第九十話
修行編スタート・・・かもです。
リモの街に住む赤髪の女性エリュトは、その街の魔道具工房、そこの工房長の娘であり、工房で働く護衛剣士でもあった。
護衛剣士といえば文字通り、魔獣除けを街道に設置したり、街や村の魔獣除けを整備する魔具師を護衛する剣士のことだ。
護衛が必要な理由として、魔獣除けを整備、点検、設置する場合、魔獣除けの効果を得ることが出来ないということがあげられる。
つまり、下級の魔獣などに襲われる危険があるのだ。
事実、エリュトの家の住み込みの弟子であり、エリュトの相棒でもあるオイエスと共に魔獣除けの修理に行った時、下級の魔獣の群れに襲われた。
その時は助太刀に入ってくれたヴァンとアリアのおかげで事なきを得ることが出来たが、とにかく、何かと危険な仕事が多い魔具師には護衛剣士がつきものなのだ。
もちろん、それはオイエスだけでなく工房で働く魔具師全員に言える事なので、全員にそれぞれ護衛剣士が一人ずつついている。
それが魔具師と護衛剣士の関係だ。
エリュトたち護衛剣士は普段、魔具師たちが魔道具を作っている大きな工房から離れた部屋に居る。
その部屋も工房と同じほど大きく、訓練所や休憩所が一緒くたになった場所だ。
訓練所で汗を流すエリュトの耳に、他の護衛剣士たちの会話が聞こえてきた。
「それにしても最近は楽だなぁ。作業中に襲ってくる魔獣がいなくてよ」
「あぁ、全くだぜ」
またその話か。とエリュトは内心思う。
そう、あの男二人が話す内容は、ここ最近の護衛剣士の中で一番話されているものだった。
それは、魔獣が襲ってこない、というもの。
正確に言えば、作業中魔獣の姿が見えないというものだったが、どちらにせよ邪魔されること無く素早く作業を終えることが出来るので、魔具師にとっても護衛剣士にとっても、明るい話題であった。
しかし、若い頃冒険者として生きてきた父の話を、幼い頃から聞かされているエリュトには、それが明るい話だと思うことが出来ない。
父の話では、魔獣という恐るべき隣人たちは、人を敵視しているのだという。ただの餌としてではなく、明らかな殺意をもってして襲い掛かってくるのだそうだ。
エリュト自身、魔獣と戦った経験はあるほうなので、それには同意できるし、体験もしている。
その点を踏まえて、魔獣が人を襲わないというのは、何とも違和感のある話だ。嫌な予感さえする。
というのを、相棒である華奢な青年に話すと、青年はあっさりと答えた。
「なら、工房長に聞いてみようか。以前にもそういった例があったかどうかだけでも分かるはずだしね」
こちらが言うことを、馬鹿な話だとか、考えすぎだとか、もっと楽にしろなどと言わず、話したことを一緒に調べようとしてくれる。
エリュトはオイエスのこういうところが大好きだ。
自分の考えだけが一つのものとしない、柔軟な思考と柔和な意思の持ち主。だからこそ、人に荒く当たる父は、この青年を弟子にした。
そしてエリュトも、そんな青年だからこそ、共に仕事をする相棒に選んだのだ。
「なににやにやしてるの。あまり良い顔をしてないんだから、気を抜くと変な顔になるよ」
この、身内といるときだけ使う毒舌がなければ、だが。
「・・・・・・そんなこというのはこの口かい? えぇ? この口なのかい!?」
こめかみに青筋を立てながらエリュトがオイエスの頬を引っ張る。
「いひゃっ、いひゃひゃ、ひゃにすんのさ!」
剣士として鍛えてきたエリュトの力で引っ張られるのだから相当痛そうだ。
いつもどおりのやり取りをしていても、エリュトの胸に漂う嫌な予感は払拭できない。
「なんもなければいいんだけどねぇ・・・・・・」
大剣を背負う女剣士は、相棒の頬をつねったまま呟いた。
「ふむ・・・・・・多く吸収している実感は無いが、確かに、魔力が戻っていく感じはしているな」
