第八話
戦闘が大好きです。でも、上手くかけません。一番好きなのはラブラブなときです。でも、上手くかけません。・・・あれ?
ヴァンは後悔していた。何に後悔しているかといえば、アリアが川に特大魔力球を投げ込むの止められなかったことではなく、波にさらわれ、どんぶらこ〜どんぶらこ〜と流れていったカゴを回収できなかったことでもない。
川波に打ち上げられ、地面でぴくぴくしている魚を適当に拾い、さっさと帰っておけばよかったと後悔しているのだ。
なぜか? それは今まさに直面している危機のせいである。
「う、魚くさい」
「ボケたつもりなら、時と場所と場合を考えてボケなさい」
アリアが鼻をつまみ、ヴァンが苦笑する。
川から飛び出してきたのは魔獣。前に三体、後ろに二体。二人を挟み撃ちにしている魔獣は、人の形を取っているが、全身が魚のウロコに覆われその顔は正真正銘、魚。ギョロギョロと目玉を動かしていて、両手と両足にヒレがついている。まさに魚人という言葉がふさわしい。
二人は背中合わせに、ヴァンが前方、アリアが後方を向いている。
「どうやら、アリアの魔力に驚いて興奮しているようだな」
「・・・・・・私は悪くないわよ?」
魔獣が奇声をあげて襲い掛かってきた。見た目どおり、水陸両用らしい。まさに人間のように走ってくる。ヴァンが奔り、アリアが紡ぐ。
「我求むは爆ぜる炎塊なり! ファイアボール!」
突き出した右手から、アリアの身長ほど大きな炎の塊が飛び出す。狙いは二匹の少し前の地面。炎弾が爆発し、舞い踊る火炎と砕けたツブテが魔獣を襲う。水棲生物にとって、少しの火でも大火傷。足止めは出来た。
「我求むは敵を貫く尖矢なり! フレイムアロー!」
続けざまの呪文。左手を前に突き出すと同時に、炎の矢が魔獣に向かう。
「もうひとつ!」
後ろに引いた右手を、再度前に突き出す。さらに炎矢が飛んだ。一本目より幾分か小さい。二本の矢は一体の魔獣しか貫けなかった。刺さった矢はどろりととけ、魔獣の体は業火に包まれた。断末魔の叫びが響く。
避けたほうの魔獣は、仲間がやられたことに怒ったらしい。ひときわ大きな奇声を上げると、アリアに向かってくる。
「あなたたちにも、仲間を想う心があるのね。でも、ごめんなさい、死ぬわけにはいかないの」
魔獣が片手を突き出してくる。左にとび、それをかわす。魔獣は、そのまま突き出した片手でアリアの胴を薙ごうとする。
「炎よ、我を護れ!」
アリアの前に円の形をした炎の薄い膜が現れ、魔獣の腕を抑えた。その間にすばやく後方へ跳ぶ。アリアが離れると炎の盾は消える。また魔獣が突進してくる。
「それしか芸がないの? ファイアボール!」
魔術の名だけでの発動。右手を突き出し、拳大の炎の塊を押し出す。魔獣はその炎に左腕を差し出した。アリアの表情が驚きで塗られる。
「まさか!?」
爆発音、煙が舞う。その中から魔獣が走り出てくる。手首から先がなくなった腕をだらりとたらしながら。
「(左手を犠牲に!? 魔獣がそんなことをするなんてっ・・・・・・!)」
驚いていても魔獣が攻撃を休んでくれるわけではない。右腕を振り回し、アリアに迫る。それを避けながら距離をとろうとするが、ぴったりくっついてくる。
「くっ、しつこいやつは嫌われるわよ! ファイアァ・・・・・・ッ」
後退だけしていたアリアが突然、前進する。攻撃が出来ない魔獣の左側に出ると、左手を魚顔に近づける。
「ボール!」
至近距離での炎弾。飛び出した炎塊は即座に爆ぜ、魔獣の顔とアリアの左手を爆発に巻き込んだ。アリアの顔が痛みにゆがむ。魔獣は思い切り仰け反り、焼ける顔を押さえた。その隙をアリアは逃さない。呪文を紡ぐ。
「我求むは焼き尽くす炎の柱! バーニングカラム!」
右手を天高く掲げた。瞬間、魔獣が立つ地面から激炎の柱が立ち昇る。炎柱が消え去る頃には、魔獣は灰となっていた。
「我求むは爆ぜる炎塊! ファイアーボール!」
アリアの凛とした声が響き、すぐあとに爆発音が聞こえた。ヴァンは後ろを振り返ることなく魔獣に向かって駆ける。口を開き短く呪文を紡ぐ。
「炎よ、我を纏いて鎧と化せ。サラマンダーイグニッション・・・・・・!」
終えると、四肢の先が炎で激しく燃える。一体の魔獣が鋭い爪を振り下ろす。その腕を支点に回転、蒼く美しい髪が遅れながらもヴァンと同じ軌道を描く。後ろに回りこむと、背びれが並ぶ背中に左拳を叩き込む。次いで左からもう一体が腕を突き出してくる。しゃがみ、避ける。足に力を込め、体を伸ばすと右拳を腹に抉りこませる。肉の焼ける音がした。さらに自らの後方にいるであろう最後の魔獣に向かって、左後ろ回し蹴りをぶつけ・・・・・・られなかった。
「なっ!?」
読みは正しかった。実際、後ろには魔獣がいて今まさに飛び掛らんとしている。タイミングも完璧だった。だが、長さが足りなかったのである。
「(ここにきてこんなっ・・・・・・!)」
蹴りは空を切り、ヴァンの体が最後の魔獣と向き合う。否、すでに目の前まで迫ってきている。両肩をつかまれ、思い切り地面に押し倒された。攻撃したときの勢いがとまらず、バランスがくずれていたため、受身も取れない。後頭部に鈍い痛みが走る。視界がチカチカとまぶしい。痛みの光がおさまると、最初に目に入ってきたのは鋭い歯が並んだどす黒い口の中だ。
