第八十三話
今回は秘宝吸収、ちょっとした魔力のお話です。
「あまり町から離れる必要もないな。このあたりで良いだろう」
先導するラルウァが町の入り口すぐの森の中で立ち止まる。
近くには町を囲む外壁があり、これの向こう側では人々がごった返しているはずだ。
壁一つでわけ隔てられただけで、森と町が別世界に感じる。それだけ、魔獣の住む森と人が生活する場に違いがあるのだろう。
少なくとも、刺す様な殺気を押し殺して、こちらを窺ってくる視線を感じるのは森の中だけだ。
しかし、ヴァンの周りには魔族二人に超人、半獣人と魔力総量の高いハーフエルフ、さらに人の身でありながらそれらと肩を並べる魔女がいるので森のほうが安全といえる。と言っても、町での危険とは軟派な男たちが欲望のために近づき、それを排除しようとするアリアやヘリオスたちの過剰正当防衛を指すのだが。
正直、殺しかねない。
「それじゃあ、早速・・・・・・ヘリオス」
背負われているヴァンが、兄の肩をぽんぽんと叩く。ヘリオスはそのまま腰を落とし、ヴァンを下ろした。
それを見計らい、アリアが松葉杖を二つヴァンに手渡す。
「はい、右足に体重かけちゃだめよ」
「あぁ。ありがとう」
ヴァンは受け取った松葉杖を両脇に当てて、左足で跳ねるように歩く。今度はフランが歩み寄り腕輪を不思議袋から取り出した。
「ほれ、持てるか? わしが支えておいてもよいぞ?」
「・・・・・・あのな、さっきから思ってたんだが、俺は子供じゃないんだぞ? 皆してそんな心配しなくても・・・・・・」
受け取りつつ、ぶつぶつと不満を述べるヴァンだが、心底嫌がっているわけではない。
「だって、ヴァン、辛くても自分から言わないじゃない」
「全くだよー。だからこうして、先手を取ってるわけでー」
魔女と鉤爪手甲の返答に、ヴァンは溜息をついた。心配してくれるのは嬉しいのだが、全員ががっちりと常に周りに居るというのは恥かしさのほうが先に来てしまう。
病院のときでも思ったことだが、何も全員で行くことはなかったのではないか? 付き添いなら別に一人や二人でも十分だったはず。
「・・・・・・アリス? あなたはまだ狙われているという実感を持ってないようですね?」
「え? い、いや、そんなことは・・・・・・」
「そうか? 今何か『別にいつもついて回らなくても・・・・・・』って顔してたぞ」
ジト目でヴァンを覗き込むヘリオスとセレーネに、ヴァンは慌てて首を振った。
「そ、そんなことは考えてない。いや、本当に皆には感謝してる・・・・・・から・・・・・・」
ずいーっと顔を近づけられ、語尾が弱くなっていく。最後にはもごもごと口を動かすだけになった妹に、姉兄は顔を離して大きく溜息をつく。
「全く。いくら奴が今は手を出さないといったからって、それを信じるのはどうかと思うぞ、アリス?」
「そうですよ。あなたが一人になったときに襲ってくるかもしれないんですから。良いですか? 私たちはあなたが大切だから、こうして常に側に居るんですよ?」
「・・・・・・うん・・・・・・」
頬を膨らませるセレーネに、短く返事を返し、ヴァンは皆を見渡した。
ヴァンを囲む面々は小さく微笑を浮かべているのを見て、少し顔を赤らめると俯いた。
嬉しいけど・・・・・・やっぱり恥かしいぞ。胸中で呟く。
黙っているとその呟きが皆の耳に届きそうな気がしたので、すぐさま顔を上げると気恥ずかしさと嬉しさが混ざった気持ちを胸の底に押し込んだ。
「んんっ・・・・・・じゃ、じゃぁ、やってみる」
わざとらしい咳を一つ飛ばすと、松葉杖から離した両手で秘宝を包む。もちろんその際、笑みを深くするアリアたちを思い切り無視、秘宝しか見えてない振りをした。
「すぅー・・・・・・ふぅー・・・・・・」
深呼吸を繰り返して瞳を閉じる。体の中に意識を向け、魔力の流れを掴んだ後、ゆっくりと目を開けた。