ヴァンに言われるまま魔力の流れを形象していたラルウァが、自らの開いた右手に目を落としつつ言う。
ヴァンによる、空気中のマナとラルウァたちの魔力を視ながらの魔力回復特訓――アリアが命名した――は、ラルウァを最後にして終わりを迎えていた。
それぞれ魔力を取り込むコツを掴むと、それを忘れないうちにどんなときでも即座に魔力回復が行えるよう、練習を重ねている。
ヴァン自身、皆の回復形象を一緒に考えながら自分も魔力回復を行っており、これらの特訓により全員の魔力は最大近くまで回復した。
ヴァンが周囲の空間を視る。ヴァンにしか視えないマナの流れや色は、短時間の大量搾取により薄れていた。
それでも完全に無くなっていないので、自然の力というのは相当なものだと感心してしまう。
というのも、世界にあるマナの量を心配してしまうほど、ここに集う者たちの合計総量は大きい。
しかし、ヴァンの心配は全くの無意味だ。それは、元々マナと魔力は同一のものというのが理由にあたる。
例えば、魔術を行使して体内の魔力を『炎』として体外に放出したとしよう。その場合、放出された炎は、何かを燃やそうが、地面に当たって爆ぜようが、丸々全て、マナへと還元される。
つまり、マナというのは、人の中で留まろうが大気中に漂おうが、その世界にある力であるということ。
ゆえに、完全になくなることはないし、世界のマナの総量が増えることも減ることもない。全くの不変なものなのだ。
それが、魔力。
「・・・・・・というわけなの。分かった?」
アリアがそのことを、懇切丁寧にヴァンへ教える。
首をきょろきょろと動かし、時々不安げな表情を浮かべるヴァンを見て、アリアが話を聞き、それに対する返答を話し終わったあとのセリフが、上の言葉だ。
「・・・・・・なるほど・・・・・・」
なんだか会話の過程が省かれたような、釈然としない気分のままヴァンは頷く。
「さてと、それじゃあ修行開始といきましょっか。セレーネ、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだけど」
顔をしかめたままだがとりあえず頷いたヴァンに満足したのか、アリアが開始を宣言した。
「はい、良いですよ。なんですか?」
すぐに了承を返し、アリアに歩み寄るセレーネ。それを眺めていたフランが、何かを思い出したように口を挟んだ。
「おぉ、そうじゃ。わしもちょっとおぬしらに聞きたいことがあったんじゃ」
そう言ってフランもアリアに近寄り、三人で顔を見合わせて何かしら言葉を交わす。
「じゃあ、僕たちも昨日の続きといこうか、ウラカーン」
「おーいいねー。あ、その前にさー、そろそろオレっちの爪をしまう魔術、本格的に教えてくんない?」
「分かった。まずはだな・・・・・・」
アリアたちに続くようにヘリオスとウラカーンも向き合うが、こちらはヘリオスだけが口を開いていた。
「・・・・・・・・・・・・」
妙な疎外感を感じたヴァンは、ちらりとラルウァを見上げる。
下からの視線に気づいたラルウァが弟子の目を見返して聞く。
「皆、強くなるための計画は練っていたようだな。お前は何かあるか、ヴァン?」
「・・・・・・そう、ですね。俺はまず、魔族としての魔力放出を完全に使いこなさないと・・・・・・」
あまり自信が伝わってこない声だが口調はしっかりとしている弟子の言葉に、師匠は微笑みながら頷くと、その小さな頭に手を置いた。
「そうか。なら、私が付き合おう・・・・・・どうやら私も仲間外れになっているようだしな」
微笑みを悪戯っぽい笑みに変えて言う師匠に、弟子ははじけるような笑顔を見せ、肘を曲げて両拳をわき腹の横につけると気合を込めた声を発する。
「おすっ!」
返された言葉は高く甘えるような声にとても似合ってなかったが、それすらも可愛いと思ってしまう自分自身にラルウァは苦笑を禁じえなかった。
