第八十六話
ちょっと一休み。
ほのぼのは書いてて楽しいです。
「・・・・・・」
ヴァンが気まずくも座っているアリアを横目でうかがう。その顔は赤く、紅い瞳に豊富な水分を含んでいた。
「・・・・・・」
対するアリアも、ヴァンがこちらから視線を外したのを見計らってヴァンをちらちらと見る。
「(・・・・・・した、んだよな。アリアと・・・・・・キ、キキ・・・・・・うぅ)」
「(あぁ・・・・・・やっぱり怒ってるのかしら・・・・・・そうよね、キスで窒息死させようとしたんだものね・・・・・・)」
と、お互い見当違いのことを考えていたとき。
部屋の扉が開かれて、セレーネとフランが入ってきた。
「ただいま戻りました。・・・・・・あら? アリス、アリア、どうかしたのですか?」
二人の様子と微妙な空気を感じ取ってセレーネが首をかしげる。二人は大き目の紙袋をそれぞれ一つずつ持っていた。
アリアは天の助けとばかりにベッドから立ち上がり、扉に駆け寄る。
「お、おかえりなさい! ウラカーンたちにあげるの、買ってきたんでしょ? 私も付き合うから行こ!」
「え? え? あ、あの」
上ずった声で叫ぶように言い、アリアがセレーネの背中を押して部屋から出て行く。
いきなりのことに戸惑うセレーネだが、そのまま強引に連れて行かれてしまった。
「・・・・・・なんじゃ、あれは?」
挙動不審なアリアと連行されるセレーネから視線をヴァンにうつし、フランが首をひねる。
「え、えーと・・・・・・」
恐らく、先ほどのキスのことで、あんな行動を取っているのだろうとヴァンは思うが、それを口にするのは恥ずかしい。
「ふむ・・・・・・」
口ごもっているとフランが部屋に入り、扉を閉めた。
そこでヴァンは、信頼する父の姿が無いことに気づく。
「あれ? 師匠は?」
「ん? あぁ、ラルウァなら宿の裏庭におるぞい。散歩と言っておったわ」
テーブルの上に紙袋を置き、中身を出しながらフランが答えた。
ヴァンは、そうか。とだけ返して押し黙る。
「・・・・・・して、アリアと何かあったのかえ?」
脈絡も無く核心を突かれ、ヴァンが顔を上げた。
「なんじゃ、狐につままれたような顔をしおって。アリアのあの様子を見たら、おぬしらの間に何かあったかくらいは分かるわい」
「・・・・・・うん・・・・・・ちょっと」
「ちゅーでもされたか?」
さらに核心、というか、ずばり言い当てられてヴァンがまたも目を見開き、徐々に顔を紅くしていく。
「・・・・・・当たりか。とうとうやってしもうたんじゃのぅ」
ヴァンの変化を見てニヤニヤと笑うフラン。
ベッドの上に座るヴァンは両手で顔を覆って、うーとうなった。
「それで? ちゅーされたことに怒ったのかえ? アリアはここから逃げたみたいじゃが」
聞かれて両手をベッドの上に戻すと、フランに目を向ける。
「・・・・・・怒ってない、けど」
「ふむ。おぬしはされて嫌じゃったのか?」
次に問われ、ヴァンは考えるように俯くと口を開いた。
「・・・・・・それも、ない、けど・・・・・・その、雰囲気とか、あるだろ?」
「乙女かおぬしは」
もじもじと恥らうヴァンに、フランがツッコんだ。
「うぐ・・・・・・良いだろ、雰囲気とか気にしたって・・・・・・」
唇を尖らせるヴァンを、フランは呆れ顔で見つめて少し溜息をついた。
「悪くはないがのぅ。して、なにゆえちゅーをしたアリアはあんなに・・・・・・うぅむ・・・・・・おっかなびっくりになっておったんじゃ?」
「・・・・・・分からん。俺はそれどころじゃなかったから」
ヴァンはそれだけ言うと、俯いて溜息をつく。
なるほどのぅ、とフランは思った。
ヴァンとアリアのことだ。大方ヴァンは初めてで戸惑っていて、アリアは何も言ってこないヴァンが怒っているのだと思ったのだろう。
しかし、何かしらきっかけがあったはずだ。ひとまずそれからはっきりさせなければ。
「ふむ。ところでヴァン、ちゅーはどんな感じじゃった?」
「え? ・・・・・・えぇ!?」
顔を上げるヴァンは聞かれた意味が分からずきょとんとしていたが、すぐにそれを理解すると顔を真っ赤にさせた。
「ど、どんな感じって・・・・・・フランなら知ってるだろ? 俺たちより長く生きてるんだから」
「んん? あー・・・・・・まぁ、長生きじゃが。いや、それはほら、やはり人によって違うというしのぅ。わしとしては、おぬしらの場合が気になってな」
「・・・・・・そんなものなのか?」
