第九十四話
お仕事にいこう!
ギルドから二つの討伐依頼を受けた一行は、王都へ続く街道を歩いている。
道中の景色は、オートマータたちとの戦いの余波で傷跡を残した木々を擁する森。
幅の広い街道に敷き詰められた石板も所々砕けている部分があり、あの時の戦いは激しかったのだと改めて実感した。
歩きつつも街道を見回すヴァン。見たところ魔獣除けなどは壊れていないようなので、ほっと胸を撫で下ろす。
正直、魔獣からの被害が増えたのは、ヴァンたちの戦いによって魔獣除けが壊されたせいなのではないかと思っていたが、そうでは無いらしい。
となると、やはり、師匠が言ったとおり『魔獣除けを無視出来る強さを持った魔獣の増加』が原因なのだろうか?
しかし、こうも一度に被害が集中することなどあり得るのか。
思考をめぐらせるが魔獣の考えなど分かるはずもなく、答えにたどり着けそうにない。
考えを放棄し、小さく溜息を漏らすヴァンの前でラルウァが立ち止まる。
「目撃情報によるとこのあたりのはずだ」
そう言って振り返り、ヴァンたちの顔を見渡した。
「少なくとも二匹。Aランクの魔獣がいるだろう。二手に分か」
ラルウァがそこで言葉を切り、右に首を向けて鋭い瞳で森を睨む。
六人は最初怪訝な表情を作るが、それは一瞬で全員反射的に森を見据える。だが、ラルウァと同じほうを睨みつけるのはアリアとフラン、そしてセレーネだけで、ヴァンとヘリオス、ウラカーンは反対の方角へ鋭い視線を送っていた。
森の中から枝を折る数多の音が聞こえ、それらは重なり合い、まるで野蛮な協奏曲が如く響いてくる。
「・・・・・・」
フランが背に負う弓を握って取り出し、アリアとセレーネが魔力の粒子を体から沸き立たせる。
収納した鉤爪を一気に指から飛び出させるウラカーンの隣で、ヘリオスが一振りの魔の巨剣を出現させた。
最後、ヴァンが無色の、ラルウァが炎の魔装を四肢に纏わせるころには、左右の森の木々、その間から敵が見え隠れしていた。
かなりの数の魔獣だ。
ラルウァが左右の森を交互に視界に入れ、即座に彼我の状況を確認すると一つ声をあげる。
「散れっ」
短くも強い一言を合図にそれぞれ地を蹴り、跳び、距離をとった。同時に、左右の森の茂みを突き破って二体の魔獣が飛び出してくる。
全容を現した敵は、両方とも大きく似た姿をしており、太い二本の足で立つ魔獣は、胴と同じくらいの長さの腕を持っていて、紫の体毛で巨躯を包んでいる。
そして、その二体の後から少し遅れて飛び出してきたのは、四肢で立つ中型の魔獣たち。その数、優に十を超え、左右あわせて二十以上はいそうだ。全長はヴァンより少し大きい程度の魔獣がこうも多く居ると、視界が全て魔獣で埋まってしまう。
しかし、完全に囲まれた状況になっているにも関わらず、ヴァンたちの誰にも表情に焦りはない。
「ほぅ、珍しい。違う種族で群れを成すか」
魔獣たちが飛び出した速度を衰えさせずにヴァンたちへ迫ってくる中、ラルウァが感心したような声音で落とす。
「感心している場合ですか? 小さいのは私たちがやりますので、大きいのはラルウァとヘリオスにお任せします」
ラルウァの近くに居たセレーネが呆れ顔で言うと、すぐさま真剣な表情に戻して街道右側の四肢魔獣たちへ魔弾を放つ。
アリアとフランも、セレーネの言葉を簡単な作戦と解釈すると同じように魔矢を繰り出した。
四肢の獣たちがアリアたちの魔術で怯んだのを機に、ヘリオスとラルウァは巨躯の魔獣へ奔る。
「ウラカーン、俺が師匠の方へ行く」
「はいはいー」
ヴァンがラルウァを援護すべく同じく二足魔獣に向かって地を蹴り、次いで言外の意味を受け取ったウラカーンがヘリオスに追走した。
「どれどれ、ちぃっとばかし試してみようかのぅ」
フランが楽しげに笑いながらリャルトーの弓を構え、魔力を注ぎこんで一本の矢を精製する。
「まずは・・・・・・そうじゃな、『連射』じゃったか。それからしてみるとするかの。『スコルピオス』!」
そのまま矢の名を叫び、頭で想像を思い浮かばせた。
ここで思い出されるのは、フランには半分、エルフの血が流れているということだ。エルフは魔力を細かに操ることが出来ない故、魔術を行使することができない。
その血がフランには流れている。つまり、魔術が使えないのだ。ならば、魔術の『特性』を形象しても発動しないのではないか?
