第九十二話
ラルウァとの修行を開始したヴァンは、ひとまず、師匠に言われるまま魔術を行使する。
「サラマンダーイグニッション」
魔名を紡ぎながら体に巡る魔力を四肢に集中させた。
一瞬でヴァンの四肢が炎で燃え上がり、魔術が発動したことを教えてくれる。
「・・・・・・ふむ、ヴァン、それでどうやって肉体を保護するつもりだ?」
弟子の両手両足で燃える炎を見つめつつ、ラルウァが言葉を投げかけた。
その疑問にヴァンも同じく四肢の炎を眺めて首をかしげる。
「そう、ですね。これじゃぁ肘とか肩が衝撃で守れないな・・・・・・」
ヴァンの言葉通り、今行使している魔術は手首と足首から下の部分しか炎で覆えていない。これで魔力放出を使えば、手首や足首はともかく、肘などの部分がボロボロになってしまうだろう。
初めて魔族としての放出を使ったときのことを思い出し、ヴァンが顔をしかめた。
もうあんな痛いのは御免だ。
しかし、ヴァンが使える魔術の中で、肉体を包むのはこれしかない。
「ヴァン、何もその魔術を使う必要はないんじゃないのか? お前は魔族だという話なのだし、わざわざ燃やさなくとも良いだろう?」
悩んでいる弟子を見かねて、ラルウァは思いついた事を勧めてみる。
それはつまり、セレーネたちのように『魔力を魔力として』使うということ。
そういえば、セレーネたちから魔族としての魔力放出を教えてもらったとき、魔力で体を包むような形象をしてみろと言っていたはずだ。
あの時はただ頭の中で漠然と想像しただけだが、もしかするとあれは、それに相当する魔術を使えという意味だったのかもしれない。
今考えればむしろ、それ以外の意味に考えることが出来ない。何故あの時の自分は魔力を体に漂わせるだけだったのか、おかげで痛い目を見てしまった。
一つ二つ過去の自分に文句を垂れた後、ヴァンは四肢の炎を消す。
その変化を見ていたラルウァがヴァンに聞いた。
「出来そうか?」
ヴァンは言外の意味を取って短く返事をしながら首肯すると、今まで見てきたセレーネとヘリオスの戦いや、魔族としての魔力と、その魔術について教えてもらった内容を思い出す。
考える。考える。考える。
確か、そう、セレーネたちの魔術には属性が無かったはずだ。彼女たち自身、魔族の魔力は『無属性』で、魔族の魔装は『防護服』だとも言っていた。一つ目の欠片
あとは、ヘリオスが実演して見せてくれた魔力放出と魔装。無属性ではあるが、『サラマンダーイグニッション』と同じ性質を持っているものだった。
どちらのことを思い出しても出てくる、無属性という単語・・・・・・。
これに鍵があるはず。二つ目の欠片。
あぁ、そうだ、師匠が言ったことが何かの欠片だったような気がする。
「・・・・・・師匠、さっき俺が魔装使ったとき、なんていいましたっけ?」
口を閉ざして考えていた弟子からの問いを、目を細めて見ていたラルウァはすぐに答えた。
「ん? イグニッションじゃなくてもいいんじゃないか、というやつか?」
「いえ、それじゃなくて、他にも言ってませんでした?」
「わざわざ燃やさなくてもいいだろうと言ったぞ」
それだ。と思ったヴァンの頭の中で、欠片が一つ現れた。三つ目。
ヴァンは次に魔術の基礎を考える。ラルウァに放り込まれた魔術学校は、結局中退してしまったが、それでも魔術の基本中の基本。知っておかなければならないことくらいは勉強してきた。
魔術の基礎。それは『特性』だ。
特性は、魔力が持つ『個性』で、この特性を形象することにより魔力は初めて魔術と成る。
魔族の魔術も、この『特性』を使っているはずだ。四つ目の欠片。
