで、すぐ消える。


「もう貴方とは結婚出来ません。婚約は解消させていただきますわ」

「わかっている。僕はカタリーナ様と一緒になる」

「ライモンド。お前、そりゃあ無理だろう……」


 ついカストが口を挟むと、彼の青い目がきっとこちらを向いた。

 他人の恋愛事に首を突っ込むつもりはないため、その視線は肩をすくめていなした。


 ヴァンダも彼にこれ以上何か言うつもりはないのか、視線をカタリーナに移す。

 ライモンドの影に隠れる彼女は、相変わらず怯えて泣いてばかりだ。


「お母様、わたくしは貴女を許せません。貴女のせいで父は不正を行い、たくさんの人に迷惑がかかりました」

「……うううっ!」

「ヴァンダ嬢!」

「黙ってろ、ライモンド」


 話がまぜっ返りそうだったので、カストはライモンドの肩を掴む。

 友人は悔しそうな顔でこちらを見、そしてむっと口を閉ざす。


 カタリーナは相変わらず顔を上げようとはせず、ライモンドもそこから動く気はないようだ。

 婚約者……元婚約者のことは無視して、ヴァンダは母親に語り続けた。


「貴女はそれ相応の罰を受けるでしょう……でも、お母様……本当にこんな形しかなかった……?」

「……?」


 ヴァンダの口調が変わり、カタリーナがおずおずと視線を上げて娘を見る。


「幼い日から父に似たわたくしを疎んでいることはわかってました。だからわたくしも距離を取った……」

「……」

「でももう少し、話せばよかったのかもしれません。ねえ、お母様、もし許してくれるならこれからは……」


 ヴァンダは怯える母に視線を合わせて、そっと手を伸ばす。

 差し出されたそれは、カストの目から見ても握手の形をしていた。


 おずおずとした手のひらに、しかしカタリーナはぞっと体を震わせる。


「い、いやあああっ!やめて!さわらないで……!!」

「カタリーナ様……!」

「やめて!きもちわるい!けがらわしいわ……!」


 ぱしん!と乾いた音が響いた。


 「あ」とカストは声を上げてヴァンダに駆け寄る。

 差し出した手は、カタリーナによって哀れ叩き落とされていた。


 呆然とする令嬢の肩を支えながらその母親を見ると、彼女は子供のように泣きじゃくっている。


「旦那様はわたくしの体を無理やり暴いたのよ……!わたくし本当は嫌だったのに……!嫌だって思ってたのに……!」

「おかあ、さま……」

「貴女の赤い髪、緑の目……!全部あの人に似ている!きもちわるいわ……!」


 その時ヴァンダの横顔に、はっきりと傷ついた色が浮かんだのをカストは見た。


 その表情に、こちらの心臓が握りつぶされたような痛みを覚える。

 悔しくて腹立たしくなって、「聞くことはねえ」と彼女に告げた。


 だが彼女はそれでも、震えながら母親へ向かって一歩踏み出す。


「おかあ、さ……」

「カタリーナ様に触れるな……!」


 カタリーナを慰めていたライモンドが、敵意を持ってヴァンダを睨みつける。

 彼の手がコートの内ポケットに入ったのを見て、カストはぞっと背筋をわななかせた。


「馬鹿!やめろ、ライモンド!」


 カストはヴァンダを背にかばう。

 ライモンドがふところから魔法銃を取り出したのと同時だった。


 銃口がこちらを向く。

 ひゅっ、と背後でヴァンダが息を飲んだ気配を感じながら、カストは顔を歪める。


(くそ……っ今回もこれで終わるのか……!!)


 ライモンドの指が引き金にかかる。

 その前にぴしり、と小さな、何かにひびが入るような音が聞こえた。


 聞き覚えのある音に、カストが自分の胸元を見たその時だった。

 視界いっぱいに眩いほどの赤い光が広がる。


(時が戻るのか……!?ここで……!?)


 焦るカストをよそに、世界が黒に染まっていく。

 きゃあ、とヴァンダの声が聞こえる。


 彼女も巻き込まれたのかと焦った瞬間、景色が変わった。

 そこは今までカストが時戻りで行った場所ではない、見覚えのないところだった。


 レグラマンティ家とは違うが、上品で美しい手入れの行き届いた庭。

 どうやらここも貴族の屋敷のようで、近くには瀟洒な造りの建物が見えた。


「ここは……」

「わたくしの家だわ……」


 カストの疑問に答えるように呟いたのは、カタリーナだった。

 見れば自分とヴァンダだけでなく、カタリーナとライモンドも時の巻き戻しにあったようだ。


 三人とも不思議そうにきょろきょろとあたりを見回している。


 ここはカタリーナの生家?どうしてこの場面が見れたのだろう?

 呆然とする一同の横を、ふいに何かがぱたぱたと走り抜けていった。


 淡い水色のドレスを着た、10歳前後の少女である。

 プラチナブロンドの髪を結い、長いまつ毛に縁どられた目を持った妖精のような少女。


「……あれは、お母様?」

「わたくし……?」


 見覚えのある少女に、ヴァンダとカタリーナの声がかぶった。

 幼いカタリーナと思われる少女は、四人には気付かずにそのまま向こうへと駆け抜けていく。


 どうやら今回も過去の人間に姿は見えていないようだ。


 一同が見守る中、走る少女はぱっと顔を輝かせた。


「メンディーニ様……!」


 少女が呼んだ名前に、ライモンドがぎょっと目を見開く。

 カストとヴァンダもまたわけがわからす、少女の姿を観察している。


 ただカタリーナだけが何でもないような顔で幼い日の自分を見ていた。


「メンディーニ様……!」


 少女が今一度その名前を読んだ。

 彼女に気づいたらしい人影が、花壇の後ろからひょっこりと顔を出す。


「カタリーナ様、どうしたのですか?」


 そう言って柔らかい表情を作ったのは、少女よりも僅かに年上の少年だった。

 金糸の髪を持った青眼の美少年で、カタリーナと並ぶと一枚の絵画のよう。


 しかしその少年のかんばせには、見覚えがある。

 カタリーナの隣で唇を震わせるライモンドにそっくりなのだ。


「あれは……父だ……」


 愕然としたライモンドの声が、小さく響く。

 その言葉に、カストは彼と少年を見比べてなるほどな、と納得した。


 ライモンドの一族は昔からの商人で、彼の父は幼い頃から取引の場に同行していたと聞く。

 カタリーナの生家にも、こうして訪れていたのだろう。


 しかし何故、ネックレスはこの場面を見せるのか?

 少年は優しく少女を見つめ、少女は無邪気に微笑み返している。


「メンディーニ様、またお花をくださいね。わたくし、メンディーニ様のお花がたくさんあると嬉しいの」

「ええ、もちろん。今日もたくさん商品をお持ちしました。カタリーナ様が気にいると良いのですが」

「嬉しいわ!ずっとずっと、お家に来てね」


 他愛のない、微笑ましさすら感じる子供の会話だ。

 どこにもやましいところは無い、昔語の話題になるような一場面だ。


 やはりわけがわからず混乱していると、急にカストの胸元が輝き出す。

 また場面が変わるのか、と思ったが、次の瞬間ぴしりとひびの入る音が聞こえた。


 その音は先程より大きく長く、嫌な予感がしたと同時にぱりん、と胸元で何かが砕けた感触がする。


 急に世界は暗転した。

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