それが正解で、それが現実だ。
しかし、事実は違った。
フランが弓に添えられてある赤矢から手を離す。
一本の魔矢は真っ直ぐ大気を裂きながら飛び、一匹の中型魔獣に向かう。だが、魔獣は体を横に飛び退かせることでそれを避けた。はずだった。
「ギャンッ!」
飛来してきたもう一本の魔矢が、魔獣の体に突き刺さる。瞬間、それを待っていたかのように次々と魔矢が魔獣に突き刺さっていき、周囲に血飛沫を撒き散らした。
棘だらけになった魔獣はそこで絶命し、地に墜ちる。
「・・・・・・フラン、えげつないわよ」
ピクピクと痙攣する屍を見て、アリアがフランに言った。当の本人は、自らが出来たことに対して少し驚きながらも、予想通りの結果が出たと唇を歪ませている。
そう、今フランはリャルトーの弓が持つ特殊な矢の一つ、『スコルピオス』に特性が追加できたのだ。
元々『スコルピオス』が持つ特性は『貫通特化』。どんなに硬い表皮も貫く魔矢だ。
これに『連射』を加えたことにより、一本の矢が合間をおかず発射された。
ハーフエルフであるフランが『特性』を使えたのは何故か? 理由はリャルトーの弓、ひいては『秘宝』にあった。
秘宝はどうやら魔術を構成できない想像を、形象に昇華できる能力を秘めているらしい。
これに気づいたのは、今朝、特性のことをアリアたちから聞いた後に、少し試したときだ。
秘宝の隠された能力を知ったアリアは驚いていたが、フランは薄々その力に気づいてはいた。
なぜなら、今までも魔矢を一度に複数生成させていたからだ。魔術が使えないフランが『複数』の特性を使えたのは、その力があったからだろう。
そして、特殊な矢に特性を追加させるのを思いついたのは、追いかける矢である『オピス』を同時に五本射ったことがあるからだ。
何はともあれ、アリアたちから『特性』の話を聞き、理解したのは正解だった。
「あとの二つにはどんな『特性』が合うのかのぅ・・・・・・むふ、今から楽しみじゃわい!」
獰猛でありつつ純粋に楽しんでいる笑みを浮かべたフランは、またも『連射できるスコルピオス』を発射する。
「お楽しみなところ申し訳ありませんけれど、それ、こっちに向けないでくださいね?」
魔力がある限り永遠と射続けそうなフランに、一応セレーネも釘をうっておくことにした。
不謹慎と思いつつも、ヴァンは今の状況を嬉しく思っている。
それは、こうして目の前を奔る師匠の背を見ながら、その上一緒に戦えるからだ。
子供の頃、ラルウァは魔獣討伐をヴァンと共にすることは絶対に無かった。それどころか、ヴァンは魔術学校を中退して冒険者となるまで、一度も実戦を体験したことがなかった。
つまり、師匠は自分と過ごしている間、誰とも――魔獣ですら――自分を戦わせたことが無いのだ。
今でこそ、それは弟子の育て方としてどうなんだろうと思うが、しかし、実際今のヴァンは少女になったとしても十分戦えるほど強い。
そして、土台を作ってくれたのは他でもないラルウァだ。
「雑魚を頼むぞ、ヴァン」
そんなラルウァが、子供の時かけてくれなかった信頼の言葉を、言ってくれる。
それが嬉しくて楽しくて、今なら師匠が相手をするはずのあの魔獣も軽く倒せる気がしてくるほどだ。
「はいっ、師匠!」
だが、尊敬する師匠が頼んでくれるのはこの周りの雑魚の相手。ならば、師匠があの巨躯の魔獣を倒す前に、邪魔なやつらを倒し終わるのも悪くない。
密かに目標を作ったヴァンは、魔力の揺らめきを一層強くさせて、力強く地を蹴った。
「あーははははは!」
背後から聞こえる笑い声、肉を切り裂く音、鈍い打撃音、魔獣の断末魔・・・・・・。
それらを背景音楽にしながら巨躯の魔獣と相対するヘリオス。
ヘリオスにしてみれば、目の前の二足魔獣は弱い。弱すぎるといっても良い。その証拠に、この魔獣、飛び出してきたときの威勢はほとんど無くなり、今はこちらの出方をうかがう様に動きを止めている。
