第九十八話
久しぶりの更新です・・・。
ライカニクスより速く前に走り出てきた四肢の魔獣二体を、ヘリオスとウラカーンが迎え撃つ。
「はっ!」
「でやあ!」
地を蹴って跳んだに対し、ヘリオスは両手の巨剣を振り下ろし、ウラカーンは身を低く屈ませて下方から蹴りを放つ。
巨剣は灰毛に包まれた頭蓋の左右に、蹴りは突き出された下顎に、鈍い音を響かせながら直撃した。
しかし、二体の魔獣はそれぞれの衝撃をものともせずに突っ込んでくる。
牙の並ぶ口を思い切り開き、こちらを噛み砕こうとする魔獣にヘリオスは巨剣を交差させて噛ませた。
それでもなお前へと走る魔獣は、ヘリオスの足を地面から離させつつ無理矢理後退させる。
押されながらもヘリオスは、くわえさせた巨剣を支えにして体を完全に宙に浮かせ、両足をそろえて魔獣の口を下から蹴り上げた。
強烈な衝撃が魔獣の下顎を通り、並ぶ牙と交差した巨剣をさらにぶつけ合わせる。
「はぁっ!」
そろえた両足で放たれた蹴りは魔獣の頭を振り上げさせ、巨剣をくわえる牙を数本砕く。
ヘリオスは頭をかち上げさせた魔獣の口から巨剣を抜くと空中で後転。
地面に立ち、口の先を上に向けている魔獣の四肢の間に右手で握る巨剣を潜り込ませ、
「ふっ!!」
ぐん、と魔獣の体を刀身で持ち上げた。
魔獣に密着させている巨剣を引き抜くと同時に左の巨剣を下から上へ一閃。
鈍い音と獣のうめき声が大気を揺らし、合わせて魔獣の体が大きく浮く。
「はああ!」
さらに引き抜いた右の巨剣を左へ薙いで魔獣の腹にぶつけ、その巨躯を茂る木々に叩き飛ばした。
二振りの巨剣を軽く振り回し、左の先端を地へ向け、右のを肩に乗せて吹き飛ばしたほうを睨む。
「・・・・・・ふぅ、全く、最近相手にする奴らは妙にタフだな」
折れた木々の中からのそりと戻ってくる魔獣を見てヘリオスが溜息をついた。
牙こそ少々砕いたものの、魔獣の躯に致命傷は見当たらない。並の獣であれば、一撃目の振り上げの一閃で両断できたはずだが。
「なるほど、特別、か。・・・・・・しかし、お前程度に手こずっていては駄目だな」
「ググ、オマエ、オレ、バカニシタ。コロス、コロス!」
独り言として呟いたつもりだったのに、返答をもらってしまった。少し目を見開くが、すぐに「あぁ」と納得する。
「そういえば少しは話せるんだったな。すまん、失念してうっかり口が滑った」
欠片も思っていない謝罪の言葉を口にするヘリオス。対して魔獣はヘリオスの言った単語に首をひねる。
「シツ、ネン?」
聞き返してくる魔獣に、ヘリオスは呆れた顔で溜息をついた。
「なんだ、謝る必要なかったな。お頭が弱いのは事実か」
「グルル、マタ、バカニ、シタ! ユルサナイ!ユルサナイ!」
「・・・・・・なんで『おつむ』は分かるんだ?」
今度はヘリオスが首をひねったが、魔獣が跳びかかってきたせいで、思考をめぐらせることは出来なかった。
「ふんっぬぬぬぬぬ・・・・・・!!」
「グルルルルルルゥ・・・・・・!!」
ウラカーンの、両手合わせて十本ある自慢の鉤爪は、今、同じく魔獣の自慢であろう爪にぶつけられている。
魔獣は後ろ足で立ち上がって、ウラカーンに覆いかぶさるように両の前足を突き出し、ウラカーンはその両足の爪を、自分の爪でもって持ち上げていた。
つまり、力比べの最中だ。
「さ、っすがに、やるっ、じゃん・・・・・・!」