「・・・・・・そういえば・・・・・・」
思い出した。セレーネがヴァンの、魔装に包まれた右手を掴んで言った言葉。
『属性に縛られてる』。最後の欠片が集まる。
全ての欠片を一つに集め、ヴァンは自分に必要な『答え』を得た。
「・・・・・・師匠」
弟子の瞳に力が揺らめき師匠はそれに頷くだけで返す。
ヴァンはゆっくり目を閉じると、体中に魔力をめぐらせる。
手に入れた『答え』を行使するために。今の自分に必要な物は、『炎』でも『冷気』でも、『人の魔術』でもない。
『自我の魔術』、『護るための守る鎧』なのだ。
形象する。『特性』を、『纏う物』を、『魔力による魔力』を。
ヴァンが瞳を鋭く開き、刹那、ヴァンから魔力の衝撃と風が追い出された。
衝撃と風はすぐに止むが、ラルウァには分かる。弟子の両腕と両足を包む、凝縮された魔力が。
「・・・・・・・・・・・・素晴らしい」
つい、口に出してしまうほど、ヴァンから感じられる力は強大だった。
ヴァンの胴体と頭以外には魔力の揺らめきが見える。それは向こう側がぼやけるほど濃く、フリルドレスの黒色さえも薄れているように感じる。
しかし、セレーネたちの言葉をそのまま使うなら、あの魔装は『防護服』のはず。あそこまでの魔力が必要なのだろうか?
そう思うラルウァだったが、失敗したときのヴァンを思い出して首を横に振る。
むしろ、あれほど強固な物にしなければ、ヴァンの魔力放出から肉体が守れないのか。
もっとも、ヴァン自身あの時の痛みが軽い心的外傷となり、その分力が入りすぎているというのもあるだろうが。
誰だって間接が三箇所も同時に外れるのを、二度も体験したくは無いはずだ。
「できた、と思います」
ヴァンが自らの右腕や左腕、両足を軽く動かしながら自信無さ気に言う。
「ふっ、私から見てもそれは成功に思えるのだが、自信が無いのか?」
「はい・・・・・・ちょっと・・・・・・」
師匠の言葉に、弟子は自嘲気味な笑みを浮かべながら返した。
ヴァンは二、三度深呼吸をしたあと、両手を前に持っていき構えを取る。
「・・・・・・・・・・・・」
が、構えただけでその次の行動へ移らない弟子を見て、ラルウァは先ほど考えたことを訂正した。
軽くじゃない。かなり重傷だな、あの外傷体験は。
苦い顔をしたまま動かないヴァンの前に、ラルウァがぎりぎりヴァンの拳打が届くであろう距離を持って立つ。
「師匠・・・・・・?」
ヴァンが見上げると、そこにあるのは苦笑している師匠の顔。
しかし、その苦笑もすぐに消して真剣な表情で弟子を見下ろすラルウァ。
「ヴァン、私に打ち込め。『行き止まり』があれば、お前も安心だろう?」
そう言ってラルウァも構えを取るが、それは腰を落として開いた右手を前に突き出すものだ。
ヴァンが戸惑いの表情でラルウァの顔を右手を交互に見やり、口を開く。
「で、でも、その・・・・・・」
「慣れてないから加減が効かない、か?」
言おうとしていたことを言われ、ヴァンが押し黙る。そんな弟子に、師匠はさらに言葉を投げた。
「・・・・・・私も舐められたものだな。お前の一撃を受けて私がどうこうなるとでも思っているのか? ヴァン、お前はそんな弱っちい師匠に鍛えられたのか?」
「そ、そんなことありません!」
先ほどと違い、即座に否定の言葉を口にするヴァンだが、それでもやはり打ち込もうとしない。
そんな弟子に、師匠が吼えた。
「さっさと打ち込めと言ってるだろうが! こないなら『俺』から行っても良いんだぞ!!」
怒声と共にラルウァの体から殺気があふれる。もちろん、殺す気など微塵もないし、怪我を負わせようとも思っていない。