もっとも、弱いというのは忌むべきテリオスと比べてのことだが。
敵対する者があそこまでの力をつけているのは予想外だった。あの時、ヘリオスたちの前に現れた異形。
悪友が言っていた。「勝てる気がしない」と。それはヘリオスも、悔しいが、認めたくないが、一撃交差させた時に分かってしまった。
「・・・・・・」
そのときの悔しさが胸を焦がし、無意識に奥歯をかみ締める。妹に会う前に、姉と二人で戦ったときは、勝てないにしても負けはしなかった。
結局、僕は弱いままなのだろうか。そんな思いがうっすらとにじむが、意識を変えて瞳を細くさせる。
否。強くなる。アリスを護るために。
いつも心にあった誓いと決意をさらに強固なものへと変じさせ、ヘリオスは魔獣を見上げた。
そうと決まれば。
「僕はいつも全力を出す。全力を出し続ければ、いつしか『全力』だったのが『半分』になって、また全力が上になるはずだ。お前もそう思わないか?」
口に出せばもっと決意が固まるかのように、相対する魔獣へ言う。
もちろん言葉など通じていない。しかし、魔獣はかけられた声に反応して、ヘリオスに跳びかかった。
右手に持つ巨剣を振り上げ、左手からも巨剣を出現させる。
「はああっ!」
気合の怒声を発し、跳躍。二振りの巨剣を握り締め、巨躯の魔獣へ双閃をきらめかせた。
「・・・・・・あれじゃな。倒すより、こうして集めるほうが難儀とは、滑稽じゃな?」
「・・・・・・言わないでよ、なんか馬鹿らしくなっちゃうじゃない」
「数が数ですものね。仕方ありませんよ」
魔獣を全て屠った後、倒した証拠として魔獣の一部分を剥ぎ取っている一行。その中で不満の声を漏らすアリアとフランに、セレーネが苦笑しつつ中型魔獣の牙を抜き取った。
「ねーねー、何も全部取らなくてもいいんじゃないのー?」
同じく鉤爪で牙をくりぬいているウラカーンが唇を尖らせて言う。
それに対してヴァンはすぐさま反論した。
「駄目だっ。ギルドに殲滅部位を提示しないと報酬がもらえないんだぞ!」
「・・・・・・ふむ・・・・・・」
がーっ、と吼える娘を見てラルウァが自ら倒した魔獣に手を伸ばし、毛皮と爪、牙を剥ぎ取った。
今だ文句を垂れるウラカーンとアリアに、ヴァンは「ええい、いいからやれー!」と怒鳴ると中型魔獣の屍の前にしゃがみこみ、表情を一瞬暗くさせる。
「・・・・・・・・・・・・だって、ただ殺したってことよりは、良いじゃないか」
声を小さくしてぽつりと呟くヴァン。
それは、命を搾取したことに対する罪悪感から逃げるための言葉かもしれない。
人は罪悪感から逃れるため、何かの理由を求める。
他の動物を殺すことは、『生きるため』に『食べないといけないから』。
ならば、魔獣の場合はどうだ。『人を襲うから』『討伐依頼があるから』『襲われたら自分の身を守らねばならないから』。
魔獣を殺した人間は『人を守った』という『正義感』で満たされるだろう。
だが、ヴァンはそれを感じない。ヴァンにとって、魔獣を殺すのは『人にとって邪魔だから』という真実しか見えない。
ゆえに、『ギルドから報酬を得るために』『その報酬で毎日を生きるために』を理由にして、討伐依頼をこなす。
もちろん、目の前で魔獣に襲われている人がいれば、その人の命を助けるために躊躇無く殺せるが、今回は討伐依頼で殺した。
依頼の対象である巨躯の魔獣二体以外にも、今回は多くの魔獣がいた。それらを殺した『理由』が、ヴァンには欲しかった。
この魔獣たちがここで生を終えた理由が、『人にとって邪魔だから』ということだけにしたくなかった。
そんな、愚かしいほど優しく儚いほど弱い少女に、アリアたちは何も言わず、ただ少女が求める『理由』を手に入れていくだけだった。
読んで頂きありがとうございます。
シリアスですね、シリアスです。・・・シリアスになってますか?
しばらくはこんな感じです・・・ラブラブーンな成分がたりないっ!禁断症状ががががが