「ニンゲンノ、クセニ、オマエ、チカラ、アル・・・・・・!」
「そりゃっ、光栄、だねー・・・・・・!」
どうやらこの魔獣、ウラカーンと同じタイプの性格をしているようで、真っ向からの力対決が好きらしい。
口に並ぶ牙も武器になるというのに、両腕がふさがっているウラカーンに対してそれを向かわせていないのがその証拠。
お互い体を震わせつつぶつけ合わせる爪に力を込める。同程度の力を受ける両者の爪は金属をこする音と共に火花を散らしていった。
拮抗している一人と一匹。そこで一匹の方が雄たけびを上げて一人にのしかかる。
「ガルアアアアアア!!」
「ぬうおおおあああ!!」
魔獣の両足の腕力に巨躯の体重も加わった力に、ウラカーンが膝を折りそうになるが、魔獣のように怒声を発して踏みとどまった。
しかし、微妙に両足を曲げてしまったため、徐々に上からの圧力を押さえきれなくなってしまう。
「ふぬぐぐ・・・・・・!」
「グルルゥ、ニンゲン、ヤッパリ、ツヨイ! アイツラ、ヨリ、ツヨイ!」
「あ、あいつらだぁっ?」
全体重をウラカーンにかけている魔獣が落とした単語を拾って、両手の鉤爪を交差させている鉤爪手甲が返した。
「ソウ! ソウ! サッキ、イッパイ、ニンゲン、イタ! ゼンイン、クッタ! ミンナデ、クッタ! ミンナ、ヨワカッタ! スグニ、コロセタ! オマエ、チガウ、スグニ、コロセナイ!」
何とか力に耐えているウラカーンの眉がぴくりと動く。思い出されるのは、滅んだ村の光景。塊になった人々。
「ニンゲン、イチバン、ヨワイノハ、チイサイヤツ! カンダラ、ハンブン! ハンブン! ガルルル!」
ハンブン。半分?
「クソが・・・・・・クソがクソがクソが! ちっ、折角てめーみてーなのも魔獣にいるんだなって思ってたってのによぉ・・・・・・胸糞ワリィ。胸糞ワリィ!」
ウラカーンのボサボサの赤い髪がざわめき、魔獣を睨みあげる青い瞳に狂気が揺らめく。
「てめぇみたいなクソがいるから、オヤジに希望がもてねぇ・・・・・・どうしてくれんだ、このボケがぁぁ!!」
ぐんと魔獣の前足が一気に押し返され、次いで腹部にウラカーンの右足から放たれる前蹴りが突き刺さった。
「ギャガッ!?」
巨躯をくの字に曲げ、頭を下にさげる魔獣。瞬間、今度は左の膝蹴りが魔獣の顎に直撃した。
自らの牙同士がぶつかり甲高い音を響かせ、くぐもった声がそれらの間から漏れる。
「だらぁぁぁっ!!」
まだ組み合っていた魔獣の爪と自身の鉤爪を絡ませ、全力を持って魔獣の巨躯を振り回す。
魔獣は四肢の獣の形を取っているにもかかわらず、無理矢理人のようにバンザイの状態にされたまま、グルングルンと振り回されて周囲の木々に叩きつけられた。
「おっらああ!!」
ある程度振り回した後、ウラカーンが魔獣を一際大きな大樹へ投げ飛ばす。魔獣の巨躯は回転しながら大樹へ一直線に吹き飛ばされ、大樹に激突。
「はぁー・・・・・・はぁー・・・・・・まだまだぁ!!」
まるで魔獣さながらの咆哮を上げ、ウラカーンは大樹に体を預ける魔獣へ疾走した。
一定の距離をとって、ラルウァとライカニクスはにらみ合っている。
滝のように降りしきる雨の中にも関わらず、ラルウァの四肢で燃え上がる炎は勢いを弱めない。
対してライカニクスは、以前のように魔力で出来た手甲と脛当てを出現させている。前と違うところといえば、人間のように握り拳をつくりそこも魔力で覆っているところか。
