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 いまだ日の高い時間、ライモンド・メンディーニは古代遺跡の中に足を踏み入れていた。

 名目上は警備として遺跡内を見回るということになっているが、目的は別にある。


 既に発掘も調査も終わっている遺跡の一室に向かい、ライモンドはそっと足を踏み入れた。

 室内の装飾がまだ綺麗に残っているそこは彼女のお気に入りで、逢瀬の時はいつもここを使っているのである。


「カタリーナ様……」


 囁くように彼女の名を呼ぶと、部屋の隅にある柱の陰からぱっと白い影が飛び出してきた。


 プラチナブロンドの髪の毛とはしばみ色の瞳の淑女……カタリーナ・レグラマンティである。

 後ろにはメイドのリンダの姿もあり、悲痛そうな眼差しを向けてそばに控えていた。


 ライモンドが腕を広げると、カタリーナはわっと抱き着いてきた。


「ああっ、メンディーニ様!お会いしたかった!」

「カタリーナ様、泣いておられたんですか?お可哀想に……」


 彼女は妖精のようなかんばせを、既に涙で濡らしていた。

 さめざめと泣く彼女が哀れで、ライモンドはその体をしっかりと抱きとめて背中をさする。


 愛し合っていることがわかる、逢瀬の光景である。

 

 だがカタリーナには夫があり、それはライモンドの雇い主にしてこの地方の領主。

 しかも彼らの娘が自分の婚約者となっている。


 ライモンドとカタリーナは道ならぬ関係であった。

 それでも気持ちに蓋は出来ず、二人はこうして人の目を盗んでは逢瀬を交わしている。


「いったい、何があったのですか?急ぎの用だと聞いたのですが……」

「そうなの……ああ、ひどい、ひどいのよ……たすけて、メンディーニ様……」

「こんなに怯えて……お可哀想に……」


 この泣き顔を見ていると、胸の中に庇護欲と強い怒りが湧き上がってくる。


 彼女は実の夫に愛の無い結婚を迫られ、無理矢理関係を持たせられた過去がある。

 娘のヴァンダはそんな彼女を嘲り、冷たく接している。


 このことは初めて会った日に語られており、ライモンドは憤慨しつつカタリーナを助けたいと思ったのだ。


 繊細でか弱いカタリーナが、夫と娘……冷酷な二人のあたりに耐えられるとはとても思えない。


「また、卿に何か言われたのですか?それとも、ヴァンダ嬢に?」

「う、うう……ああ……」


 二人の名を出すとさらに激しく泣き出してしまい、ライモンドは困り果てる。

 あまりにも可哀想で再度問いかけることも出来ずにいると、柱のそばで控えていたメイドがすっと前に出た。


「ライモンド様、私から説明いたします」

「ああ、リンダ。一体何があったんだ?」


 リンダは自分と同じくカタリーナを守ると誓っている一人だ。

 レグラマンティ家では唯一彼女だけがカタリーナの味方であり、こうしてライモンドの補佐をしてくれることもある。


 忠実なメイドは深刻な眼差しでこちらを見ながら、ゆっくりと口を開いた。


「お恥ずかしいことなのですが、実は……旦那様が魔法遺物の横領と横流しを行っていたのです」

「何……!?それは本当か?」

「はい、確かに聞きました。先ほど私たちの前で自ら告白なさったのです」

「なんてことを……!」


 ライモンドは胸に宿った怒りがさらに燃え上がるのを感じた。

 このか弱いカタリーナを虐げるだけでなく、不正まで行うなど領主の風上にも置けない。


 生来強い正義感の持ち主のライモンドは、レグラマンティ卿を問い詰めたくて仕方なかった。


「ならばこの不正を暴かなければ!リンダ、卿はいったいどこに遺物を横流ししているんだ!?」

「だめ!だめよ!メンディーニ様……!」


 警備団全体で調査してやろう、そう意気込む己の胸元で、突然カタリーナが叫ぶ。

 ぎょっとして視線を転じると、彼女はぽろぽろと涙を流しながら首を横に振っていた。


「駄目?いったいどういうことなのですか?」

「カタリーナ様はこれからのことを案じているのです。卿の罪が暴かれれば、お二人が会えなくなると」


 そう続けたのはリンダであった。

 ライモンドはその言葉の意味がわからず、首を捻りながら彼女に視線を転じる。


 メイドの表情は真面目そのもので、真意をはぐらかしたりしている様子は無い。

 戸惑ったままいると、胸の中で嗚咽をあげていたカタリーナがぽつぽつと語り始めた。