「・・・・・・ふっ!」
短強の息を飛ばして両手から魔力を放出し、秘宝を左右から握り締める。
堅いと思っていた、否、実際掴む腕輪は堅かったはずなのに、握った『アミュンテーコンの腕輪』はあっさりと砕け散った。
「あっ!?」
予想外の脆さにヴァンの瞳が見開かれ、同時に叩き合わされた両手の間から魔力があふれ出す。
魔力は風と衝撃を生み、ヴァンを中心に周囲へ放たれていった
「ちょ、ちょっと、これ、なんかやばいんじゃない!?」
ヴァンの視界の端に、スカートと髪を押さえるアリアと顔を右腕で庇うフランが目に入る。
「これが、秘宝に込められた魔力じゃと・・・・・・っ?」
「ア、アリス! 形象を!」
魔力の風を真っ向から受けている三人の内、セレーネが叫んだ。
その声を受けて、今思い出したかのようにヴァンが意識を集中させる。
「・・・・・・ヘリオス」
「分かってる。やばくなったら、秘宝の魔力を消滅させよう」
風と衝撃を受けても微動だにしないラルウァとヘリオスがお互いを横目で見やり、万が一に備え、体中の魔力を高まらせた。
「ひょー、これはすごいなぁ、ヴァンちゃん頑張れー」
緊張感高まるこの場に全くそぐわないウラカーンの間延びした声援を受け、ヴァンが危うく前のめりに倒れそうになるが、慌てて持ち直して再度集中する。
空気を読まないウラカーンを恨めしく思うが、不思議なことに肩の力が抜けていて、先ほどまでの気持ちの高ぶりが無い。
分かっててやってるのかそうじゃないのか・・・・・・。溜息の一つもつきたくなるが、その前にこれを成功させなければ。
体からあふれ出る自身の魔力と、自分の周りで荒れ狂う秘宝の魔力を混じらせる形象。
「(あぁ・・・・・・これが魔力か・・・・・・)」
今まで全く意識したことは無かったが、魔力にもそれぞれ違いがあるようだ。
例えるなら、色だろうか。こうして集中すると、空気中の『マナ』も分かる。マナはやはりというか、全ての色があるようで、白っぽく感じるし、黒っぽくもある。かと思えば、虹色にも見えた。
次は自分の魔力だけに集中してみる。空気中のマナとも、秘宝の魔力とも違った感じがした。セレーネたちが言うには魔族の魔力は無属性らしいので、この場合、無色透明といったほうがしっくりくる。
対して秘宝の魔力も、やはり空気中のマナとは違っていた。といっても、ヴァンの魔力のように無色透明ではなく、土っぽい。黄色、否、もっと高貴な印象を受ける。金色に近いかもしれない。
そこでヴァンの頭に一人の魔女の姿が思い浮かぶ。波打つ金髪に、細くとも豊満な肉体。男嫌いで気性が荒いと見られがちだが、実際は素直で傷つきやすくて可憐な少女。
アリアだ。
金の色で、アリアの金髪が連想されたらしい。
ふと気づいた。そういえば、最近、アリアは自分に触ってきてない。二人だけのときも、フランが一緒に居たときも、隙あらば色々なことをしてきたのに、ウラカーンやセレーネたちと出会ってから何もしてこない。
むしろ、避けれられてるような気さえする。
集中する傍ら、ちらとアリアに視線を向けた。視界に捉える金髪の少女は量目を固く瞑って風に耐えている。
・・・・・・もう、触れてくれないのだろうか。思いが胸を掠めると同時に、アリアが少しだけ目を開いた。
「っ!」
反射的に目をそらし、心の中で頭をブンブンと振りまくる自分を想像する。
何を考えてるんだ、俺は! 恥かしいんだろ! なのにっ、そんなっ。
混乱するヴァンに呼応するように、ヴァンの体から魔力が勢いよく漏れ出し、秘宝の魔力と絡まってさらに風と衝撃を増加させた。
いきなり強まった魔力の波に、セレーネが叫ぶ。
「アリス!?」
「え? あっ!?」
大気に消えていく無色透明の魔力と、金の魔力。
爆発一歩手前の自分の魔力に気づいたヴァンは、慌てて緩やかな流れを形象した。