「・・・・・・獣が爪ではなく拳を使うか。どこまで人を真似るつもりだ?」
「ふん、これは模倣ではない。主殿から授かった魔力を行使するには、これが一番都合が良いのだ。その身をもって味わうがいい!」
言い終わると同時にライカニクスが駆け出し、合わせてラルウァも奔る。
ある程度あった距離も、超人と人狼の速度では無きに等しい。
ライカニクスが目の前まで来たラルウァの顔面に左拳を突き出し、ラルウァはそれを右手の甲で払うようにずらさせる。
今度はラルウァの左拳打による反撃。ライカニクスはこれを右手の平に吸い込ませることで防ぐ。
しかし、その拳打だけでラルウァは攻撃を終えたわけではなかった。
右の甲で払っていたライカニクスの左腕を掴み左足で地面を抉りつつ踏み込むと、掴まれている左腕の肘を曲げて人狼の懐に滑り込む。
そのまま後ろに伸ばす右足に力を込めて、ライカニクスの右胸へ勢い良く左肘を突きこんだ。
「げぐっ!?」
強烈な鈍痛と衝撃にライカニクスは掴んでいたラルウァの左拳を離し、右半身を僅かに後方へ動かす。
その隙を逃さず、ラルウァは人狼の左腕を解放させ踏み込んだ左足を軸に回転。遠心力をつけた右後ろ回し蹴りをライカニクスの頭部、右側面に直撃させた。
大きく鈍い音を響かせる人狼の側頭部と超人の右かかと。
「ふんっ!!」
ぶつけた右足を振りぬき、ライカニクスは頭から若い木が密集する場所へと体ごと吹き飛ばされる。
高く上げた右足を素早く地面に置き、構えを取り直すラルウァ。
「・・・・・・貴様に殺された人々の痛みはその程度ではない。来い、私がそれを教えてやる」
深い怒りを赤い瞳の奥にちらつかせ、鋭い視線で仰向けに倒れる人狼を睨む。
仰向けに倒れるライカニクスの視界には、若い木々がなくなったことで見える雨天の空が入り込んできていた。
「クク・・・・・・クカカ、クハハハハ!」
嗤うライカニクスの口は、大きく開いたせいで多量の雨が流れ込んでいく。
人狼がゆっくり立ち上がり、左右に少し揺れながらもラルウァに目を向ける。
「クハハ・・・・・・ニンゲンの痛みだと? 笑わせる。それらは元々貴様らニンゲンが、他の生きとし生ける者たちへ与えたものではないか。それを返されたからと報復に走るとは、片腹痛いわぁ!」
吼えるライカニクスの巨躯から魔力の衝撃が迸り、雨を弾いて大気を響かせた。
「ニンゲンなど滅びれば良いのだ! それが貴様ら以外の生きる者にとって最良! 手始めに貴様から殺す! 主殿に与えられた力で!!」
殺意をむき出しにする人狼は一つ息を吐き、また言葉を紡ぐ。
「我の力、殺す為に! 我の命、滅ぼす為に! 我の怒り、復讐の為に! 其が鎧と化して、我に殺戮の力を! ライカン・スロープ!!」
轟音が森を駆け巡り、魔力の波動がラルウァの体を襲う。左腕で顔を庇いつつ、弱光に包まれる人狼を見る。
光が収まり、現れたのはただ人の形をとった獣ではなかった。
胸と肩、腰に鋭利な鎧を身につけ、手甲と脛当ても一回り大きくなっている。それらは明らかに本物の鎧のようで、魔力で創られているとは思えないほど存在感があった。
「なん、だと」
そして極めつけの変化は、今しがた戦っていたとは思えないほどの魔力を体から漏らすライカニクス自身。