こうして、ヴァンたちはそれぞれ、強くなるための戦いを始める。
ヘリオスは、前に立つ鉤爪手甲の友にどうやって魔術を説明しようか悩んでいた。
魔術を習得する際には、魔術を真に理解し、理を覚え、魔力を形にしなければならない。
本来であれば、書物などから学ぶべきものなのだが、あいにく今ここに魔術の本は一つも無い。
しかし、不幸中の幸いというべきか、ウラカーン自身は魔術に関してからっきし駄目というわけではないようだ。
聞けば、一つだけ魔術を覚えているという。正直、これは助かったと思った。
魔術について全く何も知らない状態で、言葉や仕草で魔術を教えるのは至難の業だ。むしろ、不可能に近いかもしれない。
才能があればそれだけでも習得できるだろうが、目の前で爪を眺める半獣の友人は、どう見ても魔術の才能があるように見えない。
ひとまず、魔力の流れを感覚ではなく頭で理解してもらわねば。そのためには、準備運動として今使えるという唯一の魔術を行使してもらおう。
「ウラカーン、とりあえず覚えてる魔術を使ってみてくれ」
言われたウラカーンは、少し目を見開くと確認するように問い返す。
「いいのー? 使っちゃってー」
その返しに怪訝な表情を浮かべるヘリオス。
「あぁ。まずは魔力の巡りを、本当の意味で理解してもらわないといけないからな」
「そっかー。分かった。使うよー」
ヘラヘラ顔のまま、ウラカーンが目に魔力を集中させる。
今までの、魔術に関する無知さと魔力に対する疎さで、ウラカーンは頭じゃなく体で覚えるタイプなのだろうとヘリオスは踏んでいた。
事実、それは正解で、今のウラカーンは詠唱することなく魔術を発動させている。
「・・・・・・」
魔力が込められた赤い瞳がゆっくりと動き、それにあわせて首も動いた。ヘリオスも怪訝な表情をしたまま、その視線を追う。
ウラカーンの目の先には、アリアとフラン、セレーネが居た。
「お、おお・・・・・・やっぱりセっちゃんは着やせするタイプ・・・・・・フーちんはおうとつ少ないけど、引き締まってていいなー・・・・・・アーちゃんは別格だねー、あんな大きかったら、挟めばさぞかし気持ち良いんだろうなー」
三人の女性を見つめてブツブツと呟くウラカーンを、最初ヘリオスは首をかしげたままだったが、ヴァンに視線を移した鉤爪の言葉にやっと気づく。
「おー、ヴァンちゃん、ほそいなー肌きれいだなー。胸も小ぶりだけどかなり良い形・・・・・・お!? おお!? なっ、なんてこったっ、まさか、まだ生えてな」
「グラウクゥゥゥゥゥゥスッ!!!!」
「ドゥブッハァァァァ!!」
ヘリオスの渾身の一撃がウラカーンの頬に突き刺さる。
ヘリオスが気づいたこと。それは二つあった。
一つ目は、ウラカーンの使った魔術が、透視系の魔術であったこと。二つ目は、意味不明な呟きは、女性陣の裸を見た感想だったことだ。
これだけ分かれば、鉤爪の友へ鉄拳による粛清を行う理由としては十分。もちろん、異議を唱える自分は居るはずが無かった。
「今回のは許さないぞっ、グラウクスゥゥ!!」
ヘリオスは自分で殴り飛ばしたウラカーンの上に馬乗りになると、無防備な友に鉄拳を叩き落していく。どうやら怒髪が天を衝いたようだ。
そして、服を透視されて裸を見られた女性陣はというと、見られたことに気づかないどころか、ヘリオスたちのやり取りを「いつものことか」と全く見向きもしていなかった。
しかし、ウラカーンはそれによって命拾いをしたといっても、過言ではない。
読んで頂きありがとうございます。
とうとう出ました、ウラカーンの透視!
闘技大会以来ですね。でもあのときから、こうやってヴァンたちの裸を透視するのは書きたかったネタの一つです。
・・・・・・ばれたら殺されそうですね、魔女とか姉とかに。