風が弱まり、暴れていた魔力が、ヴァンの体を包むように流れを変える。
一度大きく暴れさせたせいか、魔力の流れが操りやすい。図らずもヘリオスの言うとおり、『勢い』で慣れてしまったようだ。
コツを掴んだヴァンは、すかさず体内へ流れ込む形象を思い浮かべる。
金色の魔力はヴァンの無色透明に溶けて色を薄れさせていき、あっという間にヴァンの一部となった。
「・・・・・・ふぅ・・・・・・」
ヴァンが一息はく頃には、魔力の風と衝撃は完全におさまっていた。
しん、と静まり返る中、アリアが心配そうな表情で口を開く。
「・・・・・・ヴァン・・・・・・平気?」
聞かれたヴァンは、アリアに顔を向けると力を抜いて微笑んだ。
「あぁ。どうやら成功したらしい」
その一言を合図にして、全員が安堵の溜息を漏らす。
「いやー、途中はどうなることかと思ったけどー、大事ないようでよかったねー」
「全くじゃ。・・・・・・して、どんな感じなんじゃ?」
ヘラヘラ顔のウラカーンに続き、フランが問う。それはもちろん、『吸収したことによる変化』を指していた。
「そうだな・・・・・・不思議な感覚がする。自分がいきなり大きくなったような・・・・・・俺という『存在』に、『別の存在』が付け加えられたみたいな・・・・・・良く分からん」
返された答えにフランだけでなくアリアたちも首をかしげる。
そんな面々を見渡しつつ、ヴァンはさらに言葉をづつけた。
「だけど、吸収した秘宝の使い方は分かった」
しっかりとした口調で話すヴァンに、六人の目の色が変わる。驚きであったり、鋭いものであったりと様々だが、皆同様に続きを促す色があった。
「どうやら、秘宝は吸収されると『変質』するみたいで、今、俺という『存在』が『知った』のは二つの力だ。・・・・・・まず、一つ目」
言い終わり、すっと目を細めて目の前の空間を睨む。瞬間、魔力の障壁が出現した。
形は騎士の持つ盾のようで、下半分が長いひし形をしている。大きさはヴァンと同じほどで、もしこれと同じような『本物』の盾があるとすれば、重さと大きさで持ち運ぶことすら出来ないだろう。
「これは、俺の意思が届くところならどこでも自由に出せる、一点集中型の障壁だ。・・・・・・次は・・・・・・」
ヴァンは現れた盾を軽く説明すると、その盾を消し次の能力に入る。
目を瞑ったヴァンの体中から魔力が放出され、光の粒子となってヴァンの周囲を砂塵のように舞う。
ヴァンが目を開けると光の粒子はヴァンを囲む箱になり、透明になった。傍目には何もないように見えるが、魔術を使うアリアたちにはそこに魔力があるのが分かる。といっても、視認出来るわけではなく、なんとなくそこに『何かがある』と分かるだけだ。
「こっちは俺を中心とした全方位型の障壁。・・・・・・で、今の俺に分かるのはこれだけ」
「え? 終わり? どういうのかは分からないの?」
目を点にして疑問を投げてくるアリアに、ヴァンはすぐに頷き返す。
「あぁ。吸収した瞬間、『自分という存在が出来ること』は分かったけど、これでどんな効果が出せるのかは分からない」
「ふーん・・・・・・でも、障壁ならやっぱ攻撃を防ぐとかじゃないのー? まだ力使ってるー?」
「あぁ。まだ張ってるぞ」
そう返事をもらうと、ウラカーンは爪を一本ヴァンに向かって伸ばす。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
迷い無く伸びる一本の爪を、全員が凝視する。見るアリアたちも、爪を伸ばすウラカーンも、障壁を張るヴァン自身、その爪はヴァンに届くことなく魔力の壁に止められるのだろうと思っていた。
しかし、爪はいつまでも止まらず、結局、ウラカーンの爪は、ヴァンのちょっとだけ膨らんだ胸を、つんと突つくことになる。