「あの方がいなくなったら……怖いの、わたくしはどう暮らしていけばいいの……?わからないわ……」

「え?それは……」

「実家に戻るの?そうなったらメンディーニ様に会えなくなるわ……そんなのは辛い、辛いのよ……」


 涙ながらに己と会えなくなる寂しさを訴える彼女は愛らしい。

 愛らしい……が、ライモンドの胸にふと違和感が浮かんで、おずおずと口を開いた。


「しかし……カタリーナ様、不正は不正です。正さなければ……」

「メンディーニ様!わたくしと離れてもいいとおっしゃるの……!?」


 ぱっと顔を上げたカタリーナが、涙にぬれた目でこちらを見た。

 その表情に罪悪感がつのり、ライモンドは慌てて「違う、違います」と首を横に振る。


 しかし彼女は自分の言葉が信じられなかったようで、すっと胸元から離れて行ってしまう。

 そのまま近くの柱のそばで座り込み、顔を覆って泣き出してしまった。


 慌てたリンダがカタリーナのもとへ駆け寄り、その肩をさすった。


「ライモンド様、カタリーナ様を追い詰めないでください!ただでさえ弱っていらっしゃるのに……!」


 忠実なるメイドはライモンドを睨みつけ、甲高い声で怒鳴りつける。

 その剣幕にさらに戸惑いが加速し、泣き叫ぶカタリーナに罪悪感が追い募る。


 何も言えずにカタリーナの涙を見つめていると、リンダが夫人を慰めながら静かに言った。


「ライモンド様、旦那様はお二人の関係に気づいているようです……」

「……!」

「ご自身の不正とともにお二人の関係も暴露すると……そう言っておりました」


 その言葉を聞いて、ライモンドは愕然とした。

 まさかあの他者に興味の無さそうなレグラマンティ卿が、自分たちの関係に気づいているとは思っていなかったのだ。


 いや、それよりも良からぬ事態になったことに、汗がにじみ出る。


 カタリーナを守るために今の関係になったとはいえ、彼女はまだ人の妻である。

 人の目からみれば、自分たちもまた罪びと……。彼女の言うように、別れさせられるのは必至だった。


 それにあの執念深そうなレグラマンティ卿や、冷徹なヴァンダ嬢のことだ。

 彼らが自分たちをどう扱うか想像するだけで恐ろしかった。


 顔を青くしうつむくライモンドをじっと見ていたリンダが、不意に小さく囁いた。


「だから、ライモンド様。旦那様と交渉すればいいのではないでしょうか?」

「なに……?」


 どういうことかと顔を上げると、メイドは薄っすらと笑みを浮かべてこちらを見つめている。


「正確には旦那様の罪をお嬢様の罪にするのです。調書を改ざんし、それをたてに旦那様と交渉すれば」

「な、なにを言っているんだ?そんなことをしたら……」

「貴方がたの関係を黙っていると約束させたら、お嬢様を開放すれば問題ないでしょう。大事なのはカタリーナ様の御心を守ることです」


 その言葉にはっとして、カタリーナを見る。

 彼女はいまださめざめと泣いている。


 ライモンドと別れるかもしれないことを、心から嘆いてくれているのだろう。

 もしこれ以上カタリーナに負担がかかれば、彼女は倒れてしまうかもしれない……。


(僕はカタリーナ様をずっとお守りすると誓ったんだ……)


 彼女の話を聞き、境遇を哀れと思うたび、自分の中の正義感が刺激された。

 何故こんなか弱く優しい存在が、理不尽に虐げられなければならないのかと怒りに燃えた。


 弱きは守られ、強きは手を差し伸べるべきなのだ。

 ライモンドはずっとそう信じて生きてきた。


(だから、彼女を守るためには……)


 自分が手を汚すしかないのかもしれない。

 それにレグラマンティ卿は趣味にばかり没頭する偏屈屋、娘のヴァンダは父の肩を持つ冷酷な人である。


 少しばかり罰を受けるべきではないか?


 そう考えるとわずかに心が軽くなり、ライモンドはおずおずとリンダを見、そしてカタリーナを見た。

 ぽろりと伝う彼女の涙に心を痛め、静かに、静かに、口を開く。


「わかった……ヴァンダ嬢に、全ての罪を着せよう……。何をすればいい?」


 きっぱりと、強い意志でライモンドは言い切った。

 その時である。


「ライモンド……やっぱりお前の答えはそうなんだな……」


 押し殺すような怒りを秘めた聞き覚えのある声が、遺跡内に響いた。

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