慌てて首をひねる。ガチンという音が耳のすぐ近くで響いた。
「この・・・・・・!」
両足を曲げ、馬乗りになっている魔獣の腹に当てる。
「どけぇっ!」
思い切り足を伸ばし、両腕で軌道修正。投げ飛ばす。頭上からバキバキと木々をへし折る音が聞こえた。すばやく立ち上がる。
「くあっ!?」
突然、右腕に鋭い痛み。顔を向けると、ヒレのついた緑色の手が迫ってきていた。咄嗟に体をひき、かわす。距離をとると、先ほど拳を叩き込んだ魔獣が二匹。目玉をギョロギョロ動かしている。一体は腹が黒くすすけているが、平然としていた。
「なん、だと・・・・・・」
信じられないといった顔で魔獣を見るヴァン。そして、今朝のアリアの言葉を思い出した。『その姿になったから相応の腕力しかないんじゃないの?』。あの言葉が正解なら、今のヴァンの力は、見た目どおり、少女並。リーチが短く、非力。この姿がどんなに不利か、今、思い知らされる。
それでも、魔獣たちは、無情にヴァンに襲い掛かる。
「くそっ」
突き出される爪を避け、懐にもぐりこみ、右の拳打を放つ。鈍い音がして、焦げた臭いが漂う。だが、それだけだった。突かれた魔獣は吹っ飛ぶでもなく、何でもないかのように腹でヴァンの拳を受け止めている。目を見開くヴァン。魔獣が右腕を振り下ろすのが見え、慌てて左腕を左頬に上げる。激突。左腕を無視し、衝撃が脳に響く。ヴァンの体はあっさりと吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。
「がっ・・・・・・あっ、かはっ」
ふらふらする頭をおさえ、立ち上がろうとするが、足に力が入らない。深い蒼色の長い髪は、泥で汚れ、輝きを失っている。
三体の魔獣がこちらに歩いてくる。歩いて、くるのだ。ヴァンを格下とみた余裕の表れか。
「ははっ・・・・・・お前らに舐められちゃ、冒険者としておしまいだな・・・・・・」
自嘲し、ゆっくり立ち上がるヴァン。
「ふぅ、ありがたく思え。今から、本気出すからな」
燃え盛る右手で指差し、不敵に笑う。言葉は通じてないはずだが、三体の魔獣は立ち止まり、くぐもった音を口から漏らす。
ふっとヴァンの四肢から炎が消える。そして呪文を紡ぐ。
「我が身に巡る魔の力よ、我が意志を通じ、炎となりて形を創れ。我求むは獄炎の剣」
ヴァンの体中から火の粉があふれ出て、突き出した右手に集まる。
「フレア・ソード」
右手から炎が噴き出、形を成していく。それは、両刃の剣。ぐっと柄の形をした部分を握ると、ヴァンは炎の剣を軽く振り回す。空気が振動し、熱を周囲に撒き散らした。その熱さに怯む魔獣。
「さぁ、焼き魚にしてやろう。もっとも、お前らは食えそうにないがな!」
叫び、疾走する。魔獣たちもヴァンに走る。
顔面に迫る先頭の魔獣の爪を、首を動かすだけで避けると、下向きに持っていた剣を振り上げる。魔獣の左わき腹から右肩にかけて両断。切り口から炎上。走り抜ける。
次いで、その後ろにいた魔獣に向けて、炎剣を振り下ろす。右肩から左わき腹にかけて、両断。そして炎上。
最後の魔獣は少し離れていた。右足を踏み込み、剣を突き出す。炎で出来た剣は、易々と魔獣の胴を貫いた。剣の炎は魔獣を侵食し、一気に燃やし尽くす。炎の剣が消えると、魔獣は地に伏した。
「ヴァン!」
アリアがこちらに駆け寄ってくる。目を移すと左手にひどい火傷を負っていた。
「アリア、その手・・・・・・つっ」
歩み寄ろうとして視界が揺らぐ。頭をおさえ、片膝をついた。アリアが驚き、慌てて体を支える。
「大丈夫!? 傷だらけじゃない!」
「平気だ。少しこの体になったことを楽観視していた」
はっと気づいたアリアの顔が悲しみに彩られる。
「ごめんなさい・・・・・・私のせいで」
アリアが震える声で言った。確かにこの姿はアリアによって変えられたが、今にも泣きそうな少女を責めることなど、ヴァンには出来るはずがない。
「そうだな、アリアには女にされた。だけど、俺がこうなってるのは、俺自身のせいだ。俺が未熟なせいだ。お前は悪くない」
その言葉に、幾分か安堵した表情を浮かべるアリア。それでも悲しい色を完全に拭い去ることはできなかった。
「さて、傷を治療してから魚を拾って、さっさと街に戻ろう。魔力の使いすぎでくたくただ」
言いながら道具袋から消毒液を取り出す。激しい戦闘だったが、容器は割れていないようだ。安心設計。
「うん・・・・・・そうね」
そう答えるアリアには戦う前の元気は無い。
「・・・・・・間違えて討伐依頼書を渡してしまいましたか?」
ギルドに戻ると、受付嬢に開口一番言われてしまった。
枝や葉で作った即席のかごに大漁の魚を詰めて担いでいるヴァンとアリアは、泥だらけの頭をかきながら愛想笑いを浮かべるしかなかった。
読んで頂きありがとうございます。お話は遅々として進みませんが、内容的には一歩ずつ進んでおります。たぶん。感想批評、大歓迎です。ぜひぜひ。