「そんなものじゃ」
少々納得がいかない様子のヴァンだが、頬を赤らめさせたまま少しずつ言葉を落としていく。
「その・・・・・・最初は、俺の体にアリアが覆いかぶさってきて・・・・・・」
「ほぅほぅ」
「それで・・・・・・アリアの体がすごく柔らかくて・・・・・・驚いてたら、アリアのく、くく、くち」
「唇?」
「・・・・・・がっ、俺の・・・・・・に重ねられて・・・・・・あったかくて、やわらかくて・・・・・・」
「おぉう・・・・・・」
「頭がぼーっとしてきて・・・・・・体が熱くなって」
「ごくり・・・・・・」
「息も出来なくて・・・・・・あとは、覚えてない」
「・・・・・・は?」
「気づいたら、アリアが俺の肩をつかんで思い切り揺らしてた」
「・・・・・・あー・・・・・・」
フランはヴァンの告白で全て分かった。
どうやら、アリアとヴァンの初めてのキスは、『酸欠でヴァンが窒息死しそうになる』という事件を引き起こしたらしい。
なるほど、それでヴァンがずっと黙っていては、アリアはヴァンが怒ってると勘違いしてしまうのも仕方がないだろう。
それにしても、とフランは思う。
「なんというか・・・・・・台無しじゃなぁ。いろんな意味で」
「・・・・・・何がだ?」
フランの言っていることがわからず、ヴァンは目を丸くして首をかしげる。
「あぁ、いやいや、気にするでない。・・・・・・ふむ、まぁ、あれじゃ。これから多少はギクシャクするかもしれんが・・・・・・」
「それは・・・・・・キ、キ、キス、したことでか?」
「ん、まぁ、おぬしはそれで身構えるかもしれんがのぅ。何、ちゅーは恥ずかしいことじゃないぞい。どこかの地域では挨拶としてするくらいじゃからな。深く考えず、『こんなにドキドキしてうれしいものなのね!』と捉えておくのがいいじゃろうて。・・・・・・アリアは別の意味でギクシャクするじゃろうが、おぬしがいつもどおり接しておれば、すぐ元に戻るはずじゃ。わかったかの?」
「・・・・・・うん、分かった」
ヴァンとしても、アリアとの間に溝が出来るのは嫌だ。何故そうなるのか、アリアにとって別の意味というのが何なのかは分からないが、とりあえず、フランの言うとおりにすればそれがなくなるらしいので、素直に従うことにする。
これから、沢山触れたら良いかも。と一瞬思うヴァンだが、顔を真っ赤にさせると首をぶんぶん横に振り、真っ白で長い髪を暴れさせる。
突然奇行にはしるヴァンを見て「前途多難じゃのぅ」と呟くフランは、溜息をつくと紙袋から買った物を取り出す作業に戻った。
「・・・・・・どうかしたんですか?」
男性陣の部屋に続く廊下で、隣を歩くセレーネがアリアに尋ねる。
アリアは先ほどセレーネの背中を押したときの元気が全く無く、今は暗い表情で溜息をいくつも漏らしていた。
「・・・・・・うん、ちょっと・・・・・・ヴァンを怒らせちゃって」
「アリスを? 喧嘩でも?」
「あ、ううん、そういうんじゃないの。えっと・・・・・・私が悪いの」
そこで言葉を切ると、アリアはまた俯いて黙ってしまう。
「・・・・・・」
セレーネは紙袋を両手で胸の前で抱きしめて、心配そうな表情をするが、何があったのか話してくれなければ助言も慰めの言葉も送ることができない。
といっても、原因はアリアがヴァンにキスしたことにあるので、アリアとしてはセレーネにそれを話すのがはばかれる。
ヴァンを溺愛しているセレーネに、「妹の唇を奪わせていただきました、お姉さん」と言えるだろうか? 否、言えまい。
「・・・・・・多分、アリスは怒ってないですよ」
いつまでも話さないアリアに痺れを切らしたのか、セレーネが困った笑みで口を開く。
「・・・・・・どうして?」
「だって、さっき部屋に入ったときのアリス、怒ってるというより恥ずかしがってるみたいでしたし」
何より、と間に入れてセレーネは続けた。
「アリスは優しい子ですから。怒るならちゃんと向き合って怒るか、もしくは話し合いを提案すると思うんです。・・・・・・許せないことと、怒ることは違いますから。アリスは、許せないと言いましたか?」
「・・・・・・言ってないわ。怒ってるとも、言ってない」
今だ俯いているが、アリアはしっかりそう返す。
返事をもらったセレーネは嬉しそうに笑い、明るい声で告げた。
「じゃあ、アリスは怒ってないはずです。気になるなら、あとでお話したらいかがでしょう? あの子はちゃんと聞いてくれますよ」