「あっ」
突かれた瞬間、ヴァンの体がびくっと震えて、その瑞々しく小さな唇から声が漏れた。
ぴきっと大気が凍りつく。
「グラウクゥゥゥス!!!」
一瞬で復活したヘリオスがウラカーンめがけて飛び掛る。
「ちょ、ま、わざとじゃ、ドゥブッハァァ!!」
弁明の余地なく、ウラカーンはヘリオスの鉄拳により殴り飛ばされた。
「・・・・・・どうやら、物理的なものは止めないようだな」
苦笑を浮かべるラルウァの言葉に、ヴァンは少し顔を赤くしつつも首肯する。
「そうみたいですね。となると、魔力なら止められるのかも」
ウラカーンとヘリオスの除いた五人が悩む中、
「・・・・・・あれ?」
最初に異変に気づいたのは、アリアだった。
「ん? どうかしたかえ?」
フランがアリアに声をかけるも、当の本人はくんくんと鼻を引くつかせて周囲をかぎまわり、最後にはヴァンへ近づいて、鼻をせわしなく動かす。
「な、なんだ?」
突然おかしな行動を取るアリアに、ヴァンが松葉杖に寄りかかりつつも体を引く。
「・・・・・・ねぇ、甘い匂い、消えてない?」
眉をひそめて言うアリアの発言に、フランとセレーネ、ラルウァは怪訝な表情をするが、その言葉の意味を理解すると、素早い動作でヴァンに顔を近づけた。
「えっ、なっ、なっ」
いきなり顔を近づけられて、さらに全員くんくんと自分の匂いをかぐものだから、ヴァンは妙な羞恥を感じて顔を真っ赤にさせている。
しかし、右足が折れていて松葉杖に両脇を乗せているヴァンは逃げることも出来ず、成すがまま匂いを嗅がれるしかなかった。
途中、ウラカーンとヘリオスもヴァンの匂いを嗅ぐ一団に加わり、しばらく鼻をひくつかせた後、ヴァンから離れた。
「い、いったいなんなんだ? 皆して・・・・・・」
全員が離れたにもかかわらず、今だ顔を真っ赤にしているヴァンが説明を求める。
それぞれ顔を見合わせていた面々を代表して、セレーネが口を開いた。
「アリス、どうやらその障壁、『フォカーテの香水』の効果を遮断しているようなのです」
「え・・・・・・本当か?」
聞き返すヴァンに、ヘリオスが答える。
「あぁ。その証拠に、アリスから香水の甘い匂いがしなくなっている」
「・・・・・・ということは、俺がこの障壁をずっと張っておけば」
「『フォカーテの香水』の効果が無力化できるってことね」
ヴァンが呆けながらも呟き、アリアがそれを補足した。その隣でフランが、微笑みを浮かべつつ何度も首を縦に振っている。
「ふむ・・・・・・どうやら、最優先事項である『香水無効化』は達成できたようじゃのう」
「ふっ、少々拍子抜けしたが、まぁ、人生何があるかわからんしな。とりあえずこれで、どこに居てもヴァンの居場所が敵に筒抜けという状況は回避できたわけだな」
そう言って嬉しそうな顔で笑みを浮かべるラルウァ。
「あぁ。テリオスがあれほど強力になっていたのは痛いが、『フォカーテの香水』を無力化できる秘宝がこちら側にあったのは救いだな」
「そうですね。これでアリスが超常のストーキングをされる恐れもなくなりましたし」
「超常のストーキングって・・・・・・そんなこと誰がするんだ?」
言いながらも、嬉しそうな養父と姉兄を見て、ヴァンの頬もほころぶ。
「・・・・・・ヴァンってほんと、分かってないよね。見てよフラン、あれ、まるで他人事のような喜び方よ」
「まぁ仕方あるまいて。そこもヴァンの良いところ、じゃろ?」
「そうだけどー・・・・・・もうちょっと危機感もって欲しいっていうか・・・・・・」
ブツブツ呟くアリアにフランはふっと笑みを落とすと、波打つ金髪をぽんぽんと叩いた。
読んで頂きありがとうございます。
次話では、ウラカーンが決意表明します。たぶん。
お話の進みが遅いですが、無駄なく入れることが出来てると思ってます。え?気のせい?デスヨネー。