驚きの表情を顔に塗るラルウァに、人狼は満足したような笑みで避けている口を歪ませると、ラルウァの視界から消えた。
「なっ!? ぐっ、が!?」
さらに驚愕の色を上塗りするラルウァの左わき腹に激痛と衝撃が走る。吹き飛ばされる前に視線を動かすと、そこには目の前に立っていて今消えたはずの人狼の姿。
大樹に向かって蹴り飛ばされるラルウァ。その視線は霞みながらも人狼を捉えているはずだった。
だが、敵はもう視界に居ない。
今度は驚いている暇などなかった。理由は背中から襲い掛かってきた痛みと衝撃のせいだ。
吹き飛んでいた方向と逆の方へまた叩き飛ばされるラルウァ。
「ぐっ・・・・・・!」
何とか両足で地面をこすり、停止することに成功する。
しかし、
「遅いぞ」
突如目の前に現れた人狼の右拳がラルウァの腹部に突き刺さった。
「がっはっ・・・・・・!」
これで分かった。この人狼は、相対している敵は、自分の目で追いきれないほどの速さで動いているのだ。
そしてこの力。今までのライカニクスとは比べ物にならない。
「ぐっ」
腹にめり込む人狼の右腕を両手で掴み、脂汗を額に浮かばせつつも敵を睨むラルウァ。
「これ、が、与えられた、力、とやらか・・・・・・。ふっ、大した、ことがない、な」
「クカカ、ここまでの実力差を見せ付けられてまだそんなことが言えるのか。それはもう愚鈍というやつだぞ、ニンゲンよ」
つかまれている右腕を気にせず、ライカニクスが左腕を振り上げる。
ラルウァは衝撃が足まで響いたせいで動けそうにない。しかし、敵の右腕を掴んでいる両腕は動く。
ダメージを受けた体で防ぐことが出来るかはわからないが、やるしかない。
「ここで、死ぬわけにはいかん・・・・・・弟子を・・・・・・娘を悲しませることなどできんからな!」
「否、貴様はここで死ぬのだ! 安心しろ、美しき者は主殿が可愛がってくださるからな!」
人狼の左腕が振り下ろされるのと、ラルウァが交差した両腕を持ち上げるのと。
そして、横から第三者の声が投げかけられたのは、同時だった。
「それで安心できるわけがないだろう!」
「ぬ? ぐごあ!?」
次いで、横から飛び出して来た黄金と白銀の鎧に包まれた蹴りが人狼の顔に叩き込まれ、ライカニクスはラルウァに左腕を当てることなく、木々に吹き飛ばされる。
ラルウァは呆然としながら森の中に吹き飛んでいった人狼から視線を外し、蹴りを放った人物に顔を向けた。
「大丈夫か、ラルウァ。あなたが死んでは、アリスがとても悲しむ」
そこに居たのは、いや、浮いていたのは 黄金と白銀の軽鎧を身に纏い微量の光を放つヘリオスだった。
「・・・・・・ヘリオス、その鎧は」
「話は後だ。奴は僕が引き受ける。ラルウァはウラカーンを頼む。雑魚二体を任せてしまった」
ラルウァの言葉を遮りヘリオスが言う。振り返れば確かに、ウラカーンが四肢の魔獣を二体同時に相手をしているのが見えた。
またヘリオスに顔を向けたラルウァだが、すぐにウラカーンの方へと視線を戻すと一つ呟き、走り出す。
「・・・・・・任せてくれ」
もう聞こえていないだろうが、呟きに対する返事を落としたヘリオスは森の中から悠然と歩き出でる人狼を睨んだ。
読んで頂きありがとうございます。
あらすじにも書いたとおり、今後の更新は不定期となりました。申し訳ございませんorz
それにしても・・・自分の時間に限って用事等が舞い込んできますね、困りものです。