「・・・・・・そう、そうね。そうよね。私が勘違いして避けてたら、もったいないものね」
だんだんと表情に力が戻ってきたアリアは、セレーネに微笑みかけて礼を言う。
「ありがと、セレーネ。これ、私が持ってくわ」
そう言って両手で抱えている紙袋を少々強引に引き取ると小走りでウラカーンたちの部屋に向かう。
「ふふ、どういたしまして。・・・・・・・・・・・・もったいないって、なんのことでしょうか?」
廊下に残されたセレーネは、アリアの背中を眺めつつ頬に手を当てて小首をかしげた。
所変わってベッドの上で休息を取る二人の男たちは今。
「・・・・・・なぁ、グラウクス」
「なにー?」
「前回に続いて僕たちの出番はこれだけなのか?」
「・・・・・・さぁー?」
「僕にはアリスとの絡みは無いのか?」
「・・・・・・さぁー?」
「僕は・・・・・・っ、僕にも・・・・・・っ」
「君が一線を超えたがってるようにみえるからじゃないの?」
「くっ、僕は純粋にアリスを愛でたいだけなのに!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・頑張れ」
「・・・・・・ヘリオス、またあんた変態チックなこと言ってるわね?」
横になった状態から首を起こし、声のするほうへ向けるとそこにはいつの間に扉を開けていたのか紙袋を片手で抱えるアリアの姿があった。
「変態と言うな! 僕は純粋にアリスをだな!」
「はいはい、分かった分かった。とりあえずヴァンをあんたには近づけないようにしておくから」
「アリア・・・・・・さすがにそれはひどいですよ。人一人分の距離までは許してあげましょう」
部屋に入るアリアの後ろからついてきたのか、セレーネも部屋に入りつつ苦笑を浮かべる。
「・・・・・・姉さん」
とりあえず、全くフォローになってない言葉を発した姉に不満の視線を送るヘリオス。
「なははー」
そんなやり取りに笑いながら、ウラカーンはベッドから上体を起こした。
「あれ? 起きても平気なの?」
「うんー、ちょっと戦うのは無理だけどーある程度は回復したよー」
「・・・・・・ほんと、信じらんない人ばっかりね。普通の人って私とヴァンくらいじゃないかしら」
紙袋をテーブルの上に置きながら、アリアが呆れた顔で溜息をつく。
というのも、このウラカーンとヘリオス、昨日の修行で体がボロボロになっていて、一人で歩くことも出来ずフランとラルウァに背負われて宿屋まで戻ってきたのだが・・・・・・ベッドの上で座る鉤爪手甲は、一夜で体が動かせるまで回復しているという。
驚くべき回復力だ。
「そんな褒めなくてもー」
「呆れてるのよ。はい、これ」
返しながらアリアが紙袋から赤い果物を取り出してウラカーンに投げる。礼を言いつつそれを受け取って、ウラカーンは果物にかぶりついた。
「もぐもぐ、んー、やっぱり疲れたときには甘いものだよねー」
「それは私も思うけど・・・・・・なんで果物なの? 甘いものならお菓子とかあるのに」
「えー? 果物のほうが健康によさそうじゃーん」
二人の会話を微笑を浮かべて眺めていたセレーネも、果物を一つとってヘリオスのベッドへ歩み寄る。
側まで来ると椅子に座り、すぐ近くの棚においてあった皿と果物ナイフへ手を伸ばす。
「少し待っててくださいね。今切りますから」
起き上がるヘリオスに言い、皿を膝の上に乗せるとナイフで果物を切っていった。
手際よく切り終わると、一つ手にとってヘリオスの口へ持っていく。
「はい、あーん」
「あー・・・・・・ん」
「どうですか?」
「・・・・・・あぁ、美味しいよ」
一口サイズに切られた果物を飲み込み、姉に微笑んで返す弟。セレーネはその返事に嬉しそうに顔をほころばせると、もう一つ果物を手にとって弟の口へ持っていく。
その様子をアリアとウラカーンは微妙な表情で眺めていた。
「・・・・・・ヴァンだけにかとおもってたけどー、単純にブラコンシスコンだったんだねー」
「・・・・・・そうね。魔族ってみんなああなのかしら?」
呟きお互いの顔を見合って肩をすくめる二人。
当の本人たちは周りなど気にしていないかのように、切り分けた果物を減らしていった。
読んで頂きありがとうございます。
さて、これからアリアとヴァンの中は急速に進んじゃったりするんでしょうか?
ていうか、セレーネとヘリオス、仲良すぎです。やっぱり魔族は変な人が多いですね。