ただ、弟子に打ち込ませるには、これが手っ取り早いのだ。
「うぅっ、うああああっ!!」
ラルウァの読み通り、殺気に当てられたヴァンは身を守れと警告を流し続けているだろう本能に引っ張られた。
一歩を踏み出し、右腕を思い切り前に突き出す。同時に、肩と肘から魔力を放出。
ヴァンの右腕に纏われた魔装がさらに凝固されていくのが分かった。
ラルウァもヴァンの動きに合わせて、開いた右手に全魔力と集中を集め、魔装を発動。
ラルウァの右手が魔装で包まれるのと、ヴァンの激拳が開かれた右手にぶつかるのは同時だった。
ぶつかった瞬間、魔力のものではない衝撃が周囲にばら撒かれ、大気を揺らし木々をうならせる。
凄まじい力がラルウァの右手から全身に行き渡り、体を後ろへ後ろへと引っ張っていく。
「ぐっ!?」
これは、まずい・・・・・・!! ラルウァは内心で焦った。
しかしそれは、予想以上に強い衝撃力に対してのものではなく、かといって、本当に一撃で倒されるかもしれないと危惧したわけでもない。
否、むしろ、絶対に倒されたり、吹き飛ばされたりされるわけにはいかない。
これは師匠としての誇りや意地を思ったからではなく、単純に、この激打はヴァンの腕に代償を求めると分かってしまったのだ。
せめて、ヴァンの魔力放出が終わるまで抑えなければ!
衝撃を受ける右手に左手を追加して両足に力を込める。
「お、おおおおっ!!」
気合を声にして発し、全魔力を魔装にしていく。
ふっ、と右手から伝わっていた衝撃が消えた。
同時に、ラルウァの全身から力が抜け、ヴァンがその場でへたり込んだ。
「はぁっ、はぁっ、し、師匠・・・・・・っ」
ヴァンが師匠を見上げ、ラルウァも疲れた顔で弟子を見下ろす。
ヴァンの額には大粒の汗が浮かんでいて、纏っていた魔装は消えていた。
「・・・・・・ふぅ・・・・・・まだまだ、練習が必要のようだな」
弟子の表情は明らかに、今のはまた間接が外れるほどだったと分かっているもので、ラルウァもそれに気づいたからこそ、『慣れる』まで多用するなという意味を込めて告げる。
「はい・・・・・・」
力なく俯くヴァン。ラルウァは片膝を立ててしゃがむと、落ち込んでいる弟子の頭を撫でた。
「そう落ち込むな。最初から何でも出来る者などいない。今出来ずとも、こうして回数を重ねて慣れていけば良いだけだ。それに・・・・・・」
そこで言葉を切った師匠を、弟子が再度見上げる。視界に入ったのは、苦笑に戻っているラルウァの顔。
「今回はあんな方法を取ってしまったが、これで私がお前の一撃を受けられるのは分かっただろう? 次からは冷静にやろうか」
そう言ってラルウァは、ヴァンの頭を撫でる手に軽く力を入れた。
「・・・・・・はいっ!」
ヴァンが破顔で返してくれるのを見て、ラルウァもそれに微笑を向けつつ右手を離し立ち上がる。
つられてヴァンも立ち、少し汚れてしまったドレススカートを両手で払い、首を動かして他の部分も確認。
その時、ちょいちょいと指でスカートを少し持ち上げたり引っ張ったりとたどたどしくするものだから、ラルウァは微笑みを深くせざるを得ない。
「魔力を結構使ってしまったな。すまん、またマナの流れを視てくれないか?」
その言葉を弟子に言えたのは、ヴァンが行う少女の仕草を心ゆくまで眺めた後で、
「はいっ。任せてくださいっ」
観賞されていたことに気づいていないヴァンは元気良く返事を返し、ニコニコとするだけであった。
読んで頂きありがとうございます。
これでやっとヴァンが魔族的魔装をゲットできました。長かったです・・・。
といっても、完全じゃないので、これから慣れていってほしいところですね。